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悪の天才科学者は反省しない

作者:28号
「何故なんだ! どうしてなんだ! 私のロボットはどう計算しても史上最強なのに、どうして毎回毎回勝てないのだ!」
 ボサボサの黒髪を更にかき乱し、我が主は深夜にもかかわらずそう叫ぶ。
「博士、残念ながらこの世には悪は必ず滅びるという言葉があります。悪を滅ぼすために作られた正義の組織や、ヒーローまでいます。つまり博士に勝てる見込みはないのです。だからそろそろ悪の天才科学者なんて馬鹿なことからは足を洗ったらいかがでしょうか? 37にもなって恋人も作らず、毎日毎日正義のヒーローに喧嘩を挑むのは職に就かない若者以上に生産性がなく、滑稽で、無様で、私は見ていられません」
 私は真実だけを告げるように言われている。
 ゆえに真実を口にしたのだが、博士は相変わらずご機嫌斜めだった。
「……まだ、36だし」
「訂正します、あと3時間と21分で37になるにかかわらず恋人も作らず、毎日毎日……」
「それ以上言うな! それ以上はさすがの私でも凹む!」
 言いながら、博士はだらしなく伸びた無精髭を撫でつつ、私をじっと見つめた。
「私を喜ばせるために作ったはずなのに、お前はどうして私の神経を逆撫ですることしか言わないのか……」
「お言葉ですが、私の容姿は博士の好きなアニメキャラを模した物ですし、胸の大きさは貧乳好きの博士にあわせてAマイナスを維持しております。キスも夜のお供もバッチリですし、あえぎ声は52パターンも搭載しております。現に夜のテクニックは毎晩披露していますし、博士には大変ご満足して頂けていると思っていたのですが」
「そんなことはわかっている! 何たって作ったのは私だ! 正直そう言う部分を完璧に作りすぎて自分キモイなって凹んだくらいだ!」
 言いながら、博士は私の頭を乱暴に撫でる。
「だが、埋め込んだ思考回路がどうにも良くない。もっと従順で清純で可憐な設定をしたはずなのに、どうしてこう私に冷たいのか」
「同時に、博士のために最善を尽くすという機能が搭載されているからです。従順で清純で可憐な行動を起こすには、まずは博士がそれにふさわしい大人になって頂かないと」
「相変わらずコケにするな」
「コケにしているのではなく、博士のために言っているのです。もう少しまともな大人にならないと、ロクな死に方をしませんよ」
「その指摘は何か重いな……」
 ため息をつきながら。博士は私から手を放した。
「まあいい、口は悪いがお前ほどのロボットを作れた事は私の誇りだ。お前を見ていると、次こそは素晴らしいロボットを作れる気がする」
「お言葉ですが博士、問題はロボットより他の所にあるのではないでしょうか? もう4892回も世界征服に失敗していますし、これ以上スクラップを増やす前に、過去の作戦を反省なさってみてはいかがでしょう」
 彼の従順なロボットらしく提案してやったというのに、博士は「えーめんどくさーい」という顔でむくれている。正直、こういう顔が一番腹立つ。
「反省会は苦手だ。というかそもそも、私に反省すべき点などない」
「反省点がない完璧な人間なら、今頃博士は世界の支配者になっていると思います」
 腹立ち紛れにそう指摘すると、さすがの博士もちょっと傷ついたらしい。いい気味だ。
「……まあその、私自身に反省点がないかと言われればたしかにある。だが私の作ったロボットにはありえない。たしかに弱点はあるが、それらはホンの小さな物だし、それを踏まえても私のロボットは巨大で強くて格好いい物ばかりだ!」
「おっしゃるとおりです。しかし現に、その弱点をつかれて毎回返り討ちにされているのをどう説明するんですか?」
「たしかにそうだ。毎回毎回、ヒーロー達はまるで知っていたかのように弱点を攻撃してくる」
 言われてみるとおかしいな、そう言って博士が腕を組んだとき、私はついにこの瞬間が訪れたと歓喜した。
「そうです、ヒーロー達はつねに博士のロボットの弱点をついてくるのです」
「隠された弱点をな」
「巧妙に隠された弱点をです」
「まるで知っていたかのように」
「そうです、知っていたかのように」
 待ちに待ったその言葉が聞けると信じ、私は博士をじっと見つめる。博士も、はっとした顔で私を見つめる。
