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この小説は完全なフィクションです。
想い出にかわる
作:志内 炎


 失恋すると必ず見る夢がある。
 酷くビール臭い車内……いや、私。額に触れる唇。首の後ろを支える大きな掌。
「帰りたくない」
そう言えずに見送る車のテイルランプ。最後に見た光景。
 目覚めても残る、首の後ろの感触が、身動き出来ない程、せつない。
 恋愛の終わりなんて、いつも酷い。痛みはばらばらでも、一律に酷い。
 裏切ったり、裏切られたり。
 待てなかったり、待たせ過ぎたり。
 時には、始めから終わっていたり、始まっていなかったり。
(あの時も始まっていなかったな……)

 彼に出会ったのは、何年前だろう。もう忘れてしまったが、初めて好きになったサラリーマンだった。
 基本的にサラリーマンは苦手だ。人数が多い分、自分が規格外かも知れないと疑わない。人間なんて全員、自分が普通なのに、ちょっとでも自分と違うと変人扱いをする。
 その点では、彼は変人だったに違いない。流通関係の事務方の管理職。なのに現場に戻りたがっていた。
 のんびりした雰囲気。お酒が全く飲めず、いつも頭痛薬をまるでビタミン剤のように食べていた。
 もうはっきりとは思い出せないが、濃い感じではないものの、整った顔をしていたように思う。
 初めてのデートは、郊外の料理屋に行った。とても楽しかったし、いい感じだったと思う。
 ただ、彼の食事の仕方はいやだった。物を噛む度に、くちゃくちゃと音がする。
 でもそんな事、気にならないくらいは好きだった。

 二度目のデートは居酒屋。
 意外と好き嫌いが多い事に気付く。その後はビリヤード。ものすごく上手だった。

 運命の三度目のデート。
 どこで、ご飯を食べたか、覚えていない。
 彼の事が好きだった。いつか許せなくなる食事の趣味も、忙しすぎる仕事も越えていける気がしていた。
 (絶対、帰りたくないっていわなきゃ……)
しらふじゃ言えない。
(一杯飲もう……)
ビールを飲んだ。頭が冴えてきた。
(もう一杯……)
もっと冴えていく。
 プールバーに着いた頃には、すでに浴びる程飲んでいたのに、さらに飲んだ。でも一向に酔わない。
 もっと悪い事に、ナインボールで彼をこてんぱんにしてしまった。
「もう帰ろう」
いつも以上に低い彼の声を覚えている。
 額のキスは、勝利の報酬であり、最後の証になった。

 例えばセックスしていたり、最初から他の誰かのものだったりすれば、諦めも、容易につく。
 (片思いが一番辛い……)
彼の悪いところも知れず、憎む事も上手く出来ない。それどころか、想像で作り上げた『理想に限りなく近い人』と、あさはかな自分の失態によって、永遠の別離を引き起こす。
 (今回もそうかも……)
次こそは上手く立ち回ろうと、心に固く誓っても、同じ失敗を繰り返す。
 上手く伝えようとして言い過ぎたり。控え過ぎて何も伝わらなかったり。
 (きっとやり過ぎた…)
それでもまだ頑張ろうとしている自分がいる。
(無理矢理キスくらいしとけばよかったかな)
苦笑い。そんな事できるくらいなら、上手く行ったかも。

 片思いの失恋は辛い。
 しばらくはあの夢を繰り返すだろう。そして新しい夢が加わった時、初めて想い出にかわる。


今でも想い出になっていない恋はありますか?













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