77、その後
「良子、今日は早く帰ってくるから。」
「茂夫さん、本当でしょうね?」
「ああ、多分 ・・」
ちょっと自信なげになる僕を、分かってます!って、満面の笑みで見送る良子。
「いってらっしゃい!気をつけて ・・」
チュ!
ギュー
キスと抱擁、いつもの挨拶をして家を出る。
東京に引っ越してから、僕らは会社の借り上げのアパートに住んでいる。
1Rから昇進して、1LDKが今の間取り。正直、・・ 広い。
1R生活に順応していたから、ちょっと慣れるのに時間が掛かった。
大学に進学した良子は順調に学生生活を始めている。
今では学校で「料理研究同好会」なるものに入り、暇を見てはみんなと一緒に、料理をするそうだ。
僕の方と言えば、トヨミチ製作所、結構名が知られているから大きいところかと思ったら、うちの工場に毛が生えたぐらいの規模だった。
ただ、社員のモチベーションはやたら高い。
僕自身好きでやってる化学だが、化学が好きということに関しては、どの社員もお互いに譲るつもりはないらしい。
まあ、みんな良い意味でライバル。でも、それだけじゃなくって、好きな物が一緒なのでそれだけでも話題がかみ合う。
だからか、みんな意気投合してて、家族みたいに助け合って仕事をしている。
大田工業も、科学機器分野という今まで入ろうにも入れなかった分野に、進出することになり、うちの持っていた特殊技術、特殊金属の精密加工の価値は、更に高い評価を博することになった。
何かうちの親父なんか、その手の学会に行って発表とかもするらしい。
Shnozaki.comも、急成長の時代から安定期に入り、一時期の注目は受けなくなるも、各所から高い評価を受けるようになった。ベンチャーなのに堅実な経営するShinozaki.comに、一般の人々からも信用されるようになり、もはや一流企業の風格を漂わせている。
篠崎家の面子とも、頻繁な行き来がある。義弟達も僕らが東京在住となって近くなったのもあり、しばしば姉貴に会いにうちに来る。
東京に引っ越してしばらくして、梅雨となる。やはりジメジメした梅雨は、どこに行っても、何時になっても、どうしても好きにはなれない。
通勤で電車乗ったり降りたり。そのたびに傘開けたり閉めたりを、面倒くさくてならない。
そんなある日、僕が家に帰って風呂入ったあと、ごろっと寝ころんでくつろいでいると、風呂上がりの良子が僕の前にやってきて、おもむろに正座した。
良子にしては思い詰めている顔。
「どうしたの?」
「うん ・・」
何か頼みたいのには違いないんだろうが、ちょっと躊躇しているみたいだった。
「あのね ・・」
「うん ・・」
「赤ちゃんが、欲しいな ・・。」
「 ・・ うん ・・」
僕は考える ・・ ずいぶん前からそう言ってたよな、良子。こんなに改まって言うって事は・・・、
「良子は、今、欲しいんだね?」
「うん、今が良いと思うから ・・。」
なぜそんな気になったのか話してくれた。
学校の先輩に、子連れの人がいるそうだ。色々工夫しながら、学生生活と子育てを両立している。
入学して直ぐは良子も学生という身分を考えて、その願いを押し込めていた。でも、その先輩の存在にふれ、両立が出来ないことでもないことが分かると、我慢する理由が無くなって、子供が欲しいという思いが大きく膨らんだそうな。
これまでに、その人に直に相談したりしながら、自分なりの妊娠から出産、子育てのプランを考えてみたそうだ。良子はそれを僕に披露してくれた。
「今だったら、どうにかなると思うの ・・。」
学校の必要単位とか、勉強の忙しさ、そんなことを色々と考えて、今が良いと思ったんだそうな。なるほど話を聞いてみると、納得出来る無いようだった。
でも卒業してからどうなのかと聞いてみる。
「そうなんだけど、逆にね新入社員で、いきなりお休み出来ないと思わない?責任もあるし、もっと色々難しいことがあるから ・・」
そんなことになったら、何年先に子供作れるか分からなくなる ・・・ それ言ってて泣きそうな良子。
なるほど、うちの会社の周りを考えてみると、確かに最近は色々整備されてきているにしろ、大変であることは確かかも。
「それにね、うちのお父さんもお母さんも、孫の顔が見たくってどうにもならないんだって ・・。」
そう言えば、篠崎さんちだけでなく、うちの親父達も、孫はまだかと、会うたびに挨拶みたいに言う。
「お父さんがね、嫌かもしれないけど、学生生活を送るための仕送りは、親としての当然の義務として、援助しさせて欲しいって言ってた。だから、学費に関しては心配ないからって・・」
所帯を持った娘への援助は、取り様によっては亭主に対する当てつけになりかねない。そこんところ踏まえて、家族が増えることに対する援助がしたいと、言ってくれてるんだ。
・・ 細かい心遣いに嬉しくなる。
ということで、どうも、すでに完全に外堀も内堀も埋められてしまっているらしい。
何にも心配いらないから、子作りにチャレンジしてくれと、みんなから迫られてる ・・。
とうの僕はどうだって?
