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23. 腹立たしい

 腹立たしい。

 それと同時に酷い焦燥感にも狩られながら、僕は目の前の男を殴り飛ばした。


 僕が求婚者狩りを始めて、七ヶ月が過ぎた。

 最近では僕の元に来る求婚者は誰一人としてリタに決闘を申し込むことはできなくなっていた。

 日々のやりきれない衝動を乗せた拳は、毎日のように現れる求婚者を殴る度、日に日に重みを増し、今では立派な鎧を着た相手の骨も構わず一撃で粉砕できるようになっていた。


 基本的に即死でなければ、回復魔法でいくらでも怪我は治せるので、脳か心臓以外の場所なら手加減は無用だ。

 回復魔法で怪我を治すことにより生計を立てている人はこの町にも沢山いる。

 求婚者の介抱を頼まれた人は回復魔法が使える魔術師を手配してお金を立替え、家のベッドを貸すだけで後日多額の謝礼が手に入るという訳だ。


「なんか最近会う度にどんどんお前が遠くに行ってしまう気がするよ」

 先日完全に戦闘不能となった求婚者をアベルに引き渡した時、呆れたような顔で言われた。

「お前がそのうち、魔王になるとか言い出しても、もう俺は驚かねぇ」

 求婚者を家に入れるのを手伝っていると、アベルがやれやれという様子で首を横に振った。


「魔王様は個人的に倒したいとは思ってるけど、自分が魔王になりたいとは思わないかな」

「いつの間にそんな戦闘狂になったんだよお前は」

 アベルの軽口に乗っかれば、更に呆れたような声が返って来た。

「いや、別に戦わないでいいならそれでいいけどさ……」

 貴族の決闘文化というのは人生の様々な場面に根付いており、中には婚姻を認めない場合に申し込む物もある。

 その場合は死闘だ。


 僕は今まで何度もリタに好きだと伝えてきたけれど、それが本当の意味で伝わった事は一度も無い。

 魔王様は以前一回リタをデートに誘って以降、プレゼントを連日贈ってはくるものの直接会いに来た事は無い。

 ヴィクトリカさんが殊更に以前のデートのディナーでの失態をあげつらい、ほとぼりが冷めるまでは直接会わないほうが良いと言ったからだろう。

 しかし、このままでは魔王様にリタが掻っ攫われてしまうのは時間の問題だ。




「もういっそのこと、本気で押し倒して襲ってみたら流石にエッタでもヨミ君を男として意識するようになると思いますの。嫌だったら普通に撃退できるでしょうし」

「そんなことしてリタに嫌われたらどうするんですか」

 僕は今、ヴィクトリカさんが実家から離れて王都で生活している屋敷に来ている。

 ググに乗れるようになってからは、度々ヴィクトリカさんがいる時を見計らって僕は相談に訪れていた。


「その時はその時ですわ」

 なるようになるだろうと言いながら紅茶を飲むヴィクトリカさんも半ばやけっぱちだ。

 それもそうだろう。ヴィクトリカさんは僕を応援すると言ってくれた日から本当に様々なリタを落とすための案を提案し、サポートしてくれた。


 ヴィクトリカさんの提案に従い僕は、リタとググに乗って遠出してみたり、リタがいたく気に入っていた小説の真似事をして告白してみたり等と様々に手は尽くした。

 リタは随分喜んでくれたようだったが、その後、特にリタの僕に対する態度は変わらなかった。

 好きだと言えば自分もだと言ってくれるし、事あるごとに僕を抱きしめたり撫でたり、キスしてくれる。

 だけど、そのどれも僕が求める意味合いの好きとは違っていた。


「絶対、嫌です」

 僕がヴィクトリカさんの提案を跳ね除ければ、ヨミ君は本当に良い子ですわねと、ため息をついた。

「それならもう一般的な手は尽くしたのですし、やはりここは正攻法で行くしかありませんわね」

「正攻法?」

 腕を組みながら急に真面目な顔になったヴィクトリカさんに、僕は首を傾げる。


「エッタに決闘を申し込むのです」

 僕が聞き返せば、ヴィクトリカさんはもったいぶるでもなく真っ直ぐ僕を見て答えた。

 確かに正攻法ではある。


「……全く勝てる気がしないんですが」

「別にそれでエッタに勝つ必要はありませんわ。ただ、そこでヨミ君の今後の可能性を示せば、及第点位は取れるかもしれませんわ」

「…………でも、この国で一番強いはずの魔王様にも圧勝してたんですよね?」

 及第点を目標にすると言っても、それは中々に無茶な話であるように感じられた。


「確かにそうですが、それは求婚のための決闘のルールと陛下との相性による部分も大きいですわ。……私の記憶が正しければ、ヨミ君は電撃を使って妨魔石のように魔法石を鑑定できるのですわよね?」

 だったら成功するかどうかはわからないけれど、自分に考えがあるとヴィクトリカさんはニヤリと笑った。




 それはちょっとした事故だった。

 小説でヒロインが作っていたデザートを実際に作ってみようとリタが言い出し、僕とリタはその日小説の記述を元に実際にそれを作ってみることにした。


 作業の途中でリタがうっかり作ったシロップを台所の床に盛大にこぼしてしまい、リタの悲鳴と何かかが落ちる音を聞いて振り向いた僕は、慌てて何か拭く物を持ってこようとして床のシロップに足を滑らせ、そのままリタの上に倒れ込んでしまった。

