桐生の忍 ―咲乱れ交響曲―(11/14)PDFで表示縦書き表示RDF


桐生の忍 ―咲乱れ交響曲―
作:アオキチヒロ



8.monster―化物に餌を与えるのは大変危険です―


「はい、召し上がれ」
 そう言いながら、朝飛は灰色の猫……もとい灰色の子供の目の前へと皿を差し出す。
 急ごしらえで作ったオムライスだが、なかなかの出来である。出来たてのそれからは、ふわふわと白い湯気が立っていた。
 子供は朝飛を一瞥して、スプーンで少しだけ掬い、おそるおそる口に含む。
 そしてすぐに、目を丸くさせた。
「おっ……!」
「お?」
「おっいしいー! すっごくおいしいー! きみ、料理上手なんだねー!」
 二つに結った灰色の髪を勢い良く揺らして、目の前の子供は皿の上に出されたオムライスを勢い良く詰め込んでいく。
「そんなに急いで食べたら、喉を詰まらせちゃうよ」
「ふぁーい!」
 よほど腹を空かせていたのか、驚異の速度で減っていく皿の上を見て、朝飛はほっとしたように息を漏らしてエプロンを外す。そして子供に向かい合う形で椅子に腰掛けた。

 ……そう。何をどう間違ったのか、花から世話を頼まれていたはずの猫は、人間の、それも空夜よりも少し下くらいの子供だったのだ。
 外見からして、恐らく少女であろう。灰色のツインテールに、猫型のリュックサックだけしか判断材料は無かったが、それで十分だった。
 花はこのカバンの形から、自分に『猫』と伝えたのではないだろうかと朝飛は推測した。
 子供を世話してくれというよりも、猫を世話してくれと頼んだ方が了解してもらえる確率が高い。それを見越して、自分に『猫』だと伝えたのだろう。
 公園で倒れてしまわれた時はどうしようかと思ったが、あの後すぐにこの子供を背負って家に帰り、あり合わせの物でオムライスを作った。子供が好きな食べ物と言えばカレーかオムライスくらいしか浮かばなかったのだ。
 最初はぐったりとして水を飲むのも一苦労していたようだったが、この様子だとすぐに元気になりそうだ。いや、既に元気だと言ってもいいくらいだろう。
 家に帰る途中で、朝飛は父にこのことについてなんと説明しようかと悩んでいたのだが、幸いなことに冬悟は不在だった。と言うより、しばらく仕事で家に帰れない日が続くそうだ。頭目会に出席する為に一度こちらへ戻り、そしてそのまま仕事へ向かったらしく、家に帰った様子は無かった。
「生き返ったー! きみは命の恩人だよー」
 その言葉で、思考と一旦止めて朝飛は空になったコップへお茶を注ぐ。皿の上は米粒一つ残っていなかった。
「それは良かった。ところで、いくつか聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「ぼくで答えられることならいいよー」
 『ぼく』という一人称に若干違和感が残ったが、朝飛は気にすることなく質問を開始した。
「きみの名前は?」
「『相手の名前を知りたかったら自分から名乗れ』って言われなかったー?」
「『自分のことは無闇に人に喋るな』とは言われたけど」
「むー……じゃあ自己紹介ターイム! 名前と誕生日を言ってみよーう」
 人差し指を天井に突き上げて、少女は楽しそうに言った。
 それにつられて、朝飛も少しだけ微笑んだ。子供というのは何に対しても全力なのだと思わせられる。
「僕の名前は桐生朝飛、誕生日は四月二十八日だよ」
「『朝飛』かー。良い名前だね! ぼくの名前はー、小日向……えーっと……そうだなぁ、小雨。……うん、小日向小雨(こひなた こさめ)
「……いま決めたよね?」 
 明らかに偽名だった。自分の名前を言うのに悩んだり考えたりする人間はそう多くはないだろう。
 だが小雨は悪びれもせず、「小雨さんって呼ぶといいよー。ちなみに誕生日は毎日!」などと言ってにこにこ笑っていた。
 そんな小雨に脱力しながら、朝飛が項垂れる。
