もう何年前の話になりますかねえ、中学生の時分なんですがね、後にも先にもその一度だけ、私もいわゆる本命のチョコレートを貰ったことがあるんですよ。いやいや、本当ですって。そんなに驚かなくても。
今でも覚えてますよお、二月十四日、華の金曜日の放課後、天気は快晴! その日の私は、まあ、ご多分に漏れず、本命どころか義理チョコすら貰えなくてねぇ、一人寂しーく昇降口に向かったわけですよ。それがまた寒い日でねえ、校舎は古くて隙間風が酷いわ、チョコは貰えないわ、友達連中はみーんな女のとこに行っちまうわで、もう中から外から北風がびゅうびゅう吹きすさぶわけですよ。
まあそれでもね、まだ最後のチャンスがある! っつってね、ほーんの少しだけ期待を抱きながら下駄箱にぬん! と対峙したんですよ。このフタを開けた先に『何か』あるだろう、というかもう、あってくれ! っていった感じですかね。ともかくそんなわけでね、覚悟を決めてエイヤッ! とフタを開けたんです。
そしたらねえ、なんと、あったんですよ! 手紙が。まあ手紙っていっても、よくあるなんかキティちゃんやら何やらの可愛らしーい便箋とかじゃなくてね、ルーズリーフっていうんですか、ああいうノートの切れ端みたいなのでねえ、その手紙の娘は元来暗い娘だったんでしょうかねえ、ハサミかなにかでちょっといびつな真四角に切ってあって、それが四つ折りになってるんですよ。
それがもうえらく無機質で。
いやあもうそれを見つけたときはなんて言うんですかこう、冷や水を吸い込んだみたいな心地がしましてねえ。嬉しいのが半分と、あとはなんと言いますかこう、どうにも不気味なのが半分、もうとにかくドキドキしちゃいまして、それ持って急いで校門を出まして、誰にも見られないようにそれを開いたんですよ。そしたらねえ、なんかこう、右に傾いたような独特な字で、
「今日の四時半に、末広公園に来て下さい。」
とこう、それだけ書いてあったんですよ。――そう、渡し主の名前もなんにもなし。ねえ、変な手紙でしょう――それを読んだのが大体四時位でしたかねえ、半端に時間があったんですよ。なんだか気味悪りぃなあ、なんて思いつつも、やっぱり男の子でさァ、そっから真っ直ぐに例の末広公園に向かったんですよ。
それはもう急ぎに急いで公園に向かったんですけどねえ、何せまだ三十分弱時間が余ってるわけですよ。
いやもうその三十分が長くて長くて。
公園の真ん中にでっかい時計があったんですけどね、それを見ては待ち見ては待ちしてたんですよ。
そこは公園なんつっても遊具の一つもないような砂利敷きの広場でねえ、周りには、公団住宅っていうんですか、あの寂れたのが三六〇度ずらーっと並んでて、そうでなくても公園の周りには木が鬱蒼としてて日の光も入らないってのに、そりゃあもう薄暗くて、一体全体どうしてこの娘はこんな場所を選んだんだ、なんて思いながらもね、やっぱりチョコレートは欲しいわけですよ。公園の端っこのベンチに腰掛けてねえ、三十分ひたと待ってたんですよ。
ところが! そりゃもう待って待って待ちくたびれてやっと四時半になったってのに、女の子はおろか、人一人来ないんですよ。私はもう凍ちゃいましてね、あと五分待って来なかったら帰ろう! と思ったんです。ひょっとしたら趣味の悪いいたずらなんじゃないか、なんて疑い始めてたこともありましてね。
で、五分経ったんですけどねえ、もやっぱりだれも来ないんです。そしたら丁度良く少し遠くのとこでサイレンの音やらやじ馬がなんやかんや騒ぐ声やらが聞こえてきましてねえ、帰るついでにそっちを冷やかしていくか、と立ち上がったんです。 でもねえ、やっぱり諦めきれなかったんでしょうね。今私が帰った後にこの女の子が来たら、なんて邪念が頭をよぎりまして、しょうがない、もう十分待つか! ってまたベンチに座ったんですよ。
我ながら何考えてたんだですかねえ、そのまま一時間半も待ったんですよ。辺りは真っ暗になるわ輪をかけて寒くなるわで、鼻ダラダラの身体ブルブルになってとうとう、もう今度こそ、ほんっとーに今度こそ帰る! って立ち上がった途端! 来たんですよ、女の子が!
