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はっぴーえんどの条件

作者:香月航
 ――さて、この状況に名前をつけるとしたら、一体何と呼ぶのが適切だろうか。
 裏切り? 乗っ取り? ……うーん、その辺りはちょっと違うか。まあ少なくとも、『職務怠慢』は言ってもいいと思う。
 たった一人の美少女をちやほやと囲んで構う仲間たちを眺めながら、私は今日もため息をついた。


 始まりは、今から一年ほど前まで遡る。
 当時の私は、小さいながら私用の研究室を与えられている、国直属の魔術師の一人だった。日々研究と実験に明け暮れるだけの、女としてはやや枯れた生活。それでも、大好きな魔術に関わることを生業(なりわい)にできて、毎日が充実していたと思う。
 そんなある日のこと、なんと国王陛下から直々に『魔王討伐部隊』への参加を命じられたのだ。

 実は私たちの住まう大陸は、四分の三が我々人間の治める国であり、残りは『魔族』と呼ばれる別種族の領土になっている。
 かつては争っていたらしい人間と魔族。しかし、ここ数百年は(いさか)いもなく、混血も珍しくないほど両種族は平和に暮らしていた。

 ところがその年、魔族の王――『魔王』が代替わりをしたらしく、突然我が国に対して宣戦を布告。侵攻を始めたのだ。

 領土の広さが示す通り、魔族は人間と比べてとても数が少ない。が、一人一人が長寿な上に凄まじく強い種族だ。上層部が対応を考えている間に、国境の砦はあっと言う間に落とされてしまった。

 慌てた陛下たちは、すぐさま軍を各地に派遣。また、宝物庫で眠っていた『聖剣』をひっぱり出して、『勇者』と彼を中心とした『魔王討伐部隊』が旅に出ることになった。
 指折りの騎士たちと癒しの僧侶。そして、魔術師代表としては私が選ばれた。

 一応断っておくが、私は決して国一番の魔術師などではない。ただ、ある程度の実力があって、かつ『長旅に耐えられる若い者』が私だけだったのだ。
 他の候補は腰の曲がったおじいちゃんおばあちゃんばかりなので、断る訳にもいかなかった。

 まあ、選ばれてしまったからには仕方ない。覚悟を決めた私は、ただ一人許された荷物持ち兼護衛の従者を連れて、この約一年を彼らと旅してきた。
 残念ながら他は全て男性だったので、道のりは決して楽ではなかった。
 が、足をひっぱるなど私の矜持(プライド)が許さない。どれだけ歩幅が違っても『疲れた』と口にしたことはないし、野営の際の火の番だって、他の面々と変わりなく努めた。

 下な話になるが、“月の(さわ)り”も彼らの迷惑にならないよう、ずっと薬と魔術で止めて来た。国の平和のため、私なりに頑張ってきたつもりだ。
 彼らの誰とも『男女の関係』にはならなかったけれど、仲間としては信頼していた。仲も良かったと思う……多分。
 今となっては、それも全て私の思い違いだったのかもしれないけれど。

(……しょせん、大事なのは顔かー)

 足元に転がる魔物――魔族の手ごまである化け物――の残骸を確認しつつ、しみじみと思う。別に特別不細工ではない(と思う)が、彼らが取り囲む彼女と比べれば、私の方が劣った容姿であることは事実だ。
 しかも現在は長旅真っ最中。容姿に気を遣う暇があれば、少しでも多くの敵を倒すことを目的としてきた。肌も髪もずいぶん(いた)んでしまっている。

(自分が間違ってるとは思わないけど、やっぱり男としては綺麗な子のがいいのでしょうねえ)

 ちゃんと全部倒してあることを確かめて、ほっと息をつく。
 相変わらず仲間たちは彼女を構うので忙しいらしく、私が周囲を確認している間も、こちらを見向きもしなかった。


