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第四話:青い瞳とミーハー心

 代々薔薇屋敷家に仕えている杜若家に生まれた。

 執事として薔薇屋敷乙女お嬢様にお仕えするのはこの私、杜若吏緒である。

 しかし私にはもう一人、仕える人間がいる。

 薔薇屋敷とも杜若とも関係なく、私自身が心からお仕えしたいと望んだ私の真の執事魂を呼び覚ました、誠の意味での私のご主人様。


 この杜若、ミカお嬢様が幸せであるならと、執事という立場で押し隠したこの想いは、一生打ち明けるつもりはなかった……。

 けれど、あなたが泣くのなら……辛い思いをするのなら……私はあなたを如月呉羽から引き離し、この私が執事としてではなく只の杜若吏緒として生涯をかけてあなたの傍で、あなたを守り支えてゆきます……。





 薔薇屋敷乙女お嬢様にミカお嬢様から電話が掛かってきた時、何故だか私は胸騒ぎを覚えた。

 我ら杜若の一族は、かつて忍びの一族であったらしい。

 その杜若が備え持つ能力であり、主人を守る為の直観的危機感知能力がミカお嬢様の何だかの心の不安を感じ取ったようだ。

 私は、お嬢様の携帯から漏れ出るミカお嬢様の声の中に、“吏緒お兄ちゃん”と私を呼ぶのを聞き、私は弾かれるように行動を起こしていた。

 近くを通りすぎる主婦を引き止め、その主婦の乗る自転車を借り受けた私は、この身の持てる全ての力を使い、全力でミカお嬢様の元へとひた走る。

 血の奥底に眠るかつての忍びの力の為せる業なのか、それとも私の執事魂の呼び起こした力なのか。アドレナリンが上昇し、いつも以上の力を発揮している。




 こ、これは一体どういう事か……。


 辿り着いた先で私を待っていたもの。


 ミカお嬢様は私の姿を見つけると、真っ先に私に抱きついてきたのだ。如月呉羽が居るにも拘らずである。

 戸惑う私に、ミカお嬢様はあろう事か更に擦り寄り顔を埋めてくる始末。

 その可愛い仕草に、男であるのなら誰であろうとあらがう事は不可能だ。

 私はなんとか執事としての理性を働かせ、抱き返すという主人に対してのあるまじき行為はしないでおけた。


 ああ、しかし……駄目ですミカお嬢様。

 これ以上なさると、私はあなたの執事でいられなくなる。あなたに執事としてあるまじき不埒な事をしてしまいそうです。


 けれども知った信じがたき許されざる如月呉羽の所業。

 よもや、ミカお嬢様という者がありながら他の女性とデートをしようなどと……。


 許すまじ、如月呉羽。


私は如月呉羽が 深くミカお嬢様を愛しているのだと思い、彼のその想いを信じ、彼にミカお嬢様を任せる決心もついた。

 何より、ミカお嬢様が選んだ方。

 如月呉羽が見た目ほど軽薄な人間でない事は、私とて知っている。

 それに私も彼に仲間意識を持っていた時期もあったのだ。


 しかしこの男はミカお嬢様を泣かせた。

 錯乱して訳の分からない事を口走るほど、ミカお嬢様は傷付いて……。

 もうこの気持ちを抑える事はしない。

 何より、ミカお嬢様は私を選んでくれたのだ。そう、真っ先に私を……。

 それは少なからず私を想っていてくれていたからだと思ってもいいのでしょうか。

 私と同じ想いをミカお嬢様も抱いているからだと自惚れても……。

 だとしたら、私はこの杜若の名を捨てましょう。

 薔薇屋敷家に仕える事を辞め、ミカお嬢様只一人にこの身を捧げると誓います。




 しかしこの直後、私のその考えは甘かったのだと思い知らされる。

 私はあの場で如月呉羽に宣戦布告し、ミカお嬢様を連れ出した。

 彼女を車に乗せ、少々浮かれた気持ちであった事は認めましょう。

 けれどミカお嬢様はそんな中で言ったのだ。


「吏緒お兄ちゃん、私ちゃんと小悪魔できてたでしょうか?」

「は?」


 私は一瞬、自分が車を運転しているのだという事も忘れ、ポカンとミカお嬢様を見つめてしまった。

 直ぐにハッとして前に向き直したが、安全を考え車を路肩に停め、改めてミカお嬢様に目を向けた。


 まだ錯乱しているのだろうか。


 そう思ったのだけれど、ミカお嬢様は私に「恋は戦場なのです!」と力一杯に言い放って、メガネ越しでないその瞳に吸い込まれそうになりながら、彼女の話すのを黙って聞いているのだった。



