いつも読んでくださり、ありがとうございます。
課題がいくつか出ているため、今後更新が遅れることがあるかと思います。
ご了承ください。
次話はいよいよトロピカルランドです!
12〜いざ、敵陣へ
全てを癒し、守り、慈しむような微笑み。
真綿の愛で包み、抱きしめる言葉。
『新一が、その命を懸けて守った命だから』
眠る子供の手をやわらかく取り、その手をそっと撫でた。
「生きていてくれてありがとう」
そんな言葉が、聞こえてきそうだ。
そんな蘭と、コナンの姿を見た平次は、決めた。
何が何でも、犯人を捕まえる。
彼らの安寧のために。
コナンが目覚める数時間前。まだ太陽が空の高いところにある頃。
病院を出た平次は、一人事件現場である米花サンプラザホテルへ向かった。
新一とコナンが襲われたのは、15階の男性用トイレ。
今そこは、現場保存のために黄色いテープで立ち入りを禁止されている。
その前まで歩み寄った平次は、蘭と小五郎に聞いた事件の経緯を思い出した。
爆弾によって電気の配電盤が破壊され、停電になった15階フロア。
その後すぐに非常電源で電気が復活したのに、新一はその僅かな間に撃たれた。
犯行に使われた銃は、先に起きた二件の刑事殺害事件と同じ9ミリ口径のオートマッチク。マガジン内の弾はすべて撃ちつくされていて、拳銃は現場に捨てられていた。
他に落ちていたのは、コナンの指紋が付いた懐中電灯。
そして気になる点は、扉が開いたままの物入れ。
刑事の佐藤は、懐中電灯をつけっぱなしにしておいてあったのだと推測した。
そして、それを手にしたのは、コナン。
「こら…かなり計画性の高い犯行やなぁ」
あの時、ホテルにいた全員から硝煙反応は検出されなかった。
ということは、警察が出入り口を全て封鎖する前に、犯人は逃げたということになる。
…警察官が大勢いるあのホテルの中から、犯人は本当に逃げ切ったのだろうか?
それとも、硝煙反応を出さずに銃を撃つ方法が、あるのだろうか。
そう…それこそ、自分の身を硝煙から守る、盾のようなものが…。
思考の海に浸かっていた平次の視界に、ふと入ったもの。
傘たてに放置された、紺色のシックな紳士傘。
そのとき、平次の脳裏に蘇ったのは、
車を出ようとして、顔を上げた途端に怯えた表情のコナン。
…まさか、けど、もしかして。
「なぁ姉ちゃん?」
「はい、いかがなさいましたか?」
「トイレでの事件前後に傘の置き忘れとかなかったか?」
傘たてのすぐ傍にあるクロークカウンターにいる女性従業員に、平次ははなしかける。
彼女は、「はい、少々お待ちください」といって裏に戻る。
少しの後、彼女は一本のビニール傘を持ってきた。
「穴があいているようですが、お客様のものですか?」
「…あ、あぁ。せや。おおきにな!!」
彼女から傘を受け取った後、人気のないエレベータホールの前まで移動する。
もし、自分の推理が正しいのなら。
あるはずだ。新一を襲ってもなお、まんまと逃げ隠れた犯人を硝煙反応から守った証拠が。
丁寧に畳まれた傘の止め具を開いて、傘を開いた。
そこに見つけたものに、平次は笑った。
「なるほどな…確かにこれやったら、誰からも硝煙反応は出ぇへんわ…!!」
次に向かったのは、ライブハウス。
事件の容疑者の一人に数えられている、小田切敏也という人物を探すためだ。
若者が集う裏通りの地下に作られたそこからは、確かに音楽が聞こえてくる。
平次はその階段へと足を向けた。
防音扉を開けた瞬間、耳に飛び込んできたロックの音。
曲に興奮したファンの歓声が轟く。
ライブハウスに響くギターやドラムのメロディーに合わせて歌うのは、写真で見た小田切敏也、その人。
紫色の奇抜な髪型はかなり目立ったことだろう。
本当に、警視長の息子なのだろうか。
壁に寄りかかった平次の横に、同じくライブハウスに入ってきた女性が立つ。
激しい音調で愛を奏でる彼らと、彼女の雰囲気は離れすぎている。
もしかしたら…パーティ会場で蘭が敏也の近くで見たという“仁野環”なのだろうか。
「あの男を見張ってんのか…?」
それなら、環が会場にいた理由も頷ける。
納得したように呟く平次の耳に突如飛び込む、不協和音。
乱暴に切られたギターの弦が弾ける。
突然の暴挙に、バンドのメンバーやファンは騒然となる。
敏也はマイクを握ると、それらを一掃するかのように叫んだ。
<テメェ!何で毎日毎日俺を付きまとうんだよっ!!>
敏也の視線の先、途端に集まる眼差しもものともせず、平次の隣の女性─環は、ルージュが引かれた口端を吊り上げて微笑んだ。
「気になる…?」
<何…?>
環は壁から背中を離すと、敏也を指差しながら強い口調で言ってのけた。
「アンタが射殺した二人の刑事の変わりに、私がアンタの殺人の証拠を、見つけてやる!!」
環の言葉に、返事に詰まって呆然とする敏也。
その表情を見てほくそ笑んだ環は、優雅な笑みと疑惑を残してライブハウスを立ち去った。
「おとりにでもなるんか?」
階段を登り終えた環の背中に、関西特有のなまりが投げられる。
不思議に思って後ろを振り返ると、階段の踊り場の壁に身を預け、彼女を見上げる色黒の少年─平次の姿。
「アンタ、仁野保さんの妹の、環さんやろ?
