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お前のパンツは俺のもの  作者: 真木あーと
第四章 お前は、俺のもの
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第二節 再戦の結果

 その後も俺は必死に勉強した。

 中間で祐奈(ゆうな)に負けた科目を中心に勉強し、自分の得意科目もやっぱり頑張った。

 中間の時は勝てる気がしなかった。

 必死に頑張って、自分を鼓舞させていたが、勝てるとは思ってなかった。

 だが、今回は勝つつもりだ。

 絶対に、勝つ。

 深い理由なんてもうない。

 ただ、あいつと付き合いたいと思うだけだ。

 こんな複雑なことをしなくても、告白したらそれでいいのかも知れない。

 だが、俺にはそれだけの事が出来なかった。

 臆病者(チキン野郎)と言われれば返す言葉はない。

 その通り、俺は断られるのが怖くて、わざわざこういうやり方をした。

 更に、俺が権力者になった状態で、あいつが承諾しなければならない状況に追い込むのが嫌だった。

 結局勝ったらあいつを承諾せざるを得ない状況に追い込むんだがな。

 こういうのは勢いだからさ、俺も何か景気が欲しいだけなんだよな。

 あいつに勝って告白するって、格好いいし、それだけで惚れるかもしれない。

 まあ、悔しがって憎い相手に告白されるという屈辱を感じるだけかも知れないがな。

 まあ、とにかくそれを目標に必死に頑張った。

 中間の時はただただ闇雲に必死だったが、今は自分の作ってきた足がかりがある。

 何度も言うが、中間が終わって以来、俺は初めて「勉強」ってものをしたのかも知れない。

 慎治や美琴に教わったのは、暗記項目じゃない、勉強の仕方だ。

 今は勉強が楽しいとすら思える。

 俺がこの一月で変わったのはそこだ。

 だから、負けないと思った。


 テスト当日まで祐奈(ゆうな)の態度は変わらなかった。

 どちらかというと優しく従順な祐奈(ゆうな)のままだった。

 気づいたんだが、祐奈(ゆうな)は俺以外の相手への態度は前のままだった。

 つまり俺への態度だけ変わっている。

 前に俺に負けたのが原因に違いないんだろうが、それ以上のことは俺には分からない。

 油断すると俺は、俺に惚れ直したから、なんて妄想を考えてしまうからあまり考えないようにもしていた。

 まあ、とにかく、そんなことを考える余裕があるほど試験は順調だった。

「なあ、テストどうだったんだ?」

 最終日前の帰り道、俺は祐奈(ゆうな)に聞いてみた。

 明日は最終日で、祐奈(ゆうな)はそのまま部活があるらしいので、一緒に帰るのも今日が最後だ。

「ん、それなりに出来てる、と思う」

 祐奈(ゆうな)はどっちかと言えば自信があるように言う。

「じゃ、今度は俺も勝てないのかもな」

 負ける気は全くないが、おそらく俺の本心が口から漏れた。

 こいつが油断してなければ、俺なんかが勝てるわけがない、なんていう弱気が俺の心のどこかにあるんだろう。

 必死に努力して勝てなかった過去は、たった一度の勝利では塗り替えられない。

「そんなことは、ないと思う。私も、負けたくはないけど……康太が相手だと、油断が出来ないのよ」

 祐奈(ゆうな)は自信なげに言うが、こいつは俺を過大評価するところがあるな。

 この前までずっと過小評価しかして来なかったくせに。

 ん?

 過小評価だったっけ?

