1章1
「あと一人か……」
そんな独り言を口にした黒鉄英士は、ブースターの出力を上げて目の前の選手をあざ笑うかの如く追い越した。
『さあ、ここで今大会初出場のルーキー、黒鉄選手が二位に躍り出たぞぉ——————!!!!!!』
妙に気合いの入った実況が引き金となって歓声が沸き起こる。中には「キャー、カッコイイ❤」と英士に黄色い声援を送るJK達の声もあるものの、残念ながらハイスピードで走行している英士にはその声は届かいていない。
追い越した選手からある程度距離を離すと、自前の空飛ぶホバーボード(一般的にFBと称される)に掛けていた体重を徐々に緩めていき、エンジンのパワーを溜めるためブースターの出力を落とし、スピードを落としていく。
『レースも終盤。果たして、新星の如く現れた期待のルーキー黒鉄選手は一位を獲得することができるのでしょうか!』
実況に応える訳でもないが——選手には実況は一切聞こえていない——、英士は顔面の全筋肉を寄せるように目に力を注ぎ込み、視線を前方に集中させる。
【TAKETO GOUDA】
【CIN2055―BIG・F】
装着している薄型ゴーグル端末が先行する選手名とFB機種の情報を表示する。その情報を見た英士は眉を繋ぎ合わせんばかりの表情を浮かべ、軽く舌打ちをする。
先行する選手がFBの県大会で何度も好成績を収めた経験のある剛田武斗であることに対して舌打ちしたのではない。ゴール地点が利根川の河川敷で水上ステージが苦手であることに対してでもない。まして相手のSPが一六八〇で自分のSPが一五三〇と一〇〇SP以上の差があることに対してでもない。
カイン社製大型FB、《BIG・FORTRESS》。
直径二メートル三センチ、幅一メートル三センチとFB機種の中では最大級の大きさを誇るメタルフレーム。機体のお尻にはドラム缶サイズの大型ブースターが装備され、鼓膜を直接殴りつけるかのような暴力的なジェット音を轟かしている。
「よりにもよってフォートレスかよ! しかも先月出たばっかの新型だし……」
一度はお目に掛かりたかった憧れの機体が目の前にしかも敵として立ちはだかることになるとは、と英士は恐れを抱く。
その一方で、
買おうかどうか数日悩んだ挙げ句その間に売り切れた物を何で持ってやがんだぁという嫉妬心、でも一回は戦ってみたいと思ってたし……まあいっかという好奇心と許容心、これらの感情を抱いたことで自然とフォートレスに対する恐怖心は薄れていった。
スゥーと深呼吸をして心に余裕を持たせた英士は、先行する巨大要塞をどう攻略するか心の中の自分に相談を持ち掛ける。
エンジンパワーをマックスでブーストすれば抜けない距離でもない。しかしフルブーストの後は反動で動きが鈍くなってしまう。FBに搭載された競技用武器による集中砲火を受けつつも、強行突破で何とか一位でゴールすることも可能ではあるが、FBレースの最終的な順位はSPによって決まる。一位でゴールした走者には一〇〇〇SP、二位は八〇〇SP、三位で五〇〇SP、と順位ごとに貰えるSPが異なってくる。
このまま単純に英士が一位でゴールすれば、一〇〇〇SPが加算され合計で二五三〇SP、剛田選手が二位ならば二四八〇SPとなり、ギリギリ英士が総合点で優勝する。だがもしミサイルやらフォトンブラスターやらとたった一発の攻撃を喰らっただけで、優勝は絶望的なものになってしまう。
ランダムで出現するARリングを潜り抜ければ幾らかSPは稼げるものの、大抵出てくるリングは一〇SP程度。稀に一〇〇~二〇〇SPの超レアリングが出現するのだが、出現場所が障害物の目の前やカーブ地点など、通常なら避けたり減速するような厄介なポイントに出現する。しかもレースは終盤、今更になってレアリングなんか出るはずもない。もし出現し潜ってポイントを獲得できたとしても、逆転打に乏しい。
現状況を自分に言い聞かせた英士はギュッと拳を握りしめ、気合いを注入する。
狙うは一位でゴールしての優勝。だが一位でゴールしようとギリギリの点差なら、やることは一つ。
(剛田選手のSPを削り取る!)
