〜銀クレドラ〜『過去』?『現代』?『未来』!?大爆風を呼ぶ三つどもえ大合戦!!!(82/119)縦書き表示RDF


今回で十六章は終わりです。また、ミツバ救出編も一応の終了となります。果たしてその結末は?
ところで今回は、『銀魂』のミツバ編と真選組動乱編を知らなかったら分かりにくい部分があるかも知れません。なるべく詳しく書いたつもりですが……知っている方には、その時の話を思い出していただければ嬉しいです。

感想、どんなのでもいいのでお願いします☆
〜銀クレドラ〜『過去』?『現代』?『未来』!?大爆風を呼ぶ三つどもえ大合戦!!!
作:虹純晶



6.差し出された絆


扉の向こう側もこちら側も、しばらくは身動き一つせずに沈黙していた。






いざ目的の場所にたどり着いてみると、何と言ったらいいのか分からなくなってしまったのだろう。土方も、さっきまであんなに怒っていたはずの沖田も、扉をにらみつけたまま動こうとしない。


伊東と徳郎とドラメッドは、そんな二人の背中をじっと見守っているだけだ。








やがて、沖田がごくりと唾を呑み込むと、扉に向かってさらに一歩、近づいた。


「───姉上。」


呼びかけに答える声はない。


「姉上。いるんでしょう?そこに。」


返事なし。


「俺です………総悟です。分かりやすか?覚えてやすかィ?」


沖田は一方的にしゃべり続けた。こみ上げてくる震えを何とか抑え込もうとしながら。


「姉上、本当にそこにいるんなら、黙ってないで何か一言だけ言って下さい。」






沖田が黙ると、再び沈黙の幕が降りてきた。扉の向こうの気配がわずかに震え、そして───。





「───ちゃん」


沖田は反射的に、ぱっと扉に身体をくっつけ、耳をぴたりとつけた。


「──そーちゃん。」


まぎれもなく、扉の向こうの声は沖田のことをそう呼んだ。





この部屋の中には、ミツバがいるのだ。安らぐことを許されていないミツバの魂が。彼女の存在は勘違いでも、幻でもない。


記憶にある姉の声とはずいぶん違っていたが、そんなことを気にしてはいられない。姉は新しい身体を与えられてよみがえったのだから、それぐらいは当たり前だ。





問題は、『中身』が元の姉上のままか、ということだが………。






「姉上……助けに来ましたぜ。」


扉の向こう側は再び静寂に戻った。しかし、たとえ何も言わなくても、そこにある気配と静かな息づかいは痛いほどに感じ取れた。


「姉上、ここを開けて下せェ。俺───僕らが姉上をお守りします。誰にも手出しさせやしません。怖い思いも苦しい思いももうさせません。」


低いうめきみたいなものが聞こえてくる。これは………泣き声か?ミツバが泣いているのか?


「姉上、今まで怖かったんですよね?ここであいつに捕まってから、さんざん嫌なことをさせられたんですよね。───僕が、もうそんなことが起きねェようにしますから。姉上を、幸せにしますから。」


姉上を幸せに。姉上に人並みの幸せを。


ミツバが生きていた時から、沖田の頭の中にはその思いが渦巻いていた。今でもそれは、根強い後悔と迷いとなって残っている。姉上は本当に、幸せな気持ちでこの世を去っていったのだろうか、と。


今回はミツバを取り戻すと同時に、彼女を本当に幸せにしてあげるための滅多にない機会でもあるのだ。しかし………。






「……ごめんなさい。」

「───え?」


俺の声だ。俺が姉上に謝っているんだ。生きている間に本当に幸せにしてあげられなくてごめんなさいと。それなのに、なんで俺の声じゃないんだろうと沖田は思った。





……違う。ミツバだ。ミツバが沖田に対して謝っているのだ。


どうして?姉上が謝らなければならない理由など、どこにもないのに。





「ごめ、んなさい……」


扉の向こうの声が、また謝る。沖田は何も言い返すことができなかった。バカみたいに突っ立って、自分と姉をはばむ扉と、それよりも堅い障害物を見つめていた。


「ごめんなさい、そーちゃん………私、ここにいたいの。」


ミツバの声がくぐもった。それに、湿っている。泣いているのだ。───泣きながらしゃべっているのだ。


「私は…私は……そーちゃんと一緒には行けない。行かないから。その……行きたくないから。」


嘘だ。そう言いたいのに、舌が口の中に張りついたようになって動かない。嘘だ、嘘だ、嘘だ!