 よく考えると、過小評価はしてなかったかもしれない。

 俺が努力しないから当然だ、という言い方をしてた。

 言い換えれば「あんたはやれば出来る」と言ってたような気がする。

 ……あんまり今と変わらないな。

 今は「やって出来た。もう勝てない!」って感じだからな。

「俺も頑張ってるし、負けるとは思ってないけどさ」

 だから俺は、そこだけは否定しておきたかった。

「俺は、お前の思うような人間じゃない。努力しても駄目なもんは駄目だ」

「でも、駄目じゃなかったわよね? この前勝てなかった」

 祐奈(ゆうな)が言い返す。

「あれは必死に頑張った上に、美琴とか慎治に協力してもらったからだ。あそこまで努力してやっとあれだけだったんだよ」

 そして、今回もそれ以上の努力をしている。

「あたしだって必死に頑張ってるよ。それを何年も何年も続けてる。なのに、康太は何週間くらいで追いついた」

「…………」

 祐奈(ゆうな)が少しだけ悔しそうにそう言ったが、俺はそれには何も答えられなかった。

 ただの偶然だとかまぐれだとか言ってもこいつは納得しないし、別にこいつの評価で俺が変わるわけでもない。

 まあ、こいつには俺にがっかりして欲しくないので出来れば余計な期待をして欲しくないんだが。

「まあ、いいさ。勝負は忘れてないだろうな?」

「うん。覚えてるし、そのために頑張ったから」

 祐奈(ゆうな)は顔を上げる。

 どうやら負ける気はないようだ。

「お前、俺に何を命令するつもりなんだよ」

「え? それは、秘密……」

 少し赤い顔をして微笑む祐奈(ゆうな)は可愛いが、勝つ気でいるのがちょっとムカつくな。

「俺ももう決まってるけどな」

 だから俺も張り合うようにそう言った。

「……何を、言うつもりなの……?」

 祐奈(ゆうな)が不安そうに聞く。

 こいつにとってみればパンツの件があるから少しは恐ろしいんだろう。

 お前のパンツなんてもういい。

 いや、よくないけど、そんな話じゃない。

 俺が欲しいのはお前のパンツじゃなく、お前自身だ。

 なんて今言えばそれがそのまま告白になってしまう。

「秘密、だ」

 だから、俺も祐奈(ゆうな)と同じことを言い返すことにした。

「……でも、康太は優しいから、無茶なことは言わない……よね……?」

 少し不安そうに、祐奈(ゆうな)が言う。

 パンツの所有権奪われといてまだそんなことを言うのかよ。

 まあ、これは多分牽制なんだよな、勝ってもひどいこと言わないでっていうさ。

「お前こそ優しいから、無茶は言わないよな」

 だから、俺もけん制しておいた。

「あたしは優しくなんか、ない……」

 祐奈(ゆうな)が答える。

 謙遜というよりも、確信的な言い方で。

 何だ? 俺が優しいとか言ってから、妙に表情が曇ってきた。

「お前は優しいだろ? 少なくとも俺はそう思って──」

「嘘っ!」

 俺の言葉を遮って、祐奈(ゆうな)が叫ぶように言う。

「康太はあたしのこと、優しいなんて思ってない」

 震えるような声で、祐奈(ゆうな)が言う。

 なんでこんなことを言い出すのか、さっぱり分からない。

「いや、思ってるけどさ……」

「でも、中間の時、康太はあたしの事、人の心が分からないって言った! あたしはそれを、否定出来なかった……!」

 ああ、確かに言った。

 あれは、売り言葉に買い言葉で、あの頃の生意気な祐奈(ゆうな)に腹が立って言った言葉だ。

 こいつが傷つくのを分かった上で。

「……ごめん」

 俺は今更だとも思うが、謝った。

 それで祐奈(ゆうな)の顔が晴れるわけもない。

 まさか、まさかだとは思うが、祐奈(ゆうな)がおとなしくなったのって、パンツじゃなくて、あれが原因なのか?

 いや、その後、こいつの態度に腹が立ったからパンツの所有権って話になったと思ったんだけど、違ったのか?

