お姫様はご立腹
とある国に美しいお姫様がいました。
お姫様があまりに美しいので、それを妬んだ魔法使いがお姫様に呪いをかけました。
いわゆる逆恨みというやつです。
でも呪いといっても身体に傷をつけたり、姿を変えたりする類のものではありません。
物語でよくある○○しないと眠りから覚めない呪いでした。
お姫様が眠りについたことで王様や王妃様、民は悲しみました。
なんとかして呪いを解くことはできないか?
様々な方法を試しましたが、一向にお姫様は眠りから目覚めません。
呪いに詳しい研究者によれば、呪いを解くには方法が2つあり、1つは愛する人の口づけで目覚めるだろうということでした。
もう1つはわからないということ。
誰もお姫様が恋をしているという話を聞いたことがありませんでしたので、途方に暮れました。
お姫様の呪いの話は国を越え、他の国にも届くようになりました。
あるとき、隣国から王子様がやってきました。
表向きは国交に関わる話し合いをするためでしたが、実際は眠っている美しいお姫様に逢うためでした。
王子様は姫を一目見て恋に落ちました。お姫様は美しいから当然といえば当然です。
この美しい姫の目を見たい、自分をその瞳に映してほしいと思った王子様は愛の言葉を囁き、口づけを交わしました。
自分が口づければお姫様は目覚め、自分と同じように恋に落ち、結婚に至るだろうと思ったからです。
王子様は聡明で、武術にも長け、その上見た目も麗しいのです。
なので、お姫様と並んだらそれはそれは美男美女でお似合いです。
しかし、お姫様は目覚めません。
王子様は諦めませんでした。
今日はたまたま目覚めなかったけれど、明日同じことをしたら目覚めるかもしれません。
見た目も中身も素晴らしい王子様の唯一の欠点はしつこいことでした。
次の日も眠るお姫様に愛を囁き、口づけを交わしました。
けれどやっぱりお姫様は目覚めません。
今日もお姫様の調子が悪くて目覚めなかっただけかもしれない。
王子様は諦めません。
その次の日も次の日もお姫様に愛を囁き、口づけを交わしました。
結果はいつも同じです。
とうとう王子様の滞在が終わり、帰る時が来ました。
それでも王子様は諦めていません。
自分以外にお姫様を目覚めさせることはできない。
必ず自分とお姫様は結ばれると信じていました。
だから、王子様は隣国に来るたびにお姫様に愛を囁き、口づけを交わしました。
この話は一途にお姫様を想い続ける美談となり、両国の民に知れ渡りました。
国民も王子様を応援し、1日も早くお姫様が目覚めるように祈りました。
そうしてどのくらい経ったことでしょう。
通算100回目の愛を囁き口づけを交わしたとき、お姫様はついに目覚めました。
その澄んだ青い瞳に王子様が映ります。
「ああ、やっと目覚めてくれたね、私の姫」
王子様は自分の愛が通じたと思い、喜び、お姫様を抱きしめようとしました。
パンッ!
乾いた音が室内に響きました。
一瞬何が起きたのか誰もわかりませんでした。
王子様がお姫様から平手打ちを食らったのだと気づくまで室内は静まり返りました。
王子様はなぜ自分が叩かれたかわかりません。
自分の愛が通じてお姫様は目覚めたはずです。
それならば「私も王子様に逢いたかった」くらい言って自分から抱きついてきてもおかしくはないはずです。
「……人が呪いのせいで動けず眠ってるのをいいことに何回も何回も口づけやがって!」
お姫様は見た目からは想像もつかないほど低い声で言いました。
顔はうつむいているのでよくわかりませんが、手が震えています。
「ひ、姫」
「そんな寝込みを襲うような奴に誰が恋するんじゃあ!」
今度はグーで殴りました。
王子様のきれいな顔はお姫様のパンチで歪んでしまいました。
このお姫様、見た目は美しいですが、口がものすごく悪いことで自国では有名でした。
別に性格が悪いわけではありませんので、嫌われてはいません。
お姫様も年齢を重ねるにつれ、自分が何かされたときでない限りはそんなにボロを出さないように気を付けていましたし、周りもお姫様を怒らせたりしないよう気を付けていたので、そんなに問題はなかったのです。
ただ、他国に知られると後々の縁談に響いてくるだろうと考えた王様が箝口令をしき、誰もが秘密として隠していました。
「あー純真だった私が汚れてしまったわ。こいつのせいでお嫁に行けない」
お姫様は泣き崩れてしまいます。
好きでもない人に100回も口づけされてしまったのです。
好きな人となら100回の口づけも甘美なものとなるでしょう。
しかし、対して好きでもない人となら?嫌いな人となら?