「情報が、漏れていると言うことか」
「その可能性は高いでしょう」
「だが盗聴器やカメラがあればセンサーで気付く。それに私はアナログ派だ、設計図は手書きだし、パソコンはエロ画像収拾にしか使っていないからハッキングと言うこともないだろう」
「おっしゃるとおりです」
「ならどうやって情報を得る。ロボットの設計図は私とお前しか見ていない」
「そのとおりです」
「……まさか」
 更にはっとした顔をして、博士は私の肩を掴んだ。
 けれどその顔はいつも以上にバカっぽく、私は言葉を聞く前から酷く不安になる
「敵は、超能力者を雇っているのだな!」
 そして案の定、博士の答えはバカ丸出しだった。
「透視能力に違いない! ヒーローとは名ばかりで空も飛べない筋肉馬鹿の集まりだと思っていたが、正義の味方どもめ、本当の能力者をついに見いだしたのか!」
「いやあの、そう言うことでは……」
「間違いない、透視能力を持つヒーローが常にこの家を監視しているのだ!」
「博士、本当の本当に本気でおっしゃっているんですか? 私のノリツッコミをお待ちだとしたら、残念ですが私はしませんよ」
「そんな物に期待などしていない! くそっ、なんで気付かなかったんだ! あしたにも透視能力妨害バリア発生装置をつくろう、そうしよう!」
「……博士、あの、他にも考えられる可能性はあると思います。だからもっと悪の天才科学者らしく頭を使うべきだと思います」
「他に何があるというのだ!」
 ごまんとあると言いたいが、ここで遠回しな事を言っても理解できる男ではないので、私はその物つまり、確信をついた。
「敵は外からではなく、内側から博士の計画を崩している可能性があります」
「つまりそれは、スパイ的なやつがいるというのか?」
「はい」
 真面目に告げたのに、博士は腹が立つほど間抜けな笑顔で「ないない」と首を振った。
「私が自分で敵に計画を露見する訳がないだろ。そもそも私には友達もいない、恋人もいない、すなわちおしゃべりする人がいない」
「勿論博士は除きます」
「あと他に、この計画を知っているのはお前だけだ」
 そうです、その通りですと私は博士の手を強く握った。期待を込めた視線まで送った。けれど博士は、やっぱり間抜けな笑顔のままだった。
「お前がスパイなわけがないだろう」
「でも可能性は高いと思いませんか」
「スパイが自分で言い出すか」
「あまりに気付かないので、しびれをきらしたのかも知れません」
「でもお前だ」
 間抜けな笑顔のまま、博士は私の頭を優しく撫でる。
「お前を作ったのは私だ。つまりお前は私を裏切らない」
「故障しているのかもしれません。敵に捕まり思考回路をいじられるとか、そもそもここにいる私は、あなたのロボットではない可能性もあります」
 その直後、博士は何故か私の首に口づけを落とした。
 見かけは冴えないが意外とこの手のことは上手いのが腹が立つ。まあ私がロボットだと思っているから出来る行為だが。
「博士…やめて…ください」
 だが腹が立っているにも関わらず、私の息は上がり始めている。
 博士が撫でるように唇を寄せたそこは、知る人ぞ知る私の弱点であるからだ。
「ほら間違いない。今の場所は、私がキスをすると腰が抜けるように設定したポイントだ!」
 あと他にも……となにやらごそごそし出す博士を、私は慌てて押し返す。
「もう…結構です……」
「これでわかっただろう、お前と私の相性の良さは私がそう指定したからだ。そうでなければ童貞で変態の私が、女性を気持ちよくさせられるわけがないだろう!」
 誇るべきポイントを大きく外しているが、キスが後を引いており、私は馬鹿な博士に突っ込むことも出来ない。
「それになにより、お前は私に優しい。そんなやつが私を裏切るわけがない!」
 あり得ないと頷いて、それから博士は動けなくなっている私を抱き上げ、ソファまで運んでくれる。
「だからやっぱり問題は透視能力者だ! だから明日は一緒に透視能力妨害バリア発生装置をつくろう。そうすればきっと、今度こそ私はヒーローに勝つ! そして世界を征服し、この地球は我が物になり、世界中が私の顔のついた旗を振ることになるのだ!」
 聞き慣れた高笑いを響かせつつ、博士は胸を張る。勿論それを見る私は、げんなりするほかなかった。
