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作:D




 私は私である。

 いきなりこんなことを言われたって、それがどうしたと思うだろう。それが普通だ。

 私はいま、新大阪の駅から新幹線で東京へ時速二〇〇キロ以上のスピードで進んでいた。もちろん私が走っているのではなく、線路の上を電車が走っているのである。だが、と思う。

 窓に写る風景はのどかな田園と青い山と空。すでに都会の灰色のビルは見えなくなっていた。私はいま、移動中である。電車の椅子に座って呆けたようにぽかんと窓の外を見つめている、のが窓に薄く反射しているのでわかる。

 私というものはそうでもしないと見えないのである。

 私は私でありながら私のことをよく知らない。いま映っているこの顔がほんとうの私なのかは、そう思い込まされているだけなのではないかと、そう考えている。いや、考えたふりをした。実際、この顔は私なのだろうし、他人から見てもこれが私なのである。考えなくてもわかっていることなのだ。

 けれども。

 私はいつの間にかそれが当たり前になっていたことに恐怖する。

 がくがくぶるぶると震えて、怯えている。今まで生きてきてこんな経験はなかった。仕事中に突然そんなことを思いついてしまったのが運の尽きだったのである。

 だから私は新幹線に飛び乗った。

 と言っても、仕事を放り出したりしたわけではないし、夜にはまた家に帰るつもりでいる。錯乱しているわけではないとわかってほしい。こんなときは電車に乗るものだと、そう思い込んでいただけなのだ。

 私を探す旅。

 なんとも青臭くて、それでいてどこか格好良い響きである。私はいま、旅人なのだ! いや、重要なのはそんなことではなかった。そうだ、私は私を探しているのである。何を言う、私ならそこにいるではないか、旅人などと称して快適な新幹線の椅子に座っているではないか。

 そうは言っても。

 私が探してるのはそういう私ではないのだ。先にも述べたように、私というものは私から見えないものなのである。不思議なことに私とは私とまた別の場所にあるようにそう思っている。それがいま向かっている東京なのかは定かではない。わからないからこそ探しているのだ。

 果たして。

 私が私を見つけたとき、私は私でいられるのだろうか? それは開けてはならない禁断の箱なのではないだろうか。私が私でなくなったら何になるのだろう。それもまた怖い。

 それでも私は見つけてみたい。

 何故なら――私は私に確信がもてなくなった。いま存在しているこの私は、そう錯覚するように捏造された私なのではないかと、そう思っているのである。

 視界が真っ暗になった。

 墨をぶちまけたように目の前が真っ黒くなってしまった。私はついに私を錯覚することができなくなってぼろぼろと崩壊し始めたのだろうか。もちろん、そんなことはない。

 電車がトンネルに入ったのだ。

 窓の外は暗黒に塗り潰されていて不気味である。このトンネルを通過するまではまだ安心はできない。気付いてしまった私をどこか世界とは別の場所に送り込むつもりかも知れないのだ。

 誰が?

 それはきっと、私を私として作り上げた奴だろう。余計な詮索をする私は奴らに疎まれて処分されてしまうのだ。ああ、恐ろしい。

 ふっ、と視界が開けた。

 窓の外には同じような田園風景。どこまで行っても似たような景色である。まるで同じ場所をぐるぐると回っているようではないか。だがそんな馬鹿なことはないだろう。

 ぎょっとする。

 そんな馬鹿なことはないと、私は思っているのだ。どうしてそう確信できるのだろう。だって、こうしている瞬間にも誰かが私の内面を小説として書き出しているとも限らない。私が知っていることなど、この宇宙に比べればそれこそ塵のようなものだ。何が起こっても不思議ではない。なのに、それは有り得ないと否定する。それも反射的にである。

 そういえば。

 サブリミナルという言葉を知らないだろうか。数年前に流行ったものだが、映像の中に一瞬だけ別の映像が紛れていて、知らないうちに別の情報が脳にインプットされるという、あれである。それに似ていると私は思うのだ。

 なんとなく私として私を生きる私。

 そのうちに私であることが当たり前になったりする。そして、私を取り巻く環境が恒常的なものであり普遍的で凡庸なものだと知るようになる。いつからだろう? そうなったのは。

 子供の頃は世界は可能性と未知に溢れていた。

 しかし、いつの間にか不可能が増えて、既知に埋め尽くされ世界は退屈なものになった。そしてそれが普通だと信じ込んでいる。慣れ、というものだろう。私はそれが怖いのだ。

 これを他人に話したら変だと笑われるだろう。

 だけれども、私からしてみればそう変だと言い切れるほうこそ変である。乱暴に言ってしまえば、それは洗脳されてしまっているのだ。都合の良いように仕組まれてしまっているのだ。

 時間はあまりない。

 明日はまた仕事に戻らなくては。そう、生きるためには仕事をしなくてはならない。どんなに宇宙が広大で神秘的でも、明日の糧がなくてはやってられない。それが普通である。そうでなくては都合が悪いのである。

 誰の?

 それはきっと、それを仕組んだ奴だ。誰にも知られていなくて、とても巨大で、傲慢な存在。奴は水槽を泳ぐ魚を見るように私を観察しているのだろうか。こんなことを考えている私を笑っているのだろうか。

 だが、私は屈しない。

 私は気付いたのだから。私は私を見つけて奴らに対抗する力を得るのだ。私が私足る理由と意味、そして確証。私が本当に私であるのなら奴も怖くない。奴は私に手を出せないのである。

 東京が近づいてきた。

 もうすぐで私を見つけることができる。私はわくわくしていた。私とはいったい、どんな姿なのだろう。どんな声をしてるのだろう。どんな心をもっているのだろう。

 風景はすでにビル群の灰色に染まっていた。

 しばらくしてホームに到着すると私はそろそろと席を立つ。他の乗客に押し流されるようにして車両の外に出る。誰もが何かに追われるように忙しく歩いていった。そんな中で突っ立っているのはどうにも居心地が悪い。私はさも当然を装ってこつこつと歩き出す。

 さて、私はなぜここへ来たのだろう。

 群集にぶつからないように注意して歩きながら、ふと考える。さっきまでわかっていたはずだが、それを思い出す暇もなかった。ぼうっとして誰かにぶつかってはまずい。

 そうだ、友人に会いに行こう。

 学生時代の友人が東京に住んでいる。久しぶりに会ってみたいと思った。そう決心すると足並みも自然と早くなる。何故かわからないが時間が惜しい気がした。

 こうして。

 私は雑踏の中の一部となっていった。


初の文学作品に挑戦しようと思った結果です――













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