2人の約束。
みなさん、こんにちは。
私は船越千夏。23歳です。みんなからは『ナツ』とか『ナッツ』って、呼ばれてます。
高校2年生の春からアコースティックギターを始めて今年で5年経ちます。
高校を卒業してからは、仕事をしながら土曜日に路上で歌う、ストリートミュージシャンをしていました。
このお話は私、千夏が経験した悲しいお話です。
「会いたくて〜あなたに〜この想い〜今すぐ伝えたくて〜♪」
3月に入り、いつものように道端で歌う。
後ろは廃ビル、前はバスが行き交う道路。
天気は風がなく申し分ない。
この天気で昼間の土曜日なら3、4人聴きに来てくれるが、今日は1人も足を止めてくれなかった。
「…今日はダメだなぁ〜あと30分粘って誰もこなきゃ帰るかな」
自分の持ち歌を数曲歌うと、あっという間に30分が経った。
「…帰るか」
キャラクターストラップが付いた黒色の携帯で、今が3時半過ぎだと確認できる。
一つため息をつきギターや楽譜を終い始めると、20代前半の女性が近づいてきた。
「もしかして、終わりですか?」
彼女は、白の七分丈のブラウスに体躯にぴったりとしたジーパン、ヒールは黒のサンダルという出で立ち。
「…リクエストあります?」
ケースに納めたギターを再び腕に抱き起こす。
「いいんですか?」
「1曲くらいなら」
そう言うと彼女は嬉しそうにはにかんだ。
まるで、太陽のような向日葵が咲いたみたいに。
「じゃあ…『なごり雪』お願いします」
なごり雪の曲を歌いながら私は、『ありがとう』の気持ちを込めた。
今日聴いてくれて『ありがとう』。
歌い終えると彼女は拍手をして、一礼して帰っていった。
目を潤ませ、顔を赤らませながら微笑んだ彼女…その表情は脳裏に焼き付いて離れない。
怒濤の如く、気づいたら土曜日。
今日は曇り気味でいささか風が強い。
こんな日は地面がヒンヤリして体が急速に冷える。
「こんにちは」
見ると、先週来てくれた白いブラウスの彼女だった。
あの優しい顔付きは変わらない。
「こんにちは」
「これ、どーぞ」
彼女は照れながらコンビニの袋を渡してくれる。
「何ですか?」
ガサガサッ
「暖かいお茶と…のど飴まで!」
すごく暖かいモノを感じた。
前に一度聴いて、何か心に残るモノがあって今日また聴きにきてくれた。
すごく嬉しい。
本当にこれしか言いようがなかった。
彼女のメールアドレスを教えてもらい後日メールを送る。
Re:千夏です♪
こないだは差し入れ持ってきてくれてアリガト☆すごい嬉しかったょ〜
そういえば、名前聞いてなかったよね?
5分ほどして返信メールを軽快なメロディが知らせてくれる。
〜♪〜♪
〜♪〜♪
♪〜♪〜
Re:こんばんは。
喜んでもらえてあたしの方が嬉しいですo(^-^)o
名前!自己紹介し忘れてましたね(笑)
高橋美智代、20歳です。
土曜日に歌う時は必ずと言っていいほど、美智代にメールを送った。
Re:(nottitle)
明日天気よければ歌おうと思ってるんだよね。
時間あったら来てね〜♪
Re:(nottitle)
ほんとですか?わーい☆行きます!o(^-^)o
時間あったら、そのあとお茶行きませんか?
