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  グレイソウル 作者:
襲撃・2
 ・・・シバは急に空腹を感じて、屋台で饅頭を二つ買った。
 昨日の食事は持参した干し肉で済ませたから、人里の料理を食べるのは・・・(三年前に、ヘイルー国で麺を食って以来だな)と、ボンヤリと思い出しつつ、歩きながら饅頭を頬張る。
 山の中での食事は、あまり調味料を使わない。それと比べると、口当たりは良いが、味がかなり強い。

「何もかも、変わったな・・・」シバは、自分が今いる場所が、本当に自分の故郷の・・・ペイジ国の首都なのか、分からなくなりかけていた。
 シバはあちこちの山や森の中に、全部で八つの隠れ家を作り、適当に移動しながら暮らしていた。自分で作れない生活用品は、その都度、今回のようにして人里で手に入れていた。
 だが、ペイジ国の土を踏むことは、意識的に避けてきた。
 理由は二つある。
 ひとつは、故郷に嫌気がさしたから。そしてもうひとつは、命の危険があったからだ。


 27年前。世界中の軍隊が、解隊された。
 ペイジ国は大国の余裕もあり、人道的な国家を演出するために、率先して解隊を進めた。
 ただし世界から、いわゆる「外交の一手段としての戦争」がなくなったのは、人道的な見地ばかりからでは、勿論ない。
 多大な人的・物的被害や、戦後復興の困難さ。それに見合うだけの経済効果が上がらないこと。要は、国益を考えると「採算が合わない」から、戦争をやめることにしたのだ。
 これは、この世界の各国が、食料・エネルギー共に、高い自給率を維持していることや、国境が山や森、砂漠などで、きれいに分断されているといった地理的要因。
 高度な呪術体系が、物理的な移送手段よりも先に、情報の伝達能力を発達させたという文明的背景。
 それに民族や宗教的な対立が、たまたま少なく、あってもごく小規模だったというような、さまざまな原因が絡み合った結果だ。

 また、この世界の根底に流れる「陰陽」の思想の影響も大きい。
 陰が極まれば陽となり、陽が極まれば陰となる。宇宙は常に変化していて、陰と陽のどちらか一方のみが力を持ち続けるということはない。
 もし、陰もしくは陽のどちらかが、無理に勢力を維持しようとすれば、もう片方も負けじとバランスを取ろうとして、無理に力を蓄えようとする。そのままお互いが譲らなければ、力と力がぶつかり合い、氣が滞る。

 例えば何者かが、欲望に任せて分不相応に・・・必要以上の力を持とうとして、他の者の成長を妨げたり、暴力をもって虐げたりすれば、必ずどこかで無理が生じる。その先にあるのは・・・破滅か、無秩序のどちらかだ。
 人と人、国と国。何かと何かが敵対関係になるということには、常にそういう危険が付き纏っている。この世界の人間は、潜在的にそう考えていた。

 もっとも、だからといって闘争や権力争いがないわけではない。
 多数の兵士や兵器を動員しての「戦争」はなくなっても、裏に回れば諜報や暗殺、謀略、恐喝まがいの外交などが、いくらでもあった。
 要は、破滅や無秩序につながるような、大きな争いにならなければいい・・・そういう感覚だ。


 そしてシバは・・・軍隊が解隊された時、暗殺部隊の一員に任命された。
 ショックだった。
 彼にとって暗殺は、弱い者を闇討ちにするという・・・ただ、卑怯なだけの仕事だった。
(俺は、暗殺などをするために技を磨いてきたのではない。俺と同じように、技を磨き、体を鍛えた者達と、戦場で戦うために・・・辛い訓練に耐えてきたのだ。そういう戦いでなければ、己の強さも実感できないではないか)

 暗殺部隊に選抜されたのは、多くの軍人の中の、ほんの一握りだった。
 白兵戦の専門家で、特殊部隊でも抜群の実力者だったシバだからこそ、その枠内に入ったのだ。
 シバと同じ部隊にいた者でも、その配置転換や再就職先の殆んどは、警備隊やそれに関連する公的機関だった。それは、戦場では戦えなくても、少なくとも日の当たる場所を歩ける仕事だ。
 だがシバは、そうはいかない。
 暗殺者になれば、もう日の当たる場所には出られない。いや、それ以上に暗殺という仕事そのものが嫌だった。
 
 シバが暗殺部隊の一員に任命された時、彼以外の軍人の殆んどは、次の仕事が決まっていた。そんな中で、辞令も解雇通知もないまま待機させられていたシバは、ある日突然、軍に呼び出された。
 シバは薄暗い会議室で、(実際、軍に回す予算がなかったので、照明が点かなかった)書類整理と、会議と、根回ししかしたことのないような、でっぷりと太って脂ぎった「偉いお役人」と一対一で向かい合い、暗殺者に任命された。
 その役人は、パチパチとせわしなくまばたきをしながら、恩着せがましく言葉を並べた。
「君を抜擢したのは、特別な配慮なんだよ」だの。
「もう、他の仲間達は、次の仕事も決まっているんだろう?」だの。
「これから君にできる仕事は、これしかないよ」だの。
 シバは無表情なままで、役人の言葉にいちいち苛立っていた。
(特別な配慮?わざと俺への連絡を遅くして、焦りを誘ったんだろうが。もう、暗殺者以外に道はない、と思わせるために・・・)

 だが役人は、そんなシバの心中などお構いなしだった。
「実際、君に向いた仕事だと思うよ。君のその能力を、国家のために役立ててくれたまえ」
(こいつは、何を勘違いしているのだ?俺の力が活かせるのは、力と技がぶつかり合う戦場だけだ。・・・それとも、こいつは戦士も暗殺者も、同じ人殺しだとでも思っているのか?だから、人を殺せる仕事を用意したから、感謝しろとでもいうのか?)
 シバは、目を閉じて考えた。 
「・・・おい君、聞いてるのか?仕事はたくさんあるんだよ。しっかりしてくれないと・・・」
 役人の飛ばした唾が、シバの顔にかかった。
 次の瞬間、シバは音もなく立ち上がり、無言で役人の胸を拳で突いた。
 その一発で、役人の心臓は停止した。
 シバは、どうしても暗殺者にはなりたくなかった。だが、この指令を断って、無事に済む筈がない。まず間違いなく消されるだろう・・・もはや、シバ自身が国家機密なのだ。

 シバは役人の死体を、処理せずに逃げた。事件の性質上、公にはならないと判断したからだ。(事実、この役人の死は闇に葬られた)
 とにかく急いで自宅に戻り、必要最小限の荷物を作ると、そのまま山の中へ逃げ込んだ。
 そしてシバは、失踪扱いにされた・・・。


 それ以来、ペイジ国には近寄らないようにしていた。それが今更故郷を訪れる気になったのは、老いを自覚したせいかもしれない。
 ほとぼりなら、とっくに冷めている。
 戻ろうと思えば戻れたのに、そうしなかったのは、自分を使い捨てにして、なおかつ見当違いの分野で「廃物利用」しようとした故郷を・・・正確には、国家を憎んでいたからだ。
 だが、すっかり老いた今、いくら国家を憎んでいても、望郷の念はそれに勝っていた。
 ・・・そしてシバは、生活用品の調達にかこつけて、再びペイジ国の土を踏んだ。

 饅頭を頬張りながら、ブラブラと歩いていたシバは、ふと、視界が薄暗くなったのに気付いて、周囲を見回した。
 その目に、建設中の大きな建物が映る。これが朝日を遮っていたのだ。
 シバは誘われるように、その建物に近付いた。


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