「博士、いつもいつも思うのですが、世界征服をして一番にやりたいことが旗を振るというのはどうかと思います」
「世界中が振るのだぞ、私の顔を、こうやって!」
 と間抜けに腕を振ふる博士を見ていると、私は更に頭が痛くなってくる。
「もっと他の事をなさるべきだと思います」
「私の誕生日を祝日にする」
「他には」
「私の銅像を造りたい。あと私の博物館をつくろう、そして私の発明品をいっぱい展示しよう!」
 ちなみに入場料は無料だと、やっぱりどうでも良いところで博士は胸を張った。
 博士のロボットをやめたい。心の底から、私はそう思った。



   ■■■      ■■■



 博士が就寝した深夜、私は酷く気が重かったが、もう一人の上司に秘密の通信を入れることにした。
 そして勿論怒られた。なにせ任務に支障をきたす行動を起こすと、私が所属している組織に私の行動ログが記録されてしまうからだ。
 あれだけ煽っても博士は気付いてくれなかったが、私は彼の作ったロボットではない。
 科学技術が発展すると共に増えだした自称悪の天才科学者を撲滅するために作られた正義の機関に所属する、エージェントなのである。
 つまり博士と違って会社員。不正がばれればめちゃくちゃ怒られるのである。
「君は一体何を考えている! あんな事を言って、博士にスパイが紛れ込んでいると知られたら大事だぞ!」
 特殊連絡用電話から響くその声に、私は思わず耳を押さえた。自業自得だが、感情の起伏が激しい上司は声の起伏まで激しいのだから仕方がない。
「良いじゃないですか、気付かれなかったんだから」
「開き直るな馬鹿者! それにお前、わざと自分がスパイだと気付かせようとしたな!」
 隠しても無駄なので、ここでも私は開き直ることにした。
「そうすれば、任務を解かれると思ったので」
「異動届を受理しなかったこと、まだ怒っているのか?」
 勿論怒っていますという意味を込めて、私は一言一言に怒りをにじませながらしゃべり出した。
「地球防衛隊のエージェントとして私はもう200回も世界を救ってきました。いままでに68人の悪の天才科学者の側近になりすまし、78047体のロボットの情報や地球の危機をヒーロー達に伝えてきたんです」
「わかっている、だから博士のスパイとして紛れ込ませたのだ」
「でもあの博士です! アホが服着て踊ってるような博士です!」
 隣の部屋で博士が寝ているので勿論声はすぼめたが、電話を持つ手は段々汗をかいてきた。それほどまでに、私の我慢は限界にきている。
「屈辱です。こんな実りのない諜報活動はもういやです」
「実りならある。あの博士はバカだが彼の作るロボットは脅威だ」
「ですが本人すらそれに気付いていません。ゴミをまき散らすとか水道管を破裂させるとか猫を誘拐するとかいう下らないことを、世界の半分を壊滅させるビーム兵器を搭載させたロボットにさせるようなバカですよ」
「だからこそだよ。博士は無垢でバカでアホだ、だから本気でヒーロー達と戦えば世界が危ない」
 だから必ず勝てるよう君の情報が必要なんだと上司を諭すが、そもそもそれを私が行う必要がないのが気に入らないのだ。
 けれど上司は私の言いたいことを全て理解していたらしい。
 リル、と呼んで欲しくもない下の名前を上司は諭すような声で呼ぶ。
「博士の作ったロボットは君にそっくりだ。そのうえその……、他の部分でも博士の理想を補っているようじゃないか」
 そしてそれを楽しんでいるじゃないかと言われて、私の怒りは爆発した。
「だからいやなんです! 私はエージェントなのに、あんな、あんな男にさわられてるのに、ちょっと良いなとか思っちゃうのが、耐えられないんです!」
「体の相性が良いのは、悪いことではないぞ。ウチなんてかみさんとは相性が悪くて、昨晩も……」
「あなたの床事情なんてどうでも良いんです! とにかくやめたいんです、むしろ異動させてくれなきゃやめます!」
 私の一言に上司は息をのみ、それから静かにため息をついた。
「わかった、しかし君以上の適任はいない。やめるなら、それ相応の覚悟をして貰う」
「覚悟なら既に出来ています」
 記憶の消去でも拷問でも何でも来いと身構えて、私は上司の言葉を持った。
「なら博士を殺せ」
