桐生の忍 ―咲乱れ交響曲―(12/14)PDFで表示縦書き表示RDF


桐生の忍 ―咲乱れ交響曲―
作:アオキチヒロ



9.danger―危険を回避するためにはそれなりの準備が必要―


 子供は寝る時間だとよい子は教えられているだろう、午後十一時三十分。
 十二月がすぐそこまで来ている冷たい夜風に吹かれながら、ほづみは中庭の真ん中で仁王立ちしていた。彼の隣には、お馴染みのように文佳が無敵の微笑みを携えて立っている。
「よーっし、お前等っ! 耳の穴かっぽじってよーく聞けよ!」
 ほづみが目の前にいる次期頭目とそのお目付役『双葉』に向かって大きな声で問う。
 終、都月、魁の順番で並ぶ彼等三人のうち、両端の二人はあまり乗り気ではないような表情を浮かべ、真ん中の一人――都月だけが楽しそうにほづみの次の言葉を待っていた。まるで餌を待っている子犬が尻尾でも振っているかのように待ち遠しそうな表情だ。
「今回の主犯者である花散闇は、どんな盗みでも必ず零時前後に犯行場所へやってくる! ……と、終が調べてくれた!」
「あれっ、お頭ってば他力本願? だから忙しそうにしてたんだね、終」
「そーゆうこと。今までの花散闇の事件を調べてくれって言われて、急いで調べたんだよ……ふぁあー……ねみぃー」
 双子が喋っているのを無視して、ほづみは喋り続ける。魁と文佳から向けられる呆れた視線も無視した。
「つまりあと三十分後には、“春風”を盗むために、怪盗花散闇は俺達の目の前に姿を現す!」
 やけに自信満々な彼に、今日の頭目会の出来事(主に投げ飛ばされたシーン)を思い出しつつも、魁は黙って両隣を見る。
 都月は目を輝かせてこれから起こるであろう出来事に心躍らせているが(怪盗に出会えるだなんて滅多にないよ! と喜んでいるに違いない)、終はそれとは反対に非常に面倒臭そうな顔をしていた。面倒と言うよりは、早く帰って寝たいのだろう。自分も同じ意見である。が、残念なことに自分の帰る家はここで、今からここに怪盗がやってくるというのだから寝てる訳にはいかないのだ。
「で、お頭。都月ちゃん達がここに呼ばれた理由は?」
「……よくぞ聞いてくれた、都月。実は俺、花散闇の怪盗予告のことを警察に通報してません!」
 えへん、とでも言いたげに威張って言い切ったほづみに、数秒遅れて魁が精一杯首を振って叫ぶ。
「いやいやいや、なんで!?」
「魁、ナイスツッコミ星っ」
「なんで警察に協力してもらわねーの!? しようよ! 国家権力に頼ろうよそこは! ついでに『星っ』とかいちいち口で言わなくていいから!」
「えー? 俺、警察キライ。すぐ怒るからコワイ」
「あんた一個人の意見で家宝を危機に晒すなぁあああっ! そして怒られるようなことをするなぁあああっ!」
 叫ぶと同時に、ほづみに掴みかかっていた。余りにも早かったそのスピードから逃げられず、ほづみがガクガクと揺さぶられているその光景を見ながら、双子が今回の招集についての結論を出していた。
「つまり、俺達は警察の代わりに花散闇を捕まえる為に、ここに呼ばれたってわけだな」
「なぁるほどっ! 花散闇に会えたらそれでいいかなって思ってたんだけど、捕まえるっていうのも面白そうだね」
「これ、給料でんのかな?」
「むー。時間外労働だから、出ないんじゃないかな? どうなんだろ」
「お給料と言うより、ご褒美が出るわよ」
 未だに魁から逃れられないほづみに代わって、文佳がスチャッと一枚のチケットを取り出した。
 遠目に見る限りでは、何処かの遊園地のチケットのようである。
 双子がいまいち理解出来てないのを見て、文佳がチケットの説明に入る。
「このチケットはね……――夢とロマン溢れるテーマパーク『エメラルドランド』百組限定、行く年来る年カウントダウンチケットォ! カウントダウンには、なんと今年のイメージキャラクターYUMEちゃんがやってくるっ! これは行くっきゃないぜ!――……っていうチケットなんだけど、つまりは現物支給ってことなの。花散闇を捕まえた人には、このチケットをプレゼントするんですって」
 ハイテンションなコマーシャルを終えた文佳に、二人は茫然と拍手を送る。普段なら見られない彼女の珍しい行動に、なんと反応を返せばいいのか分からなかったようだ。
 文佳も文佳で、少し恥ずかしかったのか、顔を赤らめて咳払いをしていた。

