49、卒論発表会
「学校へ行きたい!」
彼女は真剣な顔でそう言った。
「わたし、学校から逃げてたら、やっぱり幸せじゃない。」
色々してみたいこともあるにはある。なってみたいものも無いわけではない。でも、やっぱり学校に行き直してからじゃないと、すっきりしないと思ったそうだ。
「で、高校から行くの?」
「ううん、大学行きたい。」
良子は今日一日、ネットで高認試験について調べていたそうだ。
かつての大検である。
彼女、学校に行ってはいなかったけど、もともと本の虫だから、机に向かうことにはあまり抵抗がなかった。そういうわけで、学校に行かなくなってからも、気が向いた時には勉強もやっていたそうだ。だから独学だけど一応のことはしているらしい。
「やってみないと本当のところは分からないけど、頑張ればどうにかなるかなって・・・だから、チャレンジしても良い?」
「もちろん! しかし、良子、すごいこと思いついたね。」
「そう?・・・ そうかも・・。」
学校行くことを考え始めたのは、正月の出来事が原因だったらしい。
彼女は言った。
「もうわたしたちの家族、ダメだと思ってた。茂夫さんのところに来たとき、あそこにはもう二度と帰らなくてもいいと思ってきたの。
でも、あんなに楽しい家族に変わっちゃった・・・。
そうだとしたら、わたしが大嫌いだった学校も、茂夫さんと一緒だったら、楽しいところになりそうな気がしたの。
茂夫さんの研究室覗かせてもらって、ますますそう思うようになって・・・。」
良子の話を聞いていて、篠崎家での出来事を思い出す。何とも言えない感動がよみがえる。
良子、上目遣いで僕に言う。
「・・・茂夫さん・・・あのう・・・だから、一人だと、心細いんだな・・茂夫さん、一緒にしてくれる?」
僕は彼女の頭をグシャってつかんで、
「必要なことは、何でもするって言ったじゃん! 一緒にがんばろ! なんか僕も嬉しくなってきた。」
良子は大きく頷いて
「うん!!」
と言った。
かくして、手探り以外の何ものでもないが、「良子は大学に行くんだ!!」という、小さな共同プロジェクトが発足した。
独学でも勉強し続けてきたといっても、中学の早い時期からだから。ハンディは大きい。
試しに高認試験の模試をやってみてたら、さすがにこのままでは厳しそう。やった勉強内容がかなり偏ってやっていたみたい。一人でやっていた弊害だろう。仕様がない。
いきなり現実を突きつけられて、口をとがらせてしょぼんとしてる良子。
僕はなんかやっとやる気が出たところ、出鼻をくじかれた感じでかわいそうになり、
「良子、大丈夫、君が止めるって言うまでずっとつきあうから、一緒に頑張ろうな。」
良子は頷いた。
良子へのおみやげが、レンアイ小説から参考書になった。中学生の基礎から思い出すのだ、とにかくコツコツやるしかない。
「みんなが何年もかけてガンバルことなんだから、僕らもあきらめないで行こうね。」
「うん。」
良子は心配そうでもあったけど、それでもやってみようとしていた。
そうだよね。簡単じゃあない、でも、きっとやれば出来るよ。僕ら、一人じゃないんだもん。二人だもんな。
こうして、僕にしてはちょっと前まで考えてもいなかった方向に、僕ら夫婦は進むことになった。
・・・・・・・・・・・・
そんなことが家で起きている頃、学校の方はいよいよ卒論発表会となる。
吉岡君・・・・前日学校に泊まり込み。
済んでいる人総動員で手伝って、どうにか発表にこぎ着けそう・・・。
吉岡君、これ終わったら、みんなに一食おごるように・・・。
さて、もうこの時期になると、来年度の卒論生の所属が決まっている。
うちはとってもニッチな研究なので、本気で最先端やりたい人間は来ない。競争相手もほとんどいない。だから、のんびりしたい人間にとっては、あこがれの研究室なのだ。
そののんびりしたい多くの人々の中で、高い競争率にもかかわらず、どういういきさつか知らないがうちに来るようになった卒論生たち。今年は4名だった。
女性3名、男性1名
但馬さん、守口さん、持田さん、それと、村谷君
で、なぜか分からないが、女性3名は今年の三回生の中で、ワン・ツー・スリの人気を誇る方々(と言っても、うちの学科全部で女の子15人しかいないけど・・・)である。村谷君は、とっても気の良い明るい人。この人とはお友達にすぐなれそう。
でも、去年の村上さんと良い、うちの研究室どうしてこう、綺麗な女の子が来てくれるんだろう・・・。
さて、この4名、卒論発表会から本格的に研究室に関わってくることになる。
はず初仕事が、卒論発表の「司会」をすることである。
ほとんどマニュアルを読み上げれば終わりなんだが、新卒論生はとっても緊張するのだ。
しかし、村谷君は僕らの目にも大変だった。というのは吉岡君がレジュメ作るの遅かったから、十分な打ち合わせが出来なかった。
「先輩、僕、何言ったら良いんですか???」
もう順番が来るのに言ってる。
さあ、うちの研究室の番が来た。
トップバッター、村上さん。
彼女、もう風格十分。テレビに出てたぐらいだから、人前で何かすることはプロである。
みんな、その美貌だけでなく、発表の出来にもため息をつく。
こうしてうちの研究室の発表は進み、最後の吉岡君も、ぎりぎりまでかかったけれど、それまでのスローペースに対し、深く反省したらしく、みんなの作ってくれたプレゼン資料を使い、彼なりに誠心誠意発表し受け応えしていた。
かくして、どうにかみんなの発表は終わり、特に吉岡君のことがあって、最後まで走り回った僕らだった。終わった今「ふぬけ」になっていつもお茶している研究室のテーブルの周りに座り込む。
いつまでも、誰もしゃべらない・・・。
みんなが放心状態で座り込んでいると、ドアをノックする音がする。
ガチャッと開いたドアから覗いたのは、良子の顔だった。
「みなさん、お疲れ様でした!」
良子の手には、いつものように大きな包み。
みんなもう恒例になっている良子の差し入れ。どんとテーブルに置かれたそれを、今の今までふぬけた彼らだったが、にわかに元気になって今日は何だろ??ってかんじて、取り囲む。
あけてみると、今日はレアチーズケーキだった。
時々、うちでも作ってくれるこれ・・・
ああこれ、これ絶品なんだよな・・・。
思わずがっつきそうになるが、大好きだからと言って僕ばっかり食べるわけにはいかない。というか、僕は家でも作ってもらえるんだから、みんなにふるまわなけりゃ・・・。
なんか自分が持ってきたみたいに、みんなに勧めてしまう僕。
だって、僕も良子の美味しい料理、みんなに食べて褒めて欲しいもの。
そのとき微笑む彼女の笑顔が、僕とっても好きだから。
みんな良子の持ってきたケーキ口に入れて、また違う意味で放心しているうちのメンツ。
みんな正気に戻ったら、拍手喝采、大いに褒めてくれた。
良子の顔がほころぶ。
それを見つめる僕の顔も大崩・・・。
そんな僕らを見つめる目があった・・・。
その視線の主は、村上さん。
まあ、これからちょっとありそうな雲行きの、うちの研究室です。
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