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夜間歩行

作者: 味の外

第16回 てきすとぽい杯 投稿作の改稿版

 どこまで来たのだろうか。

 自分の知っている駅は、とうに過ぎている。 

 どこの駅に向かっているのか、わからない。外の風景から判断しようにも、周りは街灯のひとつすらなく、夜の闇がただただ拡がっていて、どこにいるのかさえ、はっきりとわからない。

 ガタリ、と電車の強い揺れと共に、乗っていた車両が突然暗くなった。前の車両も。電気系統のトラブルだろうか。

 明るさを求め、後ろの車両へと移動した。車両間のドアが抵抗なく開いて私を迎え入れた。

 また強く揺れた。この車両も照明が落ちた。もうひとつ後ろへ。揺れた。暗転。後ろへ。

 繰り返し暗くなっては移動を重ねる内に、疲れが蓄積した。空いている席に座ると、強い眠りの感覚に抗えなかった。重くなる目蓋と体を感じる。まどろみに身をゆだねていく。

「お客さん、終点ですよ」

 急に上から声がして、私は首を伸ばした。車掌が苦笑いを浮かべながら、私に告げる。

「ここ、終点です」

 知らぬ間に、前の車両の照明は直っていた。私は何両の車両を歩いてきたのか。うまく思い出せなかった。

 電車を出て、駅のホームに立った。降りる乗客は私一人しかいなかった。こんな線、あっただろうか。やはり、うまく思い出せなかった。

 戻りの電車を待とう。きっと私の知っている、いつも降りる駅にまで連れて行ってくれる電車を。そう考え、反対行きのホームまで歩いた。

 始発駅となる、先ほどまでの終点で電車を待っていた。戻りの電車が来る方を、じっと見やっていた。ふいに、この先の線路がどこまで続くのか、そんなことが気になった。

 いい齢して何をやっているのか。まるで馬鹿な学生みたいだ。自嘲しながらも、ホームから線路に降りた。止める駅員も見当たらない。線路の向こうへと、歩いた。

 漆黒の中をひたすら歩いていた。玉のような汗が顔中に吹き出て、それを夜が冷やしていく。息が切れそうになる。締めていたネクタイは、もう捨てていた。汗を拭くために持っておくんだったか。いつ捨てた? うまく思い出せなかった。

 はぁはぁぜいぜい、全身を襲う疲労と闘いながら歩いていると、突然、目の前に眩しい光が射し、耳障りな轟音が届いた。電車だ。対向の線路に足をもつれさせつつも急いだ。線路脇の端まで移動して、フェンスに背もたれ、うるさい電車が過ぎ去る音と振動を間近に感じる。最後の車両が過ぎるとき、線路の敷石がひとつ、私をめがけて跳ねた。当たる――そう思ったが、石は肩をかすめてフェンスとぶつかった。ガシャンという音が、停止する電車のように耳の中に響く。

「お客さん、終点ですよ」

 さっきの車掌の台詞が蘇った。実は周りの闇に溶け込み、そう話しかけているのかもしれない。とにかくうるさい。線路の先へ行く。

「ここ、終点です」

 だまれ。確かに、疲れてはいる。だが、まだ足は動く。もたれたフェンスから背中を引き剥がし、まだ見ぬ向こうへと足を運ばせる。

「終点だって、終点」

「ここから先なんてないんだからさ」

 わかった。だまらなくていい。好きに言うといい。足の運びは、止めない。

 耳がふさげないというのは、中々難儀するものだな。うるさいのばかりが聞こえてしょうがない。

「振り返って駅を見ろ」

「戻ればだまるぞ」

「あの駅で電車を待つといい」

「始発駅」

 声がずっと離れない。あらゆる方向から、男の、女の、子どもの、老人の、姿無き声が私に投じられた。駅? 電車? 始発? いったい何のことだ? うまく思い出せなかった。

 いつしか線路は途絶えていた。いつから線路でなくなったのか、どうでもいいことのように思えた。耳の中では、ワンワンと鳴り響く無数の声が私を阻もうとした。すでに声に対する興味は失せ切っている。この先にしか進まない。ただ歩く。果てるまでこの奥へ。


 どこまで来たのだろうか。

 自分の知っている駅は、とうに過ぎている。

 ひとり歩いて。暗闇の中、どこまでも。振り返らずに。


 拙作をお読みいただき、ありがとうございました。


 コンテストの規定では、執筆時間1時間+推敲投稿15分。

 私が誤字やら改行間違いやら、ひどい体裁のまま投稿したのが、約1時間半。

 規定をきっちり守って投稿された他の作者さんに感服です。

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