「だって……だって私は───






ここにいたら、幸せだから。」





その言葉は、どんな刃物よりも、どんなに辛辣しんらつで手ひどい悪口よりも鋭く、沖田の心の最も柔らかい部分をえぐった。






「そ、んな………」


やっとのことで出た声は、ひからびてかすれてとても自分の声とは思えなかった。


「何言ってるんですか、姉上。冗談はやめて下さい。」

「…冗談じゃないわ。早く帰って、そーちゃん!」

「帰りません!」


かすれた声で沖田は叫び、扉にすがりつくようにして身体を近づけた。まるでそうすれば、扉を突き抜けて姉に手が届くとでも思っているかのように。


「姉上を連れて帰るまでは俺、帰りませんよ!ずっとここにいますから、姉上が帰るって言うまで───だって姉上、記憶は戻ってるんですよね?さっき俺のこと、『そーちゃん』って呼んでくれましたよね!」


沖田は気づいていなかった。一人称が『僕』から『俺』に戻ってしまっていること。しゃべっている間に、自分の目から大粒の涙があふれ出してきていること。それが声に含まれていた水分を吸い取ってしまっているかのように、後から後から流れ落ちて止まらないこと。






───後ろで土方がタバコをもみ消しながら、自分の後ろ姿を見つめていることも。





「そーちゃん……お願い、帰って。早く帰って。」


泣きながら(多分今の沖田と同じように涙を流しているのだろう)、ミツバはそれしか繰り返さなかった。帰って、帰って、お願いだから帰って。あたしをこのままにしておいて。






それは嘘だとドラメッドは思った。みんなもそう思った。確信した。


沖田ミツバは脅されているのだ。───多分、一緒に部屋の中にいる誰かによって。そして、リオルによって。





しかし誰も、それを口にできなかった。そんなことをはっきり言ってしまったら、おびえきっているミツバをさらに傷つけることになる。それはあまりにも、忍びない。






と、その時。






一番後ろにいた伊東が、足音もなく前に進み出てきた。徳郎とドラメッドを追い越し、土方と無言で目を合わせ、そのまま沖田のそばへとやってきた。





彼の目は、まっすぐにドアを見つめていた。





「──そこにいる人、ここへ出てきて下さい。」


朝のあいさつをするようにさりげなく、彼はミツバに呼びかけた。


扉に隔てられていても、ミツバの当惑がはっきりと感じられた。知らない人物の声に、彼女が少し身構えたのも分かった。


「どなた?」


伊東は沖田のように扉にもたれかかったりはしなかった。両手を身体の脇につけ、きちんと『気をつけ』の体勢で立っていた。表情も穏やかで、ほんの少しだけ首を右に傾けている。


そして、彼はゆっくりとミツバの問いに聞こえた。





「僕は、死者です。」





扉の向こう側の気配から、戸惑いと警戒がふっと薄れた。





沖田は伊東の横顔を見ていた。両手を扉につき、倒れそうな身体を支え、妙にぼやけた大きな瞳で伊東を見下ろしていた。あごの先から床へ、涙がぽたぽたと落ちる。


「僕は死者なんです。あなたと同じですよ、沖田ミツバさん。」


伊東がもう一度、子供に向かって説明しているかのようにゆっくりと話しかけた。───伊東と、扉と、扉の向こうのおびえた女。今、その場にいる者たちにとって存在しているものはそれだけになっていた。