 ++++++++



 一体どうしてこんな事になってしまったのか……。


 私の目の前には吏緒お兄ちゃんの顔が間近に迫って、今にもキスできそうな位に近かった。

 そして私は彼のその鮮やかな青い瞳に、まるで囚われてでもいるみたいに身動き出来ないでいた──。



 確か私は吏緒お兄ちゃんの運転する車で移動中であった筈である。

 そこで私は、杏也さんの教えに若干疑問などを感じながら吏緒お兄ちゃんに訊ねたのだ。私はちゃんと小悪魔できてたのかを。


 だけどちょっと唐突すぎたみたいです。

 だって吏緒お兄ちゃん凄くキョトンとした顔してましたもん。

 普段あまり動揺している所なんて見ませんからね。

 そういう吏緒お兄ちゃんは、ちょっとばかし可愛いなんて思っちゃいました。


 そんなこんなで私は「恋は戦場なのです!」と力一杯に言った後、私はどういう事であるのか、今回の事のあらましなどを吏緒お兄ちゃんに語って聞かせたのである。

 そして……。



「という訳なんです」

「………」


 全てを説明した私。

 吏緒お兄ちゃんはというと、私が話をしている間じっと耳を傾けていたのだけれど、途中から何やら思案するように額を押さえだした。

 話し終えた後も、その形をキープしたまま暫し押し黙っている。

 流石に心配になり、「吏緒お兄ちゃん?」とそっと声を掛け、顔を窺おうと助手席から彼の顔を覗き込む。

 すると、吏緒お兄ちゃんはその状態のまま言葉を発した。


「……つまりミカお嬢様は如月呉羽に愛想を尽かした訳でないと……」

「とんでもない! 今も大大大好きです!」


 当たり前じゃないですかと私は想いを込め力一杯そう告げた。


「私を選んだのは……」

「だって吏緒お兄ちゃんが一番頼みやすいですし、何たってスナイパー渋沢ですし!」

「……それで、もう一度うかがいますがミカお嬢様は何を目指すと?」

「小悪魔です! 呉羽を手のひらで転がし翻弄するんです!」


 すると、吏緒お兄ちゃんは額を押さえていた手でそのまま髪を掻き上げると、フゥーと息を吐きだした。


 何だかそれが酷く疲れているというか呆れているというか……。


「あうっ、私やっぱり小悪魔には向いてないんでしょうか……そもそも杏也さんの言う事をそのまま鵜呑みにしているのもどうかとは思いますけど……」

「天塚杏也の事に関して言うのであればその通りと言わざるを得ませんね……」


 ぬぬぬっ、やはりそうでありますよね……。

 はうっ、でもでも、何か吏緒お兄ちゃんそこはかとなく怒っていませんか?


 何だか彼の声は、冷たく硬質的に聞こえたのだ。


「私達はどうやら、天塚杏也に手のひらで踊らされているのかもしれませんね……しかし」


 吏緒お兄ちゃんの青い瞳が私をひたと見据える。


「はうっ!?」


 私は何故だかその瞳に身動きが取れなくなる。


 な、何故に!?


「ミカお嬢様……」

「は、はい?」

「あなたはわざわざそうなさらずとも、十分に小悪魔ですよ」

「本当ですか!?」


 途端に私の声は弾む。


「ええ、お陰で私は翻弄されっぱなしです」

「へ!?」


 思わず我が耳を疑った。


 そんな……いつだってクールスナイパーなお兄ちゃんが!?


 ポカンとしてしまう私に、吏緒お兄ちゃんはクスリと笑い掛けたのだけれど……。


 な、ななな何ですかこれは!?

 吏緒お兄ちゃんが物凄く色っぽいというか、フェロモンがだだ漏れというか……。

 そもそもその眼差しは何でありますか!?

 何か分からないけれど、明らかに何らかのビームが出てますよね?

