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胡蝶の天秤 作者:黒川うみ
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(七)

 ふわふわと、身体が軽い。
 まるで夢を見ているような感覚、否、眠ろうとして微睡んでいるあの感覚に似ている気がする。
 いつも見ている夢は、ふわふわどころかどろどろだ。底なし沼に捕らわれて抜け出せなくて、胸から首、顎、口、鼻、目、そしてすべてが冷たくて暗い闇に捕らわれて、指先ひとつ動かせないような場所で長い時間を掛けて孤独に朽ちていく。そんな夢しか長いこと見ていなかったから、ふわふわとした感覚がまるで信じられなかった。
 羽が生えたかのように、身体が軽い。
 あんなにも、いうことを聞いてくれなかった身体が、子供みたいに駆け回りたいくらい軽かった。
(私、死んだのね)
 日々衰弱していく身体に自らの死期を悟っていたから、死んだとしても不思議はなかった。
 だけど、死んだらこんなにも身体が、心が軽くなるなら、これで良かったと思ってしまう。やり残したことはたくさんあるけれど、きっと色んな人を悲しませてしまうけれど、正直、生きることに疲れていたのだ。
 母が死んでからずっと休みなく走り続けてきた。
 愛されても、愛せないことに苦しんできた。
 いい加減、すべてを投げ出していつまでも終わらない眠りについてしまいたかった。
 死んでから初めてそんなことを考えるなんて、頭のおかしい自分らしいと彼女は苦笑した。今まで、一度だって、自分の責務を投げ出すことを考えないようにしてきたのに。
 ああでも、死んだらやろうと思っていたことがひとつだけあったっけ。
(お母様は、どこにいるのかしら)
 あの人の頬を、思い切り、力いっぱい、叩いてやりたかった。
 あなたのせいでどれだけの人が人生を狂わされたのか、父がどれだけ傷ついたのか、そして子供だった自分たちがどれだけ寂しい思いをしたのか、切々と語ってやりたいと思っていたのだ。
 ふわふわとしていた思考が、急速に醒めつつあった。
(あ、れ……?)
 何度もまばたきをして周囲を見回す。靄が晴れるように、風景がはっきりと形を成して見えてきた。そこはどこかのお屋敷で――――随分と古い建築様式とその内装に、亜紀は目を見開いた。
 ここは古都京都だろうか。
 実際に行ったことはないが、知識として知っている。この家の様相は、平安貴族のそれに違いない。
 板の間に置かれた畳の上に、亜紀はちょこんと正座していた。先程までの浮遊感が嘘のように、否、今も心がふわふわと躍っているのはわかるのだが、地に足が着いているという感覚を得て、亜紀は無意識に首を傾げた。
(わ、たし……死んで、ないの……?)
 それともこれが黄泉の国なのだろうか。
 戸惑い動けないままでいるとさやさやと衣擦れの音が聞こえた。部屋を仕切る薄衣を片手で開き、亜紀の目の前に現れたのは十二単を纏った艶やかな女性だった。
 単の色は春を表す紅梅色、裳と床まで届く長い垂髪。白粉で染めた肌に紅を差した唇。
 現在の公家や皇室もここまでの正装はよほど特別な日にしかしない。それこそ婚姻の儀くらいだ。こういった衣装の類は、将軍に権力が渡った江戸の時代に殆ど廃れてしまったのだから。
(あなたは?)
 声に出して尋ねたつもりだった。しかし唇は動いたのに声は出なかった。
 十二単の女は亜紀の目の前に座し、亜紀の唇に人差し指を当てた。喋るなということらしい。
 そうして女が差し出したのは美しい光沢を放つ深紅の杯だった。杯にはとろりとした琥珀色の液体が注がれている。その蠱惑的な輝きを放つ杯を見て、亜紀はぼんやりと思った。
 これは薬だ。
 飲めば、戻ることができる。
 亜紀は杯を両手で受け取り、楚々とした動作で唇に当て、迷うことなく琥珀の液体を喉へ流し込む。舌を通過する際、なんとも甘くて芳醇な味わいが、花を溶かしたような香りが思考を満たした。
 既に何かを自分で考えることができなくなってきていた。
 少女が躊躇いなく杯の中身を飲み干すのを見て、女は優しく微笑んだ。
 そっと華奢な肩を引き寄せて胸に抱く。
 思考が麻痺したまま抱かれながら、女の単に染みついた白梅の香りに、母を思い出す。
 とろんと瞼をおろすと、穏やかな眠気が手招くようだった。優しい腕に抱かれたまま眠ってしまおうと思った。遠い昔、物心つく前に、母はこうやって自分をあやしてくれたような気がすると、そんなことがふっと思い浮かんだが魅惑的な誘いに抗えず、亜紀は自分から彼女の胸に頭部を落とした。
 もうどんな些細なことも、考えられなくなっていた。



 ぜえぜえと、老いを感じ始めた身体にむち打って長い石階段を上りきった尚之は、そこで出迎えてくれた神岡鶴太郎につかみかかった。
「亜紀は? 亜紀は!?」
 娘の危急を報せてくれた神岡家の三男は、複雑な表情で自分を見ているが、そんなことはどうでもよかった。
「亜紀は……っ」
「今は、一進一退の状態としか」
「そんな」
「最悪の事態を覚悟しておくべきでしょう」
 鶴太郎の言葉に、尚之はへなへなと崩れ落ちた。
 無理もない、と誰もが思うだろう。最愛の娘だ。死んだ妻によく似た、愛した妻にうりふたつの、まだ十四の娘なのだ。黄泉へ向かうには早すぎる、万人がそう口にするだろう。
「娘に……亜紀に、逢わせて下さい」
 ぶるぶると全身を震わせて嘆願した父の言葉に、鶴太郎は首を横に振って答えた。
「今は、逢わせることができません」
「なぜ!?」
「今、亜紀さんは奥宮にいます。そこへは我々も立ち入ることができません」
 外の騒ぎに気が付いた長男と、その嫁が彼らの元にやってくる。
「奥宮……?」
「本来奥宮へは、ここに奉られている方が許した者と、その者が許可した者しか、入ることができません。かつては私の祖父が、そして妻が立ち入ることを許されていました。ですが、今あそこは次郎の領分です。我々には扉を開けることすらできないのですよ」
 扉に鍵はかかっていない。だが摩訶不思議な力に拒まれて、一寸たりとも動かすことができない。そうした説明を尚之は呆然とした表情で聞いていた。しかし突如はっとして我に返った彼は、聡明な眸で説明をした神主に尋ねた。
「それは、もしや」
 一縷の光に、心が震えた。
 むしろその反応に神岡家の人間の方が驚いた。門外不出の奇跡を、娘の父が知るはずはないのだ。神岡の家の者とて知っているのは一握りにすぎない。だから一番下の鳥三郎にも教えていない。
 もしかしたらこの男は大変な賢人なのではないかと、妻を失っていなければ国の片翼を背負うほどの人物になっていたのではないかと、想像させられてしまう。
 鶴太郎は僅かに、だがはっきりと頷いた。
「確証は申せません。ですが、ユウメ様の覚えめでたい次郎なら、もしかしたら……」
「……犬次郎くんに、賭けるしか、ないのですね」
「はい」
 それは神頼みするしかない最悪の状況を示していたが、尚之は鶴太郎の手を強く握りしめて、涙を流した。懇願した。
「あの子を、お願い、します。あの子が、亜紀が、あの子がいないと、私は、亜矢は」
「尚之さん、ひとまず中で落ち着きましょう」
 鶴太郎とその長男に肩を貸されて立ち上がった男に、年少の三男は恐る恐る声をかけた。
「あの、亜矢に報せなくても……いいんですか?」
 優しさからきた言葉に尚之は自嘲して笑った。
「亜矢には、何も、言わないで下さい。どのみち、あの子がいなければ、亜矢は――壊れてしまう」
 ぼろぼろと涙が溢れた。
 また自分は何もできないのだ。最愛の人が死に瀕していても何もできない。そして妻が死んだ時、廃人と化した自分のように、最愛の姉を失った弟は、きっと。
「亜紀、頼むから、私を置いて逝かないでくれ。私ではだめなんだ。私では、あの子を救えないんだ」
 その場の誰もが感じた。
 娘が死んだら、この男は自ら死を選ぶだろうと。
 世界が終わるような絶望に二度も耐えられる人はそういない。愛する子供たちがいたから彼は今まで生きてこられたのだ。その子供たちを失ったら、今度こそ。
 痛々しすぎる背を見送って、鳥三郎は兄嫁に小声で尋ねた。
「……姉ちゃん、『ユウメ様』って、なに?」
「私も詳しくは知らないんだけど」
 ほの子はぽつっと呟いた。
「なんでも、この神社に奉られている本当の神様なんだって」
 神岡神社の御神体は二振りの刀とされている。だがそれは人目に触れさせられない本当の御神体を隠すための偽りのものだと、嫁いだ時に聞かされた。しかし本当の御神体がなんなのかは、いくら訊いても教えてもらえなかったという。

 姉の姿が見えなくなって、三日。
 仕事がどんっと津波のように押し寄せてきたが亜矢の機嫌はすこぶる良かった。
 四日、五日。
 年の瀬ということもあるだろうが、上司の姿もとんと見ない。『何か』から手が離せないのだ。
 くすくすと、彼の慌てふためく姿を想像して亜矢は笑った。
 六日、七日、八日経ち。
 さすがに正月は実家の手伝いが忙しいと見え、犬次郎は手伝いにやってこなかった。
 彼のことはもうどうでもよかったので、亜矢は仕事を放棄して家の中を片付け始めた。
 九日目。
 久しぶりに外の仕事に喚ばれてみれば妙な噂を耳にした。
 上司が新年を迎えると共に婚姻を結んだというのだ。相手は槻路に劣らない名家のご令嬢で、姉ではなかった。
 何か違和感を感じた。
 あれほど姉に執着していた男が、いまさら他の女と結婚するだろうか。
 怪訝に思いつつも迎えた十日目、彼女は帰ってきた。
「ただいまー」
 少しやつれたような印象を受ける華奢な身体。彼女を守るように一緒にやってきたのは誰あろう、神岡犬次郎だった。
「ね……さん?」
「なあに? 幽霊でも見るような目ね?」
「あ、いや、……ひ、ひさし、ぶり」
 明らかに挙動不審な亜矢に、犬次郎は少しだけ眉をひそめたが、見なかったふりをして少女の背を軽く叩いた。
「じゃ、俺帰るけど、ちゃんと休めよ」
「ええ。送ってくれてありがとう」
 亜紀はしっかりとした足取りで居間に上がり、家の中を見回していつものように微笑んだ。
「あら、ちゃんと大掃除してくれたのね。感心、感心。仕事が長引いてね、なかなか帰ってこられなくてごめんなさい」
「う、ううん、そんな、こと、べつに」
 ――――なんで。
 亜矢は驚愕を隠すことができなくて、片手で口元を覆う。そしてそのまま姉に背を向けて、自分の部屋へ向かおうとした。
「亜矢」
 背中に声をかけられて、びくんと立ち竦む。
 だけどやはり、彼女はいつもと同じように微笑んだだけだった。
「お留守番ご苦労様。遅くなっちゃったけど、許してね」
 なんで、なんで、なんで?