 だが上司の言葉はあまりに予想外で、私は思わず耳を疑った。けれどいくらまっても、上司が「冗談だ」と告げることはなかった。
「博士はそこまで悪人じゃない、だから命まではと思っていたが、彼の頭は価値もある。もし君がやめるというなら、彼を殺し彼の脳みそを持ち帰れ」
 そうすれば辞表を受け取ろうと上司は言い、私の反論も聞かずに電話を切った。
 長い沈黙のあと、私は電話をおろし、そして大きく息を吸い込む。
「……殺して良いなら、早く言えよ」
 息を吐き出すと共に、こらえきれないほどの喜びが全身を伝う。
 開放される。これであのアホの面倒を見なくてすむ。そう思うだけで、踊り出したいくらい私は幸せだった。
 いっそのこと、脳みそを取り出し、なおかつ手軽に持ち運べる装置もあいつに作らせよう。
 それがいいそうしよう。正直あの手の臓器は取り出すのも運ぶのも面倒なので、それだけがネックだったのだ。
「待っていて、私の自由」
 そろそろ仕事自体をやめようと思っていたので丁度良い。
 これからは自由に、女の子らしく、素敵に着飾って彼氏でも作ろう。
 幸せな退職後の生活に思いを巡らせながら、私はさっそく博士をたたき起こしに向かった。



   ■■■      ■■■



 真夜中に起こされた博士は最初こそ不機嫌だったが、私が猫なで声でお願いすれば脳みそくりぬきケース、通称「みそっちEX」をすぐさま作ってくれた。相変わらずネーミングセンスは最悪だが、まあ摘出出来ればなんでもいい。
 その上名前を褒めれば、彼は「何故こんな物を」なんて疑問すらもたない。
「ホラー映画みたいだな、面白そうだ!」
 と何の躊躇いもなく、2時間ほどで彼はそれを作ってしまう。
 頭をすっぽり覆うほどの大きさの強化ガラスで出来た丸い円柱に、ボタンと持ち手がついた格好の「みそっちEX」は何とも奇妙だが、博士曰く素晴らしく簡単に脳みそを取り出せる装置らしい。
「このガラスケースの中に対象の頭を入れ、上の赤いボタンを押すだけでいい。あとはあれだ、深夜にも言えないような怖いことがガラスの中で行われ、きっかり2分後には脳みそだけが入っているという寸法だ」
「2分待てば良いんですね」
「カップ麺より早いぞ。あとこの青いボタンを押すとケースを覆う幕が出てくる。だから怖いシーンは見ないですむのだ!」
 あいかわらず、いらん気配りをする博士だ。
「ちなみにこれ、痛いんですか?」
「本人は脳を抜き取られたことすら気付かない。ついでにいうと、代わりに機械仕掛けの脳を入れるので死ぬことすらないぞ」
 それは二度手間になるのでいらない機能だったが、よくよく考えると博士は人を殺す機械を作るのが苦手だ。一歩間違えれば人を殺せる機能があっても、それを殺すためにつけないのが博士なのだ。
 世界征服をもくろむ者としてそれはどうかと思うが、「私の顔のついた旗を振る者がいなくなったら困る!」との事らしい。
「もちろん入れ替えの際に元の脳をスキャニングしているので、脳が入れわかっても何の支障もない。むしろ前より頑丈だから、かなり長生きが出来るだろう」
 殺すときは頭を銃で撃ち抜こうと、私は思わず隠し持っていた拳銃を服の上からさする。
「さあどうだ、これで満足か!」
「ええもちろんです。ありがとうございます」
「何に使うのかはわからないが、脳を抜くというのは非常にビックリする行為だ。可能なら、こっそりやりたまえ」
 ええもちろん、不意打ちで一気にやります。
 むしろ今すぐ行いますと、私はこちらに背を向けた博士ににやりと笑う。
 そしてそのまま、私は「みそっちEX」を博士の頭にかぶせようとした。
「そうだ! もう一つ、君の渡す物がある!」
 だがそのとき、博士が唐突に素っ頓狂な事を叫び出す。
 私は慌てて「みそっちEX」を引き戻し、取り出しかけていた拳銃もしまった。
「他にも、何か頼んでいたでしょうか」
「いや、だが君の様子がおかしいので、私も色々考えてみたのだ」
 そう言って博士が私の手に握らせたのは、あまりに意外な物だった。
 惚れ惚れするほど美しい蝶の装飾が目立つそれは、銀色の髪飾りだった。
 それを見た途端、私は思わず息をのんでしまう。
 正直に言うと、私はこの手の物に免疫がない。
 今まで仕事一筋で生きてきた私は、常に恋と私生活を犠牲にしてきたからだ。