「なんか真面目に答えた僕が馬鹿を見たみたいだ……」
「気にしなーい気にしなーい。そうそう、朝飛ぃ、きみ何歳?」
 今の流れで何故年齢の話へと移ったのか分からなかったが、元来真面目な性格の朝飛は素直に答えた。
「十四だけど」
「…………じゃ、ぼく十七歳! いえーい、ぼくの方が年上ー」
「いま決めたよね?」
「年上の人には敬語を使わなきゃいけないんだよー」
「あ、すみません」
 元来真面目な性格の朝飛は以下略だった。
 自己紹介がすんですっかり打ち解けた雰囲気の小雨は、にこにこと笑いながら空になった皿を指し示して喋る。 
「それにしても、さっきのオムライスは最高においしかったよー。こんなにおいしい料理を作れるなんて、朝飛は天才だねー。ぼくのおねいさんの料理もおいしかったけど、きみほどじゃなかったなー」
「お姉さん?」
「うん、ぼくのおねいさん! すっごく綺麗で賢くて、料理の上手なお医者さんなんだよー。二人で色んな国を旅してたんだけどー……」
 最初の方は元気に言葉を発していたのに、最後の方は聞き取れないくらいか細い声になっていく。
 よく聞き取れなくなった朝飛が、一部分を鸚鵡返しに聞く。
「してたんだけど?」
「……迷子になっちゃったー……」
 事実が重すぎたのか、頭をごつんとテーブルの上に置いて、小雨は暗い面もちで何度も「どうしよー」を連呼した。
 その姿を見て、「ああ、親猫ね……親猫とはぐれた、灰色の猫ね……」と妙に納得する朝飛だった。
 暗くなった部屋の空気を変えようと、朝飛が質問を続ける。
「そうだ。この国には何をしに来たんですか?」
 迷子になってしまった現実から目を逸らすように、小雨は勢い良く頭をあげて姿勢を正す。
 とは言っても、椅子の上であぐらをかいていたが。
「んー? おねいさんの家が信州とか言う所にあるからー、ぼくの仕事を片付けるついでに一ヶ月くらい滞在する予定だったんだよー」
「仕事? 何の仕事をしてるんですか?」
「殺し屋ー」
 ピタッと朝飛の時間が止まる。今受け取った単語を必死で理解しようとしているのか、しばらく朝飛は黙ったままだった。
 そして、答えが出た。
「……ああ、コロッケ屋さんですか。それは美味しそうですねぇ」
「違うよ、殺し屋さんだよー。外れなしの殺し屋、小日向小雨っすー」
「殺し屋さんですかー。あはははは、それはまた大層な人を預かっちゃいましたねー。最初はただの猫を世話するつもりだったのに、実は人間で、しかも職業は殺し屋さんですか。いや、別に殺し屋さんだからって偏見の目を持つ訳じゃないですけどね。僕も似たような感じですし。でもこの沸き上がる感情は何なんでしょう? 僕はこの行き場の無い怒りを一体誰にぶつければいいんでしょう? 花さんかな? 花さんですよね。花さんしかいねぇよ!」
 一息だった。一息で言い切って、最後はほとんど叫んでいた。
 突然の大声に小雨もびっくりしているようだったが、不測の事態がこうも立て続けに来られてしまうと、さすがの朝飛でも大声を出さずには居られなかった。
「なんか、大変そうだね……そういえば花ちゃん、なんで公園に来なかったのー?」
「お仕事の所為で、しばらくは来られないそうですよ……だから僕があなたのことを頼まれたんですけど……」
「なるほどー。花ちゃんの言ってた『何か頼まれたら絶対に断ることが出来なさそうな、お人好しっぽい少年』って朝飛のことかー」
「…………」
 がた、と椅子から立ち上がり、無言のまま部屋を出ていこうとする朝飛。
 急にどうしたのだろうかと不安そうな顔で、小雨が尋ねる。
「あ、朝飛ぃ? どこかに行くのー?」 
「ちょっと花さんを抹殺する旅に出ますね。探さないでください」
 キラキラと輝く微笑みを見せながら、朝飛はすたすたと歩き出す。そんな彼の腕を掴んで、小雨は必死に進行を防いだ。必死になる理由はただ一つ。
 余りにも、朝飛の目が死んでいたからである。
 




