第六楽章『twilight【タソガレドキ】』‐4‐
ようやく荷物を運び終え、自分の教室に戻ると、出て行ったときと同じように待っている三人の姿があった。
すると戻ってきた私に気付いたのは雅ちゃん。…私、後ろの方から来たのに、なんで気付けるんだろう。本能なのかな。
「あ、おかえり、リンリン」
そう言いながら私に抱きつく。うん、雅ちゃんはきっと前世は犬だったのかもしれない。なんだかそんな気がする。
私は雅ちゃんの頭を撫でながら、自分の席へと戻る。撫でられている雅ちゃんは、なんとなく満足げな表情でそのまま私に擦り寄っている。ちょっと歩きづらい。
教室の中は次の授業までそこまで時間はないのに、皆が皆、先生が来るまでの間を楽しもうと、話をするのに夢中だ。
ふと視線を窓際の方に移すと、先生と話していた子の姿が。その子は一人窓の外を見つめている。
「お、凛。おかえり」
「凛ちゃんおかえり~」
私は二人の出迎えの声に視線を戻し、ただいま、と言って自分の席に着いた。
「凛はやっぱり優しいね。もう椎名さんの事考えてるの?」
「え? うん。まあね。今も先生の手伝いをしてた時に頼まれてたし」
なるほどね、と言って歩美ちゃんは雅ちゃんの肩を叩く。
すると雅ちゃんは立ち上がって胸のポケットから紙を取り出す。そしてノートを切り取ったような紙に書かれているのは、
「『椎名香奈攻略計画』?」
なんだか何かのアニメで出てきた、漢字ばかり書かれた資料名のよう…。
「ふふん♪ 私にかかればこの計画であの子なんてちょちょいのちょいよ!」
そう言って腕を組み胸を張る雅ちゃん。何気に結構な存在感を誇る胸がその存在感をより大きなものとなって私たちに示してくる。
そこで私たち三人は揃って自分の胸を見てみる。そして何も言わずに溜息をついて雅ちゃんの事を睨んだ。…世の中は不公平だ。
「え、どうしたの? 三人とも私の事怖い目で見てるけど」
「う、ううん。なんでもない」
「別に…」
「む~~…」
私たち三人はそれぞれの反応を示しながらなんでもないと言い張っていた。
雅ちゃんはというと、その反応を見て『?』を浮かべ、首を傾げ不思議そうな顔をしていた。
※ ※ ※
そしてそのまま授業は過ぎていき、帰りのSHRも終わり、清掃の時間となる。
私たちはそれぞれの持ち場を終わらせて一旦教室近くで集まると、椎名さんがいるはずの教室を覗き込む。丁度掃除を終わらせたようで他の人たちが帰り支度をし始めていた。
そんな中、窓際でポツンと一人席に座る椎名さんを見つける。
「とりあえず声をかけなくちゃね。これは私が適任だわ」
そう言って雅ちゃんは椎名さんが一人になっている教室に入っていこうとする。でもそれをさせまいと後ろ襟を掴む歩美ちゃん。そのせいで雅ちゃんが変な声を出す。今のはかなり苦しそうだ。
すると雅ちゃんは首を押さえながら、何するのよ!?、と言って抗議する。
「アンタ、考えてもみなさいよ。急にあの子に声をかけたとして、さすがに変に思われるでしょ?」
「あゆママの言うとおりだよ。みやびん、何か策があるの?」
すみれちゃんが雅ちゃんに尋ねるけど、意外とダメージが大きかったらしく、雅ちゃんは喉に手を当てている。
確かに二人の言うとおりだ。いつも話したことがないのに、いきなり声をかけても変に思われるだけだ。
でもそうすると、どういう風に声をかければ良いんだろう…。
「だから私の計画案があるでしょ。もう、忘れないでよ」
そういう雅ちゃんは、ふっふっふ、と笑っていて、怪しい感じがにじみ出ている。
本当に大丈夫だろうか……。
※ ※ ※
「あれー。すみれ達まだ帰ってきて無いんだー」
