レビューって何だろう? ~400文字に詰めこんでみること~
一応、レビュー50本程書いたので、自分なりに考えてみました。
残熱という言葉があるのかどうかは、俺は知らない。けれど、ふとそんな表現が浮かんできた。視線を上げると、窓ガラス越しに夕陽が見えた。夏の終わりの夕焼けは、冷房の効いた部屋にも熱を通す。
「まだまだあっちいなあ、もうじき九月だってのに」
「ん、そうだね」
俺の独り言めいた呼びかけに、応える声があった。ローテーブルを挟んだ向かいだ。華奢な肩をキャミソールから剥き出しにして、その人物はタブレットを覗いている。やや茶色を帯びた髪はさらさらと、その人物の顔を縁取っていた。
「お前、いつでもそれ読んでるなあ。昔は紙の本ばかりだったのに」
「うん、今はこっちの方が面白いからね。あたし達と同じ一般の人が小説書いてると思うと、親近感沸くし」
白い指を走らせながら、その人物は視線を俺に向けた。「その気持ちは分かる」と俺は頷く。
「中学生じゃ本買う小遣いも乏しいしなあ」
苦笑を浮かべつつ、俺は自分のスマホを開く。そこにはやはり、ネット小説のページがあった。何のことはない、二人とも同じサイトを開いていたのだ。オンライン小説サイト"小説を読もう!"、これが俺達が開いていたサイトの名前だ。
「それも事実だね。けど、あたしはこのサイトで読むのが好きかな。何て言うかなあ、作者と読者の距離が近いっていうのが」
髪をかき上げながら、向かいの人物――三ツ森藍子は椅子の上で姿勢を正した。適切な言葉を探した数秒の後、藍子はそっとタブレットを触る。
「やっぱりいいんだね。感想を書けば、作者さんは返信くれるし。活動報告通して、どんな方なのか分かるしね」
「それは言えるよな。身近な存在に思える。一種のSNS的な部分があるよな」
氷の溶けかけたジュースを啜ってから、俺は藍子に同意した。事実、俺もこのサイトにユーザー登録をして、お気に入り作品をブックマークしたり、感想を書いたりしている。読むだけなら別に必要無いんだが、登録した方が何かと便利だ。
「うん、魅力の半分はそこにある気がするよ。あ、あと、レビュー書いたりも出来るのが嬉しい」
「あれは誰でも書けるもんじゃねえだろ。俺、一回も書いたことないぞ。よく書けるな」
「そう? 楽しいよ、レビュー書くの」
藍子は簡単に言うけど、俺には想像もつかない。何だか悔しい。俺もたまに"読もう!"のサイトから、新着レビューを拾って読むことはある。こんな文章が書けたらなあ、と羨ましく思ったことは、一度や二度じゃない。
そんな俺の様子が可笑しかったのだろうか。タブレットを再び操作しつつ、藍子は俺に問いかける。
「じゃあさ、一回レビューって物について、二人で考えてみようよ。おばさん達が帰ってくるまで、まだ時間あるし」
「え、マジで?」
「頭の体操だよ。それにリョータだって、レビュー書けるようになった方が楽しいから」
「要は巻き込みたいのか、お前」
なるほど、藍子の奴、仲間が欲しいんだな。レビューの書き手って中々いないらしいし。
「そうだよ。だって話し合える人は多い方がいいもの。だからリョータもレビュー書こう!」
「待て待て、まずはレビューって何だっていう話からだろ!?」
「あ、そうだったね、ごめんごめん」
意外にあっさり引き下がり、藍子はタブレットを操作して、俺に液晶画面を見せた。そこには新着レビューが並んでいる。それをしげしげと見ながら、俺は口を開いた。
「まず俺の把握しているレビューの定義からでいいか? 投稿された小説に対して、読者が書く400文字以内の文章。その作品の良いところを挙げて、宣伝する為に書かれる......これがレビューだと思うんだけど」
「概ね正解だと思うよ。特に宣伝というところは、レビューの特徴だと思うんだ。じゃあね、感想とどう違うか分かる? 滅多にいないけど、感想でも400文字くらい書く人いるよね」
「え、感想との違い? ちょっと待って、今考える」
藍子からの問いに、俺は頭を捻る。確かに感想でも長文は書ける。大抵は長くても十行程度だから、400文字も書く人は殆どいないだろうけどな。
うーん、そう改めて言われると困るな。思いつくのは一つだけだ。