「今日も来てくれてありがとね〜」
「だって、千夏さんの歌聴くと元気がでるんですよ♪」
「ほんと?嬉しい」
無邪気にはしゃぐ美智代に千夏は照れてみせる。
次第に話は『今一番会いたい人』の話になった。
香りの好い紅茶を前に、美智代は恥ずかしそうに話し始める。
「あたしは…未来の自分です。無理なのは分かってるんですけど。5年後、10年後。結婚してるのかな?とか」
美智代は将来の幸せの夢を語る。
『会いたい人』は、一人しか思いつかない。
お父さん
私が5歳の時お父さんは蒸発した。
突然いなくなってしまったのだ。
当時5歳だからお父さんの記憶なんてひとつもない。
だから…会いたい。
会って私は、千夏はこんなに成長したんだよ!って、伝えたい。
大まかではあるが、美智代に自分の心の内を話す。
すると、美智代が突拍子もない事を言い出した。
「会いに行こう」
「えっ?」
驚いたのは、言うまでもない。
驚いたついでに、危うく左手のコーラが入っているグラスを落とすところだった。
「でも…生きてるかどうかも」
「やらないで後悔するよりやって後悔した方が後悔は少ないんですよ。それにウジウジしてるなんて、千夏さんらしくないですよ!」
千夏は力なく小さく頷く。
「でも一人だと、逃げ帰りそうだから…会う時は一緒に会いに行くって、約束してれる?」
「…約束」
千夏が胸の高さまで、右の小指を差し出した。
そして、ゆっくり美智代の小指と引っかけ、約束を交わす。
約束は2人の友情・絆を確かなものにした。
それから私たち2人は仕事の合間をみて、父親探しに全力を尽くす。
途中で手がかりがなくなったりと膨大な時間と労力を費やした。
美智代とも密に連絡を取り合った。
約束を交わした日から既に、4ヶ月以上経つ。
ようやく父親の居場所が分かった。
父親は青森県の実家に帰ってきているらしい。
祖母から突然の電話だった。
「…だって」
電話で美智代に父親の居場所が分かった事を知らせる。
『よかったですね!ようやく居場所が掴めた〜それで、いつ行くんですか?』
電話の向こうで美智代がせっつく。
「い、いつ。って…来月以降にならないと時間取れないんだ」
来月になれば、夏休みがある。
その時に行こうと千夏は決めていた。
美智代から何の反応もないので、心配して名前を呼ぶ。
「…美智代?」
『分かりました。来月いつ行くか決めたら、また連絡下さい』
「うん。それじゃあ、ね」
『それじゃあ』
プッ
ツーツーツー
この時妙な淋しさと不安で、切れた携帯電話を見つめる。
その不安を無視して、千夏は日常を送った。
いつの間にか美智代に対する不安を忘れ、8月に入り夏休みを取る。
Re:夏休み!!
ようやく夏休みだよ〜!それで、2週間後にお父さんに会いに行こうと思ってるんだけど…予定空けといてネ♪
返事がこない。
いくらメールしても返信がこない、電話をかけてみても美智代は出ない。
プルルル
プルルル
プルルル
『只今電話に出る事ができません。ご用件がある方はピー…』
プッ
美智代と一切の連絡が取れないまま出発の日が近づく。
一応伝言ダイヤルにメッセージを入れておいた。
ピーッ
「美智代?千夏だよ。8月15日に朝10時×××駅で待ってるから来てね。約束だよ」
8月15日AM09:45
「そろそろ行かないと…」
会社で同期入社の美香さんが電車に促す。
「うん…」
私はお父さんの実家と同じ地域に両親が住んでいる、という土地に詳しい美香さんと行く事にした。
電車に乗り込むと、疎らに人がいるのが確認できた。
新聞を読んでるお爺さん、お茶を飲むお婆さん、ゲームをする3人の小学生。
千夏は空いている席の窓際に座り、荷物は自分の左側に静かに置く。
ジリリリ
ぷしゅーっ
ガタンガタンッ
電車は千夏だけを乗せ父親の元に動き出す。
4、5分経った頃だろうか?
気だるそうに頬杖をつく千夏の目にソレは飛び込んできた。
「…?」
向日葵畑に立つ美智代の姿。
「美智代…?」
向日葵は美智代の胸の高さまで伸びていて、そこだけが神々しく光りを浴びている。
そして、ゆっくりと千夏に向かって手を振る。
千夏が瞬きで再度見た時には向日葵しかなかった。
先ほどの神々しさと優しい表情の美智代は消えている。
「美智代の事が気になりすぎて、幻でも見たんだ。帰ったら、たっぷり奢らせてやるっ」
気持ちを持ち直して、一人でも父親に会う覚悟を決める。
ところが、その覚悟は挫かれた。
「いない?」
2時間かけて着いた駅から更に車で1時間。
探し求めた父親はいない。
「夜のうちにいなくなっちまったみたいで…」
私は、落胆した。
断崖絶壁に立たされている子供のような気持ちに成らざるを得なかった。
「お昼食べたかい?疲れたろうに。ゆっくりしてがい」
体が小さい祖母は千夏の力ない手を取り、中へと引き入れる。
「千夏ちゃん。しばらく見ないうちに、えらいべっぴんさんになったなぁ〜」
夕方になると近くに住むおじさんとおばさんが訪ねてきた。
千夏は相変わらず力ないまま笑う。
そんな千夏に気を使ってか、くだらない冗談を言ってはみんなで笑っている。
壁の隅にある掛け時計は7時30分を少しまわっている。
ひゅ〜
ドォン!
ひゅ〜
ドォン!