 リタの胸に顔を埋める形となり、慌てて体を起こした時に僕は今の自分達の体勢に気付いてハッとした。

 それは丁度僕がリタを押し倒しているような格好だった。


「ご、ごめんなさい!」

 急いで体を起こしながらリタに謝れば、元はと言えば自分がシロップをこぼしたのがいけないのだからと笑っていた。

「それよりヨミはさっきのでどこかぶつけたりしてない? 大丈夫?」

 リタは体を起こすと心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。


 過保護だとは常々思っていたが、事故とはいえ一応リタを押し倒した直後のその反応に、僕は全くリタに異性として意識されていないんだなと言う事を痛感した。

 同時にそれなら押し倒したその先も、ある程度のラインまでならただ甘えてくるだけということにして笑って許してくれるのではないだろうかという邪念も浮かんだが、それはそれで虚しいので僕は頭を振ってその考えを頭の隅に追いやった。


 結局、その後床を掃除して着替えてから出来上がったデザートの味はあまりよく憶えていない。

「なんだか思ってたのと違う」

 なんて言いながら不満そうな顔をするリタを見ながら、僕の中では先程頭の隅に追いやったはずの考えが頭の中をグルグルと回っていた。


 その日、僕はリタに寝室を別にしたいと話した。

 元々僕がこの家に来た時にあてがわれた部屋にも立派なベッドはあったので、それは夜僕が寝る場所を変えるだけで済んだ。

 本当はもっと早くからこうして一人で寝るべきだったのだが、夜中に目を覚ましてもリタがいつも隣で寝てくれていることが心地良くて、リタからそろそろ一人で寝るように言われるまではずっと一緒に寝たいと小さい頃は思っていたのだが、このままではいつ僕が自分の中の甘い誘惑に負けてしまうとも限らなかった。


 ヴィクトリカさんが提案してくれた、リタを決闘で負かすための作戦は、どれも僕がもっと強く自分の力を最大限に活用する必要はあるが、もしそれが出来たらと希望を持たせるには十分な物だった。

 明日から特訓だと意気込んで、僕は無理矢理頭の中の邪念を追いやった。


 その日からというもの、僕は自分の鬼族としては落ちこぼれと言うのもおこがましいようなこの弱々しい電撃を出来るだけ長く保てるよう、常に放電している状態で生活したり、ヴィクトリカさんに協力してもらってどの程度の電撃をどのように流せば妨魔石のように魔法が発動できなくなるか等を研究した。


 ヴィクトリカさん相手に少しでも魔法の発動を阻害できるようになってくると、今度はリタへの求婚者で、魔法を使ってくる人にそれを試したりもした。

 しかし練習と実践は違う物で、僕はしょっちゅう魔法の発動の阻害に失敗して攻撃魔法の直撃をくらったりした。

 それでもその後すぐ殴り倒してしまえば負けることはなかった。

 鬼族の肉体は魔族の中でもとび抜けて頑丈らしいので、きっとそれに助けられている所が大きいのだと思う。


 今までの求婚者との戦いでは、どんな魔法攻撃が来ようとも全て突っ切って魔術師を直接殴っていたが、リタ相手にその手が通用するとも思えなかった。

 根本的な火力が違うので、きっとリタの元にたどり着く前の遠距離攻撃ですぐ戦闘不能にされてしまうだろう。


 だからこそ僕も遠距離からリタの魔法を無効化できないかと考えたが、一度発動された魔法は僕の微弱な電撃なんて全く歯が立たなかったし、ヴィクトリカさんと色々試してみたが、僕が電撃で魔法の発動が阻害できるのは直接触れている相手だけらしいということも解った。

 リタは魔法以外はからっきしらしいので、決闘中、もし僕がリタに触れて魔法を発動できなければ、きっと負けを認めてくれるだろう。


 問題はどうやってリタに触れるかだが。

 いや、そもそもリタはグレイシー家が用意した最高級の妨魔石さえも魔法で破壊しているので、僕の電撃が他の魔術師に通用したとしてもそれがリタに通用するかはわからない。

 問題は山積みではあったけれど、目標に向かって努力する日々はそれなりに充実していた。



 ある朝、リタは以前魔王様から贈られた服を着てリビングに現れた。

 肩まで見える大きく胸元が開いた上着を着ていた。

 ちなみに今リタが履いている太ももまで露になった短いズボンはホットパンツというらしい。

 膝上の長い靴下に高めのヒールの靴を合わせて、髪を一つに結い上げたリタはいつものおっとりとした様子とは打って変わって活動的な印象を受けた。


「ど、どうかな、変じゃない?」

 もじもじと恥らいながら尋ねるリタに、咄嗟に僕は良いんじゃないですか、としか返せなかった。

 こんな格好の人は、ノフツィにでも行けばいくらでもいる。もっと肌を露出させている人だっている。


 それなのに、普段、露出の少ない上品な服を着ているリタがこんな格好をすると、どうしてかいけない物を見ているような気分になる。

 ちらりとまたリタに目をやれば、普段浴室以外では見ることのできない白い太ももや胸元や二の腕が惜しげもなく晒されている。

 いつもは服の上からかかっていた僕がリタに贈ったネックレスが今は直接リタの肌の上で輝いているのにもなぜか妙な興奮も覚えた。


「それにしても、急にどうしたんですか?」

「うん、ちょっとね。せっかく貰ったんだし、クローゼットの中にしまいっぱなしにするのももったいないかなって思って……」

 以前はあんなに恥ずかしがっていたのに、一体どういう風の吹き回しなのかとリタに尋ねれば、リタは目を逸らしながらそわそわした様子で答える。


 軽く頬を赤らめるリタの表情に、僕は言いしれない絶望感に襲われた。

 それはつまり、魔王様の好みの服を着て、あの人の気を引きたいということなのか?

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