 亜矢は自分の部屋に駆け込み、障子戸を後ろ手に締めてずるずるとへたり込む。がたがたと身体の震えが止まらなかった。そんなわけがない、そんなわけがない、生きているはずがないのだ。
 だって、だって、だって。
 彼女に毒を盛っていたのは、自分なのに。
 死ななければおかしいだけの量を、彼女は口にしていたはずなのに。
 ぐるぐると混乱極まる中、玄関の戸が叩かれる音に思わずびくんと身を竦めた。姉が出て、相手を出迎える。
「あら、明けましておめでとうございます」
 優しく響く声は確かに姉のものだ。
「ご挨拶が遅くなり、申し訳ありません。亜紀お嬢様がお帰りになったと聞きましたので、こちらに正月のお料理をお持ちいたしました」
「まあ、ありがとうございます。田中さん」
「京都への出張、大変お疲れ様でございました。しばらく骨休みなさって下さいと、若が申しておりました」
「そうだわ。うっかりしていました。藤野中佐に、ご結婚おめでとうございますとお伝え下さい。祝いの席に顔を出せず、申し訳なかったとも」
「畏まりましてございます」
 嫌でも聞こえてしまう会話の意味が、亜矢には理解できない。
 出張? 骨休み? おめでとうございます?
 一体何のことだ。
 ドッドッドッと心臓が早鐘を打つ。
 自分の勘違い? そんなわけない。そんなわけがない。
「亜矢? このお節料理、とても綺麗よ。きてみなさいよ」
 思わずだんっと拳で畳を打った。
 このままここにいることに耐えられなかった。
「姉さん、ごめん! 僕ちょっと、用事思いだしたから!」
 言い訳にならない言い訳をして、家を飛び出す弟に亜紀は驚いたように声を上げた。
「亜矢! アンタは走っちゃだめ! 上着忘れてるわよ!?」
 気遣う声に必死で聞こえないふりをする。必死で耳をふさぐ。もう二度と聞くことはないと思っていた声に涙が溢れてくる。本当は心のどこかで思っていた。死んでほしくない。生きていてほしい。ずっと一緒にいてほしい。笑っていてほしい、と。
 だがいざ現実のものとなってみると恐怖しか浮かばなかった。
 彼女が助かって生きているということは、自分のしてきたことを彼女はすべて知ってしまったということだ。彼女に本当の意味で拒絶されたら、自分は生きてなどいられない。
 逃げるように、否、逃げ出した弟の背を見送って亜紀はそっと目を伏せた。聡明な彼女は、弟がなぜ逃げ出してしまったのかを理解してしまった。陰でそれを見ていた男も同じだったのだろう。ひょいっと家の敷居をまたいだ犬次郎は、渋面を浮かべていた。戸を閉めて、少女の名を呼ぶ。
「亜紀……」
「……わかってる」
 短い返事の裏に深い悲しみが宿っている。
 こんな単純な猿芝居に我を失うほど取り乱すなんて、亜矢らしくなさすぎる。あんな反応をするなんて、普段の彼からは想像もつかない。
「…………」
 男がそっと少女の身体を引き寄せると、彼女は少しだけ抵抗を見せたが力勝負では敵わないと諦めて大人しく彼の胸に顔をうずめた。
「お前、死んでた方が楽だったかもしれないぞ」
 愛情を注ぐ弟に、唯一の家族ともいえる弟に殺されかけたなんて、知らない方がよかったかもしれない。
 そんな気遣いをする男を、亜紀は鼻で笑った。
「馬鹿にしないで。亜矢に殺される覚悟なんて、それこそ八年……九年前からできてたんだから」
 弟を一人にして、家を出ることを決めた時から。
 弟に殺されても仕方がないことと、割り切っていたのだ。
「大体、そんなことをいまさら言うくらいなら、助けなきゃよかったじゃない」
「……できるわけないだろ」
 思わず、抱く腕にぎゅうと力がこもる。
「痛いわよ」
「このくらい、我慢しろ。俺が、どれだけ、心配したと、思ってるんだ」
 今にも泣き出しそうな犬次郎に、亜紀は溜息をついて降参した。心配をかけたのも事実だし、命を助けられたこともまた事実なのだ。そんな顔をされて逆らえるわけがない。
「はいはい。ちゃんと上司にも連絡いれたし、当分仕事は休みにしてもらえるようお願いしたし、自分の身体は労りますー。あと、薄々気付いてたのに何も言わないで死にかけてごめんなさいー。体調崩してたことも黙っててごめんなさいー」
「お前、全然、反省してないだろ」
「失礼ね。してるわよ」
 ただ、最初に妊娠の兆候かもといわれて相談しづらかったのは確かだ。どこの世界に他の男の子供ができて体調が悪くなったと、自分に惚れている男に相談する馬鹿がいるだろう。結果的に違ったから謝れるものの、なぜ相談できなかったのかは言えそうにない。
 一応亜紀なりに、気を遣ったつもりだったのだ。
「亜矢のこと、なんとかしてあげたいんだけど」
 ふう、と溜息しか出てこない。
 さすがの亜紀もお手上げだった。
「俺としては、いっぺん斬ってやりたい気分だけどな」
「そんなことしたら、絶対に許さないから」
 犬次郎の意外な特技に亜紀も驚かされた。体術どころか剣術に弓術、馬術まで達人の域なのだ。自分が倒れた時、馬車を使わずに馬だけ拝借して行ったと聞かされ、驚愕したものだ。彼にしてみれば後ろに車がついてたら遅すぎるという、ただそれだけのことだったらしいのだが、常人にはとても無理な話である。
「まったく、康一郎さんは康一郎さんで妙な噂流してくれるし、どうしてくれようかしら」
 突如亜紀の姿がなくなったことは、亜矢以外には隠しようがなかった。だから藤野康一郎は、槻路亜紀は自分との婚姻が嫌で、想い合ってる相手と駆け落ちしてしまったと、周囲に話をばらまいたのだ。その上で潔く諦めた態度を取り、以前から婚姻の申し入れのあった大宮家の令嬢と結婚した。康一郎の潔い男っぷりに、彼の人気と信用は鰻登りだ。
 まったくもってうまいこと利用されてしまった。
 これでは仕事に戻りたくてもしばらくは顔も出せない。好奇心旺盛な上流階級の人々の相手なんていちいちしていられるわけがない。駆け落ちとか心中とか、そういった話題に目がない人々なのだ。
「なに、お前あいつのこと康一郎さんとか呼んでたわけ?」
 犬次郎にしてみれば藤野は亜紀を利用するだけ利用して見捨てた男である。むかっ腹が立って仕方がない。自分より親しそうに彼女が呼ぶのもなんだか納得がいかない。
「別にいいじゃない。あっちはあっちで幸せな新婚生活してるみたいだし」
「よくないだろ。お前はどうなるんだよ」
「だから、別にいいじゃない。正式に婚約してたわけでもないし、特別好意を抱いていたわけでもないし。まあ、感謝はしてるけどね」
 あの人は、もし仮に自分が一命を取り留めても、社交界に戻らないで済むような言い訳を用意してくれたのだ。社交界に縁遠い犬次郎が理解できるとは思わないが、少しくらい彼のことも持ち上げておいた方がよさそうだった。
「感謝の度合いなら、アンタの方がよっぽど上よ? 二度も命を助けられたし、亜矢に乱暴もしないでくれてるし」
「わざわざ持ち上げてくれなくてもいい」
「あら心外ね。本当に感謝してるのに。私が死んでたら父も後追いしてたのよ?」
 冷静に切り替えされ、犬次郎はうっと言葉に詰まる。亜紀の方が一枚上手なのだ。
 確かに、彼女の父親の取り乱しっぷりは想像を絶するものがあった。泣いてるのか、怒ってるのか、喜んでるのか、なんだか色々感情の混ざり合った奇声を上げて、一命をとりとめた愛娘に飛びつき、そして彼女の命を救った男の腕を引きちぎらんばかりの勢いで振り回して感謝を表現した。ところが尚之は、死にかけていた亜紀よりよっぽどやつれて、今にもぽっくりいきそうな程心配していたすさまじい様相で、安心したら安心したでぱったり倒れてしまい、現在神岡家で介抱されているところだ。普段の穏やかなへらへら笑いはどこへやら、である。
「……お前、すっごい愛されてるよな」
「まあね。ところで、いつまで人に張り付いてるつもり?」
「いや、勿体なくて。お前いい匂いするから」
「はっ倒すわよ」
 亜紀が綺麗な笑顔を浮かべた瞬間、玄関の戸が叩かれた。反射的に犬次郎は飛び退く。こんなところを今、誰かに見られたりしたら駆け落ち相手と間違えられかねない。そんなことになったら彼女は絶対に怒るだろう。
「え……?」
 覗き窓から外を確認した亜紀は、珍しい来訪者に思わず目を丸くした。

 とぽとぽと道を歩いても、この季節、暗くなれば家に帰るしかない。そうしなければ凍死を免れないからだ。
 亜矢は姉が留守にしていることを願って家の前まで戻ってきたが、期待とは裏腹に家の灯りはついていた。
「た、だいま……」
 上着も着ずに外に飛び出したため、身体はすっかり冷え切って小刻みに震えている。躊躇いがちに家に入ると、いきなりばさっと何かが視界を覆った。
「え……?」
 思わず身を竦めたが、よく見るとそれは毛布で、しかもきちんと暖められていた。
「おかえりなさい」
 子供みたいな真似をして亜矢を驚かせた姉は、弟の反応に満足というふうに彼の手を取った。
「もう、すっかり冷たくなっちゃって。こっち来て火に当たりなさいよ。すぐにお茶いれるから」
「ね、さん……僕……」
 何か言いかけた亜矢に、
「ん? なに?」
 亜紀は満面の笑みを向けた。
 そんな顔をされては何も言えない。大人しく火鉢の前に座り込むしかない。自分にかけられた毛布の端をぎゅうっと握りしめ、亜矢は俯いた。どうして姉が笑顔を浮かべられるのか、自分を殺そうとした相手にそれを向けられるのか、わからなかった。
 眉間に皺を寄せていると、目の前に湯気が立つ湯飲みがさしのべられた。
「熱いから、気をつけなさいよ」
「……うん」
 隣に座る姉の手にも、湯飲みがひとつ。その中身を見て亜矢は泣きそうになった。姉が自分のしたことのすべてを知っていることを察したのだ。
 彼女の湯飲みには自分と同じ茶が注がれている。日本茶の、しかも弟の自分が一番気に入っている銘柄のお茶だ。
 家ではまず日本茶を飲まない姉が、手を抜いて紅茶を淹れなかったとは思えない。
 毒を仕込んだ場所まですっかりばれているのだ。
 この家で彼女しか口にしない紅茶。その茶葉の中に、違和感がないくらい極少量混ぜられた毒の存在に、亜紀は気付いているのだ。
 ぽたり。
 恐怖からくるものか、亜矢の眸から涙が一粒、こぼれ落ちた。
「ね、さん、ぼく、」
「ねえ、亜矢」
 言葉を遮られ亜矢がびくっと全身を震わせると、亜紀は呆れたように笑って弟の身体を抱きしめた。まるで冷え切ってしまった身体を温めるかのように優しく、ぎゅうっと。
 何も気付いてないようなふりをして。
「馬鹿ねえ、こんなに冷たくなるまで外にいるなんて」
 耳元で囁かれて、亜矢はかああっと頬を赤く染めた。そんなことに気を取られている場合ではないのに、大好きな女性に抱きしめられて快感を感じてしまった。亜矢にとって亜紀は絶対の存在で、他のなによりも大切なものなのだ。二人の邪魔をしようとする者を許せないと感じるくらい、大切な、女性。
「姉さん、僕っ」
「ねえ、亜矢」
 彼女に言葉を遮られると、続きが出てこない。
 恐る恐る亜紀の方を見た亜矢は、やっぱり泣きそうになってしまった。それは、あまりにも艶やかな笑顔を彼女が浮かべていたから。
「亜矢、今日は一緒に寝ましょう」
「……は?」
 涙も悩みも、考えていた台詞も全部吹っ飛ぶくらい、彼女の笑顔は強烈だった。

 まったく、なんであんなに無茶で無謀で強引な女に惚れてしまったのだろう。いやぱっと見全然そうは見えないし、そうした本性を隠すことにも長けているのだが、やっぱり無茶で無謀で強引だと思う。
 自分でなんとかするからと説得されて追い出された犬次郎は実家のとある宮で溜息をついていた。亜紀を運び入れた奥宮だ。ここは犬次郎にとってどこよりも落ち着く場所だった。幼い頃から一日の殆どをここで過ごしていた。ここには自分を理解してくれる『彼女』がいるから、悩みや困ったことがあると自然と足を向けてしまうのだ。
 だが、今日の悩みごとはいつもとその深刻さが違う。できれば今からでも亜紀のところに飛んで行きたい。だが、そうしないと約束させられてしまったのだ。
「はああ……」
 震える指で唇に触れる。
「反則だろ、あれは。卑怯だ。不可抗力だっ」
 まだその感触がはっきりと思い出せる。かがめ、といわれてつい素直にかがんだら彼女の方から唇を重ねてきた。あとはもう、真っ白になった頭で唯々諾々と頷いていた。約束、させられてしまった。
 なんでこう、自分はこんなにも単純なのだろうと切なくなる。彼女よりも六つも年上で、女性経験だって少なくないのに。
 床にごろんと横になって瞼を閉じる。
 特別な人、だからなのだろう。
 何をさしおいても自分のものにしたいと思ってしまうほど、特別な人だから動揺してしまう。逆らうことができない。情けなくてもそれが現実だった。
 彼の心の天秤は、確実に彼女に傾いていた。

 まったく、なんでこうこの人は無茶苦茶なんだろう。犬次郎と同じような心境の亜矢は、その深刻さに打ちひしがれていた。
