4.動き出した敵
「なぁ……」
「あんだよ?」
「もううんざりじゃねぇか?毎日毎日、こんな陰気くさい場所に閉じ込められてよぉ。……このままじゃ、退屈のあまり死んじまいそうだぜ。」
「おい、もうちょっと声を低めろよ。リオル様が通りかかったらどうすんだ。」
「そりゃ分かってる。でもお前だって、俺の気持ちは分かるだろ?」
「そりゃよく分かるさ。───でも、だからって何かできることがあるのか?」
「あぁ………それでちょっと……考えたんだがよ……」
「は?」
「ちょっとだけ、外に出てみるのはどうかって思ったんだが……」
「な、何言ってんだ、お前!俺たちは外出を厳禁されてんだぞ!!」
「なーに、別にちょっとの間ぐらいならバレやしねぇさ。………おい、お前はどう思う?」
「え?僕?───そうだなあ、別にいいと思うけど。」
「よし、そんじゃ決まりだ!
………で、どこに行く?」
「そうだな………風間トオルをかくまってるっていう、あの万事屋とかいう場所に行ってみるのはどうだ?もちろん見つからねぇように、な。」
「ふうん、何だか面白そうじゃねぇか……」
「僕はどっちかっていうと、真選組駐屯所に行きたいんだけどなぁ。」
「そりゃダメだ。どうせお前のことだから、見張るだけじゃ済まなくなるだろ。リオル様に処分されちまってもいいのか?」
「そう………だよね。……分かったよ、もうちょっと我慢するから。」
「そんなら話は決まったな。───リオル様に呼ばれないうちに、さっと行ってさっと帰ってこようぜ。」
定春にまたがって道を進んでいきながら、トオルは汗が背中をつたい落ちていくのを感じていた。
この町───歌舞伎町は、なんと活気に満ちた所なのだろう。目の前に入り乱れる人々の着ている着物の色がゆらゆらと揺れるのを見ながら、トオルは微かにめまいすら覚えていた。
───春日部とは、全然違う………。
故郷のごく平凡な街を思って、トオルは心の中でため息をついた。
あちこちから威勢の良い声が響く。時折色っぽい女の声も混じる。肉を焼いているようないい匂いや、お菓子の甘い香りも漂う。───前に座っているしんのすけがそちらへ引き寄せられていったりしないよう、トオルは左手でしんのすけの服のすそをしっかりと捕まえていた。
(ええと、新八さんに頼まれた買い物は、今日の夕ご飯のお鍋に使うねぎと白菜と豚肉………そして銀さんには板チョコ10枚で、神楽さんには酢昆布を……)
もう一度、買わねばならないものが書かれているメモ用紙を見つめながら、トオルは何か買い損ねたものがないかと確認した。………うん、大丈夫だ。これで買わなきゃいけないものは全部買い終わった。
初めのうち、しんのすけとトオルだけで買い物に行かせることに新八と神楽は反対していたが、定春がついていくという条件で承諾することにした。定春の姿を見てわざわざ襲いかかろうとするような大胆な者など、この歌舞伎町にもそうそういないだろうからだ。
事実、時折目つきの悪い男たちがじろっとこちらを見ることもあったが、定春の姿を見ると誰も声をかけてこようとはしなかった。
前にいるしんのすけが突然声を上げたので、トオルはびっくりしてしんのすけを見た。
「どうした?」
「あのお店………」
しんのすけが指さす先を見ると、大きくて派手な建物が見えた。───スナックだ。『スナックすまいる』という看板が出ている。
トオルはやや顔をしかめて、しんのすけを見つめた。
「………何があるってんだい?ただのスナックじゃないか。」
「あれ、風間くん知らないの?」
しんのすけがこちらを振り返った。純粋に意外そうな顔をしている。
「ここ、お妙さんが働いてるスナックなんだゾ。」
トオルは目を大きく見開いた。
「え………本当に?」
そういえば、そんな話を聞いたことがある。スナックの名前も、確かあんな感じだったような………。
「んもー、風間くんたらそんなことも忘れちゃったの?しっかりしなきゃダメだゾ。」
「お前に言われたくないね。」
トオルがムカッとして言い返した………その時だった。
ガシャン!バリーン!!
