その部屋の壁は白一色、室内に置いてある家具も白い色だった。
一つだけある出入り口のドアも白い。そのドアを入って左の壁際にはホワイトボードが置かれている。右側は何も無いただの壁。そして、ドアの向かい側はブラインドが下ろされたままの窓がついていた。
部屋の真ん中には大きな四角いテーブルがひとつ置いてあり、皆はそのテーブルを囲んで座っている。
ホワイトボードを背に座っているのは、白衣を着た、髪の薄くなりかけた中年の男だ。その男の左側、窓を背にして少女が二人。そして少女達の向かい側には少年が二人座っている状態である。
「さて。ここに来てもらったのは私達に協力して欲しいからなんだ。そんなに警戒しなくていい」
男は、自分以外の少年少女にゆっくりと語りかける。
「この国に十年に一度、一人だけ超能力者が現れるという伝説は皆も知っていると思う。今までにいくつかのテストや検査を受けてもらった結果、超能力者は君達のうちの誰かだということがわかった。その能力をこの国のために役立てて欲しいんだ。思い当たる人は名乗り出てくれるかな」
不器用な笑顔を作って男はくるりと皆を見渡した。
誰も名乗り出る者はおらず、お互いを探り合うような沈黙が流れる。
そのうち、少女のうちの一人、短い黒髪で目の大きな子が発言した。
「なんで私がここに連れて来られたのかわからないわ。超能力だなんて関係ないもの。早く帰らせてよ」
……家に病気がちな母を一人残したまま連れて来られちゃったけど、超能力だなんて胡散臭い事に関わっている暇なんかないわ。私が働いて生活費を稼がなくちゃならないんだから。
口には出さないまでも、強い意志をもって彼女は男の方をキッと見据える。ここで気弱な態度を見せたら負けだと思っていた。
「そうかね。悪いんだが、私達のことを信じられなくて、超能力があることを言い出せない、という場合も考えられるからね。はっきりするまで、しばらくはここにいてもらうことになるね」
努めて穏やかに、男は答えた。
もう一方の少女は、金髪を後ろで一つにしばっており、気の弱そうな印象だ。うつむいて爪を噛み、誰とも目を合わせようとしない。
……なんだかこわい。はやく終わってほしい。
そればかりを思っていた。人と接することが苦手らしい。
そんな彼女達を見て男は軽くため息をつくと、視線を移す。
少年二人はどちらも栗色の髪の毛だが、印象は全く違った。
一人はぽっちゃりとしていて色白だ。ずっと、おどおどと周りを気にしている。
……い……いつもだったら、ママが高級店から取り寄せたお菓子を食べてる時間なんだ。僕のパパはお金持ちなんだぞ。こんな貧乏人たちと一緒にされるなんて、サイアクだ。
本人はあくまでプライドのために口を開かないでいるつもりらしい。本当は、気が弱いから発言するのが怖いだけのようだが。
それに対して、もう一人の切れ長の目の少年は冷静だった。
「聞きたいことがあるんだけど」
と切り出した。
「どうぞ」
男はにこやかに言う。
「まず、超能力者なんて本当に存在するのか?」
少年は不遜な態度で質問を投げかけた。
男は少しためらったように見えたがすぐに
「もちろんだよ」
と答えた。
だが心の中ではその質問を忌々しく思っているようだ。
……私だって半信半疑なんだ。この国の誰もが知っている言い伝えだが、その信憑性ははっきりしていない。上の命令で仕方なく子ども達の相手をされられているだけなんだ。
そこに少年は畳み掛ける。
「俺たちが選ばれた理由は?」
「私達が色々調査した結果だよ」
曖昧な返答をしながら、男は少年の射るような眼差しに居心地の悪い思いをしていた。
……なんの根拠があるのか知らないが、上の連中は超能力なんてものを信じて莫大な金を使って国中の子ども達の情報を集め、該当する者をこの施設に集めた。そして様々な検査を行い、やっとここまで少人数に絞り込んだのだ。本当にこの中に超能力者がいるのかなんて私の知ったことではない。言われた通りにこいつらの反応をみるだけだ。
