#598 子供たちの戦い、そしてゴルドの暴走。
来週の月曜日、6/19、『異世界はスマートフォンとともに。2』アニメ二期がついに最終回です。一期の時も思いましたが、放送が始まるとあっという間ですね…。最終回の日にAbemaさんで16時からそれまでの振り返り無料配信、21時から声優さんたちによる最終回直前特別番組が配信されます。そしてその後に最終回、と。最後まで盛りだくさんです。最後までよろしくお願い致します。
ガルディオ帝国の南に位置する城塞都市バレルロルは、幾つもの煙が立ち昇り、人々の悲鳴で溢れかえっていた。
今までずっと外敵を守ってきただろう城塞は無惨に砕かれ、そこから何千という融機兵がなだれ込んでいたのだ。
城壁の外ではさらにバレルロルに被害を与えんと数百機のキュクロプスが迫り、それをガルディオ帝国騎士団が操るフレームギアが防いでいるという状態だった。
城塞の門前でリーンのグリムゲルデがキュクロプスに向けて晶弾の雨を降らせている。
空では飛行形態のリンゼのヘルムヴィーゲが、地上ではエルゼのゲルヒルデがキュクロプスたちを城塞都市へと近付かせぬように奮闘していた。
そこへ僕の【ゲート】を使い、ユミナたち専用機とブリュンヒルド騎士団のフレームギアが参戦。押され気味だった天秤が一気に逆に傾く。
「やっときた!」
「助かりました……!」
「ずいぶん手間取ったわね」
「これでも急いだんだよ……。【飛操剣】起動!」
『【飛操剣】起動しまス」
僕の乗るレギンレイヴの背中にある十二枚の水晶板が一斉に外されて、衛星のように周囲をくるくると漂う。
「状態変化・短剣」
浮いていた水晶板が四つに分割される。小さくなった水晶板がそれぞれ短剣の形に変形、四十八本の水晶の短剣がレギンレイヴの周りを放射状に回り始める。
「【流星剣群】」
四十八の流星が、光を描きながらキュクロプスへと向けて飛んでいく。
さながら流星群のように降り注いだ短剣は、違えることなくキュクロプス頭部のQクリスタルを貫き、さらにその次のキュクロプスへと向かっていく。
大多数の飛操剣による全方位・同時攻撃が【流星剣群】であるが、これは全て僕が操作している。
【アクセル】の思考加速を使い、四十八本全ての飛行コースを操作するのだ。正直かなりキツい。この状態になると本体を動かす余裕がまったくなく、無防備になるのが弱点だな。
ある程度キュクロプスを倒したところで、飛操剣をレギンレイヴに戻す。これ以上はちょっと無理だ。
『相変わらず反則的よね……』
晶弾を撃つのをやめていたグリムゲルデからリーンの声が届く。そんなに何回もできるわけじゃないから、反則ってほどではないと思うんだが。
『突撃────ッ!』
数を減らしたキュクロプスたちに、騎士団のフレームギアたちが突撃していく。
こっちはもう大丈夫だと思う。あとは……。
「城塞都市に入り込んだ融機兵は?」
『ガルディオ帝国騎士団が対処に当たっています。けれどやはり数が多くて……』
都市上空を飛ぶヘルムヴィーゲからリンゼの報告が届く。
大きいキュクロプスよりも、数の多いこっちの方がどちらかというと面倒だ。
魔法が効くのならターゲットロックして一気に殲滅するんだが……。物理攻撃は効くわけだから、結局リーンとクーンのやったように、鉄の壁プレスが一番楽で効率的なんだよなぁ……。
まだ市民も完全に避難していない。前二つの町と違って、この城塞都市は大きすぎる。全員のターゲットロックを始めてはいるが、だいぶ時間がかかるぞ……。
それに気になるのは他の町にあった魂を吸い込む渦が上空に見当たらないことだ。もうここでの吸収は終えてしまったのか?