「……しかし、僕の最期はあなたのようなものではありませんでした。僕はあなたよりも………ずっと愚かでした。その愚かさのために、命を落とすことになったのです。」


土方や沖田には聞き覚えのある声だった。知識の豊富な『先生』らしい、淡々としていて抑揚の少ない声だった。だけど───前とは違って、どことなく耳に優しく響くのは気のせいだろうか。





「僕は………敵と組んで、真選組を裏切り、乗っ取ろうとたくらんでいました。」


伊東の言葉に反応して、扉の向こうの空気ががらりと変わったのが分かった。戸惑いが完全に消え去り、驚きがそれに取って代わる。


何か言おうとした沖田を、土方は目の動きだけで制した。


「土方くんを追い出し、近藤くんを暗殺しようとした。それをたくらんでいた時は、それが正しいことのような気がしていました。」


僕以外の周りの人間は、みんなバカだと思っていたから。


「僕を見てくれない、認めてくれない世の中の全てに腹が立って、たまらなかったんです。───僕を見ない奴らに、僕の存在を知らしめるためだと思っていました。だから、ためらったりなどしなかった。」


近藤を裏切ることにも、何の抵抗も感じなかった。どうしていけないんだ?いいじゃないか。あんな無能な男の下についていてやったんだ。感謝されるのならともかく、文句を言われるような筋合いはない。恩義があるのは近藤の方だ。





「………でも、僕は間違っていた。」


伊東の声の調子が不意に乱れた。立っている床がとげだらけに変わったかのように、足をよじり始める。


「僕が一人ぼっちだったのは、世の中が僕を見ようとしていなかったからじゃなかった。ただ単に、僕が他の人から目をそらし、近寄せなかっただけだったんです。」


僕はこんなところで終わる男じゃない。僕はもっとできる男なんだ。僕が悪いんじゃない、周りの奴らがバカだから───。


「僕は………自分の気持ちさえだましていたんです。」


世の中の奴らに自分の存在を知らしめる。自分を認めさせる。そんなことは、本当はどうでもよかったのだ。





伊東の望みはたった一つ、それもとても単純なこと───ただ誰かに、そばにいてほしかったのだ。


そしてそれは、そのいとは、とっくのとうに繋がっていた。与えられていた。





「それなのに………僕は、それを自分で断ち切ってしまった。何よりもほしいと思っていたものを、自分で捨ててしまった。」


吐き出す言葉に、初めてはっきりとした苦しみの色が混じった。伊東は話しかけている相手が目の前にいるかのように、目を閉じてゆっくりとかぶりを振っている。


「バカなのは僕だった。まるで見当違いのことをやっただけだった。───死ぬ間際まで、僕はそのことに気づけなかった。その後悔のせいで、リオルに捕まることにもなったんでしょう。」


だから───と、言葉を続ける。


「あなたが亡くなった時にどんな思いを抱えていたのか、そして今どんな気持ちでいるのか、僕には分かりません。でも、ここで逃げてはだめだということはよく分かります。逃げてはだめです。」


沖田がうなだれた。腕から力が抜け、ずるずると床に座り込みそうになる。


扉の向こうでは、ミツバも同じようになっているのかも知れない。





「いいですか、今怖いから、苦しいからといって楽そうな道を選んで逃げても、いったん逃れた苦しみは回り回って倍になって帰ってきます。必ずそうなります。
今、沖田くんはあなたに自分から絆を伸ばしているんです。あなたを助けたいとはっきり言っています。───土方くんも、きっとそうです。」


土方はまぶたをぴくっと動かしたが、何も言おうとはしなかった。


「あなたはその絆に手を伸ばして、つかむだけでいいんです。ただ助けを求めるだけでいいんです。それだけで、あなたは救われます。でも………ここで逃げ出してしまったら、あなたも僕と同じようになるだけです。きっとそうです。」


