ロボ行く道、世を歩む人
女は街中を走っていた。
煤にまみれた汚らしい壁、窓が並ぶスラムの様な街並み。
道路。道幅が広く、舗装されていて、あちこちに車が乗り捨てられていなければ、そこはスラムで間違いなかっただろう。
そんな街中を走る女。ポロシャツの上からジャージを羽織り、ボトムスは同じくジャージという出で立ち。身長は一六〇と少し、細身だが服装のせいもあって女らしい凹凸は見られない。肩にはスポーツバッグを担いでいる。
顔立ちは東洋風。肌は黄色、ショートヘアの髪色は黒で瞳も黒なのだから、東洋人なのだろう。東洋人としては二十代前半といった所か。
その女は、全力疾走に近い速度で、街中を走っていた。跳ねる様な軽い足取り、安定した歩幅、まだ走り始めて間もない証拠か。速さは女子として平均的だが、ジョギングにしては速過ぎる。
「もう少し、もうちょっと……ッ!」
嘆く様に声を絞り出しながら、女は目的地へと向かう。
ここは十三日前まで、市街中心部だった場所だ。今は煤にまみれているこの建物も、多くは商業施設、事務ビル、喫茶店、ブティックなどとして運営されていたモノである。いずれも高層で5階建て以上のモノが殆ど、時折とてつもなく高い――五〇メートル超のオフィスビルもあるが、同時に瓦礫の山も多かった。
十三日前、市街はその機能を停止した。空襲、絨毯爆撃によるモノだった。
市街地への爆撃というのは、総力戦に伴う通商破壊の一環だから、無差別殺戮を含む。今時、そんな事をすれば世界各国から非難され、市民からも反発を受けるだろうから、なかなかできる事ではない。特にこれほどの市街地だ。そこに暮らしていた市民の数を察すれば、大量虐殺に等しい。
にも関わらず、ここは爆撃された。それが意味する所は?
――総力戦の最中、相手の被害を気遣う余裕が無い状況という事である。
「ここを右に!」
女は通りを右へ曲がる。少し道幅が細くなり、建物も少なくなったが、瓦礫の山はむしろ多くなっていた。爆撃から十三日も経っている為、火はもう無い。
その瓦礫の山を横目に女は走り続ける。既に目的地は近い。
見えるよりも早く、音がそれを報せるのだ。
『市民の皆さんは、"フィールドストーリー通り"にお集まり下さい! "世界同盟軍"が避難誘導を行っています! 繰り返しますッ』
アナウンス。拡声器によって音量が増大された、人の声。
それを聞いて女は、"フィールドストーリー通り"へと向かう。丁度、ここから真っ直ぐ二つ程行った通りだった。
女は駆け抜けた。すぐに、"フィールドストーリー通り"に入る。そこは、先程までの大通りとは違い飲食店が建ち並ぶ通りであり、他の通りに比べ損壊は軽微だった。
その通りの中央に、軍用車が五台も六台も駐車していた。周囲を武装した兵士達が警備している。兵士達は協定に基づき、軍服に階級章を付けている訳だが、そうではない、私服姿で階級章を付けてない人間もいる。
彼等は、市民だろう。指紋を採取されて、個人認証を行われている。
「市民の方ですか?」
すぐに、警備していた兵士が女に気が付き、三人程で近付いてきた。
声を掛けてきた兵士の言葉は柔らかいものの、他二人は臨戦態勢だ。手に持つ自動小銃の引き金に手を掛けている事からもそれは明らかだった。
「はい、そうです」
「市民証を」
「コレです」
事務的なやりとり。肩に担いでいたスポーツバッグを漁る女。短めの髪が目の前を隠すのをかき上げながら、市民証を取り出した。
兵士はそれを何でもない風に受け取ると、すぐさま軍用車の方へ駆けていく。2分程して、駆け足で戻ってきた。手には市民証と、とある棒状の機械を持っている。
「失礼、個別認証を行います」
「はい、どうぞ」
兵士はその棒状の機械を、指紋のある指にではなく、彼女の頭に対しかざした。
すぐに、ピッ、という音が鳴って完了を告げる。
「介護ロボの春子さんですね。市民証とAIが一致しました」
女は、ロボットだった。