僕が訝しげに思っていると、サブモニターに琥珀に乗って大通りを駆け抜ける久遠の姿が見えた。その後ろにはちゃっかりとアリスも乗っている。
その横を苦々しそうな顔のエンデが駆けていた。エンデの竜騎士はアラクネゴレムとの戦いでかなりダメージを受けていた。
余っている黒騎士に乗ってもらうことも考えたが、アリスが久遠と地上戦に参加すると表明した時点で子供達の保護者役を買って出たのだ。
理由が私情百パーセントなのは見え見えだったが、子供たちばかりではいろいろと不都合が出てくるかもしれないし、とりあえず頼むことにした。
久遠だけじゃなく、先行して空を飛ぶ紅玉の背には八雲とフレイが、その後ろの瑠璃の背にはヨシノ、アーシア、ステフ、ゴールドが乗っている。
珊瑚と黒曜は足が遅いので、小さくなって紅玉の背中に八雲たちと一緒に便乗していた。
目指しているのはバレルロル中央広場。先ほどのレファン王国でもそうだったが、どうしても広い場所で戦うとなると、こういった場所になる。
城塞都市の中央、大きな噴水のある場所で、クーン、エルナ、リンネの三人がガルディオ帝国の騎士団とともに融機兵と戦っていた。
心配だが、向こうは子供たちに任せるしかない。こっちを手早く片付けて、早いとこ駆けつけないと。
◇ ◇ ◇
「【水よ来たれ、衝撃の泡沫、バブルボム】」
エルナが杖を一振りすると、まるでシャボン玉のようにいくつもの水球が融機兵へと飛んでいく。
その水球が敵に触れた瞬間、大爆発を起こし、何体もの融機兵が吹っ飛んだ。
「【シールド】ッ!」
エルナの右手では、倒れた融機兵の群れの上に飛び上がったリンネが自分の足下、下方へ大きな【シールド】を展開していた。
「【グラビティ】!」
その【シールド】の上に着地したリンネの体重が、何千倍にも重くなり、【シールド】により下にいた多数の融機兵たちが押し潰される。
すぐさまリンネは別の融機兵たちの上に跳躍し、下方に【シールド】を展開、【グラビティ】で押し潰す、ということを繰り返していた。
まるで冬の朝、凍りついた水溜りを砕くようなステップで次から次へと圧殺していく。
「クーンお姉ちゃん、これつまんないー!」
「それが一番効率がいいのだから我慢しなさい。私だって『ベオウルフ』に乗って暴れたいのよ?」
妹に文句を言われた姉はというと、ズァッ! と鉄の壁を敵の前に出現させて、それを倒すという作業を繰り返していた。
本来ならばクーンも自分の開発した重装甲アームドギア『ベオウルフ』に乗って、改良した武器の試運転をしたいところなのだが、さすがにそれをやってしまうと、この自由奔放な妹を止める説得力が無くなってしまう。
一応、この場の長姉であるということは自覚しているクーンであった。
「早く八雲お姉様か、フレイお姉様が来てくれないかしら……」
そうしたら妹の世話は全部任せてはっちゃけるのに、とクーンは心の中で愚痴を漏らす。
と、その時、クーンの祈りが届いたのか、空から二人の少女が舞い降りて、目の前にいた融機兵をどちらとも手にした刀と剣でバッサリと一刀両断にした。紅玉から飛び降りた八雲とフレイである。
「待たせた!」
「クーンちゃん、頑張ったね!」
「お姉様!」
願った時に来てくれる、この二人の姉がクーンは大好きだった。さすが私のお姉様たち! と心の中で絶賛する。いささか我欲に塗れていたが。これで自分は自由に動ける、と。
後方から衝撃波のようなものが放たれ、融機兵がまとめて吹っ飛ぶ。クーンが振り返ると、琥珀に乗って、ただ一人の弟とその婚約者がやってきたところだった。その後ろには他の妹たちの姿も見える。その中にエンデの姿もあったが、クーンはあまり気にしていないようだった。
『どれ、ここから我らの出番じゃな』
『守りなら任せなさぁい』
紅玉の背から降りた珊瑚と黒曜が巨大化する。珊瑚が一つ、天に向けて咆哮をすると、その周囲に亀甲紋のような結界が一瞬にして張られた。
『後方援護の方は結界の中へ!』
瑠璃が叫ぶとエルナとヨシノが珊瑚の背中に登る。本来ならクーンもなのだが、彼女はすでにスマホの【ストレージ】から、専用アームドギア『ベオウルフ』を呼び出し、嬉々として搭乗していた。前線でやる気満々である。
ヨシノがスマホから光る半透明なガラスのような鍵盤を呼び出し魔力を流す。
「いっくよー!」
ヨシノの指が軽快なメロディを紡ぎ出す。弾いている曲は、伝説の海賊が隠したという財宝を探す少年たちの冒険を描いた映画の主題歌だ。