そして、気づいた時には何もかも遅いんですと吐き捨てるように言ってから、伊東は突然語調を強めた。





「あなたを怖がらせ、言いなりにさせている奴───すぐそばにいるんでしょう?」





扉ごしにさえ、ミツバがびくりと身体を震わせたのが感じられた。


「そいつを見て、よくよく考えるんです。自分がどうすべきなのか、どうしたいのか、自分の本当の気持ちを考えて下さい。
───今ならまだ、間に合います。」





そう言って、伊東はゆっくりと頭を下げた。そして、出てきた時のようにするすると音もなく一番後ろへ後退した。


徳郎はちらりと振り返った。伊東が今、一体どんな気持ちでいるのか確かめたかったのだ。一人でいることを嫌がり、絆を欲していたにもかかわらず、それを断ち切るように自ら動いてしまった男。話を聞いただけでは、とてもその気持ちを理解できないと思ったから。





彼の瞳の中には、悲しみと後悔と苦しみとがごたまぜになった暗い色が、ぐるぐると渦巻いていた。























































「何だよあいつ、どこの誰だか知らないけど、バッカじゃないか?」





向こう側に聞こえない程度の声で、カザリーニョが毒づいている。


「真選組を裏切った?土方を追い出して、近藤を暗殺しようとしただって?ふん、そんなはったりで僕を動揺させようったって、そうはいかないんだからな。」


しゃべっていたのがカザニコフだということに、全く気づいていないらしい。………まぁ無理もない。カザニコフは本当に必要な時以外はしゃべろうとしないのだから。


しかし、ミツバには分かった。少しだけ彼と言葉を交わしたことがあったし───彼がとても暗い、そして悲しげなまなざしをしていたことも、覚えていたから。あの時にはすでに、彼の記憶は戻っていたのかも知れない。





カザリーニョが乱暴に肩をつかみ、揺さぶってきた。


「ねぇカザメッド、ちょっとあのバカどもに言ってやりなよ。バーカ、私はここにいれば満足なんだ。ここで好き勝手にやってる方が楽なんだって。」





───バカなのは、あんたよ。


燃えるような怒りが、不意に胸の中で燃え上がった。ちょっと脅かせば、女なんて自分の思い通りになると思っている。この自意識過剰のバカ男。


「さぁ、言うんだ!」


ミツバは呼吸を整え、それからゆっくりと吐き出した。





「………」

「んん?聞こえないんだけど、カザメッド。」

「………て。」

「え?」






息を深く深く吸い込んで───ミツバはついに叫んだ。ずっと言いたくてたまらなかった言葉。彼女の魂の叫びを。





「助けて!私をここから助けて!!」






カザリーニョは扉の前に座り込む薄紫の長髪の少女を見つめ、その場に凍りついたように立ちすくんだ。そして、しゃにむにその髪をつかもうとした。


「このアマ、なめた真似をしやがって──!」


ミツバはひょいと身をかがめると、カザリーニョの手をすんでのところですり抜け、壁際に立った。そのアメジストの瞳は、さっきまではなかった強い光がきらきらと輝き、より一層美しく見えた。


怒り狂ったカザリーニョが、さらにこちらへ迫ってくる。


「僕に逆らいやがって……!いっそ死んだままの方がよかったっていうような目にあわせてから、ずたずたにしてやるから覚悟しておけ!!」


ミツバは恐怖にとらわれそうになりながらも、果敢に言い返した。


「あなたたちなんか大嫌いです。私に触らないで下さい!私はそーちゃんの所に帰るんだから!!」

「帰れるもんなら……」






轟音にかき消されて、カザリーニョの言葉は途中から聞こえなくなった。


扉が鋭い音と共に、縦二つに割れた。───と、あっという間にいくつもの破片に変わり、ばらばらと床に転げ落ちた。





「う………」


カザリーニョの顔がこわばった。崩れた扉の向こうから、人影が五つ、こちらに向かってくる。どいつからも、目に見えそうなほどすさまじい怒気があふれ出ていた。





彼らの中には、土方と沖田の姿もあった。






沖田は壁に背中をつけて立つ少女の姿に気づくと、わずかに頬を緩めた。しかしカザリーニョを見るとたちまちものすごい殺気を取り戻し、刀を慣れた手つきで抜き放った。


土方と沖田の顔を、ミツバは声もなく見比べていた。


(これが、そーちゃんと十四郎さん………二人がお仕事をしている時の、顔。)