・・んなの決まっているでしょう! どれほど、自分の子供に会いたいと思っていたか!!
「じゃあ、善は急げだ!」
「え? 茂夫さん、え?!、気が早いっ ・・・ ああん(はあと)」
かくして、僕らは子作りにいそしむ毎日となった。
答えは早かった。
丸二ヶ月後、家に帰ると弾けんばかりのニコニコ顔の良子が待っていた。
「茂夫さん、やった! 出来たって、赤ちゃん!!」
「お、そうか! すごいぞ良子! やたー やたー!!」
嬉しそうにクルクル回る良子。
コラ、おまえだけは止めろ。そんなことしてたらお腹の赤ん坊に良くないだろうが!
オエーとか、やってるし。ほら言わんこっちゃない!
踊るのは僕がする!
ヘヘって、頭かく良子だった。
オエー・・
こうして次の春、僕らの1LDKの家に男の子がやってきた。
・・・・・・・・・・・・・・
大田さんちの話は、これでおしまい。
その後の大田家なんだが ・・・、
特に目立つところもない、どこにでもいそうな夫婦だが、とにかく安定感ばっちりという周囲の評判。
ただ、この二人には変な特技があるらしくって、関わった人を皆一様にシアワセにしてしまうそうな。
というわけか、彼らの家庭にはシアワセ分けて貰おうと、しょっちゅう来客がある。
旧友や後輩達が、なにかと理由を付けては、大田家を訪れる。
そればかりではなく、茂夫の職場の同僚達も、頻繁に遊びに来る。最近では落ち込んだと言ったら大田家に行って、二人に話を聞いて貰うのが、習わしになってきているらしい。
年月が過ぎ去り、それなりに社会での役割も重くなって、それなりに箔が付いた二人。
気がつくと4人の子持ちとなっていた彼らだが、今でも二人の間柄は相変わらずの様だった。
大田家の朝 ・・、
「おかあさーん、ごはんおかわりー」
「はいはい」
「ぼくもー」
「あなた、もう三杯目でしょ・・」
次女由衣と次男裕太の催促の声。
「ちょっと待っててね・」
子供達を待たせて、茂夫を良子が玄関まで送りに出る。
「じゃあ、良子、行ってくるよ。」
「はあい、早く帰ってきてね ・・・」
チュ!
横をすり抜けていく、女子中学生
「ちょっと・・・おとうさん、おかあさん・・・・いつもいつも、・・・もう。」
「あ、ああ、さおり、・・・気をつけてな。」
「もう、いい年こいて、毎日毎日 ・・・、いい加減にしろよな。」
続くのはこの家の長男、高校生になった敏夫の抗議だった。
「・・気をつけてね。」
良子がヒラヒラと二人の背中に手を振る。
バン!
二人が出て行ったあと、玄関のドアが閉まった。
子供達に迷惑がられるほどのアツアツな仲・・
フフ ・・
アハハ ・・
笑みを交わした二人は、そんなに言われてもやっぱりやってる、
・・ 出勤前のセレモニー。
そして二人は思いを託して、ギュッ!と抱きしめ合った。
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