まずは先陣を切って一番しっかりしている歩美ちゃんが、独り言を言いながら教室の中へ入っていく。
見事なまでの大根役者ぶり。動きはぎこちなく、台詞も棒読み。こっちで待っている私たち三人は苦笑いを浮かべて見守っていた。
雅ちゃんがチラリとこっちを見ている。首を小さく横に振り、もう限界と言いたそうだ。
* * *
「無理無理! 絶対に無理だからアンタ! すみれもなんか言ってよ」
「そう? 私はおもしろそうだし良いと思うんだけどなぁ。凛ちゃんは?」
「う~ん…」
雅ちゃんが計画したのは、とても本気で作ったとは思えない計画だった。
その名も『劇団型に私たちが近づき、それとなく会話に香奈ちゃんを引き入れよう』と言うもの。ちょっと長いけどそのまんま。私たちが椎名さんに近づいて、さりげなく会話をするだけ。
ただ近づき方が問題だった。
「何で近づくのに演技しなくちゃいけないのよ! 私無理だから!」
その問題が歩美ちゃんが言うように『演技をしながら』と言う事。
「なんでって、それは…」
キョトンとしている雅ちゃんに私たち三人の視線が集まる。
「その方がおもしろいからに決まってるじゃない」
当たり前でしょ?、なんて言いながら笑っている雅ちゃん。
なんとなく言う事は分かっていたけど、私たちはその言葉に呆れてしまい、溜息をついてしまった。
* * *
先陣を切った歩美ちゃんに続くのは、少し乗り気だったすみれちゃん。今になって後悔したのか、足どりが重いように見える。
ギクシャクとした動きでなんとか歩美ちゃんの所へと向かった。
「ああ、あ、あぎゅ、あゆみゃま~。 お待たせ~」
誰の名前を言っているのかよく分からないまま歩美ちゃんと合流する。ようやく助け舟が来たという表情ですみれちゃんの事を見ている。
ここまでは一応予定通り。しばらくは二人でなんとなく話してもらう。
そして次に行くのは私だ。胸ポケットから私を見上げ、がんばれ、と小さな声で言っているルリちゃん。私はそれに何も言わずにコクンと頷いた。
「じゃ、凛。次よろしく」
「う、うん」
そう返事をして、私も教室の中に入っていく。
先に入っていた二人は、共に疲労しきっている様子。
「おまたせ。ちょっと掃除が長引いちゃった。ごめんね?」
「あ、凛。おかえり」
私も合流すると、またしばらく私たちはお喋りを続ける。でも今度は、今までの流れのように途中で雅ちゃんが入ってくる事は無い。
このままの状態から、この計画の一番の難所と言っていい所に入っていく。
それは近くの椎名さんを、こっちの会話に引き入れる事だ。私はまず、その計画の始めの合図となる言葉を発した。
「それにしても、雅ちゃん遅いね?」
その言葉を聞いて、歩美ちゃんもすみれちゃんもピクッと反応する。
「そ、そうねぇ。もしかしたら先帰っちゃったのか? アイツ」
「じゃあちょっと聞いてみる? もしかしたら見たかもしれないし」
そこで一度会話が止まり、全員が本を読んでいる椎名さんの方を見る。
その椎名さんはこちらの様子に気付かないまま本を読み続けている。
ここで声をかける担当はじゃんけんの結果、私に決定していたので、私は椎名さんに近づく。するとようやくこちらの様子に気付いたのか、椎名さんは本から私のほうに視線を移した。
「あ、あの…、椎名、さん?」
「…はい。なんでしょうか? えっと…、桜井さんでしたっけ?」
どこか不安そうな面持ちで私を見つめる椎名さん。私はコクンと頷きながら続ける。
「その、椎名さん、ずっと教室にいた?」
「ええ。でもそれがどうしたの?」
「じゃあその時、雅ちゃん、じゃなくて永倉さんの事見た?」
私がそう言うと持っていた本にしおりを挟んでしまう。そして少し考えた後、椎名さんは首を横に振った。