 姉の部屋、姉の布団、それに染みついた姉が好む桃の花の安眠香の匂い。意識するだけで身体ががちがちに固くなる。緊張して頭が真っ白になって、何も考えられない。
 だが同時に、姉を女性として意識しているのが自分の一方通行なものだと、思い知らされざるを得ない。弟を男性として認識していれば、絶対に自分の寝所に招き入れたりなどしないだろう。
 切ない胸の内を、打ち明けてしまいたかった。
 だがもし拒否されてしまったら、否、絶対に拒絶されることがわかっていてどうして打ち明けられるだろう。そんな言葉を投げつけられたら、自分は絶対に生きていられない。生き恥をさらすくらいなら死んでしまいたいが、自分が死んだら姉が悲しむと知っているから、それもできない。結局この想いに出口はないのだ。
 亜矢と犬次郎の違いは、血の繋がりがあるかないかだった。
 だから亜矢は姉に近寄る男をすべて排除しようとしてきた。自分が受け入れられないのならせめて、と。
 だけど、
「おまたせー」
 寒いので厚めの夜着に身を包んだ姉は、薬缶を手に部屋に戻ってきた。そしてそのまま、足下にある陶製の湯たんぽに湯を注ぎ込み、栓をする。火鉢は炊いてあるが、これがあるかないかだけでも暖かさに随分と差がつく。
「これでいいわね」
 ひとり納得して布団に入ろうとかがんだ姉のその首筋に、胸元に、ひらりと覗いた白い足に、亜矢の鼓動は強く高鳴った。なんだかひどい拷問を受けている気分だった。
(何があっても知らないから)
 そう思いながらも、何ができるとも思えない自分が自分で悲しい。
「ふふっ」
 亜紀は自分から弟の手を取って、満足げに微笑んだ。その吐息が顔に届く距離にあって、亜矢は恥ずかしくて恥ずかしくて走って逃げ出したくなった。
「こんなふうに一緒の布団で寝るなんて、本当、久しぶりね」
「……うん」
「最後はお母様が亡くなった後、叔父様の家を私が出るまでだったかしら」
「そ、うだっけ?」
 あいにくと、その頃のことは殆ど覚えていない。
「そうよ。アンタが毎晩びーびー泣くから、一緒に寝てたじゃない」
「……嘘」
「本当」
「嘘でしょ?」
「本当よ」
 いやいやいやいや。仮にも双子。同い年。記憶にそこまで違いがあるとは思えない。
 亜矢は真剣に動揺したが語る亜紀も真剣だった。
「本当よ。アンタを置いて叔父様の屋敷を出た後、ちゃんと一人で眠れるかずっと心配だったくらいだもの。何度、アンタに逢いに行こうと、思ったことか……」
 ぎゅう、と両手で包み込むように握られた手が熱い。
「でも、私からは絶対に逢いに行かない契約だったから。こんなことも守れないなら仕事はさせられないって随分と脅されたわ。……まだ子供だったからなかなか信用してもらえなかった」
 まるで、心臓をわしづかみにされたような気がした。
「なんで、いまさら」
 あの頃の話は禁句だったはずなのに。
 暗黙の了解として、亜矢もあえて訊かなかった。
 亜紀はじっと亜矢の眸を見つめて、やがてゆっくりと瞼を落とした。
「アンタとちゃんと向き合わなきゃいけないと思ったのよ。今後、私たちがどうなるか、私にもわからない。もしも離ればなれになっても、伝えないで別れて後悔したくないの」
「伝え、る……?」
 彼女がなにを言おうとしているのか、彼にはわからない。
「私はアンタが、亜矢のことが嫌いになって、亜矢がいらなくなったから家を出たわけじゃない」
「……っ」
「私は自分の我が儘を叶えたくて家を飛び出したのよ。あの時、もっとちゃんと話をして、伝えていれば、亜矢がこんなに、寂しい思いをしなくても済んだかもしれないのに。結婚の話にしてもそうよね。ちゃんと相談すべきだった。自分勝手で我が儘で、亜矢とちゃんと向き合う勇気もなくて、……ごめんね。だめな、おねえちゃんで、ごめんね」
 必死に笑顔を取り繕うとするのに、眸から涙が溢れてくる。涙を流すのはこんなにも簡単なのに。
 ちゃんと心を開けば、後から後から溢れてくる。こんな簡単なことだったのに。
「独りにして、ごめんなさい。……どうしても、亜矢に謝りたかった」
 亜矢は突然、彼女と繋がっているのが掌だけでは足りなくなった。姉の顔を肩口で包み込むようにして、強く抱きしめる。
「亜紀……」
「亜矢に謝らないままでいるのは、卑怯だと思ったの」
「いいから、もういいから、亜紀、……亜紀!」
 憎んでいたはずだった。恨んでいたはずだった。それでも愛して求めてやまなかった。いつしかそれらは歪んだ恋心に変わってしまった。泣かせてやりたい、殺してやりたいと思ったことは数知れないのに、見たくなかった。泣いて欲しくない。あなたの弱いところなんか見たくない。
 心から後悔していた。
 亜紀は、弟を見捨てるように置き去りにしたことを。
 亜矢は、姉を愛しながらも、彼女のためになにもしようとしなかったことを。
「亜紀が悪いんじゃない! 僕が自分勝手で……自分勝手なのは僕だ!」
 抱きしめているのは自分なのに、無様にすがりついて許しを乞うているのも自分だと、亜矢はぼろぼろと涙を零した。
 姉の愛を独占したかった。自分だけを愛して欲しかった。自分勝手な我が儘だ。
 母も父も姉もいなくなった屋敷で、叔父はずっと姉の心配をしていて、亜矢を気に掛ける者は誰もいなかった。誰にも必要とされなくて、寂しくてたまらなかったのだ。
「だけど、やっぱり、独りは怖いんだ」
「そうね、独りは怖いわ」
 自分の背にそっと細い手が添えられるのを感じて亜矢はくしゃくしゃに顔を歪めた。
 本当は知っていた。
 姉が無意識に自分の期待に応えようとしていたことを、自分だけを愛そうとしていてくれたことを、そして誰も愛せないことに苦しんでいたことさえも亜矢は気付いていたのだ。だけど、その罪悪感につけこんで、さらなる愛を求めた。図に乗って異性として愛して欲しいと望んでしまったのだ。
 いまさらこの想いは消せないけれど、家族として愛されていることを告げられただけでこんなにも心は満たされるのに。
 随分と長い間、そうやって抱き合っていたような気がする。
 でも、ほんの短い時間だったのかもしれない。
 亜紀がくすんと小さく鼻をすすって、亜矢の頬に手を伸ばしてくるまで、彼は動けなかった。眸を合わせたいのだと気付いて、亜矢は姉を抱く力を緩める。亜紀は、困ったような顔をして笑っていた。それでも笑っていてくれた。
「やっと、呼んでくれた」
「え……?」
「姉さんじゃなくて、名前で」
 亜矢のささやかな厭味は、亜紀にとって決してささやかなものではなかった。家を出るまで一度もそんなふうに呼ばれたことはなかったのに、再会した時から、弟は自分を名前で呼んでくれなくなった。恨まれている、憎まれていると感じて、呼ばれる度に胸が痛んだ。
「ごめん、僕、……意地、張ってて、亜紀に、気にして、もらいたくて」
「いいの。私たち二人とも意地っ張りなんだもの。双子だから、似てて当然よね」
 亜紀は笑った。どんなに心が傷だらけでも強気に笑ってみせてきた。そうしなければ現実に負けてしまいそうだった。
 その笑顔はとても綺麗で、綺麗で、誰もを魅了してしまうものだと、彼女は気が付いているのだろうか。
「亜紀」
「なによ、亜矢」
「呼んでみたかっただけ。亜紀……亜紀っ」
 お互いの名前を遠慮なく呼び合えることが素直に嬉しい。ちょっとくすぐったくて懐かしい感覚に、はにかんでしまう。同じ胎に命を授かり、大差ない時刻に産まれた。本来なら、どちらが姉でどちらが弟ということに意味はないのかもしれなかった。
 もういいと、彼は感じた。自分勝手に姉を束縛するのはもうやめにしようと。
 彼女が自分に向ける愛情が、自分が求めるそれと根本的に異なるものでも、愛されていることに違いはないのだから。
 ――――だから。
「亜紀」
「なに?」
「泣きすぎて喉乾いたから水飲んできていい? 亜紀の分も持ってくるよ」
「あぁ、そうね。お願いするわ」
「うん」
 亜矢は何食わぬ顔で姉の寝所を抜け出して、勝手知ったる我が家の台所へ向かう。まずは柄杓から直に喉を潤して、自分に冷静さを取り戻させた。感傷に浸ったまま結論を出すのは良くないと思った。
 台所は女の聖域というが、幸か不幸か、亜紀はそこに立つ機会がない。正しくは多忙すぎてその時間が取れないだけなのだが、亜矢にとって隠し事をするには自室の次に便利な場所だった。
 湯飲みに白い粉を入れ、そこへゆっくりと水を注ぐ。粉はみるみる水に溶けていき、やがてその姿を消した。
「ねえ、亜紀。これが最後のチャンスだよ」
 臆病な心を奮い立たせ、両手でしっかりと湯飲みを持つ。
 どくん。
 一歩歩くたびに心臓が高鳴る。緊張で足が竦みそうになる。だけどここで立ち止まるわけにはいかない。
 自分自身と、愛する女性のために。
「はい、お水」
「ありがとう」
 湯飲みを受け取った亜紀が、僅かに睨むように目を細めた。
 そんな気がして亜矢が震えた次の瞬間、彼女は何の躊躇いもなく一気に水を飲み干した。
「――――っ」
「冷たい……でも、喉がすっきりするわね」
「う、ん」
「ほら、早く入りなさいよ。体、冷えちゃうわ」
「……うん」
 もそもそと、さっきと同じように亜紀の布団に身を潜める。
 花の香りに二人くるまれた中で、亜紀は右手でしっかりと亜矢の左手を握った。
「亜矢」
「……なに?」
「お願いだから、夜が明けるまで、この手を離さないで」
 なんで、と亜矢は声が出そうになるのを必死で我慢した。
「うん、わかった」
 なんでこの人は、いつも自分の一歩先を行くのだろう。結局自分は、一度もあなたの背中に追いつけなかった。共に並んで歩くことができないのなら、諦めるしかないじゃないか。
 亜矢は一睡もできずに朝を迎えた。彼女の願い通り、手を握りしめたまま。
 自分の隣で、彼女は眠っている。
 罪悪感に捕らわれながら繋いだ手を離し、その手を朝日に翳してみる。
 わかり合えないことなんて最初から知っていた。ならば、最初からこうしていればよかったのだ。
「どうせなら、あなたに恋ができる、一人の男として産まれたかったよ」
 穏やかな表情で眠る彼女の唇にゆっくりと唇を重ねて、余韻を味わうように己の唇を舐めた。もっと彼女と唇を重ねたい、味わいたい、貪りたいという欲望を決死の想いで振り払い、亜矢は最後の心残りを片付けることにした。

 町の外れ、というより、町と郊外の境目にある丘すべてが、国から神岡神社に与えられた土地だ。
 曰くはこの土地に自然災害が絶えなかったことから、この地の神を鎮めるために建立されたというもの。ただし、神岡家とその社はそれより以前からこの地にあったものだという。
 元は土地の上手に位置することから『上丘』という名だった。江戸の時代に新しく港を整備する際、縁起を担いで『神岡』に改名されたのだそうだ。
 特別興味はなかったが、亜矢もそこまでは知っていた。
 そして、奇妙な話も聞いたことがある。神岡神社の御神体は二振りの宝剣のはずなのに、当の神社の次男坊は、あれは表向きの見せ物で後から足したものだと零したことがあった。内と外がかみ合わないのはどこにでもある話だと、その話をした時は気にも留めなかった。
 だが、改めて文献を漁ってみると上丘社の起源は平安にまで遡ることができた。あまりにも由緒正しすぎる。ここまで由緒正しい社に、見せ物の御神体を置くには何かしらの大きな理由があるはずだ。
 長々と続く階段を一段一段踏みしめながら、亜矢はそんなことをつらつらと考えていた。
「珍しいな、一人で来たのか」
 すっかり耳に馴染んでしまった男の声。
 俯き加減に進んでいたので、上から声をかけられて顔をあげるのが大変だった。
「それ、厭味?」
「つかお前、自分の足で上ってきたの初めてだろ」
「まあね」
 亜矢はいいご身分というか、単に面倒で、虚弱体質を理由に今までは護衛係に運んでもらっていた。小柄とはいえ人を一人背負ってこの高さを上るのは軍人でも一苦労だろうにと、住人はいつも思っていたものだ。
 息切れが止まらずふらふらとして危なっかしいので、もしかしたらそれで正解だったのかもしれないが。
「よく、こんな、ところに、住める、ね」
 流れる汗を袖で拭う姿を見て犬次郎は苦笑した。お高くとまって、常に人を見下ろしていた少年のこんな必死な姿を出逢ってから初めて見た。
「嫌になるだろ? だから昔は遊郭に間借してたんだよ」
「確かに。……これは、しんどい」
 ぜえはあと呼吸の乱れが激しい。
 軽い目眩を覚えたが、このくらいは何でもない。
「大丈夫か?」
 涼しい顔で差し出された手を払いのけて、亜矢は表情だけ強気に笑って見せた。
「君の、助けは、いらない」
「……わかった。もう少しで着くから頑張りな」
 なんだか苦笑を返されたのが大変不服だった。頭にきた。
 僕だってもっと手足が長くて身長があれば、ひ弱なフリをして自分を守らなくてもいいのに!