ギャング一家に追われながら、子供たちが懸命に戦う、というイメージが今の状況にマッチしているのか、ヨシノはノリノリでキーボードに指を滑らせていく。
ヨシノが鍵盤を叩くたび、光の粒が周囲に弾け飛ぶ。それに合わせて八雲やフレイの身体能力が強化されていった。
「行くよ、アリス!」
「わかってるよ、リンネ!」
ガントレットを装備したリンネとアリスが融機兵へと突っ込んでいく。【グラビティ】を使いパワフルに敵を殴り飛ばすリンネと、的確に相手の弱点を見抜き、その拳で結晶化させていくアリス。
年が近く、幼なじみでもある二人のコンビネーションは抜群であった。
「たりゃーっ!」
【プリズン】を纏ったステフが【アクセル】全開で融機兵を轢き飛ばして(?)いく。倒れた融機兵はその後ろについて行ったゴールドがきちんとトドメを刺していた。
それを見ながら双剣でチマチマと融機兵を切り伏せていたアーシアが小さくため息をつく。
「派手な妹たちがいると、自分の地味さが目立ちますわ……」
そうは言うが、アーシアも一般的な騎士たちとは比べ物にならない戦果を上げている。
襲いかかって来る融機兵たちの槍をひらりと躱し、手にした双剣でその腕を断つ。アーシアの中では融機兵はゾンビのような物と認識されており、それを倒すことになんの躊躇いもない。
ただ、食べることができないものを刻むのは虚しいと感じるだけだ。
ふと、アーシアが視線を後方へ向けると、大きくなった珊瑚と黒曜の上でエルナが杖を構えている。
融機兵に魔法は効かない。先ほどの【バブルボム】も吹き飛ばすだけで、ほとんどダメージはなく、そこにリンネが【グラビティ】でトドメを刺していたのだが。
「【氷よ絡め、氷結の呪縛、アイスバインド】!」
融機兵の足下に氷の根が這い上がり、その動きを拘束する。それを待っていたと言わんばかりに、今度はヨシノが久遠から受け取ったプラチナ色に光る球体を頭上に翳した。
「【神器武装】!」
プラチナ色の球体が糸のように解け、その手に弓の形を織り成していく。
何本もの弦が張られた、ハープボウと呼ばれる特殊なヨシノ専用神器だ。
ヨシノはその弦に指を走らせ、ポロロロロン、と音を奏でながらそのまま最後の弦を引き絞る。
と、同時に、ズラァッ! と弓の全面に光の矢が何本も現れた。
「いっけーっ!」
ヨシノが天に向けて何本もの矢を放つ。
その矢は空中でさらにいくつかの矢に分裂し、無数の神気の矢が、まるで光の雨のように氷に束縛された融機兵たちに降り注いだ。
一体も外すことなく、光の矢は敵の頭を射抜き、一瞬にして射抜かれた融機兵はバタバタと倒れていく。それを見たアーシアがまたひとりごちる。
「ホント、派手な妹たちがいると、自分の地味さが目立ちますわ……」
ここでの戦闘が終わったことを悟り、双剣を腰へと戻すアーシア。そのアーシアへ琥珀に乗った久遠が近づいていく。
「アーシア姉様、【サーチ】で探してもらいたい物があるのですが……」
「【サーチ】で? なんですの?」
弟からのお願いにアーシアは首を傾げる。
「他の戦場で見た、魂を集める渦のような物が見当たりません。しかし、亡くなった人たちの魂は抜かれている。どこかに隠されているんじゃないかと思いまして」
「……そう言えばそうですわね」
アーシアが先ほどまで母と戦っていたレグルス帝国でも空にそのような物があった。戦いが終わる頃には消えていたのだが、ここにはそれが見当たらない。
「【サーチ】」
アーシアはレグルスの上空に浮かんでいた渦を思い出し、脳裏に浮かべて【サーチ】を発動させる。
「……地下、ですわね。バレないように隠していたのか、そちらの方が効率が良かったのかわかりませんが……」
「地下ですか。それはどこから?」
「そこから入れる地下道の先ですね。すぐ近くです」
アーシアが中央広場にあった丸い金属の蓋を指差すと、フレイが【パワーライズ】を使い、えいやっ、とその蓋を強引に跳ね上げた。
そこにあった鉄梯子で久遠が下に降りると、下水の流れる地下道に、前の戦場で見た渦を発見した。
キラキラとした吸い込まれる光の筋はおそらく亡くなった人の魂なのだろう。
「見つけました。ステフ、【プリズン】で封じてもらえますか?」
「はーい」
すたっ、と久遠と同じく地下道に降りてきたステフが、魂を吸い込んでいる渦にすぐさま【プリズン】をかける。
冬夜が【プリズン】をかけた時と同じように、吸い込まれる魂が途絶えたからか、しばらくすると渦は自動的に消滅してしまった。
「消えちゃった」
「ありがとう、ステフ。これでもう犠牲になった人たちが利用されることはないでしょう」
