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置引き

 俺は自分の部屋に辿り着くと、大きく息を吐き出した。手には女物の、やや大きめの旅行鞄がある。女物の鞄だから、見られて怪しまれたらどうしようかと思っていたが、心配はなさそうだった。何しろ、帰り道、人に一度も会わなかったのだ。

 もっともそれは、俺が人通りの少ない深夜の道を選択したからなのだが。

 その女物の鞄は、泥酔した女から奪ったものだった。その女は道端で眠り始め、それを確認した俺は、近くに転がっていたその女の鞄を奪ったのだ。つまりは俺は置引き犯だ。しかも、常習。

 水を飲んで落ち着くと、俺は中身を確認しようと鞄を開けた。ぱっと見は、あまり高価そうな物は入っていない。タオルや何かが、何故か大量に入っている。

 「ちくしょう! 外れか?」

 そう独り言を漏らして、俺は鞄の中を乱暴にかき回した。何かゴロっとした物が手に当たる。

 なんだ?

 俺はそれを不気味に感じた。そして、そこで俺はこの鞄の持ち主の女が話していたくだらない怪談を思い出したのだった。

 

 その女は街外れにあるバーのカウンター席にいた。その店は、俺が獲物を狙うのによく使っているバーで、あまり高くはないが、一晩中営業しているので、狙い目の泥酔客がよく迷い込む。その女もかなり酔っているように見えた。しかもこの店には珍しく、高そうな服を着ている。恐らく、酔っ払った所為で迷って偶然にこの店に辿り着いたのだろう。

 俺はその女の近く、死角になる辺りに腰を下ろして、その女の様子を窺った。もちろん、カモだと思ったからだ。

 「そんなに飲むと、置引き犯に狙われますよ。この辺りはよく出るんです」

 何杯目かの酒をその女が注文すると、店のマスターがそんな余計な忠告をした。女はそれを聞くと可笑しそうに笑う。

 「あら? 大丈夫よ。そういう悪い奴には、ちゃんと罰が下るものだから」

 それから一呼吸の間の後で、女はこう続けた。

 「ね、マスター。こういう話を知っている? ちょっとした都市伝説なのだけどね……」

 それから女はそのくだらない怪談を語り始めたのだった。

 

 ……ある置引きの常習犯がね、置引きをしたのよ。あるバーで、男性客がトイレに行っている間で、こっそりとバックを盗んだ。その男は大きな身体をしていて、それでなのか、バックも大きかった。顔色の悪い男で、まるで病気みたいだった。何処となく不気味な雰囲気もあったけど、その置引き犯はあまり気にしなかった。

 バックを持って店を出ると、見つかってはいけないと思って、その置引き犯は走って自宅まで戻ったそうよ。彼の自宅はアパートの一室で、一息つくと、彼はバックの中を確認し始めた。

 ところがそこには金品の類は、一切入っていなくて、ビニール袋に包まれたボールのようなものが一つだけ。

 置引き犯は「何だろう?」と思って、そのビニール袋を開けた。すると、そこには、綺麗な女性の生首が。

 当然、置引き犯は仰天をした。そして軽くパニックになった。どうして、こんなものを、あの男はバックに入れて持ち運んでいたのだろう?と。

 そんな時に、アパートの廊下から大きな足音が近づいて来るのが聞こえてきた。置引き犯がドアののぞき穴から見てみると、先に店にいた男が見えた。そのバックの、つまりは生首の持ち主。そして男は、そのタイミングで、まるで彼が見ているのが分かっているかのように声を上げ始めたのよ。

 「返してくれ。その彼女の顔はボクの物なんだ。返してくれ、返してくれ!」

 置引き犯はそれを聞いて察した。

 “なんてこった! あの男はストーカーだったんだ。それで、女を殺して、生首をバックに入れていつも持ち歩いていたんだ”

 彼は警察に電話をしようか迷う。警察に連絡したいが、そうすれば自分は捕まるだろう。

 “どうしたら良い?”

