第十一章:新たなる仲間───1.早朝の山
「なっ、なんですってぇ!?」
「銀ちゃん、それマジアルカ!」
「多分な。」
朝早くの万事屋は、危険な依頼を持ち込まれた時でさえ滅多に漂うことのない、張りつめた緊張感に満ちていた。
しんのすけとトオルと(結局銀時が寝かせた)ドラリーニョはまだ眠っている。万事屋の居間には、新八、神楽、王ドラ、マタドーラ、そして銀時の五人だけが座っていた。───神楽の後ろで大あくびをしている定春を除けば、だが。
しんのすけとトオルを起こさなかったのは、なるべくこの二人には聞かせたくない話だったからだ。ドラリーニョは王ドラがいくら頑張っても目を覚まさなかったので、そのまま置いてきたのだった。
ドラえもんズの二人も驚いてはいたものの、新八たちよりは比較的冷静だった。
「すると、銀時さん。あなたは以前、トオルくんにそっくりなリオルという少年と闘ったことがある。そして、それを倒した………倒したのは確かなのですか?」
「あぁ、この手で斬ったんだ。間違いない。」
「それではなぜ、高杉という人はリオルの名前を出したのでしょう?」
マタドーラが面倒くさそうな顔で、朝飯の卵かけご飯を一気に口に入れ、飲み込んだ。朝早くに叩き起こされたせいで、かなりご機嫌ななめなのだ。
「ただの脅しじゃねぇの?お前らを動揺させるために、わざとそいつの名前を出したとか。第一その男が本当に敵から離脱したかどうかさえ、分からねぇじゃねぇか。」
王ドラが腕を組んだ。
「ふーむ………確かにそういう考え方もできそうですね。銀時さんが斬り倒したのだとすれば、そのリオルという者が生きているとは考えにくいですし。───リオルと何か関係のある者が、わざとリオルの名を使っているのかも知れませんよ。」
「───いや。俺はあの高杉が、今も敵のために動いているとは思えねぇ。」
「え?」
王ドラとマタドーラは目を見開いて銀時を見つめた。彼らだけではない。新八と神楽もそれぞれ意外そうな表情を浮かべ、銀時の顔をまじまじと見つめている。
「………なぜ、そんなにはっきりと言えるのです?」
「あいつは獣だ。野放しになって暴れ回ることを好む、ただのケダモノだ。誰かに飼いならされ、あごで使われるようなタマじゃねぇ。───いつまでも言いなりになっているような奴じゃねぇ。」
「でも銀さん、たとえ高杉さんが本当に敵から離反したのだとしても、本当にあの人、リオルに襲われたんでしょうか?だって、リオルは…銀さんに斬られて……」
「そうアルヨ。どろどろに溶けちゃったネ。」
新八も神楽も、銀時の話に王ドラとマタドーラよりはるかに強い反応を示した。───二人とも、『リオル』という名の少年のことを相当恐れている様子だった。
「たとえリオルは死んでいたとしても、その手下か誰かが生き残って、まだ何かたくらんでるってこともあるかも知れませんよね?」
新八が落ち着かなげにそわそわしながら言った。
「でも、もしそうだとしても大丈夫アルヨ、きっと。」
神楽が力をこめて言った。
「あいつらはほとんど雑魚ばかりだったアル。私たちで充分に立ち向かえるアル!」
「もしそうだとしても、なぜ相手がリオルの名をわざわざ使うのかが気になるんだよな………それに。」
銀時は卵かけご飯に醤油をドバドバ注ぎ、ついでに机の上にも注いだ。
「───あの、マサオの事件の時に襲ってきた奴ら。お前らネコ型ロボットたちと同じような格好をしていた上に、トオルとそっくりな顔をしていやがった。………あいつらが何なのかも気になるんだよな。」
「あぁ、ちっくしょう!」
マタドーラがじれったげに叫んで、ヒラリマントを振り回した。
「ったく、なんでこんなことが次々起こるんだよ。面倒くさくてしょうがねぇぜ。」
「それが分かれば誰も苦労しませんよ。」
王ドラはうっすらと苦笑を浮かべ、そして銀時に向き直った。
「これから、どうします?」
「とりあえず、ゴリラたちには伝えとこう。───しんのすけたちにも、いずれは知らせた方がいいと思うがな。」
夢も見ない真っ暗な眠りの闇の中にいたドラリーニョは、誰かの助けを呼ぶ声を耳にしてぱっと目を覚ました。
もう朝になっているらしく、まばゆいばかりの日の光が目の中になだれ込んできた。ドラリーニョは布団をはねのけるようにしてもぞもぞと起き出した。
さっきの声は、明らかにトオルのものだった。───しかも、ただの夢と片づけてしまうにはあまりにも生々しい叫び声で、胸がまだドキドキしていた。
(………トオルの寝てる部屋って、どこだっけ?)
