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13〜捜査〜トロピカルランドへ



「ほな、行って来るわ!!」


朝食も早々に、環と約束していた平次は事務所を飛び出していく。
その様子を事務所の窓から覗いた和葉は、蘭に笑いかけた。

「平次、行ったで。あんなに楽しそうにどこ行くんやろか?」
「事件の捜査じゃないのか?それより行くぞ。支度できたか?」
「あ、うん。行くよ、コナン君?」
「はぁい」



家の前に停めてある車に、コナン、蘭、和葉は乗り込む。
最後に小五郎が助手席に乗り込むと、ドアロックを確認した高木は静かに車を発進させる。
彼らは、コナンの記憶を取り戻すべく、一路トロピカルランドへ向かった。



…その後ろで。

「やった、コナン君たち、出かけるわ!」
「朝から張り込んでたかいがありましたね!」
「大阪の色黒お兄さんは知らされていないのかしら…」
「飯でも食いに行ったんじゃねーの?うな重とかよ!」
「それは元太君だけですよ…」
「いいかね、危ないことは無しじゃぞ?」
「分かってるわ博士、平次お兄さんと約束したもん!!」

彼らの車の後につけた黄色のビートルの中で、そんな会話が交わされていた。



灰と黄の車が二台走り去った毛利探偵事務所の前に、友成真は立っていた。
間に合わなかった。
今日こそは、と思っていたのに。
遥か彼方に消えようとしている車を、悔しげに睨み付ける。
急いで道路に出て、空車で走っていたタクシーを捕まえる。
自動であいた後部座席に乗り込み、「どちらまで?」と問う中年の運転手に、真は

「前の車を追ってくれ」

とだけ答えた。



行き先も知らないタクシーは、行灯の電気を消し、そのまま走り出した。






平次が向かったのは、米花駅から程近い一つの喫茶店だ。
雰囲気の良い店内に、静かに流れるBGM。
窓際の程よく日が当たる席に座る環と落ち合った平次は、話も早々に環の捜査資料のコピーを読みふけった。
その様子に微笑んだ環は、運ばれてきたコーヒーを口にした。

「どう、何か分かったかしら。探偵さん?」
「あぁ…この芝刑事の警察手帳なんやけどな」

平次は目を写真に滑らせたまま、捜査資料を机の上に置く。

「警察手帳がどうかしたの?」
「もし、胸ポケットから出して見せよ思ったんやったら、手帳の向きは普通逆にならへんか?」
「え?」

環は、机の上にあったペンギンのイラストが表紙に描かれたメモ帳を手に取る。
そのメモ帳の絵を、上下きちんとした向きで持って。

「こう持って、ポケットから出すと…ホントだ」

左手で持ったペンギンの絵は、上下が逆様だ。
彼女の様子を見やった平次は、面白そうに笑う。

「もしかしたら、犯人が警察と連想させるためにわざと持たせたのかもしれへんな?」

平次の言葉に、環は驚く。
犯人が警察関係者だと、警察を欺くための警察手帳だったとしたら、もしかしたら犯人は警察関係者以外かもしれないということだ。

「な、なるほど…考えられるわね」

平次の言葉は、なかなかの衝撃だった。
気持ちを落ち着かせようと、環は煙草に手を伸ばす。
テーブル上にあったライターを左手で取ると、彼女はそのままライターをすった。

「…ん?姉ちゃん、アンタ左利きやったんか?あん時は右手でさしてやないか、紫頭の兄ちゃん」

あの時、とはライブ会場でのことだ。
強い口調で『証拠を見つけてやる!』と言ってのけた彼女は、右手で敏也を指差した。

「え?あ、私本当は左利きだったの。それを右利きに直したのよ」

煙草をあさっての方向に吐き出した環は、何てことはない様子で答える。

「だから、考え事してるときとか、つい咄嗟のときに使っちゃうのよね」

「ふぅん…、…!?」

透明なグラスに汗をこぼしたアイスコーヒーに手を伸ばしかけた平次は、その腕を止めた。

咄嗟のときに、と環は言った。
普段は右利きで、咄嗟の時には左手を使う。
つまり、右利きではありえない動作だということ。


そのとき、平次の脳裏に一つの光景が蘇ってきた。
平次は目を見開く。

「…あの時…あの人左手つこたんや…!」

そうだとしたら、あの違和感の理由も頷ける。
なら…左胸を掴んだという奈良沢刑事のダイイングメッセージの本当の意味は…!!