 体格の差をこんなに妬ましく感じるのは久しぶりだった。
「はあ……っ」
 それでもこれが自分の体なのだと言い聞かせる。
 一歩一歩、一段一段、自分の足で進むことに意味がある。今日だけは。
 丘、といっても結構な高さのある神岡神社は山の頂上に境内があるわけではない。否、頂上にも社はあるのだが、普段は立ち入り禁止とされている。
 神主一家の住む家は境内と同じく、丘を三分の二程度上ったところにある。
 亜矢はなんとか自力で上り切ったが、それだけで体力を使い果たしてその場にへたり込んだ。
「……まったく、一生分、階段上った、気分だよ」
「まーだまだ。ここの家の奴らはよほどのことがない限り毎日往復してるぜ」
「げっ」
「毎日お参りに来る人も少なくないし、これで一生分なんて甘っちょろいって怒られるぞ」
「僕はこれで精一杯なの。いいから、水くらい持ってきてよ。もうカラカラ」
「あいよ」
 軽口が叩けるようなら心配はいらないと犬次郎は思う。何度か往復すればもっと楽に自力で往復できるようになるはずだ。今日のところは頑張ったご褒美に水くらい汲んできてやろうと思った。
 犬次郎が井戸に向かうのを見送って、亜矢は階段の最上段に腰掛けて、丁寧に数を数えて深呼吸してみた。まだ心臓がばくばくしている。こんなに身体を動かしたのはいつぶりだろう。汗を流したのさえ久しぶりな気がした。
 目の前には和洋折衷の町並みが広がっている。強引に建設された港も今では国の玄関口だ。時代は変わったのだ。
 亜矢はここからの景色を気に入っていた。人の器の小ささを露呈させるものだと、自分自身を含めてそう思わせてくれる景色が好きだった。
「あれっ 亜矢? なんでいんのー?」
 甲高い声は神岡家三男の鳥三郎のもの。同い年だから気安いのか、それとも何も知らないのか、亜矢にため口を利く数少ない少年だ。
「やあ……」
 まったく、こいつはまた背が伸びたのではないだろうかと亜矢は溜息をつく。頭の方はさっぱりなのにと。
 鳥三郎はぱたぱたと駆け寄ってきて、心配そうに亜矢の顔を覗き込んだ。
「亜矢ぁ、亜紀さん大丈夫? まだ顔色悪かったりしない?」
「……そこまでじゃないよ」
「そっか。よかったー。運ばれてきたときはどうなるかと思ったよ」
「え?」
「サブ!」
 水桶を持った犬次郎がいつのまにか鳥三郎の後ろまできていて、その頭を叩いた。
「余計なこと言うな。出かけるんなら早く行け」
「は、はぁい! じゃあまたね、亜矢!」
 逃げるように、それでも何段も飛ばして駆け下りていく身軽さは羨ましい。そしてその天性の明るさも。本当に自分は妬んでばかりの醜悪な性格をしていると、亜矢は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。とてもじゃないが、姉のようにはなれそうにないと。
「犬次郎、今の話だけど」
「何の話だ?」
「すっとぼけない。冷静になって考えればすぐにわかるよ。藤野が面倒になって君んとこに押しつけたんでしょ」
「……」
 彼の様子を見て内心ほくそ笑む。大方亜紀に口止めされていたか、或いは、彼も気付いているのだ。誰が亜紀に毒を盛っていたのか。だが、聡明で狡賢い亜矢の本気の追求を逃げ切ることは至難の業だ。
「君がなんとかしたんでしょ?」
「別に、知り合いの医者に診せただけだ。伝手が多いからな」
「へえ?」
 にこりと微笑んでみせると犬次郎は怯んだように一歩後ずさりした。隠し事のある証拠だった。
「それ本当? どこの医者? すごい名医だね。教えてくれない?」
「な、にが」
「嘘はやめたほうがいいよ。君、向いてないから」
「…………」
 少年の眼は鋭い光を宿し、ほんの少しの動揺も見逃さない。表情は笑っているのに、ちっとも笑っているようには見えなかった。
「正直言うとね、亜紀について僕が知らないことを君が知ってるっていうのは、とっても嫌なんだ。むかつきすぎて亜紀のこと殺しちゃうかもしれない。ね、どうしよう?」
「お前……」
「腹を割って話そうよ、お互いのために」
 亜矢はあくまでも笑顔で言い切ってみせた。
 今日は、本当は笑顔以外の表情を浮かべる気はなかったのだ。階段上りは別として。
 犬次郎は苦り切った風に小声で答えた。
「…………ここじゃ、参拝客がくる。ついて来い」
「いいよ」
 境内を抜け、母屋と離れの間を通り、やけに奥まったところにその宮はあった。宮といっても小さなもので、生活に必要な道具はなにもない。十畳程度の板の間の端に、鞘に納まった二振りの刀があるだけの殺風景な宮だった。
 亜矢は精神統一にはよさそうなところだと思っただけで、後ろ手に重い戸を閉めた。
 犬次郎は動揺することなく、ぽすんと壁に背を預けて座り込んだ。
「ここは、この山の神さんと話をするための、奥宮だ。本当は部外者を入れたらまずいんだけどな。ここなら誰も来ないし立ち聞きもされないから」
「ふうん、神様と話、ねえ?」
 あいにくと、諸外国の翻訳を手がける亜矢は神道や仏教をあまり重要視していない。その土地にはその土地の歴史に乗っ取った文化が花開くものだと思っているからだ。それは人柱になった女性や偉業を成し遂げた人物を奉ることへの批判も含んでいる。
「ここで亜紀の看病を?」
「まあ、病人の治療はできるだけ浄めたところがいいからな」
「それは悪くない判断だけどね。亜紀を診たっていう医者は?」
「医者には診せてない。お前らの上司が診せてたんだろうが、匙を投げたんだろうな」
 怒りにまかせて失神させたことを思い出して、犬次郎は苦笑した。実に大人げない行動だった。
「じゃあ、どうやって治療を?」
「……その前に訊きたい」
 目の前の男の表情を見ただけで、亜矢は何を尋ねられるか理解した。
「亜紀は、僕にとって大切な家族だよ。誰よりも大切な人」
「……だよな?」
 やはりこの男は気付いている。滲む困惑が実にわかりやすい。まあ、馬鹿扱いをしていても結構勘は悪くないと感じていたから亜矢は驚かなかった。むしろついくすくすと笑い声を立ててしまった。
「犬次郎にはわからないかな? 誰かを独占したくして仕方ない気持ち。わかるに決まってるよね? だって僕ら、同じ女性に恋してるんだもん」
「お前、なのか、やっぱり」
「当たり前でしょ。あの注意深い亜紀に、軍の警護をかいくぐって、長期間毒物を摂取させ続けるなんて、他の誰にできるのさ。いたら教えて欲しいくらいだよ」
 堂々と告白してみせた亜矢に、犬次郎は目を逸らした。その通りだった。
「なんで、お前があいつを殺そうとするんだよ」
 そう訊いてしまうのは人が善すぎるとわかっていても、訊いてしまった。
「誰にも渡したくなかったからさ。亜紀は、僕のものだ」
 笑顔で、毅然として亜矢は断言する。
「僕は亜紀を誰よりも愛してる。誰にも渡さない」
「……っ」
 犬次郎の唖然とした表情は亜矢の予想よりも淡泊で、思っていたほど愉快なものには見えなかった。
 ただ呆然として、責め立ても、問い詰めもされない。予めわかっていることをわざわざ訊くからだと少年は唇の端を歪めた。
「あんまり驚かないね。つまらないなあ、せっかく自白したのに」
「……俺も男だし、惚れた女も同じなんだ。お前があいつをどう思ってるかも予想はしてたさ」
 なにかしでかすんじゃないかと勘ぐるくらい、少年の気持ちを誰よりも正しく理解していた。ただまさか本当に、亜矢が亜紀に危害を加えることができるとは、どうしても確信が持てなかったのだ。
「まあ、こんな話に乱入されても困るから、今日は家に置いてきたけどね」
 犬次郎はぴくっと表情を歪める。家にいろと言われて、素直にいるような女でないことは明白だからだ。
「あいつに何をした?」
「べっつにい。昨夜飲ませたのはただの眠り薬で毒性はないよ。亜紀は慣れてないから、あれっぽっちの量でも明日の朝まで起きないんじゃない?」
「…………」
 薬を盛ること自体が許せないのか、男は険しい表情になるが、少年は平然としたものだった。それもそのはずで、日常的に大量の睡眠薬を必要としている亜矢からみれば、彼女が飲んだ量は少なすぎてきちんと効果が出るか不安だったくらいなのだ。身体に害があるわけがない。
 それでも弟の自分が毒を盛っていたことに気付いているなら、自分の持ってきた飲み物に手をつけるのを躊躇うかと思ったのだ。躊躇ったら無理矢理にでも、彼女を自分のものにしてしまおうと思っていた。所詮言葉だけならいくらでも言える、女なら涙を武器にするくらいやりかねない。なら躊躇うということは、『家族として愛している』ことさえ嘘になる。いくら虚弱体質とはいえ、十四になった今、男として、腕力まで姉に劣っているつもりはなかった。弟としてすら愛してもらえないのなら、歪んだ想いを成就させるまでだった。
 それなのに彼女は易々と、何かの異物が入っていることを承知で迷わず飲み干してみせた。もしあれが睡眠薬でなく、即効性の猛毒でも、彼女は迷わなかったに違いない。
 だから、夜が明けるまで側にいろと告げたのだ。
 もしも毒を盛ったのなら、自分の死を見届けろと暗にほのめかしたのだ。二度も双子の弟を裏切ってたまるものかと、彼女はせっかく助かった命を賭けて、自分の言葉に嘘はないと証明してみせた。嬉しくて嬉しくて一睡もできなかった。
 思い出すだけで泣きそうになり、亜矢は軽く頭を振った。今、彼にそれを悟られるわけにはいかないのだ。改めて笑顔を意識する。
