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賞味期限切れのポテトチップス

作者:望月
 ある日、お爺ちゃんが家で倒れた。
 そしてそのまま目が覚めることもなく、あの世へと旅立った。
 どうやら倒れたのは深夜のようで、家族の誰も気づかず、朝まで放置されていたのだから、当然の結果と言える。
 認知症で妄言が酷かったので、対応するのも疲れるし、見ているのも辛いし、正直安心したところがあった。
 我ながら薄情な孫だとは思うが、認知症の人間を相手にしたことがあるのなら、少しは気持ちを分かってくれるだろう。
 通夜と葬式でも涙も流さず、呑気に親族と話していた。
 それから一週間過ぎたころだったか、僕は寝ようと布団に潜り込んだ時に、ふとお爺ちゃんのことを思い出した。



 お爺ちゃんは面倒な人だった。
 躾に厳しく、口うるさくて、すぐ怒鳴る。いつも一升瓶を脇に置き、煙草を山のように吸う。
 テレビで芸能人や政治家のスキャンダルが流れるたびに、画面に向かって阿呆だの馬鹿だのと怒っていたから、近づきにくいし、泣き虫の僕は説教されるといつも泣いていた気がする。
 車の運転も荒く、大体何があっても相手のせいにするので、同乗すると大抵生きた心地がしなかった。
 あんまり好きではなかったが、僕の好きなリンゴをよく切ってくれた。
 ロケット花火で畑に近づく鳥を追い払っているのを見て、ワクワクもした。
 だからあんまり嫌いでもなかった。
 子どもは本当に単純だとしみじみ思う。

 いつからだったかは思い出せないが、お婆ちゃんが認知症になった。
 元々目と耳が悪く、外に出歩くこともしなかったので、ワンパターンすぎる日々に頭がやられてしまったようだった。
 深夜に悪魔がいるだのどうの叫びだし、初めは皆起きて話し相手になっていたが、罵倒が酷く、会話が成立しないので、次第に聞き流すようになった。
 お婆ちゃんの世話をするのはお母さんとお爺ちゃんだった。
 お母さんはお婆ちゃんに罵倒されながらも、仕事の昼休憩の時間に家に帰ってご飯を作って、自分から話を振ったりしていた。
 お爺ちゃんは言動の苛烈さが増し、お婆ちゃんの罵倒に負けじと罵倒を返していた。
 酷い時になると、お婆ちゃんの頭を思いっきり叩いたりしていた。
 暴力は駄目だとお母さんが諭すと、「叩けば治ると思った」と人間の頭をアナログテレビと同レベル扱いして、それからも何度も繰り返していた。
 もちろんお婆ちゃんの状態が良くなるわけはなかった。

 お婆ちゃんの世話に追われるなか、お爺ちゃんはお菓子をよく買ってきてくれた。
 クッキーだったりチョコレートだったり、日によって様々だ。
 妹はお菓子が好きで喜んでいたが、僕はあまりお菓子を食べないので、いつも形式的にありがとうと言って、受け取っていた。
 そんな心のこもっていないお礼にも、お爺ちゃんは皺だらけの顔をさらにしちゃくちゃにして笑顔だったのを覚えている。

 それから数年が経過して、お婆ちゃんを施設に入れることになった。
 理由はお爺ちゃんも若干ボケてきたからだったようだ。
 普段話している分には問題なさそうだったのだが、確かこの頃交通事故を起こして、自主的に免許を返納していたことから、色々と自信を喪失してしまったのだろう。当時の僕は何だか聞きづらくて、話題にもしなかったから、本当にボケていたかも分からなかった。

 お婆ちゃんが施設に入って少しすると、お爺ちゃんが本格的に認知症を発症した。
 今まではお婆ちゃんの世話で繋げてきた緊張の糸が途切れてしまったのだろう。
 本当にあっという間だった。
 口を開けばお金が盗まれたと言い、この三億が入っていた箱(ただのお菓子の箱)が証拠などと訳の分からないことを口走っていた。
 さらには家を抜け出して、自転車で交番まで走り、転んで骨折するまで始末だ。
 お婆ちゃんは完全に頭がぱっぱらぱーで、深夜に叫び出すことを除けば、無口で無害だったのに対し、お爺ちゃんはアグレッシブで手に負えなかった。

 さすがにお母さんも疲れていたので、僕もお爺ちゃんの話し相手になったりした。
 相変わらず意味不明なことは言うが、薬を処方してもらい、デイサービスを活用することで、突拍子のない行動はほとんどしなくなった。
 しかし自力で家を出られないから、毎日テレビを眺める日々だ。
 少なくとも僕が知っている限り、唯一の趣味の宝くじも買えなかったから、本当にお爺ちゃんは何もしてなかった。
 一度お爺ちゃんに頼まれ、お金を渡されて宝くじを買いにいったことがある。
 僕もお爺ちゃんのために何かしてあげたいという気持ちからだったが、当然未成年には買えなかった。
 そう理由を告げると、お爺ちゃんはすごく悲しそうだった。でも未成年には買えないんだからしょうがない。

 それなりに改善されたとはいえ、お爺ちゃんにかつての面影はなくなっていた。
 常に睨んでいるような鋭い目つきは柔らかな垂れ目になり、ピンと伸ばしていた背筋は折れ曲がり、怒鳴ることは死ぬまで一度もなかった。
 覚えている範囲でのお爺ちゃんとの最後の会話は、僕が車の免許を取った報告をしたことだった。

「免許取ったよ」
「そうか。良かったなぁ」

 これだけだ。
 まさかそれから1週間もしない内に亡くなるとは思わなかったし、同じ認知症のお婆ちゃんは元気に生きている(尤も家族は母以外認識できているか怪しい)ので、こんな会話でも仕方ないだろう。
 あんまり好きでもなければ、あんまり嫌いでもない。
 僕は結局のところ、お爺ちゃんをどう思っていたのだろう。
 巻がると、これといった言葉が出てこない。

 ここまで思い出して、箪笥の上に置いてある賞味期限切れのポテトチップスが目に入った。
 まだお爺ちゃんがまともだった頃に買ってきてくれたものだ。
 手がベタベタするのが嫌なので、後回しにしていたら、いつの間にか賞味期限もとうに過ぎていた。
 それどころかポテトチップスを買ってきた店まで先月潰れている。
 僕は何故かその食べられないお菓子を捨てられなくて、今も部屋に残してある。
 もう食べられないお菓子である。
 家族がうっかり捨ててしまっても文句は言えないし、実際に捨てられても、まあしょうがないかと流してしまう気さえする。

 それでも僕はこの賞味期限切れのポテトチップスを捨てられないのだろうな、そう思った。


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