「じゃあ、もう一つ質問なんだけど。さっきあんたが協力して欲しい、みたいなこと言ってたけどよ、もし超能力者が見つかったら具体的になにをさせるわけ?」
そう言いながら少年は違うことを考えていた。
……こんな事に巻き込まれると思ってなかったが、まぁ、俺はどうせ家もなくて路上で暮らしてるような身の上だからな。うまくいけば多少の金をせしめることはできるかもしれねぇ。
少年と男とのやりとりに、関係ない素振りの他の者も耳をそばだてている。
男は更に居心地悪く感じた胸中を悟られないよう、笑顔を保った。
「詳しいことは言えないけれど、国を運営していく上で活躍してもらいたいと思っているよ」
子ども相手でも嘘を言うのはあまり気持ちのいいものではないな。と男は思っていた。
……実を言うと、国の脅威になるかもしれないから超能力者を見つけてそいつを処分してしまうことが目的なんだ。
「超能力って言うけど、一体どんな特殊な力なの?」
黒髪の少女が聞いた。少し興味が出てきたようである。
「実はどんな能力をもっているのか判明していない。まったく未知数なんだよ」
「それもわからないの? そんなことに私たちは付き合わされてるわけ?」
黒髪の少女は不機嫌そうに言った。切れ長の目の少年もそれに同意する。
「そいつの言う通りだぜ。もし超能力者が見つからなくても、迷惑料くらいはくれるんだろうな!?」
少年のその言葉に、黒髪の少女も、もしそうなら少しでもお母さんの薬代になるわ、と考えて男の返答を待つ。
金髪の少女とぽっちゃりした方の少年は未だに一言もしゃべっていないが、話の展開に興味を示し始めたことが感じられた。
一方、男は自分の意図した方向に話が進んでいるようだ、と思いながら説明をはじめるのだった。
「悪いが、君達みんなにお金を渡すわけにはいかないよ。でもね、超能力者には一生困らない贅沢な暮らしが保証される。それと、該当者が自分の力に気付いていない場合を考えて研修期間も設けるつもりだ」
「研修期間?」
「そう。その間はここに留まってもらうことになるが、報酬は払おう。普通に働いて得られる給料よりも多い金額になると思うよ。その期間に見極めるわけだから、やはり超能力を持っていなかったとわかってもお金を返せなんてことは言わない。だから、少しでも今までに自分の能力が人と違うと感じたことがあるなら、その研修を受けてみてはどうかな?」
男のその提案に、場の空気が変わった。
……おいしい話じゃねぇか。どんな能力かこいつらもわかってねぇんだったら、芝居でもして騙したら、しばらく生活が保障されるってことだろ?
……いけないとは思うけど、超能力がなくてもここで名乗り出て研修ってのを受ければお金がもらえるのね。お母さんの治療費に使えるわ。
……いっつもママは僕に特別な才能があって、他の人間より優秀だって言ってくれるんだ。僕がここで研修を受けて人より優れていることがわかればママは喜んでくれるかもしれない。
……学校でみんなにいじめられるくらいなら少しの間でもここに残る方がいいのかも。
皆の気持ちの揺れを感じて、男はしばらく様子をみることにした。
急ぐことはない、と考える。仕事なんだから仕方ないだろう、と自分に言い聞かせながら。
……本当は、この研修を受けると申し出た時点で殺されることが決定するんだがな。……ここまでくるのに国はかなりの時間と費用を費やしている。研究者達はこの中に超能力者がいることは確実だと自信をもっているのだ。だからこそ、この子ども達全員を殺してしまえばいいという意見と、やはり超能力者を見極めるべきだという意見が対立したらしい。話し合いの結果、自分から名乗り出た者は話の真偽は関係なく殺してしまう、という結論に落ち着いたと言うのだ。偉いヤツの考えることは理解できないが、私のような下っ端にこういう嫌な役を押し付ければいいだけなのだから、話し合いなんていってもいい加減なものだったんじゃあないだろうか。
皆が黙って考え込んでいるのを眺めながら、男はとりとめもなくそんなことを考えていた。
なら、超能力のある者がわざと名乗り出なかった場合はどうするつもりなのだろうか?