「さて、最初の質問に戻ろうか。どうやって亜紀の身体から鉛を抜いたのか、教えてくれる? 完璧に致死量のはずなんだよね、アレ」
「鉛……だったのか。悪いが、俺は今初めて毒の正体を知った。治し方までわかるわけねえな」
「なにを、たわけたことを」
 亜矢は立ったまま、懐から歪な形の金属凶器を取り出した。残念なことに、まだ一般に出回っているものではないのでその正体を凶器だと、向けられた男は理解できなかった。
「なんだ、それ?」
「鉄砲。最新式のやつね」
 小型改良が施されたそれはまだ日本に一丁しかなく、知らなくても無理はない。持ち運びが便利な代わりに、一発ごと充填しなければならないのが欠点だが、戦争でなく暗殺に用いるなら一発で十分だった。亜矢がそれを持っている理由まではわからなくても、鉄砲と聞けばその危険性は通用する。
 刀では太刀打ちできない新型兵器。
 だが、
「ふーん」
 犬次郎の反応は実に淡泊だった。それからぽりぽりと頭を掻いて、反応に困ったように光がこぼれる天井近くの開いている窓を見上げた。
「俺を殺すのか?」
「君の返答次第かな」
 亜矢が毒に鉛を選んだのは半分好奇心だった。洋書を読みふけってもコレといえる都合の良い毒物が見あたらない中、そんなに毒とも思えないものに辿り着いた。試しに自分の身体で試してみたら酷い有様だったので、亜紀にはさらに少ない量を、時間をかけて与え続けた。
 効果は想像以上だった。隠してはいるけれど吐血しただろう血痕も見つけてある。
「八方手を尽くして治療法を捜したよ。現在の医療では治療不可能。それが僕の出した結論。それを簡単にひっくり返されて、納得できるわけがないんだよね」
 何も、最初から殺す気があって与え始めたわけではない。ただ彼女があまりにも忙しくて自分を構ってくれないから、せめて彼女を看病する機会が欲しかっただけなのだ。ちょっと困らせてやりたくて、一緒にいる時間が欲しかっただけなのに、鉛はどんどん彼女を虫食んでいった。恐ろしい速度で死を呼び寄せた。
 亜矢自身、後に退けないくらいに。
 自分の無知さに後悔した。後悔と共に覚悟していた。治らないなら、彼女の死を見届けてから自分も死のうと決めていた。そしてそれはもう、時間の問題のはずだった。
「教えてくれるよね? なんで、亜紀は今も生きているのか」
 笑顔を浮かべているのに、亜矢の眸からは堪えきれない一筋の涙が流れた。
 深く後悔していたのだ。殺すつもりなんてなかったのに、そんなつもりじゃなかったのにと。
「…………」
 犬次郎は歪な表情を浮かべる少年を前に、溜息をつくしかなかった。彼の考えていることがわかってしまったのだ。こういう時、自分の眸は困る。同情したくないのに見透かしてしまうのだ。
「説明はできる。ただ、お前を納得させられる自信はない」
「まさか、不死の妙薬とか言わないよね?」
「んなもんあったら、ここに社を建立しなかったと思うぜ?」
 彼はよっと立ち上がると、板の間の中心部を動かし始めた。
「勝手に動かないでくれる? じゃないと撃つからね?」
「あー、ここ開くんだよ」
「は?」
 犬次郎が慣れた手つきで複雑な動作を指先で繰り返すと、かぱん、と宮中心部の床板が外れてしまった。
「なにこれ?」
 亜矢が恐る恐る覗き込むと、底が見えないくらい深い穴が続いていた。
「うちの本物の御神体があるとこ。亜紀の身体は、うちの神さんにおすがりしてなんとかしてもらったんだ。本気で本当に神頼み。だからまず、うちの神さんに逢わないことには説明もできない」
「はぁあ!?」
「じゃー、俺先行くわ。気をつけろよ」
 言うが早いが、犬次郎は穴から続く急な階段を下り始めた。
「神様に、おすがり?」
 亜矢は戸惑ったが、軽く舌打ちして後に続くことにした。確かな腕の拝み屋といわれる彼が、こうした類のことで嘘をつくとは思えなかったのだ。

 随分と深くまで下りた気がした。後ろ向きになって手をつかなければ転げ落ちてしまいそうだった。そんな階段が奈落まで続いているかのような錯覚に囚われてしまう。
 下を見れば、先を行った男がいるはずのに、その姿がない。
(おかしいな……もしかして罠?)
 とはいえ彼に限ってそんな露骨な悪意を見せるとは思えない。
 下りても下りても終わらない。息切れがして、冷や汗が吹き出してくる。目眩がした。口から吐く息の色が白いことが、感覚で分かる。寒い。
 立ち止まるのが怖くて下へ下へおりていく。
 ちらと上を見ると四角くくりぬいた入り口に、すううと細長い何かの影が過ぎった。
 ぶぅわっと全身に鳥肌が粟立つ。おぞましいまでの悪意が身体を一気に貫いた。
 ――――違う。
 これは犬次郎の悪戯ではない。何かもっと大きな力が働いているとしか思えない。こんなことができるとしたら、それはもう人ではない。

「……! ……ぃ! 亜矢!」
 呼ばれた名前にはっと眼を見開くと、自分の身体は地に着いて岩壁にもたれかかっていた。周囲は明るく、昼間のような明るさが保たれている。
 心配そうに、しかし呆れ顔で覗き込んでいるのは犬次郎だ。
 ぺちぺちと気安く少年の頬を叩いている。
「……っ ――――っ」
 声が出なかった。息が苦しくて、全身が震えて自由に身動きが取れない。
 それでも目の前の男にはわかったらしい。笑みを浮かべて話しかけてきた。
「大丈夫か? やっと戻ってきたな」
「な、な、な……?」
「あんまり目を覚まさないんで、そろそろ上に引き上げようかと思ってたところだ」
 呑気な声にむかついて、亜矢は思わずがっと襟首を掴んで叫んだ。
「何さ今の!?」
 思った以上に大きな声が出た。
 少年は勢いに任せて相手の首をがくがくと揺さぶる。全力でがっくんがっくんと揺さぶった。
「落ち着け、落ち着け!」
「落ち着けるわけないでしょ!?」
「上、うえ、上見てみ」
「うえ!?」
 がばっと上を見てみると、ぽっかりと開いた板の間があった。犬次郎が背伸びをすれば手が届きそうなくらいの高さしかない。どうやら岩をくりぬいてつくられた洞穴のようで、そこに梯子が立てかけられている。必死で下った階段はどこにもなかった。
「………………うそ、な、んで」
「うちの神さんはタチ悪くてなー」
 亜矢が呆然としていると、犬次郎が苦笑しながら解説した。
「いや、タチが悪いというか気位が高いというか、あー、なんていうんだ? いや置いておこう。とにかく自分に逢おうとする奴を惑わして試すんだよ。気に入らない奴だとなかなか放してもらえないつーか、幻覚を払えないつーか、出てこられないっつーか……あ? 相手の暗部を鏡写しで返してるだけ? んなもん知らねーよ」
 一人で喋っているのに、誰かが口を挟んでいるような感じだ。
 まるで誰かが隣にいるような――。
「じゃあ、御開帳といきますか」
 言葉に釣られて洞穴の奥へ目を向ける。
 古めかしい大きな社が、洞穴の天井まで空間をめいっぱい使って鎮座していた。動揺していたとは言え、最初に気が付かなかったのがおかしなくらいの存在感を発していた。
 犬次郎は気軽に観音扉を開き、中に在るものに掛けられた紫色の掛布を取り払う。
「――――即、身仏……?」
 亜矢でさえ、思わず息を呑んだ。
 犬次郎の気安さが信じられないくらい、その御神体は異質な気を発していた。
「すげえだろ。綺麗に遺ってるんだ」
「ば……馬っ鹿じゃないの!? 自分ちの御神体ならもっと丁寧に扱いなよ!?」
 掛布を乱暴に取るだけで乾燥しきった遺体は崩れかねないのに。
 木乃伊と呼ばれるこれらの遺体が、どれだけの希少価値があって、どれだけの価格で売買されているのか犬次郎は知らないのだろうか。そんなわけがない。少なくとも希少価値は知っているはずだ。
 思いがけない代物の登場に声が上擦る。国内にあるのは知っていたが、実物にお目に掛かるのは少年も初めてだった。宗教に傾倒していなくてもつい拝みたくなってしまう雰囲気を帯びている。
「これ、女性だよね? うわー、髪の毛までしっかり残ってる……て、え?」
「通称、蛇女。浮気した男を呪い殺すために即身仏になっちまったっていう恐ろしい女。巻き付いてる蛇は本物らしい。可愛がってた蛇と一緒に仏さんになったっていう超曰く付き。あまりに物々しいんで荼毘にふそうって話もあったんだが、絶対に燃えなかったってんで、元あった場所に改めて祀り直したんだ。こうやって立派な社を造って何も起きないように願ったんだとさ。ついでに俺の初恋の女」
「……ごめん、どっから詳しく訊くべき?」
 とりあえず上丘社の成り立ちはよくわかった気がする。
 そんな呪われたり祟られたりしそうなものがあったら、誰でも奉りたくなるというものだ。
 しかし、
「……初恋?」
 亜矢は真剣に困惑の表情を浮かべた。
 いくら綺麗に遺ってるといっても、あくまでも遺体としての話だ。肌は乾燥しきって変色し、木片みたいなものだ。見た目にしても正面から見るのは勇気がいるくらいで、とてもじゃないがそんな気にはなれない。
 それを察したのか、犬次郎は視線を逸らして苦笑した。
「お前にゃ、木乃伊の姿でしか見えないだろ」
「……は?」
「皆そうなんだけどな。俺の曾祖父さんとおふくろは、声は聞こえたらしいんだが、生身の姿で視えるってのは俺だけらしい」
 彼の視線の先には誰もいない。
「ちょっと似てるよな。惚れても手に入らないのはよ」
 しかし、やや下に向けた視線は誰かに向けられているかのようだ。
「さっき、ここの神様はタチが悪いって……」
「悪いだろ。人を呪い殺してるんだ。お前だって、さっき惑わされたろ?」