パラパラパラ
「おっ!始まった。庭さ出て見るか」
手入れの行き届いた庭先へ出ると、夜空に色とりどりの花が咲く。
「夏は、ビールと枝豆、野球に花火だなぁ〜ぷはぁ〜」
おじさんはビールを体に流し込んで、コップを空にする。
「おじさん…」
「ん?どした?」
「私、帰ります。駅まで送ってくれませんか?」
「それなら、おばちゃんが送ったる。父ちゃんは酒飲んでしまったかいね」
ガタガタガタガタ
舗装されていない一本道をひたすら走った。
ガクン
しばらくすると、幅広い舗装された道に入る。
車内から外を眺めると音のない花火があがっていた。
赤。
白。
緑。
黄。
色鮮やかで大きな向日葵にも見えてきて、何気なく美智代を思い出す。
「美智代…」
祖母の家から帰京して数日。
カレンダーは土曜日を示していた。
歌う日。
いつものようにアコースティックギター片手に出かける。
今日は50歳代で黒のパンツスーツ姿の品の良さそうな女性がいた。
ガチャ
ガチャ
ジャッ♪
ジャッカ♪
とん
とん
ギターの調子を確かめて歌い始める。
「あなたに〜♪この思い〜♪伝えたくてぇ〜♪」
「きっと〜♪大丈夫〜♪〜♪♪」
ぱちぱちぱち
「ありがとうございます。何かリクエストありますか?」
「…それじゃあ、『なごり雪』歌って下さいます?」
千夏はいつもの通りに歌った。
切なく、
悲しく、
力強く。
「〜♪…」
歌い終えて女性の方を見ると、白いハンカチを握り締めたまま涙を流している。
「ずっ、うっ」
「!」
驚いてギター片手に駆け寄った。
「どうしたんですか?大丈夫ですか?」
「あっ、いえ…『千夏』さん、ですよね?」
「美智代は先週亡くなりました」
『なごり雪』を聴いてすすり泣いていた先ほどの女性は、美智代の母親だった。
そして、美智代の『死』を突然聞かされる。
「あの子ね。いつも嬉しそうにあなたの話を…」言葉に詰まり、膝の上で拳を作る。
「本当楽しそうにあなたとの話をするんですよ。…でもあの子は、自殺しました」
千夏は黙って話を聞く。
「それで、これを…」
ガサガサ
美智代の母親は、どこからか白い箱を取り出した。
箱は縦25〜6センチ、横40センチほどの白い箱。
ガサッ
「…靴?」
中に入っていたのは、可愛らしい赤のミュール。
踵はさほど高くなく、タイなどのアジアをイメージさせるピンクの花が描かれている。
「もらってあげて下さい。あの子が初めてバイトをして夏に履こうと思ってたサンダルなんです」
「そんなっ!もらえません」
千夏は大きく被りを振る。
目に涙を溜めて。
「いいえ。もらってあげて」
その笑顔は美智代そのもの。
美智代本人が言ってくれたような気がした。
美智代の母親はやるべき事を果たし終えたと考え、静かに席を後にする。
赤のミュールを前に、涙で目に映る場面が歪む。
ぽたぽたぽた
大切な友がいなくなってしまった。
あんなにも親しく、いつも傍にいる…これからも会えると思ってた。
その淋しさと自分に対する自責の念で曲を創った。
ひとつは、父親を探しに行った帰りに花火を見た…という歌。
そして、もうひとつは…父親を探しに行こうと約束して守られなかった歌。
美智代とのこと。
美智代を忘れたくなくて…美智代と過ごした時間を良い思い出にしたくて。
青空の下で胸を張って歌う。
誰も聴いてくれなくてもいい。
天国にいる美智代に贈る歌。
「約束。」
粉雪舞う季節に
二人の約束は幸せ探しに行くと
あの日あの時誓ったね手を取り合って
嬉しかった
君はかわいくって
君はやさしくって
君が微笑むたび心が温かくなる
いつも一緒で
離れていても近くにいるようで
いつも甘えて
笑い合ったり泣き事ばかりで
ふり返れば青い空の中に
大好きな君が立っていたけれど…
桜が色づく頃
君との想い出はアルバムめくるように
ひとつふたつ懐かしい涙となって
溢れ出す
君がかわいくって
君がやさしくって
君に会いたくてもかわりなんていなくって
淋しさ隠すために歌った
この歌声は虹までは届かなくて
それでも雨上がり
オレンジ色の夕日の中に音符が
一番星みたいにキラキラしていた
明日にはまた青い空が広がる
二人のための
この歌声を心つなぐ
ひとつの虹にしよう
虹の向こう側には
朝日と共に未来が待っている
今日の涙が元気にかわるように
七色の虹をこぼさぬように
上を向いて歩こう
美智代にこの歌声は届いただろうか?
千夏は陽の暮れた空を見上げた。
明日はあの赤い靴を履いて歩いてみよう…
上を向いて歩こう。
今日の涙が元気にかわるように。
fin
こんにちは。そして、初めまして。宇佐美です。
記念すべき11作目は恋愛小説以外のお話となりました。名前は違いますが、実際の話です。
もちろん、向日葵畑などは私の妄想ですが(^_^;)
次はまた恋愛小説でガンガン書き始めます☆
頑張るので、感想・意見下されば幸いです!!