 彼女が部隊に加わったのは、ほんの二週間ほど前のこと。それまで一緒に戦ってきた僧侶が、戦闘の最中にうっかり腰をやってしまい、その代わりが必要になったのだ。
 前任は教会でもベテラン中のベテランのおじ様だったのだが、年も五十を過ぎており、さすがにそろそろ長旅は無理だと判断したらしい。
 ちょうど大きな街が近かったので、彼は惜しまれつつも部隊を抜け、代わりにこの逆ハーレムの主さまが加わることになった。

 ふわふわと波打つ腰までの金髪に、海のような美しい色のぱっちりおめめ。物語の姫君のような麗しい容姿に加えて、女性らしい起伏に富んだ抜群のスタイル。
 傷んだ茶髪に釣り気味な茶眼、女を半分捨てている私とは比べるまでもなく、外見だけは本っ当に素晴らしいと思うのだけど。

「……できれば、能力的に素晴らしい僧侶が欲しかったわよねえ」

 あのおじ様の代わりとして選んでもらったので、当然能力は高いのだろうけど……残念ながら、彼女が癒しの力を使っているところはまだ見たことがない。
 と言うのも、彼女が加わって以降、勇者をはじめとした仲間たちは、全く! 全っ然戦ってくれなくなってしまったからね!!

 このところ戦い、怪我をするのは私と“もう一人”だけだ。そして、彼女は私たちの怪我を治すつもりはないらしい。「勇者様に尽くすために加わったのですから」だそうで、他のヤツらはどうでもいいようだ。
 勇者はいわゆるイケメンさんなので、まあそういうことなんだろう。何が僧侶だ、神様に謝れ。


「……主、こっちも終わったぞ」

「お疲れ様、イル」

 くだらない風景を眺めていれば、ちょうどそのもう一人が戻ってきた。音もなく、まるで影のような彼の動きにも、もう慣れたものだ。

 イルと呼んでいる彼こそが、女の私が連れて来ることを許された荷物持ちの従者である。
 数年前、血まみれで研究室の前に倒れているところを助けて以降、忠犬のように私に仕え、尽くしてくれている。

 今は従者と言う扱いだが、元は暗殺者のようなものだったらしい。今日も黒地のフードを目深にかぶり、木々の陰に隠れるように佇んでいる。呼称のイルというのもおそらく偽名だろう。

「今日も沢山戦ってもらってごめんね。怪我はない?」

「大丈夫だ。それに、これは主のせいでもない」

 色ボケな仲間たちが戦わない分、現在前衛を務めているのは彼一人だ。もちろん私も戦ってはいるが、どうしても魔術師は後方からの戦い方になってしまう。
 そっと近付いてみれば、大きな怪我はないようだが、やはりところどころ擦り傷などを負っていた。

(無傷で済むわけがないわよね……)

 イルはとても強い人だ。彼だからこそ何とかなっているのであって、決して一人で戦うような敵の数ではない。荷物からいつもの傷薬を取り出し、骨ばった彼の手に握り込ませる。

「……ごめんね。僧侶の癒しの力なら、すぐに治してあげられるのだけど」

「問題ない。それに、主が作ってくれたこの薬はとてもよく効く。俺にはこれで十分だ」

 かすかに覗くイルの口元が穏やかに微笑む。
 彼はこんな状況でも、文句一つ言わずに私と共に過ごしてくれている。いくら国のためとは言え、彼がいなければこんな部隊などとっくに投げているところだ。

「おい女、終わったのか?」

 傷ついた彼を労っていれば、背後から飛んでくるのはまるで叱責するような鋭い声。少し前までは仲間と呼び合い、慕っていたはずの男の声。

「…………」

 言葉を返すのも馬鹿らしい。ギッと睨みつければ、無言の肯定と受け取ったのだろう。勇者と他の男たちは彼女をエスコートしながらぞろぞろと移動を始める。
 どうせ戦わないのなら宿に居てくれればいいのに。こうしてついて来るだけついて来ては、私とイルの苦労の結果を『勇者一行の戦果』として持って帰るのだ。全く忌々しい。
 ちらりとこちらを覗き見た僧侶の瞳は、嘲笑するように歪んでいた。