「………………え、さっき、のは、この……仏さんのせい?」
「そう」
 犬次郎は深々と何度も頷き、
「ただまあ、タチは悪いんだがその神通力は大したもんで、もうどうしようもなかったから、最後の頼みの綱ってことでおすがりしてみた。気が向いてくれてよかったよ」
「それ、本当の話なの?」
「な? 納得できないだろ?」
「確かにね」
 常識から考えれば、完全に気の触れた話だ。
「まあ、でも、逆に説得力あるかもね」
 亜矢は手の震えが完全に止まったのを確認し、小型鉄砲の引き金に人差し指をかける。練習通り照準を定め、右手を添えて躊躇わずに引き金を引いた。
 狭い洞穴の中、ぐぉおおんと音が轟く。聞こえるはずのない音に目を丸めて驚いた。
「うわ、どうなってんの、これ」
 少年は即身仏の眉間に狙いを定めて引き金を引いたのに、外していないのに穴が空いていない。それどころか床にころんと鉛玉が転がっている。
「お前、驚かすんじゃねーよ! 撃つなら撃つって言えよ!」
 犬次郎は突然の轟音のせいで耳鳴りがするのか、右耳を押さえている。
 だが、木乃伊には一切傷がついていなかった。あり得ない出来事に少年の笑顔がかき消えた。
「あはは……、亜紀の恩人に、失礼なことしちゃった、ね。ごめんなさい!」
 亜矢は、即身仏に向かって土下座してみせた。自尊心がやたらと高くて、姉を中心に世界が回っていた少年が地に額をこすりつけていた。
「亜紀を……亜紀の命を、助けてくれて、ありがとうございました。死なないでくれて、よかった。生きててくれて、本当に、嬉しいです。僕の、僕が、馬鹿だから、亜紀が、死ぬとこ、だった……よかった……!」
 ぽろぽろと涙を零して真面目に謝罪を口にする亜矢に、犬次郎はほっとした。最悪の場合、亜紀に恨まれてでも双子を引き離さなければならないと覚悟していたのだ。でなければ今度こそ彼女の命がどうなるかわからなかったから。
 ひっくひっくと子供みたいに泣き声を上げ、それでも必死に謝り続ける姿は少年がどれだけ後悔していたかを如実に表している。『彼女』もなんだか呆れた様子で双子の片割れを眺めている。気分を害した様子はなさそうだった。
 もしかしたら彼は、姉の恩人に礼を言い、謝るためにここにきたのかもしれない。
「亜矢、もうこんなことしないって約束できるな? それなら許すってうちの神さんも言ってるぞ」
「いぬ、じろぅ……うぅ」
 少年は眸いっぱいに涙をため、何度も何度も頷いた。頷く度にぽろぽろと涙が溢れた。まったく涙が止まらないところなど姉とそっくりである。年相応どころか三つ四つ幼く見えた。
「ったく、手間のかかる姉弟だな」
 ぐしぐしと乱暴に頭を撫でてやると、まるで親に怒られた子供みたいにくしゃっと顔を歪めて亜矢はまた嗚咽を漏らした。
「あぎが、じなないで、よが、っだ、ほんどに、よがっ」
 この少年は早くに母親を亡くし、父は家を追い出され、姉は自ら出て行った。誰も構ってくれない、気に掛けてくれない広い屋敷の中で『寂しい』という迷宮に取り残され、成長する機会を失っていたのかもしれない。だから双子の姉に過剰なまでに依存しなければ生きてこられなかった。彼の抱えていた闇はそういう類のものだったのだ。
 父親と姉がどれだけ彼のことを心配していたのかきっとこの少年は知らない。かつての自分を思うと他人ごととは思えなかった。自分もまた、親に愛されていないと信じ切っていた時期があった。見捨てられたのだと思っていた。他の兄弟は愛されても、自分は愛されていないと。
 特に、この双子の場合は、姉が死んだ母に似ていて、弟は似ていなかったから、余計にそう感じていたのかもしれない。
「亜矢、こないだお前の親父さんがな、亜紀がいなくなったらお前の心が壊れるってすーげー心配してたんだぞ。亜紀のことだけじゃなくて、お前のこともちゃんと見てるんだ。お前だって愛されてるんだよ。ちゃんと親父さんにも謝れよ? まだうちの客間で寝込んでるから」
 亜矢は涙が涸れるまで泣きながら何度も、何度も何度も頷いてみせた。
 亜矢は、泣きながら犬次郎に大切な話をした。
 それは、亜矢自身が自分を許せなくて、自分を罰するために決意した秘密の話だった。

 深夜、開かれていないはずの港に大勢の人が集っていた。
 目の前にはいくつもの小型船。沖に大きな船を待たせての出港。国から出るものとはいえ、密使に近い船なのだ。
 亜矢は、亜紀の手を引いて人目のない方へ歩いていった。どうしても船に乗る前に、彼女に伝えたいことがあった。
「ここで、いいかな」
 あまり集団から離れてはいけないので、自分たちを見ているものがいないか、きょろきょろと確認する。誰も見ていない。否――彼だけは双子から眼を離さずに、こちらを見ている。好都合だった。
「亜矢……いいのね? 本当に船に乗って……」
「うん。僕は、英吉利に行くよ」
 この数日、何度も交わされたやりとりが、亜矢には嬉しい。亜紀は自分を引き留めたいと思ってくれている。傍にいて欲しいと思ってくれている。その上で、弟の意思を尊重しようとしてくれている。
 自分を一人前として、扱おうとしてくれているのがこの上なく嬉しかった。
「そう……アンタなら大丈夫だと思うけど」
「亜紀。最後に、聞いてほしい話があるんだ」
「いいけど、もう殆ど、時間ないわよ?」
 出港は間近だ。
 だけど、否、だからこそ話すことができる。
「あのね、これから僕が何を言っても、絶対に返事をしないで?」
「え……?」
 亜矢は大きく息を吸って、自分を落ち着ける。告白がこんなに勇気のいるものなんて、今まで知らなかった。
「僕ね、亜紀のこと、好き。大好き」
「え」
「家族としてもそうだけど、でも、僕は亜紀のことは一人の女の人としてしか見られないから。……愛してる。誰よりも」
 戸惑ったような姉の唇に人指し指をあてて、首を横に振る。
「返事は、しないで。亜紀に拒絶されたら僕は生きていけないから。返事をしないでくれたら僕は一人で頑張れるから。お願い、返事をしないで」
 なんて自分勝手な話だろう。
 だけど本当のことだから。
 聡明な姉は複雑な表情を浮かべ、それでも頷いてくれた。その時、船の方から誰かが少年を呼んだ。出港だ。
「亜矢、これを」
「バイバイ、亜紀」
 ほんの少し背伸びをして、目の前の女性に口づけをする。そしてそのまま背を向けて、船に向かって走り出す。
 姉は追いかけてこない。
 さすがの亜紀も、まさか出港間際に弟に唇を奪われるなんて思いもしなかったのだろう。ぽかんとしているはずだ。我に返ったら、絶対、殴られる。
 船に乗って端っこに座り込むと、一緒に船に乗る人々が怪訝そうな眼を向けたが亜矢は笑顔だった。
 最後にあなたに想いを告げられてよかった。
 そんな笑顔だった。
 最愛の姉を殺しかけた弟は自分が許せなくて、その姉の元を離れることを選んだ。それも海外へ、もう二度と最愛の姉には逢えないかもしれない場所へ行くことを。考え得る限り、彼にとってもっとも重い罰――だけど、心はなぜか晴れやかで。
「バイバイ、亜紀」
 さようなら、日本。



 亜矢を乗せた船が港を去った後、亜紀はしばらくその場に佇んでいた。波打ち際ぎりぎりまで行くこともなく、亜矢に誘われた場所から一歩も動かずに船影を見送った。
 その様子を少し離れた場所から犬次郎は見守っていた。
 この期に及んで、亜矢が何かしでかすとは思えなかったが、念のため双子から眼を離さないでいた。そうしたら、あれである。亜矢はこちらを向いていたから、確信的な当てつけに違いない。愛する人への口づけは己の欲望もあったのだろうが、なかなか亜紀と進展できないでいる犬次郎への強烈な当てつけだったのだ。
 最後まで可愛げのないやつ、と思われても仕方ない。
 あんなにぼろぼろ泣いて謝った姿が嘘のように、翌日にはもうけろりとして、平然と笑顔でいつものように仕事をこなしていた。英吉利へ行く、とは聞かされていたが出発がこんなに早いとは思わなかった。亜紀によれば以前から内々に打診されていた案件だそうだが、その彼女にしても亜矢が承諾していたとは聞かされていなかったそうだ。
「………………」
 もしかしたら亜矢は、彼女に盛った毒のことさえなければ、姉の結婚を見届けずに、国を去るつもりだったのかもしれない。
 すべてを胸に秘めたまま、ある日忽然と姿を消すつもりでいたのかもしれない。それは実に彼らしい気がして、犬次郎は苦笑した。
 深夜の海の側はあまりにも寒い。彼女に声をかけてもいい頃合いだと思った。
「亜紀」
 名前を呼んで歩み寄ると、彼女は突如として手に持っていた風呂敷を地面に投げつけた。異国へ旅立つ弟へ渡そうと思っていた包みだ。
「っざけんじゃないわよ! あーもう! 亜矢に出し抜かれるなんてありえない!」
「………………」
 感傷に浸っているのかと思ったら、怒りに打ち震えていたようである。
 くるぅりと男へと振り返った亜紀の眼は、完全に据わっていた。
「あぁら、ちょうどいいところに。ちょっとその面貸しなさいよ。怒りの矛先がなくて困ってたのよ」
「こ、断る! なんで俺があいつのせいで八つ当たりされなきゃいけないんだ!」
「あらその顔は、今の見てたわね? うふふ、まあまあそんな遠慮しないで。優しくしてあげるから、ね?」
 怖い笑顔だった。
 犬次郎はじりじりと後ずさる。まさかこうなることまで計算づくで、彼は逃げ去ったのだろうか。ありうる。あの姉大事な弟なら、ありうる。
(本っ当に可愛げのないやつ!)
