――あなたは私を見ていない
『手を伸ばせば届くのに』
――私の声はあなたに届かない
『ううん、言葉にしていないだけ』
――いっそ捨ててしまいたい
『捨てる勇気もないくせに』
――目を閉じて
『耳をすまして』
――聞こえる
『あなたの……』
☆
「バート、いないの? また置いてけぼり?」
私の声は、目眩がする程長い廊下に敷かれた、赤い絨毯に吸い込まれ掻き消える。
溜め息をつくと、耳にわずらわしく掛かる、緩やかにウェーブする金の糸を手櫛で分けた。
「ああ、もう! お父様ったらどこ行ったのかしら! 私なんかが議会に出てどうなるってのよ!」
着慣れない純白のドレス、履き慣れない白のヒール、襟元にはきらびやかなネックレス、手首には、これまた豪華なブレスレット。
“女の子”みたいな格好、私には似合わない。ううん、これは“お姫様”ね。
私はスカートの裾をたくしあげると、第三会議場へ駆けた。
走りながら、全長ニメートル程の大きなガラス窓から、外の景色を覗く。
薄い雲が青空に掛かる良い天気。こんな日はピクニックなんて、どうかな。
その前に会議。勘弁してよ、ホント!
ようやく辿り着いた、会議場前の廊下に、少年が立っていた。銀髪が美しいスーツ姿の少年、名前はバート。私のお付き。
な・ん・だ・け・ど!
「バート! 私置いて、先に行かないでよ、バカ! なんであなたは、いつも私を置いてくわけ!? 私のお付きでしょ!」
その怒鳴り声に、バートは慌てた様子で私の口を塞ぎ、人差し指を立てて『しーっ』のポーズ。
私は子供か! ……今年十五だから、まだまだ子供? バートも同い年よ。幼なじみなんだから。
口を塞ぐバートの手を払うと、乱れた髪とドレスを手早く直し、黒塗りの大きな扉を押し開けた。
会議場内には、各国の要人が顔を揃え、あーだのこーだの話し合っている。
私が入って来た事に気付いたお偉い様方は、口を閉じると席を立ち、私に向けて頭を下げた。
「ルーナス王女、サーレイン王はいかがされた?」
白髪混じりのダンディな男性が、優しい口調で問い掛けて来た。
そう。私はこの国『ルーゼリカ』を治めるサーレイン王の一人娘、つまり王女様なのだ。でも、普段はドレスなんか着ないし、こんなキンキラも身に付けない。肌が荒れてかゆいのよ!
「お父様? 知らないわよ! また城下に下りたんでしょ!」
父のサーレインはしょっちゅう城を抜け出す、困った人だ。
そして、父が不在の際、会議に引っ張られるのが私というわけ。
適当に挨拶を終え、面白くもなんともない議題をやっつける。それが終わる頃には、私の頭はパンク状態。針で刺したら空気音とともに、全身がしおしおになりそう。
お偉い様方が頭を下げて出て行くのを見送ると、肘掛け椅子の背もたれに、どっかり体重を預け、深くふかーく溜め息を吐く。
「姫、お疲れ様です」
会議場に入って来たのはバート。いつものようにニコニコと、明る過ぎて直視出来ない笑みを浮かべてくれる。
「ねえ、バート。二人の時は昔みたいに、ルナって呼んでよ」
返って来るのは、お決まりの一言。
「私は姫の単なるお付き。そのような者が、」
「気安い呼び方をする事は、不敬罪に辺り――ああ、もう! 聞き飽きたわよ! バカ、バート!」
椅子から跳び下りると、腰に手を当て、眉を吊り上げる。
私の膨れっ面に、バートはあろう事かくすくす笑ってくれている。
「ちょっと! 不敬罪なんじゃないの、それ!?」
「いえいえ。怒った顔も可愛いらしい」
「……あっそ」
いつものお世辞を私は冷たくあしらうと、会議場をさっさと出て行く事にした。どちらにしても、もう用はないわけだし。
「あ、姫」
「あによ!?」
不機嫌全開でバートを睨み付けたが、まるで効果無し。
さすがに不機嫌な態度も疲れて来た私は、機嫌をチェンジ。なあーんて、簡単に出来たら、カウンセラーなんていらないのよ。
「今日は良い天気ですし、外で紅茶でもいかがですか?」
天気が良い日は、いつもテラスでティータイム。バートの趣味らしいけど。正直飽きた。
「ティータイムはいいけどさあ、たまには違う紅茶にしてくれるかなあ? いつもキニー・ファムって、もういい加減にして欲しいんだけど?」
キニー・ファムはルーゼリカ産のハーブで、それを使った紅茶は、香りも味も強過ぎず飲みやすい。
飲みやすいのはわかってるけど、なんで毎回なのよ?
「うーん。キニーしかないんですよ。ミルク入りならどうですか?」
「……どれだけキニー好きなの」
ニ階にあるテラスには、白い木製丸テーブルが置かれ、その周りにはプランターが敷き詰められている。 プランター内は、キニー・ファムが青々と茂っている。
どこもかしこも“それ”ばかり。
この国はキニー・ファムで出来てるんですか? いい加減見飽きたし、名前なんか、来世に持ち越せるくらい聞き飽きたわよ。
「姫、お待ちどうさまです」
「待ってる間も辺りからはキニーの香りがしてたのよ? もう飲まなくてもお腹一杯よ」
「まあまあ、そう言わず」
ティーポットをゆっくり傾けて、ティーカップに流れたのは、淡い赤。キニー・ファムの葉は熱を通すと赤く変色し、その色素成分が湯に溶け込み、淡く染めるのだ。
別名『ラマ・フルル』
古代ルーゼリカ語で、淡い想いという意味らしい。
体の奥が火照り、内側が淡い赤に染まる頃、仕草、言葉からその想いが溶け出す。
ロマンス。鼻つまみたくなるわね。
「バート。ラマ・フルルって詩知ってる?」
「もちろん」
当然よね。ルーゼリカに語り継がれる恋詩だもの。
胸に抱いた、淡い気持ちを言葉に出来ず、ただ、想う人の声を聞く。
確かそんな歌よね。
「姫は知ってますか? ラマ・フルルのおまじない」
「おまじない?」
初耳。恋詩までは知ってたけど、まさかおまじないまであるなんて、万能な紅茶だ事で。
「陽の光の下、淡い色を想う人に傾けて、ニッコリ微笑みながら三口付け、また微笑む」
陽の光の下――天気の良いよね。
淡い色――キニーの事かしら。
微笑みながら三口付け、また微笑む。
……バートがいつもしてる飲み方ね。変わってると思ったら、おまじないだったのねえ。
…………?
「想い人に傾けるって、好きな人と一緒に飲むって事?」
「ご名答」
向かいに座るバートは、いつものように微笑むと、三口付けてカップをコースターに置き、私に微笑み掛けて来る。
それって、つまり?
「どういう意味?」
「ふふ。さあて、どういう意味でしょうね?」
バートの向ける笑顔は、青空に輝く太陽のように明るくて、とても直視出来なかった。
☆
――私を見ていてくれたの?
『うんと小さな頃から』
――私の声、届いてた?
『あなたの声しか聞こえない』
――目を閉じて、耳をすませば、あなたの声が聞こえて来る。
『まるで心が繋がっているように、君の声が聞こえて来る』
――おまじない、何をお願いしているの?
『変わらない日々と、変わらない想い』
二人の想いは変わらない
いつまで経っても
出逢った、あの日のまま
――終
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