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改稿1。花と少女
作:ハルうるま


 横断歩道の青信号が点滅した。小走りで渡る五十歳にもなろう女性がスーパーの袋を両手に提げて恥じらいも捨てたのか蟹股走行。
 私は立ち止まり、ここの信号待ちも長いけれどあの女性が子供をどのように躾ているか不安にもなる。こういうのをみると、今年から中学校で現代国語の教員になる立場として思うことが多い。それを並べ立てながら、走りだした車の騒音にため息一つで俯く。いつもなら私もこの排気ガスと混雑を構成する一員なのです。
(あらっ、花。にちにち草)
 声に出さず頭で独り言。横断歩道と車道の境目に一枝。交互に葉をつけて濃いピンクの花が一輪だけ。
 右隣で舌打ちするのが聞こえて横目でみると、背広服の男性が向かいの信号を睨んで呟く。
「はぁー。長いからなー。ここの信号待ちは」
 諦めたふうに下を向くけれど顔が和む。花に気づいたのでしょう。可憐な花を見れば誰でも心が和む。冷凍食品も買ったが良いか、と待つ心に余裕も出来ます。
 セーラー服の女の子が私の左を通り抜けて長い髪から春風が匂う。南の島だからこそにちにち草もこの時期に見られると思いながら、もう一度花へ目をやる。
「あっ」
 思わず口から出た。女の子がにちにち草を茎の半ばから折ったのです。開いた口が塞がらないと慣用句しか浮かばないし、ほかに言葉を探す心境でもありません。
「最近の子は荒れている」
 隣の男性が同意でも求めるように話しかける。
「高校生ですよね」
 分別もある歳と私は考えてますから、ひとこと諭すようなことでも言おうと一歩踏み出す。女の子は避けるように俯きながら小走りで歩道へ行く。にちにち草の花が彼女の指先で震える。
「ちょっと」
 それも聞こえないみたい。すぐ青信号になり私の後ろで信号を待っていたらしい若い男の子たちが、すげーなんて女だなどと口々に言いながら渡る。
 私はためらわずに女子高校生を追いました。心を和ませる存在をいとも簡単に持ち去られた悔しさもあります。また、教育者としてやるべきことがあるはず。
 ほどなく行きますとガードレールのところに彼女は膝を曲げるように座っている。
(難しい年齢ではあるから。いけませんでは私が幼稚みたいで馬鹿にされるか)
 ただ叱るだけではなにか怒っているらしいとしか思わないだろう。直接非難しても反抗するだけかもしれない。ここは、まずなにをしているか下手に出よう。
「どうしたの。座って」
 柔らかい調子で後ろから声をかける。それに返事はありません。花のことなんてとっくに忘れているのでしょうか。
 私は彼女の隣に立つと見つけました。ガードレールの下に捨てられた、にちにち草。
「綺麗な花はね」
 それでも言葉は続けられない。
 濃いピンクの花びらが薄汚れて黒ずんだ灰色の毛に映えます。前足を硬直させて伸ばした猫です。後ろ足はどういうわけかぐちゃぐちゃにつぶれて、猫は横たわる。開けた口元にたまる黒いのはかたまった血。
 彼女がなにかしたのでしょうか、それとも自動車に轢かれたとか。
(気づかなかった。私はここを通ってきたんだけど)
 思いますけれど違うとも気づいた。見ても見えなかったんだ、私の心には。
(かわいそう)
 心の奥が呟く。でもそれは猫じゃないと感じている。私なんです。
 トラックの巻き起こす風に、セーラー服のリボンが揺れる。その胸元で組み合わされた指が白く輝いて眩しい。私はなにを教えようとしたのでしょう、この花を手向ける少女に。
(私が花を摘んだのはいつだろう)
 花は綺麗とただ観念的に思っているだけ。そして小さな花は認めても、猫からは心の目を逸らしていた。快いもの自分で勝手に善と思っているのしか見てないのが私かもしれない。
 私は今年から中学校で教員をしている。だけれど、なにを生徒に教えるつもりなのだろう。上辺を飾ることや良い点を取らせるためにチョークの粉を浴びているのかしら。
 セーラー服が立ち上がり私の前から遠ざかる。
(いまやれるのはなに)
 にちにち草が囁いたように思えた。私は猫を直視する。そして初めて、両手を合わせるという簡単なことに気づく。

                      了

               うるま


読んでくださってありがとうございます。この話はホームページのポエムを長くしたものです。連載と、それから、ムーンライトで官能話を書かせていただいてますが、これを縁に、またいつかお目にかかりましょう。













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