「感想はサイトにわざわざ新着感想として載らないけど、レビューは載るよな。つまり新着レビューからその作品に辿り着く人がいる訳で、一種の宣伝効果があると思うんだ。感想にはそれが無い」
「さっきリョータが言ってた作品の宣伝って点だよね。そうだね、それは大きいと思う。あと、あたしは思うんだけど、次のような点が感想とは違うかな」
頷きつつ、藍子は自分の愛用のメモ帳を一枚ちぎった。メモ帳付属のペンで、そこに何か書き付けていく。四点にまとめられた殴り書きを、俺は眺めた。
「相変わらず文字汚ないな。女の子らしくねえ」
「刺していい?」
「やなこった。で、レビューと感想の違いっつーと」
俺は上から順に読む。
"宣伝効果"。これはいい。俺自身が理解している。
"作者対読者じゃなく、レビューの書き手の自己完結"。んん、何となく分かるけど。
"部分部分じゃなくて、作品全体"。ちょっと曖昧で、俺には分からない。聞こう。
"作者への最大の応援"。え、そうなの。レビューってそんなに凄いの?
俺の視線を追い、藍子は指を滑らせた。それが二つ目の殴り書きで止まる。
「自己完結っていうとネガティブなイメージあるけど、そうじゃないからね。リョータは感想は書いたことあるよね?」
「ああ、そんなに多くは無いけど。作者さんから感想返してもらって、それが嬉しかったな」
「うん、あたしが作者対読者って書いたのは、そこなんだよ。読者の書いた感想に対して、作者はそれに対して返信出来るでしょ。勿論、他の人の書いた感想を私達は読むことが出来るけど、基本的には」
「感想は、作品を挟んだ上での、ある読者と作者の一対一のやり取りって訳か」
「人の言葉を先取りしなーい。でもそうだと思うんだよね。凄い人気作品だと感想の数も凄いから、作者さんが感想返し出来なくて、この一対一のやり取りは発生しないけどね」
「投稿されている作品数から考えたら、ごく僅かだろ。それよりさ、レビューの書き手の自己完結ってのは?」
「うん、レビューって感想返しみたいな物が無いでしょ。作者さんは受け取ったレビューに対して、レビュー自体には返信出来ないよね。よっぽど罵詈雑言なレビューだった場合、削除するくらいで」
「は? そんな酷いレビューあんの?」
びっくりした。俺が知る限り、レビューというのは大抵良い事が書かれている。作品を貶めるレビューなんてもんがあるのか。
「時々あるよ。ネガティブレビューって言って、嫌がらせとして書かれるみたい。ま、作者さんはそんなレビューは削除すると思うけどね」
「それでも嫌な気分にはなるだろうな。あ、話が逸れたな。そう、自己完結って部分だよ、俺が聞きたかったのは」
「うん。あたしはね、レビューってそれだけで一つの作品だと思うんだよね。最大400文字の中に、どれだけ自分がその作品への想いを詰め込めるか。その作品の良さを、どこまで文字に出来るか。それはレビューの書き手が、自分の感覚を信じて書いていい部分なんだよ、きっと」
「ああ、だから自己完結って訳か。レビューってそういう意味では、必須事項って特に無いのかな」
「その作品や作者さんを貶したりしない限りは、余程の事が無い限り自由だと思うよ。例えば――この作品を読んだ。昔、自分が遭遇したある出来事を思い出した。とても懐かしかった。この作品は、そんな風に自分の思い出を呼び覚ましてくれる何かがある。こんなんでもレビューになるんだよ」
厳密に言えば、レビューは150文字以上400文字以内に限る為、それだと文字数が足りないのだけどな。藍子の言いたい事は分かったから、そこは突っ込まないでおこう。
「そんな個人的な文章でいいの? 俺、もっと大層なもんかと思ってたよ」
「いいんじゃないかな。これはレビューをどう捉えるかにもよるんだけど、作品について素直に思うところを書けば、それでいいんだと思うよ」
「ふーん、なるほどねえ」
最もシンプルなレビューなら。単純に"この作品のここが好き。その理由はこれこれで、自分の好みに合うから。皆読んでほしい"といった文章に、幾つか具体的な例をつけて装飾すれば出来そうだ。
「――主人公の誰誰が敵を倒すその勇ましい姿の反面、異世界転生による孤独を抱えている。その二面性が人間らしくて、ぐっときます、とかか?」
「おー、いいね! そういう風に、どこに惹かれたかを書くだけで、レビューの書き手の好みが浮き彫りになるよね」