 さすがに祐奈(ゆうな)の心の中までは分からない。

 だけど、俺の言葉を気にしていて、パンツという拘束がなくなった今もおとなしい祐奈(ゆうな)は、パンツ以外の原因があったと考えてもいい。

 俺の何かが、祐奈(ゆうな)を変えてしまったんだろうか。


          ▼


 テストが終わり、次の週から徐々にテストが返ってきた。

 数学、生物、現代文、日本史、古典、政治経済。

 続々とテストが返ってきて、そのたびに祐奈(ゆうな)と勝負をした。

 ここまでの得点差は俺が五点のリード。

 こう言うと、ほぼ勝ちが決まってるように思えるがそうでもない。

 最後の科目は、俺にとっては鬼門である英語だ。

 前回祐奈(ゆうな)に十七点差を付けられて惨敗してる英語は、誰からも教わっていない、完全独学の科目だ。

 もちろん必死に勉強したが、どうなるかはさっぱり分からない。

「今から、テストを返す」

 英語の後藤先生が答案を持って教壇に立つ。

 ひとりひとり、名前が呼ばれる。

 俺は、ドキドキしながら、自分の順番を待った。

「東雲、お前かなり点を上げたな」

 俺は答案を取りに行く。

 そこに書かれていた数字は、八十二点だった。

 勝った。

 これは間違いなしだろう。

 八十二点と言えば、中間の祐奈(ゆうな)と同じ点だ。

 もしあいつが今回頑張っていい点を取ったとしても、英語って教科は、ここから五点の上乗せは難しい。

 よし、点数を見せあって、そのまま告白する!

 俺は誰よりもあいつが好きで、あいつも多分、やれば出来る俺が好きでいてくれる。

 だからきっと上手くいく。

 俺は答え合わせをする授業を、ほとんど聞いていなかった。

祐奈(ゆうな)、何点だった? 俺は八十二点だ」

 テストが終わったあと、トイレにでも行こうと思ったのか教室の外に出た祐奈(ゆうな)を追いかけてそう言った。

 常識的に一人で外に出る女子を追いかけるなんてことは普段しないんだが、俺はちょっと興奮していたのかもしれない。

 祐奈(ゆうな)もやっぱり、なんで追いかけて来るのよ、なんて表情をしてる。

「……あたしは、八十八点だけど」

 少し不機嫌な祐奈(ゆうな)が、そんなことを言った。

 そっか、八十八点か、それはそうと、告白を──。

 え? 何だって?

 今こいつ、なんて言った?

 八十八点?

 ってことは六点差だから……俺の負け……かよ。

 呆然と立ち尽くす俺。

 祐奈(ゆうな)は俺の脇をすり抜けて廊下を歩いていった。

 俺はそれを追うことも出来ず、ただ、そこに立っていた。

 負けた……。

 これでもう告白はなくなった。

 それどころか、祐奈(ゆうな)の命令を何か一つきかなければならない立場になってしまった。

 俺のショックは大きい。

 一月前、祐奈(ゆうな)はこんなショックを受けたのかよ。

 くそっ! もう少しだったのに。

 もう少しで俺は祐奈(ゆうな)と……!

 いや、今からでも間に合うかもしれない。

 むしろ祐奈(ゆうな)への権力が何もなくなった今だからこそ、祐奈(ゆうな)の本当の気持ちが聞けるかもしれない。

 それは俺が傷つくかもしれない。

 それを怖がってきた結果が今の状態だ。

 こういうのは勢いだ。

 勢いづいた今だからこそ、言えることがある。

 いや、今だからこそ、その前に言わなきゃならないことが──。

「康太、まだいたの?」

 俺の背後からの声。

 ちょうど祐奈(ゆうな)が戻って来たのだ。

「何でも一つ、あたしの言うこと聞いてくれるんだよね?」

 少し弾んだ声。

 今の祐奈(ゆうな)はどっちなのか分からない。

 だけど、そんなもんはもう関係ない。

「なあ祐奈(ゆうな)、お前が中間から俺に対する態度が変わったのってさ、あの賭けのせいじゃなくって、俺が言ったあの言葉が原因なのか?」

 俺はあの時、祐奈(ゆうな)の事を、人の気持ちが分からない奴、と言った。

 その言葉が祐奈(ゆうな)を傷つけることは分かっていた。だけど、俺は怒りに任せてその言葉を言った。

 その言葉に、どれだけの重みがあったのかは分からない。

 あらゆる関係が清算された今だからこそ、聞けることがある。

 俺は単刀直入に聞いてみた。

「……何言ってんのよ、そんなわけないじゃないの」

 祐奈(ゆうな)の言葉と表情、ああ、それでだいたい分かった。

 気にしてないなら、そもそも覚えてもいないはずだ。

 「あの言葉」だけで通じたってことは、つまりあの言葉を意識してるってことだ。

 俺は、祐奈(ゆうな)の深く傷つけた。

 俺は、俺が好きな祐奈(ゆうな)を傷つけてしまった。

 俺は、俺は……。

 俺は祐奈(ゆうな)が好きだ。

 俺は、祐奈(ゆうな)が好きだ!