ドラリーニョは必死になって記憶を探った。確か、銀時と同じ部屋で最近は寝起きしていたはずだ。ほとんど何も考えずに、ドラリーニョは立ち上がって部屋の外へ出た。
ドラリーニョは下手に足音を立てないように気をつけながら、薄暗い廊下を歩いていった。───王ドラたちがいなくなっていたことや、居間の辺りからぼそぼそと話し声が聞こえてくることにも気づかないほど、一生懸命になっていた。
トオルとしんのすけが眠っているはずの部屋は静まりかえっていた。叫び声どころか、寝言すら聞こえない。
(聞き間違いだったのかな?)
そろそろと障子を開けて中を覗き込んだドラリーニョは、次の瞬間ぎょっとして目を見開いた。
畳の上に布団を並べて、しんのすけとトオルが眠っている………という光景を予想していたのに、目に飛び込んできたのは、だらしなく手足を投げ出して寝入っているしんのすけの横で、半身を起こしてぼーっと虚空を見つめているトオルの姿だった。その黒い瞳はふたをしたように暗く、うつろで、何の表情も浮かんでいない。顔は血の気がなく、真っ白になっていた。
どう声をかければいいのか分からず、ドラリーニョがまごまごしていたその時、トオルがぐるっと頭をめぐらせて、ドラリーニョの方に向き直った。
そして、目の辺りを左手で押さえて、しくしく泣き出した。
その様子があまりにも悲しげだったので、ドラリーニョは思わず吸い寄せられるようにして部屋の中に入り、泣きじゃくっているトオルに近づいていった。
「どうしたの?大丈夫?お腹が痛いの?」
そう言いながら、ドラリーニョがトオルの頭に触れた瞬間、奇妙な痛みが頭の中に走った。つんとした痛みが鼻の奥から眉間へと通り抜けて、ドラリーニョは慌ててぎゅっと目をつぶった。
目を閉じた瞬間、鼻の中に奇妙な香りが流れ込んできた。───甘い匂いだ。まるで春の野に咲きみだれる花が一斉に漂わせているあの香りのような………。
再び目を開いてみると、トオルはいつの間にかしんのすけと同じように布団の中に倒れ込み、穏やかな寝息を立てて眠り込んでいた。
ドラリーニョはぽかんと口を開いてそれを見つめていたが、ふとトオルの頬に残っている光る筋に気づいて、そっとしゃがみ込んだ。───トオルの息は、よく聞くとさっきまで泣き叫んでいたかのようにかすれていた。
ドラリーニョは石像になってしまったかのように動かず、ずっとトオルのそばに座り込んでその寝顔を見守っていた。
まだ薄暗い朝方の春日部山の中を、たった一人で歩き回っている人影があった。
背にはリュックを背負い、首にはカメラをさげている。しっかりと帽子もかぶって、なんだか観光客みたいな雰囲気だったが、こんな山中に観光しにくる人がいるはずもない。
その女は何かを落として探しているのか、あちこちの地面をきょろきょろ見回していた。───なぜか時折、地面を軽く踏んで音を立てたりしている。
「うーん、違うなぁ………ここじゃなかったっけか……」
ぶつぶつ呟いていた女の歩みが、不意にぴたりと止まった。
そして女はさっと身をひるがえし、近くの木の陰へと飛び込んだ。
間一髪だった。───茂みをかき分ける音と共に、誰かの足音が二つ近づいてきて、やがて女が隠れている場所からそう遠くない所で立ち止まった気配がした。
それとほぼ同時に、話し声が聞こえてきた。
「どうしたの?急に呼び出したりして………びっくりしたわ。───ごめんなさいね。今日はよしなが先生たち、忙しくて。私しか会ってあげられなかったの。」
「………」
一方は女の声だったが、もう一方の声は小さ過ぎて、なんと言っているのかはおろか、しゃべっている者の性別すら判断できない。また女の声がしゃべり出した。
「あら、いいのよ。誰にも聞かれたくないって言うのなら………仕方ないわよね。それで、どんなお話なのかしら?」
「………」
「え?───ごめんなさい、聞こえなかったわ。もう一回言ってくれない、トオ───」
女の声が、テレビのスイッチを切ったかのようにぷつっととぎれた。
そして………地面に何か重たいものが、どさっと落ちる音。低い、微かな笑い声。
「よいしょっと」
というような声と一緒に、ガサガサ、ごそごそと音が響き、やがて、足音が静かに春日部山を登り始めた。………今度の足音は一つだけだったが、最初に来た時よりもずっと重たそうに聞こえた。
足音が前を通り過ぎ、完全に聞こえなくなってしばらく経ってから、女が木の陰からようやく顔を出した。
女は両手にしっかりとカメラを握りしめ、顔中に冷や汗を浮かべて、足音が登っていった方向を見つめていた。
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