心を読み取ったゴーグル端末が【EQUIPMENT】というARタグを表示し、すかさず英士は視線をそのタグに向け、瞳から指を出すような感覚でアイクリックする。
続いて【WEAPON】と【BOOSTER】のタグが同時表示され、逆転可能な装備をアイスクロールしながら選択していく。
【KIB・SP―NEDを装備しますか? YES/NO】
【SNC・SH―BSTを装備しますか? YES/NO】
最終確認用のダイアログが二つ表示され、迷うことなく【YES】をクリックする。
ピカーンと光る無数の粒子が英士のFBの前方と機体の後方部分に出現すると同時、磁石に吸い寄せられる砂鉄の如く粒子は集結していき、装備品がオブジェクト化される。
キングビー社製追撃ミサイル、《SPARK―NEEDLE》。
ソニック社製ブースター、《SHINING―BOOSTER》。
呼び出した二つの装備が完全にオブジェクト化されたのを確認した英士は、ブースターの出力を八割程度に引き上げるよう思考で指示を出す。
思考を脳波で受け取ったFBは、指示通りにブースターエンジンを目覚めさせる。
キュイーン!! とジェット音が迸る。二つの筒に光が集まり、青い炎が噴出した。
一瞬、英士は前方からの暴力的な風圧を受けて吹き飛ばされそうになるが、両足に体重を掛けて体を全てFBに預けスピードの波に乗る。
『おっとぉー、どうやらここで黒鉄選手が仕掛けてきたぁー!! 泣いても笑ってもここが最後のチャンス、このレースの結末はいかに!?』
相変わらずテンションが高い実況が喋ると、歓声がこれまで以上に大地を揺るがす地響きのように沸き起こった。
加速してから本の数秒、英士は前走者の剛田選手に五メートル差まで追いついていた。ブースターの出力を五割程度に落とし、ピタリと真後ろに食らい付く。
我ながら金魚の糞じみた行為だと自覚する英士だが、表示されているロックオンシステムに意識を集中するためすぐさま羞恥心を捨て去る。
【TARGET LOCK ON】
照準を定めた英士は「撃て!!」と命じる。
コンマ数秒でニードルが二発、剛田選手に向けて放たれた。
「いっけぇ――――!!」
命中すれば相手の動きを一定時間停止させることができる。それにより英士が一位に躍り出るという戦法だ。
だが、自分の真後ろに相手がいるのに剛田選手が何の対策もしてないはずがなかった。
ヒットしようとしたその直前、何らかの障害物に攻撃を遮られ爆炎が上げる。
一体何事かと辺りを注意深く見てみると、何やらパラボラアンテナのような円盤形の物体が回転しながら浮遊している。しかもそれが三つや四つ浮かんでいるのだ。
「やっべぇ!!」
呟いた直後、浮遊物の一つからビュン! と赤い光線が英士目がけて放たれた。
とっさの判断が幸いしたのか、紙一重で赤い光線が英士の真横を通り過ぎた。ひんやりと氷水のような冷たい何かが背筋を走る。
辺りに浮遊する円盤状の物体は、フォートレスシリーズの初期装備に常に取り付けられている迎撃用レーザー武器である。
一発外そうとも、浮遊している円盤状の武器が全て英士に照準を合わせる。
『こ、これは……黒鉄選手、絶体絶命の大大大ピンチだぁ————————!!!!!!』
実況の言う通り、英士の状況は大大大ピンチだった。
キラリ、と全ての円盤から赤い光が神々しく輝くとレーザー光線の嵐が英士へと襲い掛かってきた。
「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
英士の間抜けな絶叫が迸る。その声につられ観客から笑い声が誘発的に起こった。
「ふふっ、あれが黒鉄英士……。何だか面白そうな子♪」
一人、赤髪の少女が笑みを浮かべていた。