 置引き犯は、結局、居留守を使ってやり過ごす事にした。じっと黙っていれば、やがては去るだろう。そう思って。ところが、その時に別の声が聞こえ始めたのよ。

 「返して。お願いだから、顔を返して」

 それはか細い女の声だった。声の方向は違っていたけど、気の所為だろうと思って彼は再びドアののぞき穴から外を見てみた。外に女が来ていると思ったのね。すると、また男は彼が見ているのが分かっているかのように、こう声を上げ始めた。

 「彼女が怒るんだ。顔を取り戻せって。ボクが確りしないからだって」

 そこで男の肩の向こうから、赤い服を着た女の姿が見えた。しかし、その女には、顔がなかったのよ。つまりは、首なしの身体。

 置引き犯は、それを見てその場に座り込んだ。腰が抜けたのね。そして、その時、彼の背後から何かが転がる音が。

 ごろり。

 彼は恐る恐る後ろを振り返った。するとそこには、女の生首が。綺麗な、女の生首が。

 

 「お願いだから、ワタシを返して」

 

 そう一言。

 

 朝になって置引き犯は管理人に発見をされた。放心していて、活力はまるでなかった。部屋の中に置いてあったたくさんの盗品で、彼が置引き犯だと察した管理人が警察に連絡を入れて、彼は捕まってしまった。

 ただ、その置引き犯が盗んでしまったはずの女の生首だけは、何処を探しても見つからなかったそうよ。

 多分、その女の生首は、今もその男のバックの中に入っているのよ。もしかしたら、誰かがまたそれを盗んでしまうかもしれない……

 

 俺は女の鞄の中に入っていたゴロっとした何かから、そっと手を放した。

 “まさかな”

 そう思う。やがて“馬鹿馬鹿しい”と自分に言い聞かせて、その何かを鞄から出した。ボールみたいな硬い物。ビニール袋の下で、タオルに包まれている。

 ビニール袋から出す。取れかけたタオルの一部から、人間の髪のようなものが見えた。驚いて俺はそれを手から放してしまった。

 “まさか”

 俺は再びそう思う。

 そこでドアの外から声が聞こえて来た。ビックリしたが、それはアパートの管理人の声だった。

 「こんな夜遅くに、すいません。あなたと会いたいという人が来ていましてね」

 まずい。と俺は思う。今、この現場を見せる訳にはいかない。居留守でやり過ごす事に俺は決めた。しかし、そこで何故か別の声が聞こえ始めたのだ。

 「返して。お願いだから、返して」

 しかもそれは、あのゴロリとした何かの方から響いて来ているようだった。“そんな馬鹿な事が”と俺は思う。恐る恐る近づくと、俺は勇気を振り絞ってタオルをはがした。

 すると、そこには生首が。

 「返して。お願いだから、ワタシを返して」

 そう声が。

 

 「うわぁぁぁぁ!!!」

 

 俺は絶叫した。そしてそのタイミングで、ドアが開く。そこには管理人と、そして何故か先の泥酔していたはずの女の姿があった。つまりは鞄の、この生首の持ち主だ。女は明るい声で言った。

 「はぁい。現行犯逮捕ね。驚いたかしら?」

 女は警察手帳を持っていた。

 「え?」

 俺は思わずそう声を上げる。生首を再び見てみる。するとそれは、生首ではなく、マネキンの顔の部分だった。

 あれぇ?

 女は部屋の中に入って来ると、マネキンの後頭部辺りを触り、そこから小型のスピーカーを取り出した。

 「返して。お願いだから、ワタシを返して」

 スピーカーからは、そんな声が出ていた。つまり、これは、

 「ようやく分かったみたいね。囮捜査だったのよ、これ。置引きって、現行犯じゃないと逮捕が難しいから。で、普通にやるだけじゃつまらないから、少しだけ悪戯したの。上手い具合に引っ掛かってくれて面白かったわ」

 女はそれから、そう言った。そして俺の腕に手錠をかけた後でこう続ける。

 「ね? 悪い奴には、罰が下るもんでしょう?」

 俺はそれを聞くと、がっくりと項垂れた。

ジャンルをコメディにした時点で、オチがバレバレな気がします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 普通にコワイす
[一言] いえいえ、お気に入り新着にはジャンルが出ないので、最後まで楽しめましたよ。 どんな結末を迎えるか緊張した分、オチでホッと出来て笑えました。緊張と緩和ですね。
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