いきなり近くで何かが割れる音が響きわたり、しんのすけもトオルもぎくりとして音が聞こえた方を振り返った。周囲の人々もざわめいている。
『スナックすまいる』の入り口のドアのガラスが、無惨に割れていた。───そして辺りに散らばるガラスの破片の中、一人の男が地面に倒れてのびている。
見たところ、銀時と同じぐらいの年頃の男だった。銀時に負けないくらいのもじゃもじゃ頭で、赤黒いサングラスをかけ、赤く長い上着をはおっている。サングラスのせいで目は見えないが、鼻血を流してぐったりしているところを見ると、多分気絶しているのだろう。
壊れたガラス戸が開いて、中から二人の若い女性が現れた。───そのうち一人は、お妙だった。
お妙は落ち着き払って倒れている男を見下ろしているが、もう一人は明らかにうろたえている。
「た、妙ちゃん………何もここまでしなくても……」
「あら、別にいいでしょ。おりょうちゃんにあんまりしつこいんだもの。自業自得よ。」
「で、でも…店長に知れたら……」
「大丈夫。バレやしないわ。」
「だってこんなに派手にガラスを割っちゃってるのよ!」
「それは………そう、この人が実は、窓ガラスを見ると突進したくなる習性の人だったってことにしとけばいいのよ、うん。」
「………もっとましな言い訳、考えつかないの?」
にぎやかに言葉を交わしながら、二人はまた店の中へと入っていってしまった。───男をその場に残したまま。
周囲の人々は、多少は気にしている様子ながらも、もう自分たちの用事に戻り始めた。おそらくこういう出来事など、日常茶飯事なのだろう。
トオルはしばしためらったが、やがて心を決めて定春の背中から飛び降り、のびている男のもとへと駆け寄った。
「あの………大丈夫ですか?」
声をかけてもまるで反応がない。やっぱり気絶しているようだ。
(困ったな。───うーん、どうしたらいいんだろ。)
普通なら医者の所へ連れて行きたいところだが、あいにくトオルはここに来たばかりだ。どこに病院があるかなんて、知るはずがない。
大体どうしてお妙がこの人をぶっ飛ばしたのかも分からないし………もしかしたら、危険な人なのかも知れない。
だが一度声をかけたのにそのままほっぽり出しておくなんて、何だかものすごく気がとがめる。
「………定春、この人も一緒に乗せてっていいかい?───あれ?定春?……定春!!」
定春を呼ぼうとしたトオルは、当の定春が自分のすぐ横に来ていることに気づいてびっくりした。
しかもなんと、倒れている男の頭にガジガジと食らいついているのだ!