妹の頭を撫でながら、久遠は邪神の使徒たちの狙いが、やはり人々の魂を集めることにあったと確信する。
今までとは違って、こうも大々的に集めようとしているところから察するに、向こうには余裕がないのでは、と久遠は考えた。
(何かを焦っている……? どちらにしろ向こうに猶予を与えてはダメな気がしますね)
すでに向こうの本拠地もわかっている。そこにいた大軍団をこちらへ差し向けてきたということは、本拠地は今、がら空きなのではないだろうか。
「攻めるなら、今……かもしれませんね」
久遠はステフと地下道から脱出しながら、城塞都市の外で未だ戦っている父母たちの方を眺めた。
◇ ◇ ◇
アイゼンガルドの北、赤き湖の中央に位置する邪神の使徒たちの拠点、樹木要塞。
その中央にあるピラミッドの頂上、祭壇のような場所に『金』の王冠・ゴルドは佇んでいた。
祭壇の真上には【空間歪曲】で作られた歪んだ渦があり、そこから融機兵が殺した人間の魂が祭壇へと流れ込んでいる。青白く光る魂の筋が、幽玄な景色を生み出していた。
魂が流れ込む祭壇上にある黄金の円環が、まるで金庫のダイヤルのように左右にスライドを繰り返している。
やがてその動きがある場所でカチリと止まったとき、円環が描く円の中の空間が真っ黒な闇となり、その中央に小さな光が輝き始めた。
それはほんの少し……針の刺した穴のような小さな光であったが、消えることなく光を放ち続けている。
『繋がっタ……。繋ガっタ! ハハハ! ツいに繋がッたゾ!』
まるで人間のように喜びの声を上げるゴルド。その狂気を孕んだ声に、背後にいたタンジェリンとピーコックが僅かな恐怖を覚える。
「いったい……アンタはなにをしようとしているんだい?」
邪神の使徒となった彼女たちは全員この世界を恨んでいた。自分たちを否定するこの世界を滅ぼし、全ての人類、亜人たちを道連れにしようと魂を邪神器に売ったのだ。
理由は違えどゴルドも目的は同じだと思っていたタンジェリンは、ここにきて疑問を持ち始めた。
このゴレムは自分たちとはどこか別の方を向いている。この世界を憎むような感情は垣間見えるが、滅びてしまえ、というような感じではない。
ゴレムがそこまで感情を表すこと自体あり得ないのだが、タンジェリンは目の前の機械人形がどうしても機械には見えなかった。
『我はコノ世界を認めヌ。我が悲願を叶えル為の贄となっテもらウ』
振り向いたゴルドの赤い双眸が、タンジェリンとピーコックを射抜く。
二人はそこに、強い執念と憎しみ、そして怒りの感情が見えたような気がした。
『扉は開いタ。後は起爆剤とナル贄を捧げレバ、少しは加速スるダロウ』
シュルッ! とタンジェリンとピーコックの背後にある根から、幾千もの植物の蔓が飛び出し、二人を雁字搦めに絡め取る。あっという間に二人は樹木に埋め込まれたようになり、その場に固定されてしまった。
カラカラン、と二人の手からメタリックオレンジの戦棍と、メタリックグリーンの戦輪が下に落ちる。
「なにすんだい!?」
「ゴルド……! 貴様……!」
『邪神も神には違いナイ。下らヌ残滓だっタガ、最後には役に立っタな』
ゴルドが落ちた二つの邪神器に右手をかざすと、邪神器の周りがぐにゃりと歪み、二つの邪神器がメキメキとそり返り始めた。
まるでものすごい力を加えられているように、戦棍の柄がしなり、戦輪が歪んでいく。
ミシミシと音を立てて、ピキッ、ピキッと邪神器に亀裂が入り始めた。
そこにさらに伸ばしたゴルドの左手から、黒い瘴気のようなものが吹き出し、亀裂の入った邪神器の中へと入っていく。
【侵蝕】の神力によって、邪神の力が蝕まれていく。メタリックグリーンの色味がだんだんと消えていき、くすんだ色へと変わっていった。
「が……!」
「ぐ……!」
邪神器の色がゆっくりと変わっていくのに合わせて、二人の身体が端から砂へと変わっていく。
樹木に囚われていた二人の身体が全て砂に変わっても、邪神器は消滅してはいなかった。
邪神器のメタリックな輝きは消え、ヒビの入った部分から赤黒い瘴気が漏れて見える。
ゴルドはそれを掴み、黄金円環の中へと無造作に放り込む。一瞬だけ、爆発したような煌めきがあり、針の刺したような大きさの光が、野球ボールほどの大きさまで拡大した。そしてその光はゆっくりだが、じわじわと大きくなっていることがゴルドの目にははっきりとわかった。
『もうスグ……。もウすぐダ。必ず取り戻ス……』
ゴルドは円環の闇の中、ゆっくりと広がっていく光をただじっと見つめていた……。