幸せになれないカラス
深く考えずさらっと読んでいただければ嬉しいです。一応乙女ゲーム悪役令嬢転生もの。
※続編というか他視点のお話をあげました。こちらもよければどうぞ。
「さようならお姉様、どうかお元気で」
誰が聞いても棒読みの台詞を、しおらしく座り込んだお姉様に投げかける。もう二度と会うことはないでしょう──という言葉は飲み込んで、私は不出来な舞台から降りた。
突然だが、私には前世の記憶がある。いわゆる転生者というやつだ。前世は普通の日本人で、病気で若くして死んだ。そして生まれたのが、乙女ゲームの世界というテンプレートな流れ。
寂しい入院生活の潤いとして友人が贈ってくれた携帯ゲーム機でやっていたのがこの世界によく似た『ラブラビリンス』というゲームだった。
とてもファンタジックかつヨーロピアンな香りのするふんわり系ほのぼの設定なラブラビリンスの主人公は伯爵家の娘。攻略対象は王太子、次期公爵、王太子付き騎士、盗賊、主人公の従者。あと隠しキャラで家庭教師なんかもいた。難易度はそれほど高くなくスチルも綺麗で声優もいい感じにツボを押さえており、乙女ゲーム入門にはぴったりの娯楽作だった。アニメ化するほどではなかったが、乙女ゲーム界ではそこそこの人気を持っていた。
ストーリーは、よく言えば王道、悪く言えば捻りのないもので、王家主催の夜会いわゆるお見合いパーティで知り合った攻略対象たちと〈このときキャラを一人ずつ選択できるタイプのものだ〉交流を深め、己のステータスを上げ、好みのプレゼントを贈り、最終的に結婚というゴールを決める。
この手のものに有り勝ちな一本決まったストーリーを各キャラでやるタイプではなく、それぞれに用意された違ったストーリーを楽しめるため周回を回すことにそれほど苦を感じないゲームだった。その分スチル集めは既読スキップが使えないためけっこう大変ではあったのだが。
と、いうのが、だいたいの世界観の説明。
そして、そこに生まれた私の立ち位置はずばり主人公の妹だった。しかも、野心溢れるライバルキャラとして。
私セイラ・クルーゲルはつまり悪役令嬢に生まれ変わってしまったらしい。
これまたテンプレート的に私には没落ルートが存在していた。このゲームCEROはC、つまり15歳以上対象だったのだが、それがこの部分にあたる。
基本的にほのぼのとしているこのゲームに血生臭いことや腹黒いことは起きないし語られないのだがセイラだけは違った。
彼女は幼い頃より比べられたため姉に酷い劣等感を抱いており、また夜会で出会った攻略対象のことを姉と同様好きになってしまう。そしてこれまで抑圧されていた感情が恋というキッカケにより爆発してしまうのだ。それも醜い暴力のような嫌がらせとして。
普段は聞き分けのいい妹として。裏では着地に攻略対象と仲を深めていく姉に歯軋りしながら憎々しげに睨みつけつつ姉の悪い噂を流したり〈もちろんデマだ〉自分の従者を使って強制的に悪事を働かせたりと思いつくままに姉を蹴落とそうとする。
けれど、ヒロインが絶対正義の乙女ゲームでそんなことがいつまでも続くはずもなく、クライマックスにてついに悪事が公にされセイラは国から追放、姉は苦難を乗り越え攻略対象とめでたく結ばれるという。言ってしまえばセイラはヒロインの恋のスパイスでありただの咬ませ犬である。
そんな役割に私はなったわけだが。
さて、私がこの前世の記憶とゲームのことを思い出したのは、ゲームスタートの1年前、14の時だった。
それまではゲームと同様、いつも比べられ貶められ出来損ない呼ばわりをされすっかり卑屈な少女になっていた。が、記憶を思い出した途端、すべてのことが馬鹿らしく思えた。
その瞬間まで私の世界はこの裕福な伯爵家の館しかなかった。しかし、外にはもっと広大な世界が存在していて、こんなちっぽけな場所で卑屈になって生きる必要なんてないと前世の私が教えてくれたのだ。
家を出たい、そう思った。
そのためには伯爵家という肩書きが邪魔だ。ここにいてはいずれ家のために愛のない結婚をして嫁ぎ先の屋敷で死ぬまで缶詰めだ。それでは何も変わらない。どうすれば。
そして私は、セイラの末路を思い出した。──これならば。二度と家に引き戻されることはない!
もともと私に関心の低い両親に思い入れはないし比べられてばかりの姉にも未練はない。〈記憶が戻ったとはいえ14までの時間がなくなったわけではないのだ。だから姉のことは好きじゃない〉
それから私は、一年の間に自立できる準備とシナリオに沿う努力をし続けた。
そしてついに、この日がやってきた。
ようやく、ようやく自由になれる。
あらかじめ隠しておいた鞄を抱え、おもむろにドレスを脱ぎ捨て下に着込んでいた男装になる。ドレスのまま旅に出るなんてアホらしいことはしない。旅装のマントを羽織り私は颯爽と伯爵家の塀を乗り越えた。脱ぎ捨てた服はもちろんそのままだ。きっと誰かが処分するだろう。
姉はきっとこのまま王太子と結ばれ、いつか王妃にでもなるのだろうな…なんてぼんやり驢馬車に揺られながら思った。この国には帰れないので〈帰るつもりもないし〉、もう知ることはないけれど。
なんて、どうでもいいことより、私はまだ見ぬ世界に想いを馳せた。
貴族としては幸せになれなかったけれど、彼女は自由に羽ばたけるカラスになったのだ。