ウチのガッコの制服に真っ黒いコート羽織って、髪なんかばさっ! と下ろしてるんですが、もう見るからにさらっさらしてて、その奥の目がくりん、と大きくて、ちょっとその目付きが鋭くてねえ、可愛いような怖いような、見覚えのあるようなないような娘がこっちにゆーっくり歩いて来るんですよ。
もう寒いやらなんやら全部吹き飛ぶような心地でしたね。もういろんな意味で見とれてしまうような娘でしたよ。そりゃもう急いで袖で鼻拭って、なるべく気取って、こんばんは、なんて言ってみたんです。
でもねえ、その娘一っ言も喋らなかったんですよ。そう、遅れてスミマセン、の一言もなしです。すったすったと真っ直ぐにこちらに歩いてきてねえ、ずいっ! と私に何か箱を突き出したんです。 その箱に目をやると、そりゃもうボロッボロで、車にでも轢かれたんじゃないか、って位の有様だったんですよ。私は一体これはどうしたもんかと思ってその娘の方に向き直ったんですけど、そしたら! もうその娘はいなくなってたんですよ。もう何もかも訳が分からなくて、私唖然としてしまいましてね、とりあえずその箱を開けてみたんですよ。
そしたら! 中身の――トリュフチョコ、っていうんですか、艶のない丸っこいチョコだったんですけど――それには傷一つついてないんですよ! 紙のカップに一つずつ、きれいに並べてありましてね、私も不思議に思いましてもう一度フタをあてがってみるんですけど、それが閉まらないんです。
何度も試してみるんですけどやっぱり駄目で、とうとう諦めて中のチョコに手をつけたんですよ。一つ口に含んでみたら、何といいますか、こう、鉄のような味がしましてね、とても食べられた代物じゃなかったんですけど、こう、なんですか、どうしても食べなくちゃいけないような気がしましてね。もう半ば無理やりに口の中に押し込みました。
それで、次の月曜日なんですけどね、もうあのときの娘は誰だったのか気になって気になって、教室に着いたら真っ先に探してみようと思ったんですけど、生憎その日は全校朝会がありましてね。
それで、校庭に並んで校長の話を聞いたわけなんですけれども、その校長が言うには、なんでも金曜日の四時半過ぎにウチのクラスの女の子が自動車との事故で亡くなったって言うんですよ。名前は聞いたことがあったんですけど、どうにも顔が思い出せなくて、というよりもその時の私はそれどころじゃなかったんですね。もう周りをキョロキョロして、金曜の娘はいないか、って朝会の間中探してたんですよ。
まあ結局見つけられないまま教室に戻ってきたんですけどね、そしたら私の前の席の机に花が活けてあったんですよ。私はその時になってやっと思い出したんです。金曜の娘はこの席の娘だ! ってね。授業を受けている時、丁度黒板の下の字の邪魔になる位置にあの彼女のさらさらした頭があったんですよ
クラスの中でも目立たない娘でしたからねえ、思い出すのに時間がかかるのも無理はなかったと思うんですけれども、でも仮にこの席の娘だったとすると、おかしいことがあるんですよ。
だって、先刻の朝会で校長が、亡くなった、って言ってた娘なんですから。花が活けてあったのだってそうでしょう。その娘がその一時間半後に私のところに現れる筈がないんですよ。私ちょっとどうにも訳が分からなくなりまして、――人違いで片付けるには無理がありましたしね――席に着いてからしばらくぽかん、としてたんですけど、一時間目の授業が始まってすぐ位ですか、後ろの方からねえ、女子達の話し声が聞こえてくるんですよ。
「さっきの校長先生の話あったでしょ、あの事故が起きた後、私そこに行ったんだけどね、車は凹んでたし、あの子も酷いことになってたんだけどね、もうほんとにぐちゃぐちゃになってたんだけど、血がね、どこにも、全然着いてなかったの」
ってね。
今考えてみるとですね、きっとあの娘は急いで私のところに来ようとして、事故に遭ってしまったんでしょうね。
それでチョコも自分もぐちゃぐちゃになってしまって、でもどうしても私にそれを渡したくて、自分の『ぬけがら』から血を集めて、それでチョコを固めたんじゃないか、って。こんなのはあくまで私の憶測に過ぎませんし、私は幽霊なんてこれっぽっちも信じてないつもりなんですけれども、今でも、あのチョコの味が彼女の血の味だったのかと思うと、少しぞっとするんですよ。 |