三 勝機
だが、小吉はまたもや意外な行動を取った。
刀を投げ捨て、鞘に収まった大刀を左手に持って佇立する慶次郎に、赤子のように抱きついたのだ!少なくとも慶次郎の両腕の動きは止められた!
「りん!今じゃ!儂ごと斬れ!」
りんはびっくりした!小吉は裏切った主とともに俺に斬られて死ぬつもりか!しかし千載一遇の好機!一瞬の隙も見逃さないりんの体は動いた。
だが、りんと慶次郎の間は三間(約六メートル)。りんが足を踏み出した時、慶次郎は右手を振り絞り、小吉の顔を殴った。小吉の腕が緩む!りんとの間は二間!慶次郎は小吉を突き飛ばし右手を柄に付け、大刀を抜きはじめた!
小吉は背中と頭を壁に打って昏倒したようだ。
りんは間合い一間に近づいたとき、それまで右手に垂らしていた剣を上段にして左手を添えた。しかし慶次郎の大刀は右上に既に引き抜かれ、弧を描いてりんの上に下ろされようとしていた。
慶次郎の異常な腕力によってその剣は、一瞬早く自分に届くということを悟ったりんは、鋭く振り下ろそうとしていた上段の剣を顔の前に留めた。次の瞬間、慶次郎の剣が打ち下ろされ、刃と刃がぎゃりんと悲鳴を上げる。
慶次郎の大刀は身が厚く重い。りんの刀は人を斬る柳刃包丁の如く薄く軽い。慶次郎の刀の勢いでりんの刀の棟がりんの頭に押しつけられ、りんは飛び下がった。
小吉は確かに慶次郎を裏切ったようだが、何かおかしい。自分を裏切った小吉をなぜ慶次郎は近づかせ、抱きつかせたのか?その前に小吉を一刀両断に出来たはずだ。だが、慶次郎の小吉を見る目は穏やかであった。
ふん、そうか。
四十を超えた慶次郎と、三十そこそこの小吉との間にやはり何かあるのだろう。小吉は明らかに衆道だ!慶次も小吉を切り捨てられない未練があるのじゃろう。二人だけでこの広い屋敷に住んでいるのも、人に見咎められぬために違いない。
りんは慶次郎に放りだされ伸びている小吉を起こし、刃を小吉の喉に当てた。小吉は朦朧としていたが、呻くように言った。
「・・・りん、な、何をしている・・・敵わぬ!逃げろ・・・」
りんは慶次郎に怒鳴った。
「慶次!刀を捨てろ!小吉を殺すぞ!」
りんは、この主従が衆道の関係にあることに賭けていた。衆道とは、男と女の道よりも契りが固いと聞いたことがある。
慶次郎ががらんと刀を捨てた。
勝った!
「そこに座れ!」
慶次郎が胡座をかいてどすんと腰を落とした。ごつごつした四十男と三十男が、愛を語る場面など想像も及ばぬが、こやつらはそんなもので命を落とすのよ!
油断無く立ち上がるりんに、脳震盪を起こし起きあがれぬ小吉の手がすがった。
「りん!・・・ご、後生じゃ!やめてくれ!」
りんは小吉を見ることもなく小吉の腕を切った。傷は浅かったが、小吉は腕をもう上げることは出来なかった。
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