「なぁ姉ちゃん、あんたの兄ちゃん、東都大学付属病院で働いとったんやったな!?」
「えぇ、そうだけど…ゴメンね服部君、私、今から行かなきゃならないところがあるの。捜査資料はまた今度ね」

環は平次の手から捜査資料を奪うように引き取ると、あっという間にバッグにしまう。
平次が呆けている間に、環は伝票を手に席を立った。




タクシーに乗り込み去る彼女の背中を見送った平次は、深く嘆息した。
涼しい店内とは異なり、外の日差しは肌を刺すように暑い。

「…しゃーない、もっかい事件現場言った後東都病院行ってみるか」


じりじりと焼けるアスファルトの地面を、平次は額から流れ出る汗を拭きながら歩みだした。




「貴方、西の高校生探偵の服部平次君よね!?」
「え、アンタ俺のこと知ってるんか?」
「知ってるも何も、東の高校生探偵の工藤新一君と揃って有名じゃない!」
「私、ファンなの!」
「そらおおきにな!」

すっかり日は暮れ、昼間の暑さの余韻を僅かに残した東都大学付属病院の中庭に、
テンションの高い若い看護師と共に、平次はベンチに座っていた。


「仁野保さんのことで、聞きたいことがある」と外科の病棟があるナースセンターに平次が顔を出したとたん、夜の勤務中にたわいない話をしているだけだった彼女たちの顔が一気に華やいだ。
祖父譲りの褐色の肌に、精悍な顔立ち。そして、今やライバル兼親友の新一と共に全国に名をはせる、日本屈指の高校生探偵の突然の来訪だ。
暇をもてあましていた彼女たちは、誰が抜け出すか、話をするかで一気にもめた。
病棟にまで響きそうなほどの盛大なジャンケン大会の末、彼女たちは見事勝ち残った勝者なのだ。


「仁野先生でしょ?こういっちゃ何だけど、あの人やぁな先生だったわよね」

そう切り出したのは、髪を二つに結った細身の看護師だ。

「ホント。お金に汚いし、腕は全然!手術ミスでしょっちゅう訴えられてたわよね!」

返したのは、中々に恰幅の良い看護師。
先の看護師は、彼女の肩を軽く叩いて言った。

「ほら、憶えてる?心臓病の発作で運び込まれた患者さん!あのときの手術、一緒に執刀していた先生の腕切っちゃったじゃない?」
「そうそう!そのせいであの患者さん、助からなかったのよね…!」

そのときのことを思い出したのか、彼女は丸い頬を両手で押さえて声音を上げる。
その会話に、平次は食いついた。

「その話、もっと詳しく聞かせてくれへんか!?」

平次の言葉に、過去を掘り返す彼女たちの会話もヒートアップしていく。








彼女たちに簡単な礼を述べた平次は、病院の正面玄関へと走った。

彼女たちの言葉と、あの人の行動。
それは、平次が考えていた道筋に、全て繋がった。

あの人が犯人だ。
刑事二人を射殺し、新一を襲い、今もなお記憶のないコナンを追い続ける、見えないスナイパー。

早く、小五郎に知らせなければ。


しかし平次は、そのときすでに遅いことを知らなかった。




正面玄関を出た平次は、そこでようやく携帯電話を取り出した。
病院内で電源を落とすことは、子供も知っているマナーだ。

携帯電話を立ち上げて早々、彼は電話帳から毛利家の番号を引き出す。
しかし、数秒のコールの後にかえってきたのは、

<─…はい、毛利探偵事務所です。名探偵の毛利小五郎は、ただいま難事件の捜査に…>

という、留守番電話。

「なぁにが名探偵や、どアホ」

平次は舌打ちした。急いでるというのに、どこに出かけているんだ彼らは。
仕方なく次に引き出したのは、幼馴染の和葉の携帯電話だ。

『─…、…もしもし、平次?』

数十秒のコールの後、彼女は電話に出た。

「もしもしやあらへんわ、お前ら今どこにおんねん?」
『えーと…』

鈍い彼女の返事に、後ろから聞こえる華やいだざわめき。

「はよ答えんか、ボケ」
『でも…』

和葉は答えあぐねているようで、誰かと小声で話す声も聞こえる。
それも、雑踏がBGMの中では、やっと聞き取ることができるレベルなのだが。
ようやく決心したのか、彼女の声が返ってくる。
和葉が言った場所に、平次は背筋が凍る思いがした。

『…トロピカルランドや。コナン君が、昔行ったっちゅーこと思い出してな、行きたいゆうたから…。黙ってて堪忍な、平次。でも、コナン君が…』


まずい。
奴は、トロピカルランドにコナンが向かったことを知っている…!
その恐怖を押し殺した平次は、ここが病院の玄関前だということも忘れ、受話器越しの彼女に怒鳴った。

「お前ら、今どこや!?」
『夢とおとぎの島や。もう少しでパレードが始まるんで、見えやすい位置に場所取りしててん』
「いいか和葉、絶対そこを動くんやないぞ!絶対や!動いたら殺すぞ!!」
『ちょっ、何やの平次!?だって…』

突然怒鳴られて慌てた様子の和葉の言葉を途中でぶち切った平次は、何事かと彼を見つめる視線にも気づかずにタクシー乗り場へと駆けた。



全ては、犯人と、決着をつけるために。






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