藍子はうんうんと頷いている。悪くないらしい。よし、何となく分かったぜ。次だ、次。
「部分部分じゃなくて、作品全体ってのは」
「えっとね、感想って大体最新話を読んで、その時の心情を書くでしょ。あたしが見た限り、大半の感想はそうなんだけどね」
「ああ、連載作品なら確かにそうだよな。レビューは――あっ、なるほど」
「そう、どの話に対してというのが無いよね。言ってみれば、作品全体について、レビューの書き手が抱いている考えがレビューになるから」
そういうことか。理解出来る。感想ならその時読んだ部分について書けばいいけど、レビューは違う。作品を頭の先から尻尾まで、とは言わなくても、かなりの部分を読まないと書けない。
藍子が窓の方を見る。夕陽が眩しいのか少し目を細めていた。
「レビューを書く上で多くの人が障壁と感じているのが、そこだと思うんだ。ぱっぱっと読んだその瞬間の印象じゃなく、ある程度まとまった分量の物語を対象に文字に起こす。読書感想文的な部分はあるよね」
「しっかり読まないと書けないって訳か」
「書けない訳じゃないけど、例えば100万文字ある物語があったとするね。最初の1万文字だけ読んで、そこでレビューを書く。これって勇気いるよね?」
「分かる気がする。こう、何だ。ろくに全体図を知らないのに、作品全体について語れるかっていう感じか?」
「うん。少し話は違うけど、長編だからってレビューがたくさん付くかって言えば、そうでもないんだ。書籍化してるしっかりした長編でも、レビュー0とか1の話たくさんあるよ」
藍子の話に、俺はちょっと驚くと共に感心した。よく調べてるなー、こいつ。
「なあ、レビューの付きやすい作品てあるか?」
「んん、あたしもきちんと調べあげた訳じゃないけど。あくまで印象でもいい?」
「おう、勿論」
「どこか尖ったところがあるお話、ポイントは低くても個性のあるお話には、レビューが付きやすい気がする。たまに100ポイント前後の作品にレビュー3つ付いてたりするしね」
「まじで? それすごくね?」
「レビュー書く人って、ちょっと独特な感覚あるんじゃないかなあ。だから、少し捻った作品にレビューを書きたくなるとか?」
ふむむ、そうなのかもしれない。感想より余程希少価値があるレビューだけに、書き手もそれを知った上で書く作品を選んでいるのかも。
ちょっと面白いので、覚えておこう。さて、次が最後か。
「レビューは作者への最大の応援――か。そんなに嬉しいのかな」
「めちゃくちゃ嬉しいみたいだよ。あたし、ある作品にレビュー書いたのね。そうしたら、作者さんがメッセージでお礼を返してくれたの。感動しました、凄く嬉しいですって言ってくれたよ」
「そんなにか。別にポイントにはならないのに」
「宣伝効果による二次的なポイントやPVの増加はあるよ。あ、でもね、レビュー自体が純粋に嬉しいってことだと思う。一人の読者がきちんと読んでくれて、時間を割いて自分の作品を推してくれた訳でしょ。それが嬉しいんじゃかいかな」
「あー、そうかもな。俺らだって、誰かから誉められたら嬉しいしな。ただ数字上のポイントが増えるより、レビューもらった方が嬉しいのかも」
「だと思うよ。レビューって今何本書かれてると思う? ちなみに投稿されてる作品は、約41万」
「わかんね、少ないとは思うけど。全体の二割が1本レビューもらったと仮定したら、8万くらいか?」
「ぶっぶー、残念でした。もっと少ないんだよね」
両手でばつを作り、藍子はわざとらしく唇を尖らせた。ぐぬぬ、小憎たらしいぜ。
「じゃあどれくらいだよ」
「約17,000だね。つまり、一つの作品にレビュー1本で割り振っても、全体の4%しか貰えないわけ」
「そんなに少ないのか。そりゃ貴重だな」
「感想書く人だって、全体の割合から言えば少数だからね。ましてレビューとなると、ほんとに希少になるみたい」
「ハードル高いもんな」
レビュー未経験者の俺には、その気持ちは良く分かる。大体読み専の人間は、書くという行為に根本的に苦手意識がある。幾ら好きな作品があったとしても、ブックマークとポイント評価が精々だろう。余程書きたい事があれば、そりゃ感想くらいは書くが。
けれども。
けれどもだ。逆に言えば、もしレビューが書けたら、それって凄くないか?