 だって今、私石になったみたいに動けないですもん。

 ハッ、もしや暗黒執事リオデストロイの必殺技、石化ビームでありますか!?


 私は何故だか内心焦りを覚えつつ、携帯を取出しメールを打ち始める。


「ミカお嬢様、何を?」

「や、やきもち作戦の一つですよ。今、吏緒お兄ちゃんと楽しくデートしてますよーって」


 自分の中の動揺を誤魔化すように、携帯に集中する私。


 あう……そういえば、呉羽も今頃デートしてるんでしょうか……。

 むむぅ……呉羽のバカちん……。いいもん、私だって吏緒お兄ちゃんとデートしてやるんだもん。

 呉羽もいっぱいやきもちやけばいいんです。


 私は半ばイライラとしながら携帯をいじるのだけれど、その私の手を横から出てきた手がギュッと携帯ごと握り込んできた。

 手袋無しの直の肌の感触とその熱に、私は知らずドキドキと心臓を脈打たせていた。


「り、吏緒お兄ちゃん?」

「どうせならもっと徹底的にやりましょう」

「へ?」


 どういう事かと訊ねるより先に、吏緒お兄ちゃんはするりと私の手から携帯を抜き取ると、何時の間にシートベルトを外したのか、此方に身を乗り出してくる。


 え? え? 何々ー!?


 戸惑う間に、ますます青い瞳が間近に迫る。

 彼の石化ビームは更に強さを増したようで、私は完全に固まってしまっていた。

 カァーっと顔がこれでもかと言うくらい熱くなって、


「ニャ、ニャニャニャンですか!?」


 と、何故だか去年の夏休みの負の遺産である猫語が、思わずといった感じで出てきてしまう。

 吏緒お兄ちゃんは、そんな私の様子に大人な余裕の表情でクスリと笑みを浮かべると、


「真っ赤ですね。可愛いですよ、ミカお嬢様……」


 なーんて言って、チュッと……チュッとですね、私の頬っぺたにチューしてきたんでございますのよ、奥様!!

 キャー!! 何ですかこれ!?

 何でこんなにドキドキするですか!?

 私には、呉羽っていうれっきとした彼氏が居るんですよ!?

 と言うか、まさか吏緒お兄ちゃんがこんな事をするなんて……。


 私がアワアワとしていると、彼はまた大人な笑みを浮かべて、更にこう囁いてきた。


「頬っぺたじゃ物足りなさそうですね。やはり口付けがよろしいですか?」


 彼の指が唇に触れ、優しくなぞる。


 ブフゥー!! 何これ!? 何これー!?

 噴く! 鼻血噴きそう!

 何で私、こんなに興奮してるのでしょうか?

 確かに吏緒お兄ちゃんの言うように、何か物足りない気がするよ?

 うーん、何だろう……ハッ、そうか!


「髭です!」

「は?」

「後、サングラスも!」

「はい?」

「どうせならドドンとオールバックにロングコートで!」

「あ、あのミカお嬢様?」


 困惑した表情を浮かべる吏緒お兄ちゃん。


 そうです! 足りないものはそれなんです!


「ぜ、是非ともスナイパー渋沢の格好で今のをお願いします!」


 私は手を胸の前に持ってくると、これ以上無いってくらいに瞳を輝かせて懇願してしまう。


 だって考えても見てください皆さん!

 あのスナイパー渋沢が! クールで渋いダンディー渋沢が!

 私の憧れの彼があんな甘い言葉を……しかも真ん前で囁かれてもみてくださいな。

 おまけに頬っぺチューまで……いやん、何かもう凄くドッキドキ!

 呉羽、御免なさい。今だけ呉羽以外に胸キュンさせてもらいます。


 等と、私が心の中でそんな事を思っていた時である。

 車内に笑い声が響いた。

 見れば、吏緒お兄ちゃんが私から顔を背けて、肩を震わせ笑っている。


 おおぅ、大爆笑?


