血の出ない包丁
素晴らしい物を開発したとの連絡を受け、彼女の家に向かった。
我が愛しの彼女は発明家という一般にはお目にかかれない職についている。嘘か誠か知らないが、少なくとも俺はそう聞いていた。
彼女の家に到着し、扉を開ける。
「博士、言われた通り飛んできたぞ」
博士とは彼女のことである。彼女がこの呼称以外を受け付けないのだ。
そんな彼女は台所にて立派な鮭を前に不敵な笑みを浮かべていた。
「良く来たね。まぁ、こちらにきたまえ」
促されるままに彼女の横に立つ。台所には死んだ魚の眼をしたサケ目サケ科の彼奴が横たわったままだ。
「これを解体するにあたり、私の発明品が役に立つのさ」
そう言って彼女は一振りの包丁を取り出した。デザインはそこらで売っているのと大差がない。
どういう訳か、刀身にカバの描かれている。彼女の趣味はいまいち分からない。
「その包丁が発明品か?」
「その通り、この包丁で付けた切り口は電子顕微鏡でしか確認できないのさ」
得意げに鼻を鳴らす彼女。
「切れ味が良いって事か?」
「それだけではない。この包丁で切れば魚の解体時に血が流れ出ないのさ!」
実演として彼女が鮭の腹を割く。確かに鮭から血は流れない。台所を汚さずに鮭の解体が進む。
これは地味だが、売れるかもしれない。
「特許は取ったのか?」
「取る前に一つ疑問があってね」
彼女は鮭からイクラを取り出してから、こちらを向いて小首を傾げた。
「警察は刺殺体を司法解剖する際、電子顕微鏡を使うだろうか?」
「……お蔵入りの方向で」