どんな仕事なのか、大体のことは知っていたけれど、話に聞くだけなのと実際に見るのとではまるで違う。自分は今、凶悪な犯罪者に向かい合っている時の彼らを見ているのだ。





しかし不思議なことに、土方と沖田の怒り狂った顔はカザリーニョのものとは違い、恐怖も嫌悪も感じさせなかった。






今度はカザリーニョが追いつめられる番だった。怒りでぐつぐつと身体の中の血を煮えたぎらせている沖田が、じりじりと彼を壁際に後ずさらせていく。───ついに壁にぴたりと背中をくっつけたカザリーニョは、うつむいて肩を震わせ始めた。


「くっ……く……






く…ははははは、あはははははは!」


沖田はわずかに目を見開いた。───カザリーニョが笑い出したのだ。気違いの笑い方とは違う。やけくその笑いとも違う。心から楽しそうに、げらげらと。





「……何が、おかしい?」


そう尋ねたのは沖田ではなく、土方であった。


「お前ら………僕を追いつめたつもりでいるんだろ?あの時と同じだ。まるで自分がそうする権利があるとでもいうかのように平然と、僕を切り捨てようとする。





───でもなぁ、今の僕は、あの時とは違うのさ。」





カザリーニョはふところに手を突っ込み、わざと土方たちに見えるように、取り出した何かをかざしてみせた。それは、小さな装置………紫色のボタンがついた、小さな機械であった。


「ほぉら、これ何だか分かるかなぁ?」


また笑い声を上げた。誰かにくすぐられているみたいな笑い声。





そして、装置のボタンを無造作に押した。






ミツバの胸を、すさまじい苦痛が襲った。何かが爆発したかのような───あるいは、冷たい手で心臓をわしづかみにされたかのような。


息がつまり、視界が涙でくもる。足元の地面がぐらついて、立っていられない。口を開けても飛び出すのはか細い呼吸音だけだ。ミツバはうめき声を上げて床にうずくまった。





それは、生前に味わった肺炎の苦痛よりはるかにひどく、残酷で容赦ない苦しさだった。






「姉上!」


沖田の叫ぶ声が、部屋の中に響きわたる。


「姉上ェ!」


カザリーニョはにやにや笑っている。伊東が素早くその手の中にある装置をひったくろうとしたが、カザリーニョはするりとかわしてしまった。





沖田が血走った目でカザリーニョをにらみつけた。


「姉上に何しやがった?」

「さあねぇ。」

「すぐにやめやがれ!」

「やぁだよ。」


カザリーニョは歌うように節をつけて言った。


「やなこった。」


土方は動かなかった。無表情だった。しかしその無表情さの裏に存在するものを、ドラメッドは見た。───彼は怒っているのだ。目が刃物のかけらのように、ぎらぎら光っている。





今、ドラメッドと徳郎はひどく場違いな存在になっていた。この場にいる必要のない者となり、ただ沖田たちの葛藤する様を見せつけられていた。






「お前、お姉ちゃんが好きなの?」


いきなりの問いに驚いたのか、沖田の目の中にある怒りがほんの一瞬だけ、ふっと薄れた。


「……当たり前だ。」

「へーえ。」


カザリーニョはこれ以上ないほどに楽しそうだった。心底楽しんでいた。他人を傷つけ、苦しめることを。


「そんならさぁ……」


カザリーニョの声が突然、ささやきのレベルにまで落ちた。






「その大事なお姉ちゃんが死んじゃったら、悲しい?」





カザリーニョの問いかけに、沖田の肩がびくっと跳ね上がった。怒りの色がはっきりと揺らぎ、代わりに恐怖が顔を覗かせる。





「はったりなんか……」

「はったりじゃないんだよなぁ、これが。」


また笑っている。さも楽しげに笑っている。


「僕は別に、これからどうなったっていいんだよ。全然かまわない。どうせ一度殺された身だしさぁ。───でも、お前らにばかりいい思いをさせとくわけにはいかないんだよね。」


