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白百合の腐葉土

作者: 六理

 お母様は、王様の公妾と呼ばれている。



 わたくしのお父様はこの国の騎士団長だ。

 先の内乱で功績を称えられ、一介の騎士で子爵家の無駄食い三男坊と言われていたにもかかわらず、褒美として侯爵の地位と共に賜ったのだそう。

 しかし当の本人はあまり嬉しそうではない。弟と同じで机の前に座っているよりも、庭で剣を振り回しているほうがよほど楽しそうにしている。

 そんなお父様に嫁いできたお母様は隣国の貴族の出身だ。王妃様の輿入れに同行した、女騎士。

 女にしては長身で筋肉質。骨太だし腕も足もたくましい。髪は婦人の習いに逆らわず伸ばしてはいるけれど、いつもひっつめていて固そうだ。

 これに鎧まで着込んだお母様はお世辞にも女らしいとは言えない。

 だけれども、お父様はこの時ほど輝いているお母様はいないと褒める。

 誰よりも美しいと。

 そう言われてお母様も微笑み胸を張る。

 自他認める仲の良い夫婦だ。


 そんなお母様が巷では王様の公妾と呼ばれている、らしい。


 王様と王妃様の仲が悪いとは聞かない。

 ただ、両国の結び付きのために幼い頃からの誓約に基づいた婚姻だったそうで、お父様とお母様のような職場で自由恋愛の末に結ばれたわけではない。

 すでに二人の男のお子にも恵まれているので世継ぎの問題もなく、王妃様ものんびりと過ごしていらっしゃる。

 王妃様はお母様と違ってとても華奢な方だ。

 顔も口も、人形のように小さく。

 その首はそれ以上の重さのある首飾りをつければ折れそうなほど細く、手袋に包まれた指はスプーン以上の重さのあるものを持てば折れそうなほど細く。

 まさしく守られるために生まれたお姫様。

 姿そのままに慎ましいお人柄でいらっしゃる。

 嫁ぐ前より近くで護衛をしていたお母様が言うのだからそうなのだろう。

 王様はお父様よりもずっと小柄で、どちらかというとお母様より少し高いか、くらいの物静かな方、らしい。

 武よりも知に秀でた才をお持ちで、前王の崩御に合わせた内乱を、まるで教本をなぞるかのように治めあげた。その時の王様はまだ成人もされていない少年だったのにもかかわらず、である。

 この内乱によりお父様のような拾い上げの爵位持ちが増え、逆にこれまで蔓延っていた古い貴族が粛清されたのだ。


 そんな民からの信奉も厚い王様は、なぜかお母様にはドレスや装飾品などの贈り物を機会がある度になさる。


 お母様は、あまり見かけに頓着をしない。

 お父様もお母様は騎士の姿の時が一番美しいと言う。

 そうして着ないまま、捨てるに捨てられないもので溢れた衣装部屋がひとつ、またひとつと増えていくのだ。


 なにも知らない者達は言う。


 まるでお母様は王様の公妾のよう、と。

 お父様はこの隠れ蓑にお母様と結婚されたのだ、と。




 しかしわたくしは知ってしまった。

 弟たちとのかくれんぼの最中、いつもは入らない衣装部屋へ、まだ空いているクローゼットの中に隠れていたところ、王様が伴も連れずひっそりとひとりで入ってきたのだ。


 ああ、あの噂は本当だったのか。


 口さがのない婦人達のおしゃべりの中に隠された毒の香りに侵されてしまったかのように動けなくなったわたくしの存在を知らずに、王様は服を脱ぎはじめる。

 見てはいけないと思いながらも一枚、そして一枚と下着姿になった王様がはたと止まるとクローゼットを端から開けはじめた。視線に気づかれたのかもしれない。

 わたくしはそのことにさらに動けなくなり、いつでも逃げられるようにと少しだけ開けた隙間から息を殺して王様は見つめる。

 ひとつ、またひとつと開けられたクローゼットはわたくしのすぐ隣で止まった。わたくしの心の臓も止まってしまうかと思うほど高鳴っている。

 王様はそのクローゼットからほぼ白と見紛うほど薄い紫から濃い紫へと裾へと広がるグラデーションの美しいドレスをゆったりとした動作で取り出す。同じ場所に箱にしまわれたままの同じ布でつくられた靴と首飾りがあるはずだ。

 ついこの間、王様から贈られたばかりのお尻と肩の部分が大きく膨らんだ形のもの。胸元は大胆に開いているが、お母様のお胸は大きくも柔らかいものでもないので人を選ぶ残念なデザインだ。

 もちろんお母様が着ることはないので仕立てられたまま、新品で美しいまま。


 ここに、お母様をお呼びして着させるのかしら。


 やはりお母様は公妾なのかしら。


 そう気が遠くなりかけたわたくしの目に、予期しない光景が広がりはじめた。




 ◇ ◇ ◇




 ワタクシの夫はよくできた方ですわ。

 周りは腐りきった貴族達。母は肥立ちの悪さで亡くなり、唯一の肉親である父はよく言えば無欲、悪く言えば凡庸。

 遅くに生まれたあの方が才豊かに恵まれなければ、この国は見るも無残なことになっていたでしょうね。

 お父様もお兄様も周りの国も、あのままならばそう遠くない未来に攻め落としていたでしょう。

 けれどあの方は聡かった。その力を削ぐにはどうにも惜しかった。幼くからすぐ傍で助けなければ、支えなければとずっと想うておりましたの。

 いえ、いまでも誰よりも愛しておりますわ。

 だからワタクシが嫁いできたのです。陰日向からあの方を支え、見守るために。


 ワタクシからすれば、あのようなことは些末なことなのです。

 誰にだってひとつやふたつ、趣味や好みがありましょう。

 絵を描いたり、曲を奏でたり。それと同じことなのです。


 あなたを隠れ蓑にしてしまったのは本当に申し訳ないのだけれど。


 そういえば、あなたのところの一番上の娘もそろそろお披露目ね。

 どうかしら、息子(あの子)のお嫁に。

 あら、冗談ではないのよ。あなたの娘ならワタクシも安心なのだけれど。

 いえ、ね。遺伝かしら。

 息子も夫と同じ趣味に走りそうなのよね。



「女の子の服が着たいんですって」




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