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エセプリカ

作者: 光太朗

金色の目の エセプリカ

あなたの 瞳は 金色で

きらきら きらきら 光ってる


金色の目の エセプリカ

かわいい かわいい エセプリカ

だれもが あなたを 愛すでしょう


金色の目の エセプリカ

ずっと きれいで いたいから

あなたを 食べても いいですか




「懐かしい歌を歌っているのね」

 声をかけられ、少女は振り返った。

 長いブロンドに、茶色の瞳。エプロンドレスを着た、人形のような少女。

 声をかけた主は、少女の容貌に目を見張った。

「驚いた……。天使かと思ったわ、お嬢ちゃん。でなければ……そう、まるで歌のなかから、エセプリカが出てきたのかと」

「ここ、取り壊しちゃうの?」

 少女は、まったく別のことを口にした。

 女は寂しそうに微笑んで、首からぶら下げた十字架にそっと触れる。

「そうね。お嬢ちゃんが天使だったとしても……もう、遅かったわ。この教会は、なくなってしまうの」

「かみさまが住んでいるのに?」

「もうどこかへ行ってしまったのよ」

 少女は、女の胸元の十字架を、それから正面に堂々と掲げられた大きな十字架を、見た。

 ここに在る事実は変わらないけれども、もうここには、いない。

 所詮はひとの心のなかのものだから。

「へんなの」

 責められるようにまっすぐ見られ、女は、少女の大きな瞳から、少しだけ目線をはずした。

「仕方ないわ。一年前に大きな結婚式があったのだけど……その二人が、不幸な結果になってしまったの。それからは、だれもここへは訪れない」

「へんなの」

 もう一度繰り返し、それから少女は、かすかに唇で笑顔の形を作った。

「でもそれは、あたしには関係ない」

 少女は跳ぶように立ち上がり、ふわりとスカートを翻した。

上目遣いに、女の顔をのぞき込む。

「ねえ、お姉さん。あたし、お腹が空いてるの。ごはんを食べさせて」

 女はゆっくりと目を瞬かせ、それから思わず吹き出した。

「とんでもない天使ね! いいわ、何か作ってあげる。いらっしゃい」

 女はそっと右手をさしのべた。少女はその手をつかみ、満面の笑みを浮かべる。

「ありがとう、お姉さん」


 教会の裏側には、質素な造りの民家が建っていた。民家というより、小屋に近い。一日、二日宿をとるのに使われる類の、最低限の設備しかないようだった。

「お姉さんは、シスターさんなの?」

 女はエプロンをつけながら、小さく笑った。

「違うわ」

「ここに住んでいるの?」

「いまはね」

 言葉少なに返し、キッチンに立つ。少女は許可も得ず、木の椅子に腰かけ、テーブルに頬杖をついた。足をぶらぶらさせながら、家のなかを見渡す。

 風の冷たくなる季節だというのに、窓という窓がすべて開け放たれている。床には絨毯、その上にテーブルが一つと、椅子が二つ。辛うじてタンスはあるが、暮らしているにしては、生活感がない。第一、どこで寝ているというのだろう。

 ぺたりと頬をテーブルにつけ、少女は料理をする女を見た。

 黒いワンピースの、痩せた女。

「ねえ、エセプリカって、知ってる?」

 こちらを振り返らずに、女は答えた。

「知ってるわ。さっきあなたが歌ってた、金色の目のエセプリカ」

 肉と野菜を炒めたものを皿に盛り、テーブルへと運ぶ。

 ことり、と皿を置き、スプーンを少女に渡した。

「小さいころ私も歌ったし、おとぎ話も聞かされたわ。エセプリカの肉を食べると、いつまでも若く綺麗でいられる、ってお話」

「おとぎ話なの?」

「おとぎ話よ。昔は何も思わなかったけど、いま思うと残酷な話よね。食べる、だなんて」

「これも、お肉」

 少女は、スプーンでこんがりと焼けた肉をすくった。いただきます、とつぶやき、口へ運ぶ。

「ざんこく?」

 困ったように、女は笑っただけだった。

「お姉さんは、食べないの?」

 皿は一つだけだ。女は少女の向かい側に腰かけて、こちらを見ている。

「お腹空いてないの?」

「食べたくないの」

 やわらかく、しかし強い意志で答える。

 少女は、小首をかしげた。

「死んじゃうよ?」

 ひどく痩せた身体。

 目の下には、はっきりと隈が刻まれている。

「いいのよ」

「帰ってこないから?」

 女は、かすかに、目を見開いた。

 無邪気に問いかけてくる少女の目を見た。

 聞き間違いだろうか。

「……なに?」

「あいするひとが、帰ってこないから?」

 少女はスプーンを置き、跳ぶように立ち上がると、絨毯をめくった。その下にあった、地下へ続く扉を見て、わざとらしく鼻をつまむ。

「ねえ、これ、もう腐ってるよ」

 女は動けない。

「一年前に結婚した年下のカレは、すぐにもっと若い女の人と、出て行っちゃったんだよね? かわいそう。でも殺しちゃうことないのに。神父さんも、シスターも、若い女の人も──」

 少女は、女の隣へ回り込み、その左手にそっと触れた。愛おしそうに、もうぶかぶかになってしまった薬指のリングに、口づけする。

「──お姉さんの、あいするひとも」

 女は少女の手を振り払い、少女は床へたたきつけられた。

震えながら、少女を見下ろす。茶色の瞳を細め、少女は笑った。

「どうして驚いているの? お姉さんが呼んだから、来たのに」

 女の表情から、徐々に、驚愕の色がなくなっていった。やがてその唇が、笑みの形に、ぐにゃりと曲がった。

「お嬢ちゃん、あなたの、名前は?」

「エセプリカ」

 ああ、と歓喜の声を上げ、彼女は少女を抱き上げた。我が子を抱くように、ほおずりをして、愛しさに瞳を伏せる。

「待ってたわ、エセプリカ! あなたがいれば、彼が帰ってくる! 私は誰よりも綺麗になって、彼の愛を一身に受けることができるんだわ!」

 女は少女を抱いたままキッチンへ行き、包丁を手に取った。

「さあ、あなたを食べさせて──!」

 少女は笑った。

 瞳の茶の色は、ゆっくりと金に染まった。

 金色の目。

「いったでしょう、ごはんを食べさせてって」

 鮮血が散った。



金色の目の エセプリカ

ずっと きれいで いたいから

あなたを 食べても いいですか



 少女は歌いながら、木の椅子に腰をかけ、足をぶらぶらと揺らす。

 横たわる食料を見下ろした。

「ありがとう、お姉さん」









 



読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言]  どうも、でん助です。  感想ですみません。  これは童話っぽいですよね。グリム童話。少なからず影響を受けたのでは?  少女がエセプリカである事はわかっていたのですか、まさか食べる側だとは…
2008/04/22 23:53 退会済み
管理
[一言] いやぁ、実に自分好みの作品で、面白かったですw エセプリカ、と言う作品の中での民謡的な、古い(?)唄の中に登場するエセプリカが、望んだ者の前に実際に現れて、人を喰らうと言う残酷な話ですが、唄…
[一言] 素敵ですねー、エセプリカ。 愛らしさと残酷さを併せもった少女。 妹に欲しいくらいですよ。 純粋に面白かったです。
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