「俺は祐奈(ゆうな)が好きだ!」

 俺の言葉に、祐奈(ゆうな)が一瞬目を開き、そして、顔を赤くする。

 それは、祐奈(ゆうな)を傷つけたというショックを払拭したいだけの告白だったかも知れない。

 だけど、その言葉に偽りはない。

「な、な、なななっ!」

 真っ赤な顔になって俺から一歩後ずさる祐奈(ゆうな)

「前みたいなわがままな祐奈(ゆうな)も、昔みたいな、最近みたいな祐奈(ゆうな)も、みんな好きだ。祐奈(ゆうな)が人の心が分からないなんて思わない。俺はそんな奴を好きにはならない」

 俺の心には、何の偽りもない。

 そうだ、俺はどんな祐奈(ゆうな)でも構わない、とにかく祐奈(ゆうな)が好きだったんだよ。

 祐奈(ゆうな)は俺のために何かを変える必要なんてないし、変わることを恐れる必要もない。

「俺と、付き合ってくれ!」

 だから、賭けも何も必要はない。

 授業が終わって、ぞろぞろと廊下に出てくる同学年の奴らが、何事かと俺の叫びを聞いている。

「なんて事言うのよ! ひ、卑怯よ、こんなタイミングなんてっ!」

 顔どころか目まで真っ赤な祐奈(ゆうな)は、驚きの表情のまま照れ隠しに怒る。

「俺は卑怯な奴だよ。お前に勝てないから仕方がない。本当は勝って付き合う予定だったが、負けてもお前と付き合いたい!」

 俺の顔も祐奈(ゆうな)に負けないくらい赤かったことだろう。

 二人して顔を真っ赤にして、恥ずかしいからおたがいの視線を外して、黙り込んでしまった。

 周りに集まってきた奴らも、固唾を呑んで見守っている。

 俺は、それ以上のことはもう言わなかった。

 恥は、十分かいた。

 俺の思ってることは全て伝えた。

 これ以上の上塗りはしたくはない。

 後は祐奈(ゆうな)の言葉を待つだけだ。

「……いいわよ」

 祐奈(ゆうな)は小さな声で、つぶやくように、そう言った。

 え? 今なんて言った?

 いいわよってどっちの意味だ?

 OKって事でいいのか?

「そ、その代わり、もう自分に自信がないとか言わないで。あたしは……その、あんたに引っ張られてついて行きたいって思ってるから……」

 うつむいて、小さな声のまま、そう言う祐奈(ゆうな)は、どっちの祐奈(ゆうな)とも違ったが、これまでのどの祐奈(ゆうな)よりも可愛かった。

「分かった。俺はもっと自分に自信を持つ。お前が俺を嫌いになっても、何度でも惚れさせてみせる」

 祐奈(ゆうな)は、変わりたいと願った。

 だから、俺もそれに合わせて変わろう。

 祐奈(ゆうな)の望みが変わりたいってことなら、俺が変わることで、祐奈(ゆうな)が変わることが出来るなら、俺はいくらでも変わってやる。

「あ、あ、あ、あとっ! あたしの命令も聞いてよっ! これは約束だからねっ!」

 そんな噛むくらい急いで言わなくても聞いてやるから。

「分かった、で、何なんだ?」

 俺が聞くと、祐奈(ゆうな)は大きく深呼吸をした。

 顔は赤いままだが、少し落ち着いたようだ。

「あたしの命令は──」

 さっきまでとは違い、大きめの声で、はっきりと、祐奈(ゆうな)が言う。

「あたしを、幸せにすること!」

 祐奈(ゆうな)の命令は、俺も望むところだった。

 周囲からは冷やかしと拍手が響きわたる中、俺は祐奈(ゆうな)を抱きしめることで、返事をした。

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