「ダメ、ダメだよ、定春!けが人なんだからね、この人!!」
周囲の視線が集まる中、トオルは悪戦苦闘して定春の口を何とかひっぺがし、男の様子を調べた。傷はそれほど深くないようだが、鼻血だけでなく頭から流れる傷まで加わって、余計にみじめな有様になっている。やはり意識は失ったままだった。
「まったく定春は………」
定春に、人の頭にかじりつくという何とも野蛮な習性があることを知っているトオルは、苦笑を浮かべて定春の無邪気な顔を見つめた………が、次の瞬間、とんでもないことに気づいた。
「あれ?定春………
しんのすけ……は?」
「ほっほーい!きれいなおねいさんがいーっぱいいるゾ!!」
しんのすけは今、我が人生最も幸せの時、という顔をしていた。───無理もない。彼の大好きな『きれいなおねいさん』たちが、この町にはわんさかあふれていたからだ。
普段春日部にいた時なら決して来るのを許してもらえなかったであろう、スナックが所狭しと立ち並ぶ町の中を、しんのすけはぶらぶらと歩き回っていた。
トオルに黙って勝手に定春から離れてしまったことが、ちらりと頭をかすめたが、色っぽい女たちを見た途端に、そんなことは頭の中から完全に吹っ飛んでしまった。
ただ、しんのすけの好みの『きれいなおねいさん』たちが相手をしているのは大人の男ばかりで、みんなしんのすけの姿には目もくれようとしない。誰かナンパするのにちょうどいいおねいさんはいやしないかと、しんのすけはあてどもなく歩き回り、ついにはさっきトオルといた場所からかなり離れた所に来てしまったのだが………。
「───お?」
しんのすけはふと、道ばたにたたずんでいる一人の女性に気づいた。
編み笠をかぶり、長い茶色の髪を垂らしている。何だか男っぽい格好だが、色白の顔はきれいに整っており、凛とした雰囲気が漂っていた。その背中に、何が入っているのか知らないがやたら大きな包みを背負っている。
こんな異色の美人を、しんのすけがほっておくはずがない。
「ねーねー、おねいさ〜ん!」
突然呼びかけられたその女性はびくっとなり、声をかけてきた人物が五歳かそこいらかの子供だと気づくと、ますますけげんそうな色を濃くした。
「………何じゃ。おまん、わしに何か用か?」
女性にしては低い声だった。それに、しゃべり方も男っぽい。だがこれしきのことで引っ込むしんのすけではなかった。
「おねいさん、ピーマン嫌い?納豆にはネギ入れるタイプ?」
「………」
「ねー、これからオラと一緒にどっか……」
「わ、悪いがおまんと遊んどる暇はないんじゃ。」
女性はややあせった様子で、しんのすけお得意の『ナンパ』を打ち切った。
「えー、何で?」
「人探しをしとるもんじゃき………こげなとこではぐれたもんじゃから、下手すっと夜まで見つからんかも知れんのじゃ。」
「ほうほう、お仲間が迷子になっちゃったのか。情けないですな、全く。」
自分のことは棚に上げて、しんのすけは呆れ返ったように首を振ってみせた。
「………そうじゃ、おまん、わしの連れ見かけんかったか?もじゃもじゃ頭の男なんじゃが……」
(……!………男なのか……)
がっくりと肩を落としたしんのすけの様子には気づかずに、女は言葉を続けた。
「そいつはもじゃもじゃした髪で、赤黒いサングラスをかけちょる。赤い上着を着込んでるアホ男じゃ。───どうじゃ、見かけんかったか?」
「しんのすけ!」
突然大声が飛んできて、女もしんのすけも飛び上がりかけた。
「か、風間くん!」
かんかんに怒った顔をしているトオルが、定春の首輪についたひもを引いてこちらに走ってくる。定春はその背中に、どうやらぐったりした人らしいものを乗っけていた。
「こんな所にいたのか!勝手に一人でふらふら歩き回ったらダメだって、銀さんに言われたじゃないか!!」
「オラふらふらなんかしてないゾ。このきれいなおねいさんとおしゃべりしてただけだもーん。」
「どうせ、またナンパか何かだろ。………すみません、何か迷惑とかかけられませんでしたか?」
「迷惑なんかかけないゾ!───オムレツにケチャップはかけるけど。一緒にどっか行かないってお誘いしただけだゾ。」
「それが迷惑だって言ってんだよ!」
二人の子供が言い争っている間に、女は定春に近づいてその巨大な姿をしげしげと眺めていた。しかし───。
巨大な白犬の背中に倒れ込む形になっている男の姿に気づいた瞬間、その目が大きく見開かれた。
「アハハハハ、すまんのぉ、陸奥!心配かけてしもうて……」
「………あの店に通うのはいい加減にした方が身のためじゃ。快援隊の頭たるおまんがこんな感じでは困るぜよ。」
「アハハハ、でもしょうがないじゃろ?好きってゆう気持ちは止められへんもんじゃき。」
「………脳みそ腐らして死ね。」
二人の───気絶した男と、ナンパされていた女の会話を聞きながら、しんのすけとトオルは目をまん丸くしてお互いに顔を見合わせていた、
どうやらこの二人は知り合いで、女性の方は陸奥というらしい。男は本当に悪いと思っているのかどうか、しきりに笑ってばかりいる。
(快援隊……陸奥…)
トオルは胸の中で言葉を思い返してみた。『銀魂』の中で、そんな名前が出てきたことがあっただろうか?