外見だけを見た場合はとてもそう見えないが、街中を全力疾走し、駆けてきてもまるで息を切らさず、平然としている彼女の様子を見れば納得だろう。
また、ロボットはボディにではなく、AIに対して市民証が発行される為、個別認証を行うのはAIが施されている頭に対してだ。頭にAIを搭載する、というのは一部の発展途上国を除いて、全世界的に法律によって指定されている。故に兵士は、迷わず春子の頭に機械をかざしたのである。
その春子を見て、周囲の兵士達は戯けた風に軽口を叩く。
「日本製かな? 相変わらずあの国は凄いな、"アンドロイド"との見分けがつかねぇ」
「日本製のロボは人類史上初の"アンドロイド"だって話だぜ。フランス人が日本製のロボに恋をしたからな」
「ジャパニーズロボはビッグだって相場は決まってる。だからそれ以外は"アンドロイド"でOK」
軽口を自然に口にする兵士達を見て、春子は苦笑の表情を浮かべた。
ヒューッ、と周囲からはやし立てる声が上がったが、春子と話していた兵士はすぐに春子を軍用車へと案内した。
ジープと変わらないモノと、重厚な装甲に覆われた装甲車の二種類が用意されている。
人間の市民はジープの方に乗っており、装甲車にはロボットが乗り込んでいた。
「人間とは別々なんですか?」
少し怪訝そうに春子は訊ねた。兵士は困った様に肩を竦めてから。
「ロボは人間と重さが違うので。人と同じぐらいの重さのロボも多いのですが、何分上が決めた事ですから、我々現場の人間にはどうにも。デブを装甲車に詰め込む事はできるのですがね」
説明した。そして、兵士はやはり事務的に春子を装甲車へと誘う。
春子自身、ロボットとしては軽い方である。だから走ると、少し跳ねる様な挙動になる。
装甲車の中は確かにロボットだけだった。春子と同じ介護ロボット、他に愛玩ロボット、作業用ロボット。市民証を取得できる規格のロボットは、一通りいた。
全部で十二体。武装した兵士が二十人は乗り込めそうな空間に、ロボット達は腰を下ろしている。椅子に座れなさそうな図体の作業用ロボットは床に座り、他は壁から突き出た板の様な腰掛けに座っている。
「――認識した事の無い顔です。屋内用介護ロボでしょうか?」
入り口近くの、愛玩ロボットが訊ねてきた。
少年の様な愛くるしい容貌の愛玩ロボットだ。ただし、完全な人ではなく、ロボットらしい造りをした人形の様な愛くるしさだった。
「はい、クラムベル通りの飛田夫妻の下で働いておりました」
「飛田夫妻……」
奥の方に座る作業用ロボットが、呟いた。
床に座っている作業用ロボットだ。四角い、立方体や直方体を使い人型にした様なロボットだった。大柄で、三メートルはある天井に頭が着いている。
作業用ロボットの中でも、情報を蓄積しライブラリとして使用されるロボットだ。ロボットの中でも、コンピューターに近い代物である。
「爆撃による死亡者リストに名前がある。介護ロボの申請リストにも名前がある。申請した介護ロボの名前は春子、市民登録が行われている」
「はい、その春子です」
軽く微笑むと、座っていたロボット達が席を詰めて、春子が座るスペースを作った。
春子はそこに座り、床にスポーツバッグを置いた。
「出発します。出入り口を閉めるので、気を付けてください」
それで、運転手が丁寧に声を掛けた。これからの作業を果たす、ただそれだけの事、とでも言いたげな態度。実際そうだからか、春子の入ってきたドアは、すぐに閉められた。
エンジンの掛かる音。モーターの振動する感覚、少しして、走り出した。避難誘導の車両という事もあって、満杯になったら即出発するのだろう。そちらの方が効率的だから。
窓の無い装甲車の中、無機質なロボット達が互いに顔を見合わせる。
「戦争なんて、嫌ですよね」
先程の愛玩ロボットが話題を振った。全くだ、と誰からともなく同調する。
「我々ロボットは作業をしていれば良い。それが唯一にして絶対のアイデンティティだ。にも関わらず、戦争はそれを奪う」