アンタは一年前、保さんが口論していた相手が敏也さんで、彼が小田切警視長の息子だということを理由に、事情聴取もされなかったことを突き止めたんや」
「アンタ…誰よ」
「服部平次…探偵や」
環は平次に向き直る。
「もし、アンタが本当は兄ちゃんが好きやったら…その兄ちゃんが死んだんを自殺として処理した刑事三人…恨むかもしれへんなぁ?」
平次の強い言葉に、環の瞳は揺らぐ。
それを振り払うかのように、環は腕を組んでいった。
「…大嫌いよ、兄なんて!私が事件を調べているのは、ただ真実が知りたいからよ」
「ふぅん…ほんなら行ってみよか?」
「行くって…どこによ」
平次は、帽子のつばを回して笑った。
「敵さんの本拠地に…や」
敵の本拠地と称した小田切警視長の自宅は、平次の実家のような、大きい日本家屋だった。
小田切家に付いたときにはすでに夕方で、太陽が西に傾いていた。
インターホンに応じた家政婦に名乗ると、まだ年若い彼女はすぐに通してくれた。
そのまま、庭へと案内される。
夕日に照らされた広い庭には、袴姿の小田切の姿がある。
精神を集中させる小田切の前には、藁を巻いた竹が一本立っていた。
「ふぅん…居合の試し切りやな」
剣道の達人である平次と環が静かに見守る中、刀を抜いた小田切は、次々に竹を切り落とす。
ボトボトッ、と芝の上に落ちたそれを見て、平次は感嘆した。
小田切が剣術に秀でているとは父から聞いたことがあった。しかし、やはり百聞は一見にしかず。
生で見る居合いは、やはり違う。
静かに刀を鞘に戻した小田切は、先ほどまでの高ぶりを微塵も感じさせない落ち着いた様子で口を開いた。
「仁野保さんの妹の、環さんですね。貴方にお渡ししたいものがあります」
「一ヶ月前、息子の敏也の部屋で見つけました」
平次と環を客間に案内した小田切は、開口一番に切り出した。
懐から取り出したのは、金色のライター。
そこに彫られた文字を、環はそのまま読み上げる
「“T・JINNO”…兄のですね」
「そうです」
袖口に腕を入れた小田切は、座位を正した。
「それは一年前、友成警部が担当した最後の事件ということで、よく憶えていました。
敏也を問い詰めると、“仁野保さんが薬を横流ししているのを知り、金と共に脅し取った”と白状したんです。
だが、当時の捜査資料に敏也のことは一言も書かれていなかった。だから私は、奈良沢刑事に事件の再調査を要請したんです」
「事件の再調査を依頼したのは、小田切さん自身だったのですか!?」
小田切の意外な科白に、環は目を見開く。
小田切は静かに頷いた。
「奈良沢刑事が射殺された今は、目暮警部が後を引き継いでいます」
押しだまる環の横で、それまで二人の話を聞いていた平次が口を開く。
「…もし、再捜査を始めたのが奈良沢刑事自身やったとしたら…自分の息子に捜査の手がおよぶのを防ご思ぉたかもしれへんなぁ…?」
平次は挑発的にに笑う。
「小田切さんなら、工藤が捜査協力しとったことくらい知ってたんやろ?」
その顔を見た小田切は、ふ、と笑った。
「なるほど。私にも二人の刑事を射殺する動機があるというわけか…」
さすが、大阪府警本部長の息子、と言ったところだろう。
「なぁ、真実を明らかにするつもりがあるんやったら、捜査資料見せてくれへんか?」
「それは出来ん!!」
小田切は強い口調で断言する。
その様子に、平次は目を見開いた。
「工藤君のように一般人が襲われた以上、一般人を捜査に巻き込むわけにはいかない。真実を明らかにするのは、我々警察官の仕事だ」
それ以上の言葉も受け付けてもらえなさそうな様子に、平次は深く嘆息した。
「すっかり遅くなっちまったなぁ」
「そうね」
結局、小田切家で夕食までいただいたおかげで、辺りはすっかり真っ暗だ。
タクシーを呼んで毛利家まで走らせていると、ねぇ、と横の環は口を開く。
「服部君、捜査資料見たいのよね?」
「あぁ」
「私、コピー持ってるわよ」
突然の科白に、平次は目を輝かせた。
「それ、ホンマか!?」
「これでもルポライターですからね。アパートにあるから、明日見せてあげるわ」
「おおきにな、姉ちゃん!!」
平次は力いっぱい頷いた。
翌日、トロピカルランドで事件が大きく動くことも、知らずに。
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