いらない、と思った。だから、捨てた。ただ、それだけのことだ。
ぼくは神様だ。箱庭の世界の神様。その世界に住んでいるのは、たった一人の人間と、植物と、虫と、大人しい動物だけ。ぼくが神様で、それらはぼくの加護で生き長らえている。
「ねえ、それ、楽しいのか?」
エスはそう言った。ぼくは箱庭の世界を見つめていたけれど、声をかけられたから振り返った。エスは気付くと、ぼくの側にいる。
エスは前髪が長い。だから、どこを見ているのかも、どんな目をしてぼくを見ているのかも、わからない。声にもあまり抑揚がないから、感情を読み取るのも難しい。だけどエスはおしゃべりだ。
「楽しいよ」
「どういう風に」
「ぼくの思い通りの世界が創れる」
「それが、楽しいのか」
「ぼくが世界になるんだ。僕がいなきゃ、こいつらはすぐに死ぬんだぜ」
ぼくは笑った。箱庭の世界を見つめて。エスはそんなぼくの顔を見ると、唇を結んだ。不可解だとでも言うように、前髪が揺れる。
「じゃあ、俺等にも神様はいるのか」
「さぁね。会ったこと、ない」
「じゃあ、箱庭の住人は、神様を知ってるのか」
「知らないさ。顔だって」
「神様は楽しいのか。一人で」
エスはそう言った。いつもと同じ声量で、いつもと同じ低い声で、いつもと同じように表情筋を最低限だけ動かして。
ぼくは、答えられなかった。
いらない、そう思った。
「エス」
「なんだ」
「消えてくれ」
ぼくがそう言うと、エスはゆっくり首を傾げた。前髪が揺れる。その奥にある瞳が、きらりと光ってぼくのそれと合う。エスはそれから、ゆっくりと口角を上げた。
「そうか」
それが、最後の声だった。
それが、最後の音だった。
そうしてぼくは、暗闇に捕らわれた。
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