「……どうして教会は、あんなのを寄越したのかしら」

 後姿も見えなくなった頃、つい愚痴がこぼれてしまった。国を救うために旅立ったはずなのに、仲間さえこれでは、何のために戦っているのかわからなくなりそうだ。

「ねえイル、貴方も少しは怒っていいのよ? こんな無茶ばかりさせられて!」

「俺は主と共に居られればどうでもいい。戦うことは嫌いではないしな」

 同意を求めて従者を見れば、彼は軽く肩をすくめながら苦笑するだけ。むっと頬を膨らませる私の方が子供のようだ。

「それに主、悪いことをするヤツには、ちゃんと罰が下るようになっている。勇者だろうが僧侶だろうが変わらない」

 そんな私を慰めるように、ぽんぽんと大きな手が頭を撫でてくれる。全く、これではどちらが主かわからないじゃない。

「……天罰が下るって言うなら、なるべく早くお願いしたいわ。たった二週間でこれだもの。これ以上続くなら、やっていける自信がないわよ」

「主には俺がついている。大丈夫だ」

「イル、答えになってないわ」

 微妙にかみ合わない会話に苦笑をしながら、二人で帰り道を歩き出す。彼の根拠のない『大丈夫』を、心の支えに信じながら。


* * *


 結局それからも、勇者たちの態度が改善されることはなかった。
 相変わらず戦うのは私とイルだけで、手柄は彼らが持って行く日々。
 やがて彼らは日も高い内から僧侶と享楽にふけるようになり、その頃には周りの人々も『勇者』を信じなくなってきていた。
 外見だけそれらしい男でなく、イルのことを『勇者』と呼ぶ者も少なくない。黒衣の彼は決まってそれを否定していたが、私は胸がすく思いだった。


 そんなふざけた旅路も、ついに終わりを迎える日がやってきた。

「……ついたわね」

 眼前に広がるのは巨大な漆黒の城。
 戦禍の残る痛々しい国境の街を越えてから数日。とうとう私たちは、魔王の城へ辿りついたのだ。本当によくもまあ、ここまで耐えられたものだわ。

 さすがにこの日ばかりは、勇者たちも戦闘を構えるような姿勢を見せているが……戦っていなかった期間が長すぎたせいか、その姿は何とも心もとない。
 漂う空気に肩が震えて見えるのも、気のせいではないだろう。

 反対に、戦い続けて来た私とイルは、そびえたつ城を見上げても、少しも不安は感じていない。いつの間にか強くなってしまったものだ。

「行こうか、イル」

「ああ、主」

 いつも通りに二人並んで城門へ足を運ぶ。慌ててついて来る勇者たちなど、気に留めることもなく。
 向かって来る魔物たちにももはや苦戦をすることもなく、サクサクと片付けていく。
 私はもちろんだけど、元から強かったイルは、鬼神の如き凄まじさだ。速過ぎる太刀筋は、常人では目で追うこともできない。

 勇者たちを置いて行く勢いで進んで行き、気がつけばあっと言う間に最上階。
 両開きの重厚な扉を開けば、驚愕に顔を歪める男が一人、三段ほど高い位置の椅子に座っていた。

(あれが、魔王?)

 黒い外套(がいとう)(ひるがえ)す男は、確かに『いかにもそれっぽい』容姿をしている。
 けれど何だろうか。もっとこう、王に相応しい威厳のようなものがあると思っていたのだが……。

(言っちゃ悪いけど、小物っぽい)