「っと、ごたごたしてる内に、もうこんな時間か」
 やっと魁のお説教から解放されたほづみが、慌てて腕時計を確認する。
 未だに次期頭領はお怒りのようだったが、とりあえず今回のところは勘弁してもらえたようである。
 少し威厳を取り戻したほづみが、元の位置に戻って三人へと向き直る。珍しく、真剣な顔をしていた。
「花散闇の狙っている春風は、俺の部屋の何処かに隠し収めてある。そしてその場所は、俺以外誰も知らない。どこに花散闇が潜んでいるかも分からないから、お前達にもその場所は言わない。とにかく、俺の部屋に近づけさせないようにしろ。相手が百戦錬磨の怪盗であろうと、決して春風だけは奪われるなよ」
 ほづみの言葉に、各々頷く三人。
 その様子を見て、彼はさらに続ける。
「『“春風”は誰の手にも渡らず、永久に鍔木家が所有すること』――それが初代頭目、鍔木要(つばき かなめ)の遺志だ。鍔木の忍であるお前等は、その遺志を守る義務がある。……今回の任務、理解したな?」
「春風を守ればいいんだろ? 分かってるって」
 少しだけ表情を崩したほづみに、緊張を解いて魁が答える。
「まあ、魁が馬鹿しねーように見張っておくよ」
「任務了解したでありまーす!」
 それに終、都月と続いて、三人は中庭から歩き出す。時間は、もう残り少ない。
「三人とも無茶はしちゃ駄目よ?」
 文佳の言葉に、誰かが返事した。
 
 

「それにしても……本当に警察を呼ばなくてもよろしかったんですか? ほづみさん」
 子供達の姿が消えてから、文佳が心配そうに尋ねた。
 あの三人の前では口に出さないように務めていたが、やはり相手は犯罪者である。忍とはいえ、まだ実戦経験も少ない三人だけではやはり不安が募る。
「万が一、花散闇に春風を奪われるようなことがあったら……」
「大丈夫だよ、文佳さん」
 縁側に二人で並びながら、月を眺める。今夜は薄気味悪いほどに綺麗な月が見えている。
「花散闇が狙っている物が、本当に鍔木家の宝刀“春風”なんだとすれば、花散闇は絶対に盗めない」
「盗めない……? そもそも、存在しない、ということですか?」
「いーや、ちゃんと存在してるよ。何度も奪われそうになったし、刀収集家達から法外な値段での取引も何度か持ちかけられた。だけど、“春風”は絶対にこの鍔木家から持ち出されることは無かった」
 月から視線を外し、庭に咲く椿へと目を向ける。もうそんな季節なのか、白や赤、そこかしこに咲いた椿は色鮮やかで、月夜の闇にうつくしく映えていた。
 初代の鍔木要は花が好きな人だった。特に、椿の花を愛していた。だから、わざわざ色んな種類の椿を庭に植えさせたのだそうだ。
 この椿たちは、五忍樹が結成された明治の世から、ずっとこの鍔木家を見ていた。
「文佳さん。俺には、未だに分からないことがあるんだ」
「何がです?」
「どうして鍔木要は、あんなものを……春風なんかを作ったんだろうって」
「え……? すみません。私、春風がどんな刀か知らないんです」
 それもそうだ。ほづみは、彼女に春風を見せたことは無い。
 怪訝そうに首を傾げる彼女を見て微笑みながら、彼は静かに呟いた。
「鍔木要は刀を作るのが本当に好きな人間で、鍔木家が五忍樹に居る理由も、元々は『刀を打ち続けられるから』というものだった。今は違うけどね。
 だけど、作ったからと言って本人が使う訳でもない。鍔木要は、自分の作った作品は殆ど手元に置かず、さっさと他人に渡していた。誰かの為に何かを作るのが好きだったんだろうな。
 春風も、元々は桐生家の頭目へ贈る為に作られた作品だった」
「ええと……? でも、鍔木家にあるんですよね? 春風は」
「うん、そう。それがね、送り返されちゃったんだって」
「送り返されたんですか」
「そう。面と向かって、『いらない』って言われちゃったらしい。だから、春風は唯一誰にも使われることの無かった、鍔木要の作品。そんな訳で、日本刀収集家達は挙ってこれを手に入れようとした。だけど、」
 そこで一旦話すのを止め、ほづみは悲しそうに、だけど文佳にいらぬ心配をかけぬよう気を付けながら、静かに息を吐いた。
「だけど、春風を見た収集家達は声を揃えて言ったそうだ。『“春風”は駄作だ』と。だから、盗まれる心配なんてしなくていいんだよ。そんなものを、わざわざ盗む奴は居ないさ」
「あら? でしたら、何故魁くん達に花散闇を追わせたのですか?」
「あいつらには早く実践慣れしてもらおうと思ってね。花散闇はその練習台。文佳さんが心配するようなことは一つも無いよ」
 よいしょ、と掛け声をつけて立ち上がったほづみ。
 それに倣って、文佳も立ち上がる。
「ほづみさんがそう言うのなら、花散闇の心配はしませんけど……。やっぱり子供達が気になります。屋敷中に罠を張り巡らせたのでしょう?」
「あ」
 文佳の最後の言葉に、ほづみが両手で青ざめた顔を押さえ込む。
 その表情は明らかに、失敗したときに使う表情だ。
「……やっべ、それ言うの忘れてた!」
 物事には万が一ということがある。その万が一に備えて、屋敷にはありとあらゆる場所に、対花散闇用の罠を張ってあるのだが……これがまたなかなか良い出来の罠なのである。
 あの子供達に、最も言わなければならない注意事項だったような気もする。
「文佳さん……俺、ちょっくら様子見てくるわ!」
「いってらっしゃい」
 相変わらず何処か抜けている夫を見送りながら、文佳はもう一度夜空を見上げた。月はまだ、綺麗に輝いていた。







あなたの為に作った“春風”
あなた以外の人には使って欲しくないから、
これはずっと、僕が大切に持っておこうか。

もう一度僕とあなたが出会う、その日まで。















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