「見てないかな。間違ってなければ多分ここには来てないと思う。もし間違ってたらごめんなさい」
「ううん、ありがとう。こっちの方こそごめんなさい。急にそんな事聞いて」
そう言って会話が途切れてしまう。
この後の事は全然準備していなかった。どうすればいいんだろうと焦りだけが先にでて、何も考える事ができない。
すると椎名さんはバッグを持って立ち上がる。
「じゃあ私、用があるから」
「え、あ、うん…。じゃ、じゃあ…」
私や歩美ちゃんたちにお辞儀をしながら、スッと私の横をすり抜けて足早に教室を出て行ってしまった。私たちだけの教室は途端に静かになり、遠くから吹奏楽部の演奏する音が聞こえてくる。
思わぬ事態に取り残された私たちはどうすれば良いか分からず、ただ顔を見合わせるばかり。でもただ一つ、私たちは同じ事を考えている事は分かっていた。
と、そこに雅ちゃんがそっと教室の中へ入ってきた。
「う~ん、まさかこんな事になるなんて---」
「雅…」
入ってきて喋り始めた雅ちゃんの言葉を遮るように低い声が響く。
その声の主は歩美ちゃん。雅ちゃんを見ている顔は、笑っているようなのに、どうしても笑っているように見えない。
「アタシはやめようって言ったはずだよね?」
「は…、はい。あれ、どうしたの? あゆっちの顔が怖いんだけど…」
誤魔化すような雅ちゃんの言葉を聞きながら、歩美ちゃんは少しずつ近づいていく。
「へぇ…。ちゃんと分かってるじゃない」
「ね、ねえ…、あゆっち。一回落ち着こう?」
雅ちゃんは歩美ちゃんから逃れるようにじりじりと下がっていく。だけど、
「みやびん。どこ行くの?」
いつものような声、いつものような笑顔のすみれちゃんがいつの間にそこにいたのか、雅ちゃんの後ろから抱きついた。
こちらも表情とは全然違った雰囲気を出していた。
驚いた雅ちゃんはそのまま身動きがとれずにいる。するともう目の前に歩美ちゃんがやって来ていて、逃げ場がなくなってしまった。
「雅…」
「……はい」
雅ちゃんの顔には滝のように流れる冷汗。それを見ながら歩美ちゃんが手を振り上げる。
「凛が声をかけるまでの私とすみれの件…」
そこまで言って表情が鬼のような形相に切り替わり、そして、
「いらないだろぉ!」
叫び声と同時に振り落とされたチョップは、雅ちゃんの脳天に振り落とされる。そしてそれを受けた雅ちゃんは、校舎中に響き渡るような悲鳴を上げていた。
※ ※ ※
その後、自分達も帰ろうと自分達のバッグを持ち、廊下を歩いていく。
少し後ろを歩く雅ちゃんは頭を押さえ、泣きそうな表情をしている。
「これはやりすぎよ。あぁ、痛い…」
「それぐらいで済んだだけ良いと思いなさい。なんだったらもう一発…」
そう言って歩美ちゃんが手を振り上げると、よほどさっきのが効いているみたいで咄嗟に、すいません、と言って頭を両手で押さえて怯える雅ちゃん。
歩美ちゃんは、よろしい、と言って手を下ろす。多分歩美ちゃんももうそこまで怒ってはいないんだろう。表情はそれほど怒ってるようには見えないし。
そしてそのまま歩いていって、昇降口に着く。
「でもこの後どうする? みんなでどこか行く?」
歩美ちゃんの提案にみんな思い思いに場所の候補を言い合う中、私もどうしようかと悩む。
だけどふとあるものに目が引かれる。
「あれ? リンリン。どうしたの?」
「え? あ、ううん。別に」
雅ちゃんにそう言って、一緒に歩き始める。
でも私は気がかりでしょうがない。私はみんなと歩いている中、どうしようかと考えていた。
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