 青白い肌、頭から生える二本の角。魔族のそれらしい男は、けれど顔を恐怖一色に染めて、声にならない悲鳴を上げている。
 その視線の先にいるのは――私の従者だ。

「……イル?」

 フードから覗く口元が、三日月のようにニヤリと歪む。見慣れたはずの彼の姿に、ほんの少しだけ寒気を感じたのは何故だろう。

「馬鹿な……貴方が、何故……ッ!?」

 小物っぽい王が何かを言いかけて――けれど次の瞬間、そこにすでに首はなかった。

「え……うそ、一瞬!? もう終わったの!?」

 さすが元暗殺者、何と言う素早さだ。もはや茶番劇のようなあっけなさに、達成感も何もない。
 驚きつつも功労者たるイルを見れば……隣に居たはずの彼の姿はなく

「な、何をする!?」

 何故か私たちの三歩ほど後方で、様子を窺っていた勇者たちの元に居た。
 怯える彼から、国宝たる『聖剣』を奪いとって……


 折った。


 べっきりと。何のためらいもなく、踏みつけて、へし折った。

「イ、イル!? それ、一応国宝なんだけど!?」

「知ってる。これで、俺を殺せる唯一の武器はなくなった」

 もっとも、こんなクズな勇者に負けるつもりもないが。
 喉を震わせて、低い声が笑いながら告げる。

「イル……?」

 戸惑いながらも、大切な従者を呼ぶ。
 振り返った彼はおもむろにフードを投げ捨てて……ふぁさりと、絹のような美しい黒髪が広がる。

「は? え……え?」

 血のように赤い瞳が、私を捉えて笑う。
 勇者たちなど比べ物にならないほど……『人』とは一線を画した、恐ろしいほど艶やかな男が、そこに居た。

「礼を言うぞ小娘。よくぞ勇者をここまで堕落させてくれた。我が名を騙る裏切り者も始末出来たし、これでようやく元通りだ」

 靴音を響かせながら、絶世の美貌の男は部屋の中心を進んで行く。
 やがて玉座に座った彼の、何と様になることか。正しく“元通り”、あるべき姿に、思わず呼吸を忘れて見惚れてしまう。

「貴方が、魔王だったの……?」

 聞くまでもない現実に、それでも問いかけてみれば、元従者は嬉しそうに微笑んだ。

「言っただろう、主。悪いことをすると罰が下る。それは勇者や僧侶でも決して変わらない、と」

 ぱちん、と長い指先が鳴らした一音で、彼らの姿は消え失せた。代わりに、小さな小さな虫が数匹、足下で怯えるように蠢いている。

「……反対に、頑張った者にはご褒美がある。そうでなければいけない。そうだろう、主?」

 言葉をなくす私に、元従者が笑いかける。かつてフードの下から覗いて見えたものと同じ、穏やかで優しい形の笑みを。


* * *

 その日、突然始まった魔族と人間の戦いは、『魔王を騙った愚か者』が討たれたことにより、無事終結した。
 正統な魔王のもと、人間と魔族との間には新たな和平の条約が結ばれ、両種族はまた共存の道を歩んでいくだろう。

 国民の間には『黒服の勇者』と『茶髪の魔術師』の二人に感謝を告げる声が溢れ、二人の冒険譚は長きに渡って語り継がれていくことになる。
 一方で、汚職にまみれた教会を批判する声が相次ぎ、勇者たちと旅をしていた元僧侶が中心となり、穢れた上役たちは一掃されることになった。

 世は平和に、穏やかに、今日も過ぎて行く。

「……なんか、上手くいきすぎて怖いんだけど」

「そうか? これは全て、主が頑張ったからこその結果だと思うが?」

 かつてと同じ漆黒の色合いでありながら、センスよく改装された魔王城の一室。絶世の美貌に蕩けそうな笑みを浮かべながら、玉座の元従者は幸せそうに私の髪を撫でる。

「努力は報われるべきだ。そうでなければ、世界は正しく回らない」

「それはそうだけどさ……」

 背筋に響く声から逃げるべく身をよじるけれど、彼と私の距離は少しも変わらない。何故なら、彼は私を抱いたまま座っているから。

「そういう訳で、俺もそろそろ報われたいのだが、主。いつになったら貴女を妻と呼べる?」

「も、もう少し……貴方の顔を私が見慣れたらね」

「では、その日が一日でも早く来るよう、俺はもう少し努めるとしよう」

 くすくすと、吐息の多い笑い声が鼓膜を震わせる。
 元従者の努力に私が負ける日は、きっとそう遠くない。

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