 その気になれば亜紀の八つ当たりなど易々とかわせるが、心理的にかわせない。避けることなんてできない。
 振り上げられた腕に痛みを覚悟した。
 だが、その腕はへなへなと弱々しく彼の胸を叩いただけだった。
「はあぁ……まったく。人が落ち込むと思って、なんてことしてくれるのよ、あの子は」
「……あ、亜紀?」
「本気でアンタに当たるわけないでしょうが」
 そこまで弟の思惑に乗ってたまるものかと、亜紀は笑った。寒さのせいか顔色が悪い。弱々しい笑みに犬次郎は溜息をついた。
「あんまり寝てないんだろ。無理すんな」
「ええ……」
 英吉利行きを明かした亜矢の穴を埋めるため、早々に仕事に復帰した亜紀の疲労は相当なものだ。本来ならば、まだ養生していなければならない時なのに、いくら苦言を呈してもまったく耳を貸さない。
 男が自分の上着を脱いで掛けてやると、彼女は珍しく素直に袖を通した。
「ありがとう」
 それが上着を貸したことへの礼なのか、弟の決意を後押ししたことへの礼なのか、犬次郎にはわからなかった。だが、彼女に感謝を告げられただけで幸福を感じられるのだから自分は大変安い男だと思わざるを得ない。
「帰りましょう。こんな寒いところいられないわ」
「だな」
「ついでに、腕、借りるわよ」
「は?」
 急に左腕にしがみついて来られて男は驚くが、近くで見る亜紀の顔色は、先ほどよりもずっと悪かった。衣服越しにも身体の震えが伝わってくる。合わせていた歩調をさらに緩め、華奢な身体を抱きかかえるようにして支えてやる。
「車をつかまえるか?」
 今にも倒れてしまいそうだから尋ねたのだが、
「いらないわ。倒れたら担いでいってちょうだい。前みたいにね」
 彼女の返答はどこまでも強気だ。
「担いでって……」
「私は歩くのが好きなの。自分の足でね。乗り物は嫌い」
「わかった。つまり、帰るのが優先なんだな?」
「そういうこと」
 なんというか、彼と彼女の会話はいつもこんなふうにちょっとずれたものになりがちだった。
 どうしてほしい、こうしてほしいという要求はなく、断片的に先を読ませるようなことしか彼女は言わない。強気なのか、弱味を見せたくないのか、それともいつもこんな会話の仕方をしているからなのか。
 亜紀の仕事のことは詳しく知らされていないが、政府要人の案内係だというのだから、もしかしたらこんな思考を探り合うような会話ばかりしているのかもしれない。
 犬次郎としては新鮮なやりとりだったが、偶には素直に甘えてくれてもいいだろうにと寂しく感じてしまう。もちろん、彼女が素直に甘えてくれるなんて自惚れてはいないつもりだが、隣を歩く亜紀は意地で立っているらしく時々足がつっかえてしまう。
 何も言わないでその度に支えてやりながら、やれやれと思う。本当に強情な女だ。
 亜紀の身体は完全に健常になったわけではない。生命の危機を脱した、なんとか一命をとりとめた、というのが先日の状況だった。だから今もまだ外出には相当の気力を振り絞っていることだろう。
 それなのに仕事はするし、亜矢の代わりとあちこちに顔を出すし、今は引っ越しの準備までこなしている。時々力ずくで休ませるのだが、とてもじゃないが十分な休養になっているとは思えない。
 そもそも犬次郎が家に連れ帰った時点で危篤状態だったのだ。
 亜矢にはあえて伝えなかったが、彼がユウメに頼んだのは亜紀の生命を少しの間繋ぎ止めること、それだけだった。正しくは、ユウメの力を持ってしてもそれが限界だった。後はひたすら彼女の手を握って、魂が崩れ落ちないように犬次郎自身が自分の生命力を送り続けた。結果的に亜矢の盛っていた毒が中和され、なんとか自分の足で歩けるようになった程度にしか彼女は回復していないのだ。弱り切った身体ではいつ倒れても不思議はない。
 生命力を削った犬次郎の負担も少なくはなかったが、基礎体力に差がありすぎる。翌日にはもうけろりとしていて、起き上がることさえできなかった亜紀から散々文句をいわれたものだ。
 お陰様で亜紀の出向く先について回っているのが現状である。何といわれようと、これだけは譲れなかった。せっかく奇跡みたいに一命を取り留めたのに、その辺でのたれ死なれてはたまらなかった。
 ……もう少ししたら仕事が一段落する。それまでは休めない。
 ……とにかく仕事が一段落したらきちんと休みを取る。
 そんな平行線のやりとりを続けて、ようやく今日にこぎ着けた。亜矢を無事送り出すことができ、ようやく一段落ついた。これ以上無理をして仕事をしなければいけない理由はない。犬次郎にしてもここが我慢の限界だった。
 港から亜紀の住んでいる家までは結構な距離があるのだが、他人に支えられてとはいえしっかり歩ききってみせた。
 家の前をうろうろしていた不審人物は、彼女たちが寄り添って歩いてきたので驚きすぎて立ちつくして出迎えた。
「あ、あ、亜紀!? お、おおおお前ついに……っ」
 ついに、一体何なのか。彼女は黙殺した。
「あー、うるさい、うるさい。犬、お茶いれて、お茶。熱いの」
「それは構わないが……呼んだのか? 親父さん」
 尚之はおろおろと二人の顔を見比べている。
「言わないわけにはいかないでしょう。それに、親としてどう? 知らされないのって」
「……まあ、そうだけどよ」
 実は、尚之はまだ息子が遊学に出たことを知らない。亜矢がそれだけは自分がいなくなるまで絶対に言わないで欲しいと懇願したからだ。無事出発したら伝えるつもりでいた。だが、まさかこんな時間に呼びつけているとは思わなかった。
 亜紀は居間で毛布にくるまり、熱いお茶を飲んでようやく身体の震えが収まったようだった。
 それまでじっと我慢の子でお茶をすすっていた父親は、おずおずと尋ねた。
「あ、あ、亜紀。あ、亜矢は、今日は仕事かい? す、姿が見えないようだけれど」
 先日、ようやく歩み寄りをみせた父と息子なのだが、父親の方が今まで構ってやれなかった罪悪感が強いらしく、なかなか会話ができないようで名前を出すだけで、無駄にもじもじとしている。
 双子の父親はそんなに高い身分の出自ではなく、優れた学を買われて通訳官として職を得られたこと自体大出世だった。しかも公家出身の娘に見初められ、周囲の反対を押し切って結婚した。そのくらいの実力者だったはずなのに、今は見る影もなく、同僚と共に平屋に仮住まいという見事な転落人生を送っている。いつもへらへらと笑っているのは、実は今にも死んでしまいそうな絶望を覆い隠すのに必要な仮面なのかもしれない。
 だがそんな彼も、こっそり応援してくれている愛娘や自分に似ていると主張している(が、亜矢は断固否定している)愛息子の側では本当に幸せそうに笑うのだ。それだけに、息子の遊学を隠していることに犬次郎はちょっぴりどころかかなり罪悪感を感じていた。
 だが、その説明は彼の娘がするべきだろう。彼女を差し置いて真実を告げることはできなかった。
「お父様、亜矢は今日は帰ってきません」
「あ、あ、あ、そ、そうなの?」
「今日も明日も明後日も、明明後日も。……ずっとです」
 尚之は一瞬きょとんとしたが、またへらっと笑った。言葉少なな会話だけで尚之は正確に理解してみせた。へらっとした微笑みの中に淋しさが浮かんでいた。
「……そう。あの子もようやく独り立ちできたんだね。よかった。……どこの国へ?」
「英吉利です」
「そっか、遠いねえ」
 彼は湯飲みを覗き込み、肩を落とした。愛しい我が子が黙って旅立ったことに少なからず衝撃を受けただろうに、ゆっくりと、何度も頷いて独白した。
「本当に、よかった。本当に……。これでいつ、青乃さんのところに行っても、胸を張って自慢できるよ。二人とも立派に育ったって」
 尚之は妻の犯した罪を知らない。
 娘もあえて父には伝えなかった。母亡き後、彼に残されたのが本当に『命』だけだったのを知っていたから、これ以上苦しめたいとはどうしても思えなかった。
「まだ、お母様のところへ行くのは早すぎますよ」
 亜紀は殆ど空になった戸棚から、京紫の風呂敷を取った。包みの形状からして書籍だろう。それを父親の前にすっと差し出して、瞼を下ろした。
「差し上げます。私にはもう不要なものですから」
「え……?」
 おずおずと尚之が包みを開くと白梅の香りが立ち昇った。
「これは……青乃さんの……?」
「どうせ、叔父様はお父様に遺品のひとつも渡さなかったのでしょう? 差し上げます」
 尚之は震える手で表紙をなぞり、おそるおそる頁をめくった。懐かしい香りだけでも涙が溢れてくるのに、そこに遺る筆跡に、綴られた文字に胸が強くしめつけられる。嗚咽が零れるのにさして時間は要らなかった。
 亜紀にとって、この童話集は母の形見であると共に、母が父を愛した証拠だった。身分違いの恋をして、それを理由に自分を拒絶する男に愛を伝えたくて必死に語学を学んだその姿だけが、幼い亜紀が信じた母親の姿と重なった。喩え彼女が罪を犯していたとしても、彼女が父を愛していたこともまた真実なのだと、幾度も自分に言い聞かせなければ辛すぎて正気を失いそうだった。
 だから今まで手放すことができなかった。
 だけど、今これを本当に必要としているのは目の前にいる人だから。
「お父様、私たちのことはもう何も心配いりませんから、ご自分のしたいことをなさって下さい」
 彼も、いい加減青乃の呪縛から解き放たれるべきだ。こんなにももう、とりかえしのつかないくらい長い時間を後悔に費やしてきたのだから、自由になったっていいはずだ。否、自由になるべきだった。
「亜紀……」
 年甲斐もなくぼろぼろと涙を零す姿を見て、犬次郎は確信した。この人は確かに、双子の父親なのだと。泣き方など姉にも弟にもよく似ていて、血が繋がっていないわけがない。こうやって並べて見比べてみれば、母親似といわれている亜紀でさえ、父親の面影があった。
 姦通していたくらいだから、もしかしたら双子の父親も別人なのではと邪推していたことが恥ずかしくなる。たぶん双子だからよかったのだ。ひとつでも歳が違っていれば、亜紀もそれを疑っただろう。彼らは双子でよかったのだ。そうでなければ彼女とて耐えられなかったはずだ。
「ただし、私は政府側の人間ですから、批判は徹底的に潰しにかかりますよ」
「は?」
 横で聞いていた犬次郎は目を丸めたが、尚之は涙を拭いながらはっきりと頷いた。
「国会が開かれることは望ましいことだ。だが選挙や人選、運営、特権などまだまだ追求すべきことは多々とある。華族令にしたってそうだ。特権階級だけが政治を支配するのではなく、国民にも開かれるべきだ」
「はあ!?」
 いきなり飛び出した小難しい発言に、驚きが声になって漏れた。男のきりりとした表情が信じられなかった。眼を疑った。
 しかし平然と亜紀は切り返す。
「その意見のすべてを否定はしません。ですが賛同もしかねます。日本国民はいまだ旧体制から立ち直ることができず、いきなり政治に参加しろといわれてもまともに受け入れられるわけがありません。まずは国会内部の整備に力を注ぐことが望ましいはずです」
「それは上に立つ者たちの言い訳にすぎない。国民を愚鈍と切り捨てているようなものだ。貧しい者たちにもきちんとした勉学の機会を与え、平等を期すべきだ」
「勉学の機会を与えることには賛成です。ですが、それに実が成るまでどれだけの時間がかかるとお思いですか。呑気に待っていては諸外国に隙を見せることになります」
 犬次郎は唖然とするしかない。これが父と娘の会話だろうか。だが当人たちは、至って真剣そのものだ。亜紀は唇の端を上げて挑戦的に笑った。
「お父様が反政府側につくのは敵に塩を送るようなものですが、その分、十分な議論が交わされることを期待しますよ。両陣営の徹底的な論争が、将来の日本国の礎を築くことになるはずです。ぽっくり死ぬなんて許しません」
「言うようになったじゃないか、亜紀。……わかったよ、私も全力を尽くさせてもらう。簡単には青乃さんの元へいかないようにするよ」
「そうして下さい」
 二人は唐突に黙って茶をすする。なんだか共に満足そうだが、見ている側にはわけがわからない。
 尚之はいつものようにへらっとした笑顔に戻るとそれはそれとして、と前置きした。
「ところで、亜紀はこの後どうするんだい? さすがに一人暮らしはさせられないよ。槻路の家に戻るのかい?」