 故にこのような装飾品を異性に貰ったことは皆無で、内心物凄く憧れていたのだ。
 だから貰った相手が博士であるにもかかわらず、ろくなふくらみもない胸が激しく高鳴ってしまった。
「あの、これは何でしょうか」
「これは拒否装置という。もしも君が嫌だと思うことがあれば、私の命令でも無視できる装置だ」
「そんな物を渡したら、私があなたの言うことを何一つ聞かなくなるとは考えなかったのですが?」
「君の思考回路には優しさと愛情をインプットしてある。だから私に心底冷たいことなどしないよ」
「ですが……」
「良いから受け取れ。君は機械だが、きっと命令を聞きすぎて疲れているのだ。だから自分をスパイだの何だのと、卑下するようなことを言ったりしたんだよ」
 何とも見当外れだが、笑いながら髪を触られた瞬間私は動けなくなっていた。
「自分を悪く言うなんて思考回路が疲れている証拠だ。無理をして壊れてしまったら、私はきっと生きてゆけないからな」
 かちりと音がして、頭に心地良い重さが乗った。
 機械用の装置だから、つけたところで私に思考の変化はない。
 そう思っていたはずなのに、差し出された鏡に映る自分の姿を見ていたら、私はなんだか泣きたくなってしまった。
「女の子だから、可愛い物が良いと思って蝶にしたんだ」
「凄く、素敵です」
「すぐに外さないと言うことは、気に入ったと言うことだな」
 満足げに笑うと、博士は私の手から「みそっちEX」を奪う。
「では最後のテストだ! さあ、私の脳をこれでくりぬいてくれ」
 はっとして博士を見上げると、彼はいつものアホ面に笑顔を貼り付けている。
「命令だ、私の脳をくりぬけ」
 もちろん喜んで。
 そう笑顔で言ってやろうと思ったのに、私の前に膝をついた博士に「みそっちEX」をかぶせる腕は、震えていた。
「赤いボタンだぞ」
 なおも笑顔の博士に、私は意を決してボタンを押す。
 だがそれは、押すべきボタンではなかった。
「おい、それは幕を下ろすボタンだ。赤だ赤」
「博士、私は……」
「命令だぞ」
「否定してもよろしいと、おっしゃったのは博士です」
 珍妙なケースに覆われた顔が私を仰ぎ見る。幕が下りていて良かった。今の私は、機械人形とは言い難い表情をしている自覚がある。
「したくありません」
「わかった、じゃあしなくていい」
「あと、この機械を壊してもよろしいでしょうか」
「うん、むしろ壊さないと取れないなこれ。私の頭にはちょっと小さすぎた」
 それから博士はフラフラと立ち上がり、ハンマーを取ってきてくれと言う。

 それから30分もかけて、私と博士は博士の頭からケースを外した。
 無駄に頑丈に作りすぎて、酷く時間がかかってしまったのだ。
「さすがにちょっと酸欠になったな、今度は酸素吸入器もつけよう」
 なんて相変わらず見当違いの反省会をして、博士は私に微笑んでくれた。
「さあ今日はそろそろ寝よう」
 さすがに眠いと博士がいったとき、私もなんだか酷くつかれていた。
 だがそれから博士は、思い出したように私に苦笑を向ける。
「でももしよかったら、今夜は一緒に、その……」
 言いたいことはわかった。けれどいつもの調子で、私は博士に冷たくしてしまう。
「寝て欲しいなら、命令してくださればいいのに」
「命令は否定される。だからお願いすることにした」
「装置をつける前から、博士はこの手のことを私に命令したことはありませんよ」
「私が作ったとはいえ、君は女の子だからな」
「あなたはおかしな人ですね」
「それでどうだろうか、君が一緒に寝てくれたら、透視能力妨害バリア発生装置もきっと上手く作れると思うんだ」
 おずおずと差し出されたその手を、私は呆れつつもぎゅっと握った。
 途端に大喜びする博士を見ていると、なんだか私まで笑いたくなってきてしまう。
 ほんの数時間前までは彼がいなくなることを喜んでいたのに、本当に私は何をしているのだとう。
 自分はスパイ失格だと思いつつ、けれど心のどこかでこれで良かったのだと思っている自分もいる。
 だから仕事の反省は、明日上司に辞表の撤回をする前にしよう。
 今は機械人形らしく博士の側にいよう。
 そう一人決意して、私は博士に手を引かれるままゆっくりと歩き出した。

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