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バスクの街での真実(解決編)


 時は遡り、領主の息子であるグリフたちが襲撃してきた日のことだ。東条が一人自室へと戻り、眠りに落ちた頃、ジャンヌは鎧が重くて起き上がれないグリフに冷たい視線を向けていた。


 ジャンヌは思案していた。彼女が神だと信じる東条を殺そうとした領主やその息子たちを本当に許してよいのかと。


 答えは否である。神に徒なす者はすべからく世界から抹消されなければならない。それがジャンヌの辿り着いた結論であった。


 結論が出た後は早かった。ジャンヌは自分が犯人だと東条に露呈することなく、領主たちを殺害する方法を頭の中で構築していく。彼女の冴えた頭は領主たちを殺害し、さらに東条が神であると知らしめることが可能なアイデアが浮かんでいた。


「グリフさん、あなた領主になりたくないですか?」


 ジャンヌは聖女のように慈愛に満ちた笑みでそう問いかける。グリフは悔し気な表情を浮かべながら頭を縦に振った。


「領主にならないのですか?」

「なれるならなりたいさ。けどなれるはずがないよ。だって僕はできそこないだし……」

「そんなことはありません。あなたは立派な貴族の嫡子です。領地を継承する権利は保有しています」

「そんなの兄上たちがいるんだから椅子が回ってくるはずないよ」

「殺せばいいのです」

「え?」

「あなたのお父様とご兄弟、全員が亡くなれば、次の領主は自然とあなたになります」

「けど家族を殺すなんて……」

「あなたは家族に軽蔑され、見下されて生きてきた。領主にならなければ、いずれあなたは家を追い出され、一人孤独に貧しく生きていくことになります。それで本当に良いのですか?」

「……それは嫌だ。僕は贅沢な暮らしを捨てたくないんだ」

「ならば選択肢は一つです」

「けど両親を殺した人間が本当に領地を継げるのかな」


 グリフの疑問はもっともだった。家族を殺して領地を簒奪した場合、正義面をした他の領地の領主たちが、彼の領地を奪い取ろうとすることも考えられる。


「そこは任せてください。私に考えがあります」

「考え?」

「何も馬鹿正直にあなたがやったと白状する必要はありません。盗賊の仕業だと思わせれば良いのです」

「盗賊の仕業……」

「はい。まずあなたが家族全員を殺します。背後から斬りかかれば実に容易でしょう」

「僕相手だから油断もしているだろうしね」

「家族を殺し終えたあなたは自室に隠れていてください。そうすれば盗賊たちに家族が殺されても、自分だけは自室に隠れていて助かったと主張できます」

「なるほど。そして邪魔者がいなくなった僕は領主になれるというわけだ」


 グリフはジャンヌの提案に賛同する。だが彼女の頭の中には別のストーリーが思い浮かんでいた。


「まだ完璧ではありません。完璧にするために二つお願いがあります」

「なんだい」

「一つ目は『神の裁き』を匂わせる言葉を、あなたの自室に血文字で書いておいてください。そうすることで盗賊が領主を殺した動機を捏造します」

「神の裁きがどうして動機になるんだい?」

「盗賊の仕業だとしたら金品が消えていないと不審がられます。しかしあなたは屋敷に隠れているため、金品を持ち出せません」

「なるほど。盗賊が義憤に駆られて、仲間を殺した悪逆領主に天誅を下したことにするんだね」

「もう一つはすべてが無事終わると私があなたの部屋を訪れ、生存者がいたことを報告します。そのためにも鍵はかけないようにしてください。いいですね、絶対に鍵はかけないでください」

「分かった。約束する」


 ジャンヌとグリフの思い描いているストーリーは概ね同じだが、結論が大きく違った。彼女の考えはこうだ。まずグリフが家族を殺害する。その後、グリフが血文字で『神の裁き』を示唆する文章を記述する。ジャンヌは自室に隠れ潜んでいるグリフの元へと向かい、油断している彼を盗賊から奪い取った短剣で刺し殺して、凶器を彼の部屋に捨てる。


 その後、部屋の外に出ると血文字が記述された扉を発見したとジャンヌが叫ぶ。すると東条を含む大勢いの人が集まってくる。彼女を信頼している皆が、ドアノブを必死に回す彼女を見れば、きっとこう思い込む。ああ、この扉には鍵が掛かっているのだと。


 そこからは単純な話だ。本当は鍵のかかっていない扉を壊して中に入ると、グリフの死体が転がっているわけである。


 密室殺人、もとい神の裁きがここに完成するのである。神の裁きは東条の伝説を広めることに大いに役立つであろう。


 ジャンヌはそう計画して実行した。さらに東条が現代へ帰っている間に、街の人々に、東条が神の裁きによって、領主たちを誅したのだと説明した。聖女が語る言葉は耳に心地よく、小一時間もすれば、バスクの街の人々はトウジョウ教に染まっていた。


 これがバスクの街で起きた事件の裏側であり、東条だけが知らない真実であった。バスクの街からは領主が消え、トウジョウ教の狂信者だけが残ったのである。


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