しかし、はっきりと記憶をよみがえらせる前に、二人がこちらに向き直った。
「いやぁ、すまんかったのぉ。おんしらのおかげじゃ。………ところでおんしらこの辺に住んどるのか?」
しんのすけとトオルが無言でうなずくと、今度は陸奥が口を開いた。
「おまんら、一つ聞いてもかまわんか?
………『万事屋』って店の場所、教えてほしいんじゃが。」
「へえ…あれが万事屋かぁ。」
「思ったほどさびれちゃいねぇんだな。」
「そうだね。家賃を三ヶ月分溜めてるとか聞いてたけど。」
「………おい。」
「ん?どうしたんだよ。」
「今出てきた奴……」
「あぁ、あれは───坂田、金時だっけか?」
「銀時じゃなかった?」
「どっちでもいいだろ。………確か、リオル様を倒したとかいう話だぜ。」
「ふうん………あんな奴が、かぁ……どうやら出かけるようだな。」
「………」
「……お前、今何考えてる?」
「何って?そうだな。………多分、お前と同じことだよ。───お前はどうだ?」
「んー、僕もちょっとした腕ならしくらいなら、かまわないと思うよ。」
「そうだよな………よし。」
銀時はバイクのエンジンをかけ、一気にスパートをかけて走り出した。「やっべー………今日土曜日だけどジャンプの販売日だってこと、忘れてたぜ。」
トオルたちが出かけてからかなり経ってから、銀時はこのことをふっと思い出し、冷たい態度の新八と神楽を説得することをあきらめて自分で買いにいくことにしたのだった。仕事のために腰を上げる気になれなくても、ジャンプのためならすぐ動く気になる男なのである。
「ちっ、しくじったな………しんのすけたちに買ってきてもらえばよかった。」
舌打ちしながらバイクを走らせる銀時の脇を、色んな人々や、人とは言えないモノたちなどが通り過ぎていく。そちらへは目をくれることもなく、銀時はひたすらバイクを飛ばし続けた。
しかし、人気のない路地に入った時、前方から黒いフードつきのマントで身を隠した小さな人影が三つ、こちらへ歩いてくるのを見た瞬間、銀時は微かな違和感を感じた。───それは、鍛え上げられた侍としての勘だった。
三つの人影のうち、一番先頭にいる者の手が見えたその時、銀時は腰に挟んだ木刀に手を伸ばした。
光る長いものが、銀時めがけて一直線に突き出された。
銀時は木刀を抜きざま、さっと振った。───キーンという甲高い金属音が響きわたった。
銀時は相手が攻撃を弾かれてひるんだ隙に、バイクの上からぱっと地面に転がり落ちた。
それが正解だった。先頭の人影のすぐ後ろにいた誰かが、光る弾のようなものをバイクめがけて放ったのだ。
たちまち轟音を立てて爆発炎上したバイクを、銀時はさすがに唖然として見つめていた。
「一体………」
呟きかけて、銀時ははっと身をこわばらせた。───気配が三つ、こちらへ近づいてくる。煙の匂いがする空気の中に、手に触れられそうなほどはっきりとした殺気が感じられた。
人影が三つ、ゆっくりと煙の中から現れ、フードを脱ぎ捨ててその姿をあらわにした瞬間、銀時は死魚のような目を大きく見開いた。
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