これだけ読者がいても、僅か17,000しかないレビューに、自分の一本が加わったらと想像してみる。全作品に均等割りしても、4%しか貰えないのがレビューだ。超人気作品はレビューが何本も集中するだろうから、一般作家には更に縁遠いだろう。
つまりレビューが書けるだけで、でっかい後押しが出来るってことじゃないのかな。
「なあ、藍子。お前、レビュー書く為の技術って何か知ってる?」
「へー、リョータも書いてみる気になったんだ?」
「いや、分からねえけどさ。ちょっとコツとか覚えたら、書けるかもなあと思って」
俺の言葉に、藍子は気を良くしたようだ。腕組みをして、首を傾げる。
「よーし、じゃあレビュー初心者のリョータに教えてあげよう。題して誰でも書ける、これであなたもレビューマスター!」
「怪しげな通信教育かよ!?」
俺の突っ込みを華麗にスルーして、藍子は話し始めた。書き方にも色々あるが、今日教えてくれた方法は二つだけだ。これはいっぺんに教えても、消化しきれないからだと。
一つ目の方法は、主人公に焦点を当てる書き方だ。どんな物語でも、主人公はいる。その行動や言動で気に入った部分を取り出す。
例 主人公誰誰は、異世界転生を果たす。転生前はただの高校生だったけど、転生先では何と魔王。チート魔力に恵まれたし、のほほん魔王生活。うん、羨ましい。こんな生活してみたいと素直に思わせる、ほんわかした文章がいい......
二つ目の方法は、わざと抽象的に書く方法だ。自分が感じた印象をぼやかした感じにして、謎めいた感じの文章を作る。やや自分の心情を強めに出したレビューにしたい時に使うらしい。
例 雨が降っていた、と思う。ああ、この物語を読んだ時のことだ。実際に降っていた訳じゃない。あくまで私の心の中での話だ。この物語が私の心に雨をもたらした――そう言えるということ。心を優しく濡らすような、そんな文章でこの物語は綴られる......
「他にも色々あるけど、慣れない内は参考になるかもね。さ、リョータ。さっさと一つレビューを書いてみよう!」
「え、ちょっと待て、書くなんて言ってねえし! そんなすぐ書けるもんじゃないだろ!?」
「君のレビューで救われる作者さんがいるかもしれないんだよ? 躊躇う意味は無いと思うんだなー」
うひひ、と意地悪な笑みを浮かべ、藍子は俺を見る。何だかなあ、昔はこんなんじゃなかった気がするんだけどなあ。
「まあ、そのうちにな。そろそろ母さん戻ってくるけど、晩飯うちで食べてくか?」
「うん、うち今日は出かけちゃってるからね。久しぶりにおばさんのハンバーグ食べたいなー、なんて」
「いいけどちゃんと手伝えよ? 皿洗いもな?」
一応念は押しとかねーとな。随分長い付き合いになるけど、親しき仲にも礼儀ありってやつさ。