「り、吏緒お兄ちゃん?」


 恐る恐る声を掛ける私。

 吏緒お兄ちゃんは暫く肩を震わせて苦しそうに笑っていたけれど、


「す、すみません、ミカお嬢様……予想を裏切られたと言うか……いえ、あなたらしいと言いましょうか……」


 漸く笑いをおさめ、此方を見る吏緒お兄ちゃん。


 笑った為か、少々目が潤んでいて、しかも顔が上気しているので、無駄に色っぽいというか……以前擽った時も何げに思いましたが、吏緒お兄ちゃんはお色気むんむんですなぁ。


 と、彼の色気に少々当てられていた私。

 しかし、吏緒お兄ちゃんはまたも大人な笑みを浮かべて、更にこんな事を言ってきた。


「しかしミカお嬢様? 別に渋沢の格好をするのは構わないのですが、また先程のように可愛い反応をされてしまいますと、調子に乗って今以上の不埒な事をしてしまいますよ? よろしいのですか?」

「~~っ!!」


 キャー!! 聞きまして奥様! 不埒な事って何ざましょ!?

 いやーん、気になるぅ!

 乙女ちゃんじゃないけど、鼻血ブーするよぅ!

 ああっ、本当に御免なさい呉羽! 私ってば浮気者ですぅ!


 何だか私はミーハー心炸裂で、さっきから頬っぺたに手を当てて、もじもじしてしまう。

 でもそこではたと気付く。


 あ、そういえばさっき吏緒お兄ちゃんが言っていた“もっと徹底的にやりましょう”とはどういう事でしょうか?


 すると吏緒お兄ちゃん。ニッと少しばかり悪い笑みを浮かべ、私に携帯の画面を見せてきた。


「なっ! それって……」


 そこに写し出されていたのは、先程の頬っぺチューの映像だった。


「い、何時の間に!?」

「どうせメールを送るなら、証拠の映像付きで如何ですか?」

「え、映像付き……」


 目の前の携帯の映像には、真っ赤な顔で吏緒お兄ちゃんに頬っぺたチューされてる私の姿が。


 あう……私ってば茹で蛸と言うかトマトと言うか……こんなに真っ赤んかんだったんですね。

 ううっ……恥ずかしいです……。


 すると、その心の声が表に出てしまったようで、クスリと吏緒お兄ちゃんは笑って、


「私はとても可愛いと思いますよ」


 その言葉に、私はまた真っ赤になってしまう。


 あうっ、何か吏緒お兄ちゃんに言われると恥ずかしく感じるのは何でしょうか?


 いつもであれば、普通を目指す私にとっては“可愛い”というのは嬉しくない言葉。


 あ、呉羽は別ですよ。呉羽に言われると嬉しくてデレッとしてしまいますからね。


「後、私が行う如月呉羽へのお仕置きですが……」

「えっ!」


 バッと顔を上げる私に、吏緒お兄ちゃんはニーッコリとそれはもう素敵な笑顔で、


「ミカお嬢様が一週間彼と会わないと言うのであれば、如月呉羽へのお仕置きはしないであげますよ」

「ええー! 一週間ですか!?」

「はい。如月呉羽への罰にもなりますし、同時に私からミカお嬢様への罰でもあります」

「吏緒お兄ちゃんから私へのですか?」


 そんな……罰って何の罰なの?


 眉をハの字にして、目の前の金髪執事を不安げに見上げると、フッと苦笑するのが見えた。


「ほら、それですよ」

「え?」

「あなたのちょっとした表情や仕草は、私を天国にも地獄にも突き落とす……今日、私はどれだけ舞い上がり、奈落に突き落とされた事か……。ミカお嬢様は分かりませんでしょう?

 今だって、あなたのそんな表情を前にして、何もできないのが腹立たしくてならないのです」

「ご、御免なさい……」


 彼のその苦しげで切なそうな顔を見ていたら、思わず謝っていた。

 すると吏緒お兄ちゃんはちょっとだけ困った顔をすると、すぐにさっきのような悪い笑みを浮かべる。


「悪いとお思いでしたら、私の罰を受けてくださいますね?」

「あ、あぅおぅ……」


 私は何か言おうと口を開いたけれど、目の前の青い瞳が私をまた石にしてしまったようで、結局何も言えなかった。


「では、私の言うとおりにしてくださいね? ミカお嬢様……」



 青い瞳は必殺ビーム。

 そして漂う色気は垂れ流し。

 時に天使のように白く悪魔のように黒くなる。

 暗黒執事リオデストロイ、恐るべし……。





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