「まさか。いまさら戻って叔父様のいいなりに見合いをする気はありませんよ。しばらくは神岡家の離れに間借させていただくことになってます。そろそろ本格的に休暇をとらないと身が持ちませんので」
「ああ、それはいい。神岡さんの家なら身を隠すにはうってつけだし、いつでも亜紀に逢いにいける」
 ギロ、と亜紀は父親を睨んだ。
「用事もないのに来たら、階段の一番上から突き落としますから。そこまでお父様を甘やかすつもりはありません」
「亜紀……別にそのくらい」
「いいんだよ、犬次郎くん。亜紀は、用事があれば来ていいっていってるんだ」
 へらへらとした笑みが、本当に幸せそうだ。
 その愛娘は少し不服そうに顔を逸らしたが、父の言葉を否定しなかった。
「私はなんて幸せ者だろうね。こんなにも娘に想ってもらえて、息子は私の夢を叶えてくれた。とても嬉しいよ。ありがとう」
「亜矢の遊学は完璧に逃げだと思いますけどねえ」
「そんなことないよ。きっと、いや絶対、覚えていてくれたんだ。私は本当に幸せ者だねえ」
 かつて尚之もまた、使節団の一員に名を連ねていた。外国へ行って知識を深めることが小さい頃からの夢だったから、それがとても誇らしかった。だが槻路家に婿入りしたことで、それは叶わぬ夢となった。子供に託すには少々酷な夢で、だけど諦めきれなくて子供たちに様々な国の言葉を教えた。まさか二人してこんなにも賢く育つなんて思わなかったからたくさん驚かされた。
「……あ。亜紀、結婚はどうするんだい?」
「なぜそこに話が戻るんですか」
「だって康一郎くんは別の人と結婚しちゃったじゃないか。お前ももう年頃なんだから……いっそ、このまま犬次郎くんと結婚しちゃう、ってのはどうだい?」
 ぶっ、と茶を吹き出したのは犬次郎だけだった。亜紀は困ったような表情を浮かべて溜息をつく。
「叔父様が烈火の如く怒る様相が、今から見えますねえ」
「あの人は本当に、青乃さん大好きだからねえ。でも、まあ、亜紀が幸せになれるんなら、誰を選んでも最後には承諾してくれると思うよ。色々文句は言うだろうけど」
「面倒くさい人ですよねえ、私はお母様じゃないって何度いったらわかるのか」
「公家ってのはどうしてああも上から目線なのか理解に苦しむけど、まあ、戊辰も西南も勝った方がやたらと図に乗ってたから似たようなのかもしれないねえ。元武家の人たちは廃刀令の時ったらもう、見てて可哀想になったよ。それまで威張り散らしてただけになおさらねえ」
 けんけんと咽せ込みながら、それを放置する父娘を見て犬次郎は思う。外見は母親似だというが、中身はまるっきし父親似なんじゃないかと。今まで彼を人畜無害で呑気な善人だと思いこんでいただけに衝撃が大きかった。こんな狸な父親では子供たちは賢くならざるを得ないはずだ。
 あまりにも残酷で、立ち直れない程険しい人生を送ってきた男は、自分を幸せ者だと微笑む。今まで生きていてよかったと、思いあまって死なないでよかったと。その言葉を聞いて、短いながらやはり険しい人生を送ってきた娘は、私も幸せ者ですと微笑み返した。
 そんなやりとりを見せつけられたら、犬次郎に口をはさむことなんてできなかった。

 階段を一段一段上る身体が重い。
 少し先でわざわざ待っていてくれている男は転げ落ちるんじゃなかろうかと心配そうな表情をしている。幅の大きな石の辺りで大きく息を吐いて、亜紀は階段にへたり込んだ。限界だった。
「……っ ふー……、相っ変わらずっ 心臓、破り……っ」
「だから無理すんなって言ってんのに。まだ半分も来てないぞ」
「うる っさい」
 少女は思いきり肩ではーはーと息をしている。ただでさえ辛い神岡神社の石階段は、病み上がりの亜紀にはかなり厳しいものがあった。それでも上れるところまでは自分の足で行くというのだから、なんとも頑固なものである。
「そんなに担がれるのに抵抗あんのか?」
「と、いうか……ちょ、待って……はー……」
 数分後、なんとか呼吸を整えた亜紀はそういうわけじゃないと首を横に振った。
「ただね、階段て、自分の足で上らなきゃいけないような気がするのよね。そういう気がして、はー。……だって、自分の足で上りきると気持ちいいじゃない? 特に、ここは」
「……ここの階段に関しては、みんなそういうけどな?」
 別にそういうことを訊いているわけではない。
 わかっていると彼女は軽く頷いた。
「なんだか、嫌なのよ。自分の力を出し切っていないのに、人に頼るのって」
 それは彼女の今までの生き方を表しているのかもしれない。誰かを頼れば借りになる。何かを返さなければいけなくなる。そんな余裕はどこにもないのに、借りを作ることなんてできない。
 かつて大きな借りを返すため、自分の身体を差し出したことさえある亜紀だから、強迫観念に近い感覚があるのかもしれない。もちろんそんな事情を説明するつもりは毛頭ないが、それでも全力で何かに挑むのは悪い気がしなかった。だが、
「だからって、身体が弱ってる時にそこまでしなくたっていいだろ」
 ぽいっと、彼が持っていてくれた仕事の書類が詰まった重い包みを気安く渡され、きょとんとしている間に軽々と包みごと抱きかかえられていた。
「まだ自分で行けるわよ」
「お前に合わせてたら日が暮れる」
 思わず文句を言ってしまったが、反論できなかった。限界だと見破られているのだ。
「……ここを毎日往復したら健康になれるかしら」
「ぶったおれて転がり落ちるのが見えてるな。少しずつやればいいだろ。何もいきなり全段挑戦する必要ないし。っていうか、お前めちゃくちゃ軽くなってんだけど、ちゃんと飯食ってんだろうな?」
 じろりと睨まれて、亜紀は正直に白状した。
「い、忙しいと、時々、忘れる」
「ほー」
 心配からくる質問で、自分に非があることも理解していたから亜紀は必死に顔を逸らした。だって仕方がないのだ。目の前で客人が食事をしていたとしても、通訳の自分が食べ物を口にするわけにはいかないのだ。酒を勧められたって飲んで一口、二口。短い休憩時間も削られることは少なくないし、次の来客予定の確認や衣装替えをしていたら食事をする暇なんかどこにもない。移動時間はひたすら瞼を下ろして頭を休めているのだから。
 悶々と言い訳もできずに黙り込む亜紀に、犬次郎は少し前から気になっていた疑問をぶつけてみた。
「お前さ、あいつが遊学に出るってあの子が教えてくれなかったら、どうするつもりだったんだ?」
 あの子、というのは亜矢が飛び出した後、双子の家を訪ねてきた人物のことだ。
「さあ、どうなってたのかしらねえ」
 いくら港がすぐ側にあるとはいえ、渡来人が往来を歩き回ることは珍しい。子供なんかは特に一人で外出させないはずなのに、金髪碧眼の仏蘭西人形みたいなその少女は、双子の家に一人でやってきた。
「メルディン」
 と、亜紀が驚いて出迎えた名前にしても、日本人ではない。
 彼女は日本語がまったくわからないから、と亜紀は前置きして少女と会話をし始めた。英吉利外交官の娘のメルディンは、亜紀を説得しに単身乗り込んできたのだ。亜矢は英吉利に来てくれるのに、どうして亜紀は来てくれないのか、と。亜紀はそこで初めて亜矢の遊学を知った。
 メルディンは日本語がまったくわからない。親について日本へ来たが、話し相手も、遊び相手もおらず、忙しい親に我が儘も言えないで随分と寂しい思いをしていたようだ。とある会食の席で、自分と同い年くらいの双子を見つけて、彼らが自分と話ができると知ってとても喜んだのだ。それから双子は仕事の合間を縫って彼女と話をすることにした。
 メルディンの親があえて仕事として呼び出して、彼女と遊ばせることも少なくなかった。彼女と双子は友達だった。
 だから、メルディンは亜矢が一緒に英吉利へ来ると知って感激した。
 だから、亜紀が来てくれないことに激しく落胆した。諦められないくらいに。
 それで直談判しようと屋敷を抜け出して慣れない道を歩き、好奇の目にさらされながら、涙目になりながらも頑張って彼女の家に辿り着いたのだ。
 遊学者の選定は内密に行われる。国の極秘事項なのだ。亜矢も、まさかこんなところから情報が漏れるなんて思わなかったに違いない。
 亜紀も、亜矢の遊学が迫っていることを知らなければ胸の内を明かすことはできなかったかもしれない。そのくらい、弟に語ることが怖かったのだ。亜矢は姉に拒絶されることを畏れていたが、何のことはない。亜紀も弟に拒絶されることを畏れていたのだ。
「彼女のお陰で姉弟円満、まさか亜矢がお父様に心を開くなんて思わなかった」
 結果的に、事態は急速に好転して解決の糸口まで掴むことができた。弟は行ってしまったが、一人ではない。彼女が一緒にいてくれるから、亜紀も安心して送り出すことができた。
 もしも彼女がいなければ、来てくれなければ、
「……どうしようも、なかったかもしれないわ。私も亜矢も意地っ張りで、お父様は超弱腰。心配してたなんて口が裂けても言えなかったでしょうね。もちろん、アンタが間に入ったからこそ、言えたんでしょうけれど」
 そもそも父親ならもっと強く厳しく言ってやればいいのに、ぼろぼろ泣き崩れて息子に抱きついて謝り倒したというのだから呆れるばかりだ。それでも亜紀はほっとしたのだ。ようやくわだかまりがとけたことに涙が出るほどほっとした。
 ふと思いついたことがあって、彼女は男の腕の中でぷうと頬を膨らませた。
「大体ね、亜矢の方がお母様に似てるのよ? 外見は男と女だから仕方ないけど、私はいつも言ってやりたかったんだから。アンタの性格の悪いところはお母様によく似てるって! どうしてみんなして私の方が似てるって言うのかしら! 実の姉に鉛と睡眠薬を盛る馬鹿がどこにいるって言うのよ! あーもう、頭にくるったら!」
 犬次郎も彼女に母親に似ているのかと尋ねたことがあったが、どうやらその時浮かべた複雑な表情の理由はこれらしい。母親似といわれることにどうしても納得がいかないらしく、その後もしばらくぷんぷんと怒っていた。
 だが階段を上りきる頃にはすっかり冷静を取り戻して、運んでくれたことに礼を述べた。
「で、お前これからどうすんだよ。休暇取った後」
「仕事に戻るわよ。亜矢のやってた翻訳を請け負わないと。難しいものになると、人が全然足りないから。法律だの憲法だの山積みなのよね」
「そ、っか」
 少し残念な気がした。
 彼女が仕事に戻るのならば、また忙しくなって殆ど逢えなくなるだろう。亜矢に、姉に何かあったら助けになってやってくれと頼まれたが、犬次郎にできることはなさそうだった。
 だが、亜紀はそんな考えを見透かしたように、艶やかに微笑んだ。
「十六になるまでは、ね。現役通訳の仕事はそれでおしまい。あとは裏方に徹するわ」
「え?」
「だって、アンタ嫌でしょ? 私がこうやって働き続けるの。身体も壊すし」
「……な、んで」
 まったく鈍い男だと、亜紀は呆れた顔になった。
「アンタと結婚するって言ってるの。昨夜の話聞いてなかったの?」
 確かに亜紀は、父親の言葉に叔父が烈火の如く怒るという表現をしはしたが、裏を返せばそれは父親の言葉を肯定したということで。
 犬次郎は今初めて気が付き、炎が燃えるかのように顔を赤くして慌てて眸を逸らした。
「馬っ鹿ねえ」
 くすくすと、亜紀が笑う。その笑顔はとても綺麗で、様々な重荷を肩から下ろしたことを彼に告げていた。それは天秤の両側に重くのしかかっていた錘が、鳥が飛び立つように綺麗に消えてしまったことを物語っていた。


 彼女の名は、歴史に遺されていない。
 数々の書籍を翻訳したことも、通訳官として活躍したことも、国の制度についてあり方を提言したことも、ひとつとして遺されていない。
 だが、もし彼女がいなければ、今我々はどうしていただろう。
 もしかしたら、我々に馴染みある古い文献も、彼女の手によって書かれたものかもしれない。
 幕末から明治へ、日本の黎明期を必死に生きていた人々がいた。喩え名が遺らずとも、お国のためと必死に生きていた人々がいたのだ。それだけは、確かなことだ。
 これは同人誌として出した小説です。
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