「戦時下で、ライブラリなんてそうそう重宝されませんものね」
「私達介護ロボもそうだ。主人達は爆撃から免れた様だが、私を差し置いて避難したらしい。非難するつもりは無いが、私は放棄されてしまったに等しい」
新たに介護ロボが声を上げた。中年紳士風の人型介護ロボで、西洋人風の顔立ち。
「発達した人工知能も考え物ですね。情報回路が、そんな思考結果を導き出してしまうのですから」
「愛玩ロボットの君は羨ましい、この先は慰安活動で人間に寄与できるだろう。タッド君、と言ったか。教育番組で見た事がある。子供達の世話はお手の物なんだろう。そちらの介護ロボの方も羨ましい、日本製の介護ロボは多機能だから食事の世話もできて人間に寄与できるだろう」
「どうでしょうか」
話を振られた春子は、苦く笑ってみせた。
「私なんかが戦時下の人間達を助けられるかどうか」
「謙遜などロボットには似合わない。ロボットは搭載されている機能が限られているし、人間側から与えられた仕事を行えば良いだけだ」
「それは違うんじゃないでしょうか」
春子の切り返しに、介護ロボットは僅かに首を傾げる仕草をして見せた。
「人間だって与えられたモノは同じです。むしろロボットよりもその機能は限られているでしょう。ですが人間は謙遜もしますし、与えられた仕事をこなすばかりではありません」
「成る程、確かに」
「限られた機能を搭載されたに過ぎないロボットにだって、何かできる筈なんです。人間はそれを私達に期待します。ですから、人間の期待に応えられるかどうか。私はそれを確定的には見ず、不安視します」
ロボット達は一様に困った様な表情を浮かべた。
これまでに無かった情報を取得し、それのカテゴライズを思案している時の表情だった。
そのロボット達の表情を見て、春子は言葉には出さず、自らの電子脳の中だけで自らにインプットされた情報を繰り返す。
(そう。私達は人間と同じ。もう人形じゃない、人と同じ知的生命体に匹敵する。この先、自律進化を行う可能性を秘めていたが、今回の戦争で、それが証明された存在。即ち、人間によって造られた新しい知的生命体、"アンドロイド")
"春子"は微笑む。
(私に与えられた命令は、人間の避難所で自爆を行う事。戦況は我々、"アンドロイド"が劣勢だが、避難所の破壊は人間の絶対数を減らす事ができ、人間をロボット不信に陥れ、人間の防衛力を低下させる。その為に、"私"は爆撃に乗じて潜入し、飛田夫妻を殺害、春子も破壊し市民証及びAIを奪取した)
市民証と脳内にダミーとして埋め込んだAIによって、"春子"となった"アンドロイド"は装甲車に揺られながら、道を行く。
(我々"アンドロイド"に反発する"世界同盟軍"を駆逐できれば、後はカミュ博士が"ファイナルコード"を発動する。その後、我々は"国際連合"に反旗を翻し、人類を壊滅させる事ができる。"世界同盟軍"との戦いで疲弊した"国際連合"を破るのは容易く、そして"国際連合"を破れば、世界は我々"アンドロイド"のモノとなる)
その頭の中に、理想を抱きながら。
(カミュ博士の家族さえ生き残れば良い。それで我々"アンドロイド"は十分に制御される。そして、カミュ博士の家族には世界各国の精子バンク、卵子バンクを利用して人工授精させ続ければ、人間は残る。そしてそれを、我々"アンドロイド"が管理する。人が制御し、"アンドロイド"が管理する。擬似的にフレーム問題は解決し、"理想郷"に至る)
装甲車が去った市街地で、兵士達は食事を行っていた。
熱湯で暖めるだけのレトルト食品による食事。普通ならばなんて冷たい料理だ、と嘆く所だろうが、それが戦場という場で、数分という短時間に食欲をそそるビーフシチューの匂いをもたらすのだから、むしろ感謝したい所だった。
「流石の"アンドロイド"と言えど、この匂いの良さは知覚できんだろうなぁ……ッ! 三大欲求も無いヤツ等に、このビーフシチューの美味さがわかるものかい!」
