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その18 攻防戦の行方・前編
攻防戦の行方・前編

 わずか5メートルの距離。外せば僕は絶体絶命。失敗は死を意味する。

 ────なのに僕は外した…

 全力で投じたゴルフボールは覆面男の顔をかすめ、是枝くんが縛られている柱の上部に激しくぶつかって跳ね返り、ワンバウンドして僕の頭で弾かれた。
「アイタッ!」
 こんな重大な局面でさえ、ドジをやらかすどうしようもない僕。
 それを見た覆面男は僕をせせら笑う。
「フハハハハ!マヌケな奴め。それにしてもナメたマネしてくれるじゃねぇか!」
「くっ…」
 僕は痛みをこらえて背走するしかなかった。
「フフフ…もっと痛い思いさせてやるぜ」

 僕のすぐ後ろを追いかけて来る凶悪犯。裏の出口までは来たけど、扉を開けてる間に間違いなく刺されてしまう。
とその時、目に入ったのが、さっき扉の隅に置いたオモチャの電子レンジ。
 もう考える余裕もなく、僕は反射的にそれをつかむと、振り向きざまに投げつけた。

“ゴン!”と音がして男が片ひざを落とし、左手で顔を覆った。額に当たったのには間違いない。

 ────今だ!今しかないっ!

 僕は男に飛びかかり、馬乗りになるとすぐに、包丁を持った男の右手をがっちりと僕の両手で取り押さえる。
 でも男の左手は自由。僕は右の頬を何度もグーで殴られた。
「くっそぉ〜!」
 僕の中の怒りメーターが、恐怖メーターを上回った。
 この両手は外せない。でもこのままじゃ殴られっぱなしだ。
「コノヤロー!」
 破れかぶれで僕は覆面男の顔面に頭突きをした。何度も何度も繰り返した。
 すると、包丁を持っている男の手がゆるくなり、ついにそれを手から落とした。

 ────やった!!ついにやった!!

 そう思ったのもつかの間、僕の一瞬の気の緩みが、男を押さえつける力を弱くした。
「うりゃあああ!」
 覆面男の雄たけびと同時に、僕は体をつかまれ、力づくで投げ飛ばされた。
 僕が再び起き上がって男に飛びかかるにはもう遅い。奴は包丁を拾って体制を整えようとしているところ。
 僕はリビングに走った。柱に縛られているいずみやひなたちゃんの不安そうな視線を感じながら、素早く部屋を見渡す。
 こっちは丸腰。包丁を持った相手と素手とでは勝負にもならない。
『武器武器…何でもいいから武器代わりになるもの…』

 ────あった!!

 リビングの隅にはゴルフバッグが立てかけており、クラブも数本見えている。
 僕は急ぎ駆け寄り、一本のクラブを手に、向き直って反撃態勢に入ろうとすると…

「そこまでだっ!!」

 覆面男…いや、覆面を外した男が鼻血まみれになりながら叫んだ。
 しかも包丁を振りかざしながら、いずみとひなたちゃんのすぐ前に立っている。
「そこから1歩でも動いてみろ。この人質を殺す!」
 当然ながら、言うとおりにするしかない。僕の頭突きのせいで、男を余計に逆上させてしまったのかもしれない。
「そのクラブを手から離せ。床に放るんだ。早く!」
 緊張が走る。この状況からどうすれば助かるんだ?
 僕はクラブを床に転がした。

「てめぇ、よくもやってくれたな。お前には以前の仕返しも含めてたっぷり復讐させてもらうぜ!」
「えっ?」
 僕は戸惑った。以前の仕返しって…何のことだ?
 男はすごい形相で僕を睨みつけている。

 ────あの目…あの形相…たしかどこかで見たような────あっ!!

 思い出した!5,6年前、僕が駐輪場の自転車をなぎ倒したときに、それに巻き添えをくらって逮捕されたあの時の強盗殺人未遂犯だ!
 僕のハッとした表情が男にもわかったらしい。
「思い出したようだな。俺はずっとお前に復讐しようと決めてたのさ」
「そんな言いがかり言われても…僕はあのとき偶然に…」
「やかましいっ!俺に言い訳するな!」
「はい。。。」
「フフ…先にこの家の財産から頂戴しようと思ったんだが、お前の方からノコノコやって来たんなら一石二鳥だ」

『まずい…本当にまずいよ。僕はどうしたらいい?』

 とっさに出た僕の行動。それは土下座することだった。
「すみませんっ!本当に申し訳ありませんっ!あなたをこのまま見逃しますから、どうか勘弁して下さい。お願いしますっ!」
 床に頭をつけて謝る僕。が、予想通りそんなマネをしても通用するはずがなかった。

「ハハハハ!よく見てろ!お前の目の前で、このガキを殺してやる!」
 男の視線がひなたちゃんに注がれた。
 僕の心臓が飛び出るくらいに大きくドックンと鼓動する。
「待って!待って下さいっ!子供だけは勘弁して下さい。どうかお願いです。子供たちだけはどうかっ…!」
「は?随分おかしなこと言うじゃねぇか?じゃあこのオヤジは始末してもいいのか?」
「そ、それは……子供たちのためなら仕方ありません」
「Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lえ〜〜〜〜〜〜!?」
と叫んだのは是枝くん。粘着テープで口を塞がれても、その声は大きく響いた。
「うるさいっ!黙ってろ!」
 男は縛られている是枝くんの腹部に蹴りを入れた。
「うっ…!」
 是枝くんがおとなしくなると、男は再び僕の方に向き直って不敵な笑みを浮かべる。
「よし、わかった。お前の望み通り、このオヤジから殺してやろう」
「望んでなんかいませんが……」
「そして次にこの小さいガキを殺す。そのあとはこの高校生の…」
 血の気が引いた僕は、男の言葉を遮った。
「そんなの約束が違うじゃないですかっ!!」
「アホかっ!そんな約束いつしたんだよっ!!」
「今さっき土下座して頼んだじゃないですかっ!」
「ふざけんなっ!はいそうですかって俺が言うと思ってんのかっ!」

 そんなこと全然思ってもいなかった。ただ、なんとか言葉のやりとりで少しでも時間を稼ぐことを考えているだけだった。
 でも、もう限界かもしれない。。
 しびれを切らした男がついに行動にうつす言葉を口にした。
「このガキから殺す。お譲ちゃん…悪いな、サヨナラ」

 男は包丁を持った右手を引いて反動をつける。
「やめろぉぉぉぉぉ!!」
 間に合うか間に合わないかわからない。
 僕は叫ぶと同時に最後の抵抗をした。
                   (続く)
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