土方がゆっくりとまぶたを閉じた。





「このボタンを押すとねぇ、あの女の心臓部分に取りつけてである装置が、電流を流し始めるんだよ。もちろん始めは大した強さじゃない。でも………僕がボタンを押せば押すほど、強くなっていく。そうだね、五回ぐらい押したら、もう限界かな。
しかも、僕がこの装置のスイッチを切るまでは、電流は止まらない。」


そう言ったかと思うと、カザリーニョは無造作にボタンを押した。さらにもう一回。


ミツバが声にならない絶叫を上げて、床の上をのたうち回る。






「や……や、やめろ。やめろ!」





沖田の声に、カザリーニョはさらに一回押そうとした指を止めた。


「やめてほしいって?」


カザリーニョの目が、網にかかった獲物を見るかのように沖田の顔を眺め回す。


「そうだなぁ、やめてほしいってんなら、何をしてもらおうかなぁ。」





沖田はカザリーニョから目をそらした。カザリーニョのまといつくような視線から逃れるように。───彼の瞳の中にある勝利感から、目をそむけるように。





「……何が欲しいってんでィ。」

「そうだね、まずはお金かな。」

「金?」

「お前らの資金の全額。」


言ってから、カザリーニョはまたぞろ遊んでいる子供のような甲高い笑い声を上げた。


「バ〜カ、嘘に決まってんだろ。いくらお金を取ったって、お前らには幕府がついてるもんな。『幕府の飼い犬』だから。」

「………」

「あと、謝りなよ。」

「……は?」

「謝れって言ってんだよ。耳聞こえないの?」





ここまで言われて、沖田の頭がようやく回転を始めた。まさか………こいつは生前、俺たちに斬られたのか?俺たちに斬り殺された奴らの一人だったのか?






「───何を謝れってんだ。」

「バカ言ってんじゃねぇ!」


カザリーニョはいきなり怒り出した。本当に、まるでたちの悪い子供のようだ。


「何から何まで全部謝れって言ってんだよ。お前らが生きてることを謝れって言ってんだよ。存在してることを謝れよ。何も分かってないんだな、このバカが!」






その時、伊東の脇を何かがふわりとかすめて通り過ぎた。あまりに素早く通り過ぎたので、今の伊東の眼力をもってしてもそれが黒い色をしていたことしか分からなかった。






ふわりと音もなく、ミツバの前に立ったのは土方だった。






土方は再び目を開いていた。刀も抜いていた。右手に刀をぶら下げたまま、じっとミツバを見下ろしていた。





「………何してるんだ?」


カザリーニョの声が一段と荒くなった。大きくなった。もはや怒鳴り声のレベルだ。


「何をするつもりだ?そいつの命は───沖田ミツバの命は、僕が完全に握ってるんだ!お前らにはどうすることもできないんだぞ!」














カザリーニョのがなり立てる声に、ミツバは遠のきかけていた意識を引き戻された。






苦痛はまだ続いている。しかもおさまるどころか、ますますひどくなりつつある。このままでは、再び命を失ってしまうかも知れない。






そろそろと顔を上げたミツバは、涙のたまった目をいっぱいに見開いた。





ミツバは壁に手をつきながら、何とか上半身を起こした。ぼんやりとかすんだ向こうから、自分を見下ろしている目。───それは、ミツバがよく知っている男の目だった。


(十四郎さん……)


まばたきした拍子にたまっていた涙があふれ出て、つうっと頬をつたい落ちていった。おかげでぼうっとしていた視界が晴れた。





次に目を開いた時には、土方の顔がさっきよりも近くにあった。土方がしゃがみ込んだのである。それでもなお、床に座っているミツバに比べて頭二つ分ぐらいも高い。───ああ、私はこんなに小さな身体になってしまったんだっけ、とミツバは今さらのように思い出した。