男の回想はまだ続く。
……もちろん、超能力者が名乗り出ない可能性だってあるはずなのだが、上の連中はそのことについてはちゃんと手は打つから、とだけ言って、私には詳しく教えてくれなかった。私はこの場で、ただ上の言うとおりの提案を子ども達に伝え、様子を窺うだけなのだ。こんな損な役回りを押し付けられるなんて、私もついていないな。
まだ男の思考は続きそうだったが、黒髪の少女の声で中断した。
「あの。さっきは関係ないなんて言っちゃったけど、実は私、たまに予知夢みたいなのをみるのよ。……えっと、次の日に夢に見たことが本当に起きたり……とか。だから研修を受けてみたいんだけど」
そのように申し出た彼女は、先ほどまでの勢いがない。
お母さんのために必死に嘘をついてるのが伝わってくるようだ。
「もちろんいいとも。」
男はあっさりと承諾した。余計な感情は排除したらしく、機械的に返事をしただけのようである。
だが、迷っていた他の三人の気持ちを押すには十分だった。
あんな曖昧な理由でいいならば、自分だって研修を受けることができるはずだ。
そんな気持ちが皆に芽生え、今にも少女に続いて名乗り出る勢いである。
口を開きかけたのは三人の内の誰だったのか……
「名乗り出ちゃダメだよ!殺される!」
その叫びで部屋の中は静まりかえった。
みんなが驚いて「こちら」を見る。
一番驚いているのは僕自身だ。叫ぶつもりなんて、いや、言葉を発するつもりすらなかったのだが。
僕は男の真正面に座っているので真っ向から彼の意外そうな視線を受けることになる。
右側からは少女二人の、左からは少年二人の視線が僕に注がれる。
誰も、何も言わない。何を言うべきなのかわからないのだろう。
嫌な汗が背中を伝う。
そこにタイミングを計ったかのようにノックの音が響き、ドアが開いた。
入って来たのは、白髪の老人だ。その老人も白衣を着ている。
彼を見て、男は我にかえってすぐに椅子から立ち上がり老人を招き入れた。その様子からすると、老人は男の上司にあたるようだ。
「君は人の心が読めるんだね?」
老人は、口を開きかけた男を制し、まっすぐに僕を見ていた。
「そうです」
今更ごまかせるとも思えないので、素直に答える。
「うんうん。よかった。早めに見つかって。ホントはもっと時間がかかるかもしれないって思ってたんだがねぇ。ラッキーだったよ。この状況でみんなを止めるなんて、性格もいい!」
老人は優しげな顔で、そんなことを言う。
僕は混乱していた。
彼らは僕を殺すつもりのはずだ。
さっきから、緊張のせいか老人の心がうまく読めない。しかし、僕に対して好意的な感じが伝わってくるのだ。
そして、引き続き皆の視線を痛いほどに感じる。
だが、その時老人が軽く片手を挙げて僕意外の人間にそれをかざすと、なんの前触れもなく皆が意識を失い、テーブルの上に突っ伏した。
「えっ……?」
驚く僕に、老人は悪戯っぽい笑顔を向ける。
「実は、私は一定期間の人の記憶を消すことができるんだよ。皆の、今あった出来事の記憶を消させてもらった。この職員の男も詳しい事は何も知らないので、記憶を消して今まで通りの仕事に戻ってもらう。他の四人も、……まぁ、ここに来たという記憶は残るので、アンケートのために来てもらったとか適当な理由を説明して、いくらかのお礼を渡して家に帰ってもらうから、心配はいらないよ」
僕は更に混乱した。
「つまり、あなたも超能力者なんですか?」
「その通り! だから、超能力者を殺してしまうなんてことはないから安心してくれたまえ。この男には、嘘の情報を教えてたんだよねぇ。国のために働いて欲しいっていうのは本当だけど。それと、どんな能力を持っているのかわからない、っていうのも本当だったからね。今回は、最初の様子見という目的が大きかったんだけど、君のように心を読める子がいるかもしれないと思って、ちょっと仕掛けてみたんだ。見事に君が乗ってきてくれたってわけだよ」
「でも、僕がそれを無視してたらどうするつもりだったんですか?」
「う〜ん。それならやり直しだね」
「やり直し?」
「うん。君を含めて全員の記憶を消して、白紙の状態でまた違う検査をする予定だったんだよ」
ひととおりの事を説明し終えたのか、老人は一息ついた。
僕に考える時間を与えるためかもしれない。
しばらくの沈黙ののち、老人はおもむろに口を開いた。
「ここには、他にも超能力者が働いている。……君は、私達と一緒に国のために働く気はあるかね?」
僕は、今までこの能力をひた隠しにしてきた。それは他人に、いや、親兄弟にさえも気味悪がられるからである。
でも、僕なんかでも何かの役に立てるんなら……
「はい。働かせてください」
僕の答えに老人は満足げに大きくうなずいた。
「うんうん。ありがとう。今いる仲間の中には、心が読める超能力者がいなかったんで嬉しいよ」
楽しそうに笑う老人を見て、僕は、少しは自分の事を好きになれるかもしれないと思ったのだった。 |