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18 匂いと関係
洞窟内は想像していたよりも広かった。” 巣穴 ”って単語が正に相応しい感じ。

さっきまでいた広間のような所からガルムと呼ばれている少年と数人の男達に連れられ、私は入り組んだ洞窟内部に造られた階段を下りて行く。


さっきの村の人達がここへ攫われて来たみたいだから、この洞窟はたぶんバリオス山のどこかにあるとは思うんだけど……魔王、助けに来てくれるのかなぁ。


反響する複数の靴音をぼんやりと聞きながら、ぼんやりとそんなことを思う。


っていうか私、仔狼の囮にまんまと釣られて、勝手に捕まったんだよな。ううむ、我ながらおマヌケなこと極まりない。
こんなことなら魔王の傍から離れなきゃよかった。……今更後悔しても遅いんだけどさ。


程無くして階段を降り切り、私達は少しばかり開けた部屋へ出た。洞窟の下層の方だからか周囲は広間よりもずっと薄暗く、岩壁の数箇所に嵌め込まれている水晶のようなものだけが、辺りを茜色に照らし出している。暗いところで発光する石か何かだろうか。
そうやって視線を巡らせていると部屋の突き当たりに、天井から床に掛けて嵌め込まれた鉄格子が見えた。


「あの牢で時間まで大人しく待っていろ」


私の腕を掴みながら、ガルムは鉄格子の方へ向かって顎をしゃくる。
あ、やっぱりアレが牢屋なのね。
硬質な細い鉄柱が連なっている様は牢というより、猛獣を入れる” 檻 ”のように見えた。

人間が狼に檻の中へ入れられるなんて、皮肉なもんだな。

ちらりと隣に立つガルムを見上げると、黄金色の瞳と視線が交わる。


「なんだ」

「あ。いや、まさか狼に檻に入れられる日が来るとは思ってもいなかったなぁ、なんて」


皮肉めいた口調でそう言うと、ガルムの瞳が明らかに鋭く歪んだ。怒り、嫌悪感、そんな色が浮かんでいる。
一体どうしたのだろうと思った次の瞬間、私は彼にいきなり胸倉を掴まれた。驚いて息が詰まる。


「ちょ、いきなり何す――」

「テメェ……それはオレ達人狼族(ウェアウルフ)は、檻の中にいるのにいるのに相応しいと、そう言いたいのか?」


そうは言っていないけど……ほとんど同じことを言ったのは間違いない。魔物が人間より下と見るような発言と取られ、機嫌を損ねてしまったのだろうか。
これまでの余裕ぶった態度とは一転した、憤慨した様子の彼に気圧され、私は押し黙る。


「アンタ達ニンゲンはいつもそうだ。非力なクセに自分勝手で、傲慢で、オレ達マモノを上から見る。この世界を統べるのは自分達ニンゲンだと、そう思っていやがる」


至近距離で物凄い剣幕で一方的に捲し立てられ、口を挟む暇も無い。
完全にキレてしまっているらしい今は、余計に神経を逆撫でしない方が良いんだろうけど。


「あの時もそうだ! あの100年前、あの男がまんまとニンゲンに(そそのか)された挙句封印され、オレ達マモノより、あの男――魔王を封印した自分達の方が強いなんて、延々とアンタ達ニンゲンは自己陶酔し続けている」

「魔王?」


ぴくりと、その単語に反応する。
確かに、今目の前の少年は” 魔王 ”と言った。けど人間に唆されたって……一体どういう事だろう。


「ああ、そうだ。アイツがオレ達を――ん?」


私の言葉に頷いた後、ガルムは怪訝そうに眉を顰めた。


「アンタ……」


小さく呟いたかと思うと、彼の顔が徐々に近付いて――って、うおおおおおおおおっ!?

こやつ、私の髪の匂いを嗅ぎ始めよった!

思わず身体を逸らしそうになるが、物凄い力で胸倉を掴まれている為、身動きが取れない。成されるがままに私はスンスンと、髪に次いで首筋、肩、胸元と、上半身の匂いを嗅がれ続ける。
ああああ何か心なしか表情が剣呑なんですが、そんなに臭いですか。私。いや汗臭い事は認めるけどさ、けどそんなあからさまに不快そうな顔されるとこっちも傷付きますよ。っていうか臭いなら何故嗅ぐんだ!?

数秒程匂い(いや臭いか)を嗅がれ続けた後、ガルムは漸く私から顔を離した。ああ、もう私、お嫁に行けない。


「…………アンタ――」

「ガルム! ロキがもうじき帰って来ると連絡が入った」


突然階段の上方から声が聞こえ、彼の言葉は掻き消されてしまった。
ガルムは「わかった」とだけ答えると私の胸倉から手を離し、強引に後方に控えていた男達に私を押し付けた。


あれ、さっきの続きはどこ行った? 私が一体何なんだって?


「こいつを牢の中に入れておけ」

「あ、ああ」


突然の行動に半ば驚いた様子を見せつつも、私を受け止めた体格の良い男は頷いた。そのままガルムは踵を返し、階段の方へと歩いて行く。


ちょ、ちょっと待て! さっきの言葉の続きを聞いてないぞ! 臭かったなら臭いとはっきり言ってよ! 気持ち悪いじゃんか!


「ちょっと!」


ガルムの背中へ向かって声を投げ掛ける。階段に片足を掛けたまま、ガルムは振り返った。


「さっき、何を言おうとしてたの?」

「さっき? …………ああ」


忘れたとは言わせないぞ。
上半身の匂いを嗅がれるという、未だかつて経験したことのない辱めを受けたんだから。


「どういうワケか、アンタからアイツと……魔王と、よく似たニオイがしたんだ」

「魔王と?」


そう言えば狼も犬科。鼻がよく利くんだ。

汗臭い等と言われず、ほっとする傍ら思う。
確かに魔王と行動を共にしていれば、匂いが移るかもしれない。

けれど魔王の匂いを知っているということは、過去にガルムが魔王の傍にいたことがあるということになる。敵としても、味方としても。


「はっきりとは、分かんねーけどな」

「ふーん…………あのさ、もしかして昔魔王と面識があったりなんかしない?」


思い切って尋ねると、ガルムは目を見開き、明らかに困惑の表情を浮かべた。おお、ビンゴ。


「匂いも昔の事も知ってるみたいだしさ。ねぇ、一体どういう関け――」

「アイツの事なんか知らねーよ! 昔の事は噂で聞いただけだし匂いは……昔ちょっとすれ違った時に覚えただけだ! それ以上訊いたら今ここでアンタを喰うぞ!」


そりゃぁ困る。喰われたらたまらないから、仕方なく私は口を閉じた。
けど、ガルムは嘘を吐くのが滅茶苦茶ヘタらしい。


少なくとも彼と魔王は知り合いのようだ。


ガルムの様子から、彼が魔王の部下だって線は薄いっぽいけど。


そんな思考を巡らせながら、私は薄暗い檻の中へと収容された。


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