100回も口づけされる前に誰かが止めてくれればよかったのに、王子様があまりにも素敵だから皆お姫様は惚れるだろうと止めませんでした。
「できることならもう1つの方法で目覚めたかったわ」
涙で目を真っ赤にしながらお姫様がつぶやきました。
「もう1つの方法?愛する人の口づけで目覚めるのではなかったのか?」
王様がお姫様に尋ねます。
「1つはそうです。でも私が目覚めたのは別の方法ですから」
泣きながらお姫様は続けます。
「嫌いな人から100回口づけられたら目覚めるようにもなっていたんです」
この呪いは2つ解く方法がありました。
研究者も1つには気付くことができていましたが、1つは愛する人からの口づけ。
もう1つは嫌いな人から100回口づけられる。でした。
呪いをかけられたとき、絶対後者はないだろうとお姫様は思っていました。
嫌いな奴から100回も口づけされるわけがないと。
しかし、実際は100回もされてしまいました。
1回でも嫌なのに、100回もです。
お姫様は眠っているとはいえ、意識はありましたので、王子様から愛を囁かれるたびに全身に鳥肌が立ち、口づけられるたびに屈辱を感じていました。
眠っている自分に好き勝手し、あげく恋に落ちたから目覚めたと思った王子様に腹が立って仕方がありません。
どれだけおめでたい性格をしているんだろうと腹の底から湧き上がる怒りにまかせ、殴りました。
ですがグーで殴ったくらいじゃ怒りは治まりません。口づけ1回につきグーパンチ1回だと考えてもあと99回は殴らないと気がすみません。
ちなみに平手打ちはノーカウントです。
良識のある人ならば100回もする前に諦めることでしょう。
ところが、この王子様はしつこいことが欠点でしたので、100回もお姫様に口づけをしてしまいました。
目覚めることができたのは嬉しいですが、この方法なら目覚めたくなかったというのが正直な感想です。
「この男を不敬罪で牢屋にぶち込んでください。一国の王子であってもこの罪は重いです」
「そ、そのようなことは……」
「乙女の唇を100回も無断で奪ったんですよ。私にはお慕いする方がいらっしゃるのに。ああ」
「ええ!」
お姫様の告白を聞いて周りにいた人々は驚きました。
お姫様が誰かに恋をしている。
勿論、グーで殴られた王子様ではないことは王子様以外誰もが思いました。
お姫様にそんな人がいたのに王子様を応援し100回も口づけさせてしまったことに罪悪感がわきます。
「それは一体誰なのだ?」
王様は狼狽えつつも尋ねます。
大事な1人娘です。今まで大切に育ててきたのにいつの間に恋なんかしていたのか、親としては微妙な気持ちです。
「それは」
「私のことですか、姫様」
室内に突如1人の男が現れました。
ドアから入ってきたわけじゃありません。
いきなり現れたのです。
まるで魔法を使ったかのように。
「ギルバート様!」
お姫様が嬉しそうにその人の名前を呼びました。
ギルバートはお姫様に微笑みかけ、その頬をそっと右手で撫でました。
「まさか、本当に嫌いな人から100回も口づけられるとは思わなかったよ」
「呪いをかけたのはギルバート様ですわ。責任をとってくださいね」
周りはあまりの展開についていけなくなりました。
ことの真相はこうでした。
お姫様は魔法使いであるギルバートに惚れ、自分と結婚してほしいと告げました。
ギルバートはただの魔法使い。
一国のお姫様と釣り合うはずがありません。
それとお姫様の気まぐれかもしれないと軽くあしらっていました。
それでもお姫様が何度も何度も言うので、お姫様を試すことにしました。
『それじゃあ君に呪いをかけよう。呪いといっても君は眠り続けるだけだ。この呪いを解く方法は2つある。1つは愛する者からの口づけ。もう1つは嫌いな人から100回口づけられたら目が覚めるよ』
『後者の方法は必要ないのではないかしら?あなたが口づけを交わしてくれればいいだけだもの』
確かにその通りです。
ですがこの魔法使いは意地悪でした。
そんなおとぎ話のような呪いの解き方は面白くありません。
もし、もしも後者の呪いの解き方でお姫様が目覚めたらどんな反応をするのか興味がありました。
『もし、私があなたに口づけを交わさなかったら?あなたは一生眠り続けるかもしれない。でも100回も君に口づけを交わしてくれるほど君を思っている人なら君は目を向けるべきだよ』
もっともらしいことを言ってお姫様を丸め込もうとします。
『眠っていて抵抗も拒否もできない私に口づけを100回も交わすような輩に目を向けろと?』
お姫様は明らかに不審な目で見ます。
『まぁ、それは保険のようなものだから。そうなることは限りなく0に近いと思うよ』
限りなく0に近くても0ではないけれど。とは言いませんでした。
お姫様は美しいのです。100回も口づけする人は現れてもおかしくありません。
『もしそうなってしまったときは責任取ってくださらないと困りますからね』
『そうなってしまったら…………ね』
そのときのお姫様の反応次第で。とも言いませんでした。
魔法使いはお姫様が目覚める瞬間も見ていました。
まさか泣いて平手打ち位で終わらせるのかと思えば、グーで殴るとは予想外でした。
蝶よ、花よと育てられたお姫様なのにグーパンチは見事なものでした。
魔法使いはお姫様が大層気に入りました。
このくらいしでかしてくれるほうが自分には合っていると思ったのです。
「あまりに嘆き悲しむ君を見て反省したよ。責任が取りたいんだ」
魔法使いはお姫様に跪き恭しく姫の手の甲に唇を寄せました。
お姫様の顔ははみるみるうちに赤く染まります。
「ギルバート様……」
誰も反対できませんでした。
嫌いな人に100回も口づけられたお姫様に対し、申し訳ないという思いが働いたのです。
このお姫様と魔法使いのお話は、『お姫様を誰にも渡したくなくて呪いをかけた魔法使いと魔法使いと結ばれることを願って眠りについたお姫様の愛の物語』として伝えられていくようになりました。
いつだって物語は真実とかけ離れていくものです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
突発的に書いたものなので、背景や人物描写も適当なものです。
いつものことかもしれませんが;
本当こんな拙作読んでくださってありがとうございます。