13、ココロの振り子
「よ! 大田」
悪友の僕に親しく声をかけてくる・・・と、
そこでヤツは固まった。僕の後ろに控える、良子さんを見つけたからだ。
自分を見つめて小林が固まっているのに、びっくりしてキョトキョトしている彼女。
・・・・え、この方、どうしちゃったんだろう。わたし、どうしたらいいの、どうしたらいいの・・・・・。
彼女のうろたえが、手に取るように分かる。
「おい、大田、この人、誰?」
「え、えっと、こ、この人は僕のお、お、・・・」
「奥さん」って紹介しようとしたら、ええい!もう良い!って感じで僕を押しのけ、小林、おもむろに自己紹介をした。
「僕、大田の隣の研究室の、同じM1の小林です。よろしく。」
良子さん、こっちを見て、助けを求める。僕は大丈夫だよと、視線で答える。
彼女は答えた。
「あのう、わたし、大田良子です。」
え、ええ! 大田・・良子・・・だって。
そ、そうなんだよな、あなたは大田良子でした・・僕ら結婚してたんだった。
「同じ大田だなんて、面白いですね。ハハハ」と、小林。
「は、ハイ・・」
僕は小林なんかの反応にはもはや興味はない。
良子さんが自己紹介した「大田良子」という、彼女の新しい名前のほうで、何か心臓がバクバク言い始めた。
彼女は大田良子、そう、大田良子なのだ・・・。
そういえば、「大田良子」って、自己紹介している彼女、始めて見た。
そうなんだよな、そうなんだよ・・。
僕らが夫婦だってこと、違う意味で認識させられる。
じ〜んと、感動・・・・。
コンビニを出て、僕らは連れ立って家に向かう。小林はそれを怪訝そうに見てる。
「二人、同じ方角なんですか?」
「あ、ああ、そうなんだ・・。」
小林は訳分からんと、頭をかきながら、僕らの家の反対方向にある自分の家に向かって帰っていった。
僕の頭の中には、まだ、「大田良子」が回っている。
キラキラ輝き始めた良子さんは、そんな「心、ここにあらず」な僕を、フシギそうに見つめている。
家に着いた。
部屋に入ったら、彼女、いの一番に聞いてきた。
「茂夫さん、何、ボーっとしてるの??」
「いや、君、大田良子って名乗ったでしょう。」
「はい、でも、そうでしょ。役所でも、どこでも。」
「うん、そうだね・・そうなんだよね。」
「変な茂夫さん!」
そうなんだよな・・そうなんだよ・・・・間違いなく・・・・
などと、頭の中でボーっとしながら繰言をいいている。
僕の中にある二つの気持ち。
振り子のように行ったり来たり。
良子さん綺麗になって、ドキドキする気持ち。
今まで、良子さんに尊敬や信頼はいつも感じていた。僕の頼りにする大切な奥さんだった。
でも、僕の中に違う思いが芽生え始めている・・・・。
それは、僕の心臓を高鳴らせ、胸を苦しくする思い・・・。
そうだ、これはきっと、恋人たちの抱く思い・・。
僕は今日、僕の奥さんに恋をしたのか・・・。
もう一つ、それはそんなホッカホカの思いを凍らせる思い。
こんなに綺麗になったなら、僕には似つかわしく無いように思う冷たい思い。
彼女の美しさが、僕の惨めさをツンツク刺激する。
彼女の側にいるのを、無性に悲しく思わせる思い・・・。
二つの思いが僕の中で渦巻く・・・ぐるぐる渦巻く・・・・。
熱さと冷たさ順繰りに心に溢れ、このままじゃあ身が持たないよー・・・。
で、ハッと気がつくと、彼女もう、ユニットバスで着替えて、スウェットになってる。ふと目の前を見ると、クッキーと紅茶が置いてある。どれだけボーっとしてたんだ、僕。
やっと気付いて、礼を言う。
「あ、ありがと」
「はい」
こっちを見て、メガネをかけた、良子さんが微笑み返す。
あっ、いつもの小さい目・・・。
変にほっとする僕だった。
彼女は本当に、見違えるように綺麗になった。
今まで封印しされていた彼女の美しさが、とうとう開かれたと言う方が、正しいかもしれない。
そんな彼女がニコニコしているのを見つめる。
この笑顔、僕のものなの??
彼女が僕の奥さんであることが、無性に嬉しくなり、鼓動が否が応でも早くなる・・・。
でも、次の瞬間、ヒヤッとする思いが僕を襲う・・
・・・あんなに綺麗になっちゃうと、かっこ悪い僕からすれば、なんだか手の届かない遠くの人になっちゃったみたい。
このごろ、やっと心全開にして、気持ち分かち通じあえたかなって思ったんだけどな・・。もうそんなに親しくできなくなっちゃうんだろうか・・。
そんなことを思えば思うほど、今度は寂しさが増してきて、彼女が綺麗になった驚きや喜びは、何時しか失せてしまう。
心の振り子は、止まりそうもない・・。
僕が寂しそうな顔でもしたんだろうか、彼女は何か心配そうに僕のすぐそばにやってきた。
「どうしたんです?」
その言葉に、思わず漏らす僕の心・・。
「なんか、そんなに綺麗になっちゃうと、僕なんかとじゃあ釣り合わないね・・。」
彼女目を丸くする。
しばしの沈黙。彼女、目を見開いたままフリーズしてる。
そして、目を伏せて言った。
「じゃあわたし、全部返してきます。髪の毛はそうも行かないけど・・・。」
悲しそうな彼女。
え??
「わたし、茂夫さんと一緒にいたいから、がんばった。あなたから離れるんだったら、いらない!」
僕は唖然とした。
あ、ピタッと、振り子が止まった。
彼女の真剣な眼差しに、僕の心、釘付け・・。
そして、思わず右の手を自分のおでこにを当てる・・・。
何言ってんだ、僕。
彼女の気持ち分かってないわけ無いだろうが・・。
僕と一緒に外に出たいからって、僕自身の勧めに従って半日がんばったんだぞ。おまえ、どこまで卑屈なヤツなんだ・・。
「良子さん、ゴメン・・僕が悪かった。もうこんなこと絶対言わない!」
「うん・・・。」
ちょっと口をとがらかして、コクンと頷く彼女。泣く直前だった。
「本当にダメな夫だね、僕って。」
「そうね、ダメね。」
え?とうとうダメ出しかい、良子さん・・。
「でも、もっとたくさんたくさん、素敵なところありますから!」
真っ赤になってあっち向いて言っている彼女。
僕を、どうしても励ましたいらしい・・・。
本当にゴメン良子さん・・・。
本当にありがとう・・・
良子さん・・・。
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