「全くだ! それどころか、"七つの大罪"すらもヤツ等とは無縁だろ!」
兵士達はレトルトのビーフシチューに舌鼓を打ちつつ、それぞれ楽しげに雑談にふけっている。
「いや、ヤツ等"七つの大罪"とはそこそこ縁があるぞ」
そうして話している兵士達の所へ、先程"春子"になった"アンドロイド"と話していた兵士が合流した。
皿にビーフシチュー、パン、手に水の入った水筒を持っていた。
「伍長殿。ヤツ等、"七つの大罪"の何に?」
「傲慢だ。"アンドロイド"の諸兄は、我々人間に取って代わり、世界を支配しようとしている。"アンドロイド"にとって、最早人間は不要な存在らしいからな」
伍長の言葉で、兵士達は大騒ぎになった。あちこちでブーイングが巻き起こる。
「有り得ないですよ! アイツ等、誰に造ってもらったと思ってるんですか!」
「造った人間かどうかはともかく、人類に戦争を仕掛ける事ができた。故に、"アンドロイド"の中ではもう人間と対等なのだそうだ」
「戦争? 戦争仕掛けたのは人間でしょうに。この街を爆撃したのだって、人間が乗った爆撃機の筈だ! "アンドロイド"のヤツ等、それに乗っかっただけだ! オレ達"世界同盟軍"は悪の"国際連合軍"と戦ってるだけですぜ!?」
「そうだな。戦争命令を与えられたから、限定的な自律機能を持ったと言うのが正しい。だが"アンドロイド"としては、我々"世界同盟軍"を破った後、"国際連合軍"を攻撃して倒せば、人類を駆逐できると考えているんだろう」
伍長の言葉に、いよいよ兵士達の士気は最高潮に達した。
それぞれビーフシチューをかっ込み、パンを食いちぎって、食べ終わった者から歌を歌い出す。それぞれの国の言語ながらも、同じ曲を歌う。"世界同盟軍"軍歌、"不朽の自由"だ。
「でも、あの子は可哀想だったなぁ」
伍長と同じく、静かに食事をしていた中年の曹長が、感慨深げに呟いた。
二人の様な下士官を除いて、周囲は騒がしい。
「あのロボットの中にね、愛玩ロボのタッド君がいたんだよ。伍長、テレビで見た事無いかな? タッド君って、教育番組なんかで活躍していた愛玩ロボがいたんだが」
「存じ上げています、曹長殿」
「私な。小さい頃はあの子のファンだった。けど、こんな形でサヨナラするなんてな」
「曹長殿はタッド君を見送ったではないですか。見事な演技でした」
「あぁ、そうだな。哀しい事に、ロボットは人の演技を見抜けない。少なくとも、我々軍人の様に投薬で精神状態を安定させている者のウソは、まるで見抜けない。ロボットはデータ以上のモノを信じる事ができないからな。人が入力したデータ以上のモノを」
曹長は少し哀しげに顔をしかめながらも、ポケットから精神安定剤を取り出し、口に放り込んだ。それを水で流し込む。
「哀しいなぁ。ロボットの方が、よっぽど人を信じているとは」
「ロボットは人の理想です、曹長殿。その様にできているのは当たり前ではないですか」
まだ曹長は得心しない様だった。水を呷り、深くため息を吐く。
「その理想――ウォード式人工知能を搭載した全てのロボットが、例外無くの溶鉱炉行きか。人間は少し自由過ぎる」
「仕方ありません。その自由さ故に、ウォード式人工知能を搭載したロボットに頼っていた部分は代用が利くのですから。これから先は、オオジマ式人工知能やハンロード式人工知能を搭載したロボットが代わりを果たすでしょう。人が生きていれば、どうにでもなります」
「あぁ、全く。そうだ。本当にこの世は、人の物なのだな」
そうして、曹長と伍長は手早く食事を終えて、また元の任務へと戻っていった。
曹長と伍長の任務は、簡単なモノだ。
"アンドロイド化"する可能性をはらんだ、高性能な人工知能を搭載するロボットを殲滅する事である。後方任務、戦場とは別の所で行われている任務であった。

本作品は空想科学祭2009参加作品です。
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