 * * *





 丁度朝飛が花抹殺を心に固く誓った頃、火之基家では朝と同じく兄妹揃っての夕飯を取っているところだった。
 頭目会という心配事が無くなったお陰か、志勇の食の進みは朝よりも良い。反対に、志保はあまり食べていないようだった。味噌汁を二口、ご飯を半分残した状態で箸を止めた。
「……ごちそうさま」
 かちゃり、と箸を置く音を聞いて、志勇が心配そうに向かいを見やる。
「どうした、志保。もう食べないのか?」
「うん、もうお腹いっぱいだし……」
 そうはいうものの、妹の皿には余りにも残された量が多かった。
 志勇は一旦自分の箸を止め、真剣に尋ねる。
「なんだか、元気がないな。そういえば、今日の散歩は随分早かったそうじゃないか。何かあったのか?」
「うええっ!? そうかな? ぜんっぜん元気! あれだよあれ、夕飯前にお菓子食べ過ぎちゃってさー。あっ、そだ、宿題やってなかったんだ! ってなわけで、部屋に戻るねー!」
 あまりにも不自然すぎる退室だった。慌てているのが態度によく出ている。
 やはり、今日の散歩で何かあったのだ。そう確信した志勇は、どこに向かって言うでもなく、一言「浅倉」と声を出した。すると、たったいま志保が出ていった襖のすき間から、浅倉が息一つ乱れさせずに入ってきた。彼のことを、神出鬼没とでも言うのだろうか。
「お前はどう思う?」
「志保様のことですか?」
「ああ」
 浅倉は何度か首を傾げて思案した後、自分の中で一番の有力候補を志勇へと提示した。
「志保様が夕餉前に何かを食べていらっしゃった覚えはありません。ですから妥当なところを申しますと、やはり何かお悩み事でもあるのではないでしょうか?」
「悩みって……あいつにか? まさか。もしあったとしても、一体何の悩みだか」
「そりゃあ志保様だって年頃の女の子ですし、恋の悩みの一つや二つくらい……」
「恋……とかするような奴か?」
「有り得ないとは言い切れませんよ? ついに志保様に春がやって来たのかもしれませんし」
「ええええええ?」
 到底信じられない想像を差し出されて、志勇は半分笑い顔のまま、疑いを声をあげた。
「まあ、全て私の憶測の域を出ませんが」
 そう言って言葉を濁す浅倉もまた、自分自身の出した答えが当たっているとは思っていないようだった。

 そんな風に、実の兄と世話係に酷い言われようをされている志保は何をしているかと言うと、
「ううー……! なんだっ!? なんなんだこの胸のもやもやはー! 胸焼けして全然ご飯が食べられなかったじゃないのよ!」
 本棚の前であぐらをかきながら、家庭の医学をぺらぺらとめくっていた。
「ハッ! もしかして……」
 ぴた、とページをめくる手を止めて、志保は今日の出来事を思い出す。
 銀杏の並木道、可愛らしい魁の婚約者、自分に無いものを兼ね揃えていた千早鳴海、手作りのティラミス。
 志保は口元に手を当て、真剣な声色で独り言を呟いた。
「……鳴海さんのティラミス、美味しいからって調子に乗って食べ過ぎた……?」
 あながち間違いではなかった。間違いではなかったが、何か、本当の答えから三歩ほど遠ざかったような気がしないでもなかった。












恋患い?
いいえ、本当に患っているのです。















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