土方の瞳にはふたがされていた。真っ暗だった。何を考えているのか分からなかったけど………ミツバには、彼の考えが伝わったように思えた。





再び爆発するような痛みが襲ってきた。胸を押さえてもがきながらも、ミツバは土方から目をそらさなかった。そらしたくなかった。だから、土方がゆっくりと刀を突き出すのも分かった。───その刀の刃先がまっすぐに自分の胸へ……心臓の真上に伸びてくるのを感じながら、ミツバは動きを止めた。逃げなかった。






土方の刀が、ミツバの胸を切り裂いた。






痛みは感じなかった。血の匂いも、血が流れる感覚も全く感じなかった。さっきまであんなに自分を苦しめていた痛みも嘘のように消え去り、心地よいまでの無の感覚が、身体を包んでいく───その中で、ミツバは土方に向かってよろよろと進み、その身体を小さな腕で抱きしめた。





優しい温かさが、全身を包んだ。───全ての感覚が消え去っていく中で、土方のぬくもりと匂いだけがくっきりと残り、なつかしい記憶を呼び覚まさせた。






───私、みんなの……十四郎さんのそばにいたい。


───知らねぇよ、お前のことなんざ。






ついに全てが無になるその瞬間まで、ミツバは両手にそのぬくもりを抱きしめていた。












































「……何をしている、総悟。」






呆然と立ちすくみ、さっきまで感じていた燃えるような怒りすら忘れ去っていた沖田は、自分を呼ぶ声にはっと我に返った。





土方がこちらを振り返っていた。鋭い光を放つ目で、じっと沖田を見つめていた。


右手には刀。───左手には小さな少女の身体を、しっかりと抱きかかえたまま。


「やれ。」


その声が、沖田に動くことを思い出させた。






沖田は立ち尽くしているカザリーニョに飛びかかった。刀をひらめかせ、振りかざし………ボタンのついた装置を握る、右腕めがけて斬りかかった。


































気がつくと、刀も身体も紫色まみれだった。






「やめて下さい。やめるんです、沖田さん!」


もう死んでますから───その言葉で沖田の精神はようやく、見失いかけていた理性を取り戻した。やっと周囲の光景が見え始めた。





沖田はドラメッドに羽交い締めにされていた。もう沖田が暴れないと分かると、彼はため息をついて腕を離した。衣服がやや乱れているところをみると、何回かはね飛ばされたらしい。


息が切れていた。伊東も徳郎も、全身であえいでいた。


「血が………」


徳郎が沖田の口元を指さした。触れると、指先が赤く濡れた。


「勢いあまって噛んじゃったんですね。」


そう言いながら、へたへたと身体をかがめる。慣れないことの連続で、かなり参っているのだろう。伊東がやや心配そうにそれを見守っていた。






ドラメッドは沖田の背中を見つめながら、次第に聴覚が戻ってくるのを感じていた。さっきまでは自分たちの荒い呼気しか聞こえていなかったのに、だんだん他の物音が分かるようになってきた。


カザリーニョの残骸である紫色の水たまりが、湿った音を立てながら広がっていく。ぐっと歯を食いしばって目をそらした瞬間、部屋の隅にしゃがみ込んでいる土方の姿が目に入った。






彼はずっと体勢を変えず、小さな少女の身体を守るように抱きかかえていた。───ほんの一瞬、ほんの一瞬だけだが、とてつもなく大切なものを自分で壊してしまって、泣いている少年のように見えた。









土方は泣いてなどいないのに、確かにそう見えたのだった。


土方のとった行動の意味………それは次回で明らかに?計画がことごとく失敗した敵も、ついに本気になり始めて………!
次章、『第十七章:敵の本気』。沖田姉弟とは別の姉弟に問題が降りかかり、さらには新たなる驚愕の真実が………どうぞお楽しみに!











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