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思い出の1ページ
作:松の慎


勇気がない。
度胸もない。
臆病で弱虫なあたし。

「ナイス!菜摘っ」

これでも一応テニス部の副部長。
つっても弱小だけど。
男子テニス部とは大違い。
隣の男子は、全国大会レベルなんだ。

あたしたちとは住む世界が違う。
いつも男子の方を見て、友達とすごいねと言い合うだけ。

そんな存在だった。

────ある日のことだった。
試合が近くなったから、練習後も暗くなるまで打っていたときのこと。

あたしが使っている、3つ隣のコートでも誰か打っている。
遠くて顔は見えないけど。

「おーいっ」
「え」

サーブを打っていると、いきなり話しかけられた。
向こうからその人が走ってくる。

「あっ」

松本先輩だった。
ふと自分の足もとの近くを見ると、男子用のボールが落ちている。

「ごめん、それ俺のなんだ。ミスってこっちまで飛んじまった」
「あ、そうなんですか。はい」

ボールを拾って、先輩に渡した。

「ねぇ、菜摘ちゃんでしょ?」
「あたしの名前知ってるんですか?」
「そりゃあね。副部長のだろ?1年で副部長だなんすげぇよな」
「偶然ですよぉ」
「いやいや、俺見てたけどやっぱ部長の次に菜摘ちゃんが上手いよ」

うちの学校は必然的に部長、副部長は実力順で決まる。
年などは関係なく。

「先輩こそ部長じゃないですかぁ。あたし先輩の打つバギーホイップショットが好きなんです!」
「ほんと?」

あたしが、そう言うと先輩は嬉しそうに顔を輝かせた。

「俺ねー見た通りそんなに長身でもないし力もないから技で責めるしかないんだ。だからめっちゃ練習した」

子供みたいに照れながら言う先輩が、とても微笑ましかった。

「俺菜摘ちゃんのサーブも好きだよ」
「えっ」
「誰も打たないよね、今。キックサーブ」
「あー・・・ジュニアのときにコーチに打てって言われて。あたしはそんなに好きじゃないんですけどね」

苦笑しながら言う。
そんなあたしに先輩はこう言った。

「誰も打ってないってことは菜摘ちゃんだけのモンだよ?すっげーことじゃん!俺は尊敬するね」
「ほ、ほんとですか?」
「うん」

今までみんなの見せ物だった。
試合会場でも、「あたし」が打つからじゃなく、「キックサーブ」を打つから有名になっただけ。
それは別に「あたし」じゃなくても良い。
「キックサーブ」を打つ人は誰でも良いってこと。

だけど、先輩は違った。
キックサーブを打つのはあたしであって、それはあたしだけのモノだと。
・・・・・嬉しかった。
はじめてそんなこと言われた。

「先輩、ありがとう」

その日から、先輩とは少しずつ仲良くなっていった。
同時に、先輩に惹かれていったのも事実。
だけどあたしには話しかけるくらいしかできなくて、自分をアピールすることも、ましてや告白だなんて夢のまた夢だった。
できないんじゃなくて、ただあたしに勇気がないだけ・・・・
話してるだけで良いなんて、嘘。

「今日も残ってたね」
「先輩」

あたしは今日も練習後に自主練をする。
今日はスマッシュに磨きをかけようと思っていた。

「もうすぐ大会ですからね!インターハイ、勝ちたいです」
「そうだね」

先輩は穏やかに言う。
はっと気づいた。
そうか、先輩はこのインターハイで最後なんだ・・・と。

「引退・・・してほしくないです」
「え?」
「あっ・・・えっと、先輩たち大好きだからずっと一緒にやっていきたいなーって」
「菜摘ちゃんは先輩が好きなんだね」
「はい」

嘘。
ほんとは、あなたに向けた言葉です。
そりゃ先輩たちにも引退はしてほしくない・・・・けど、松本先輩はもっとしてほしくないです。
ずっと一緒にテニスしたいです。
もっといろんな話をして笑って・・・一緒に自主練したりもして。

「はーぁ、やだなぁ」
「なにがですか?」
「試合」

あたしは一瞬驚いた。
テニス大好きで、だれよりも勝ちに執着する先輩が嫌だと、確かに言った。

「自信・・・ないなぁ。負けたら引退だろ。もうあとがないって考えるとどうしても・・・ね」

苦笑する先輩。
先輩だって引退するの、嫌なんだ。
そりゃそうだよね。
あたしは女子で、先輩は男子だから、テニスで力になってあげることはできない。
だから言葉でしか元気づけられない。

「あたしは先輩なら絶対勝てると思います。他のみんなも・・・先輩が引退しないようにきっと勝ってくれるはず!あたしがそうなように」
「菜摘ちゃん・・・」
「だから頑張ってください!どうか・・・どうか、引退しないでください」

こんなことしか言えなかった。
こんなことだけど、精一杯だった。
そんなあたしに、先輩は微笑みながら言う。

「ありがと、菜摘ちゃん。菜摘ちゃんがそう言ってくれるとほんとに勝てそうな気がしてくるよ」
「はい!」
「約束する。俺絶対に1試合も落とさないから」

嬉しかった。
こんなあたしでも役に立てたんだって思うと、顔がニヤけずにはいわれなかった。

だから、あたしはひたすら練習した。
先輩のことを思いながら、先輩も頑張ってるんだって思いながら球を打った。
どうしても先輩と一緒に、勝ち上がって行きたかった。

─────2週間後。

「先輩・・・お、お疲れさまでした」
「菜摘、最後まで頑張ってくれてありがとう。ここまでこれたのも菜摘のおかげよ」

団体、県大会第3回戦で惜しくも敗退。
けれど、うちの部が県大会にいったのはこれが初めての快挙でした。

「これから頑張ってね、みんな」

部長が言う。
下級生のあたしたちは声をそろえて答えた。

「1年間、ありがとうございました!」

引退になってしまった。
だけど、あたしは全力を尽くすことができた。
先輩、あたしも一度も負けませんでした。
あとは先輩がどこまで頑張ってくれるかを見届けるだけです。

あたしはけじめとして、男子の試合が終わるまで松本先輩に話しかけないようにした。
自主練もしなかった。
あたしにできることは見守ることだけだったから。

男子は全国大会への切符を手に入れる。
さすが・・・っていうか、やっぱり強い。
全国大会は3日間行われた。
最終日は、準決勝と決勝。
嬉しいことにその日は日曜日だったから、あたしはすぐに見に行くと決めた。
先輩がどうか最終日まで残ってますようにと願いながら。

そして、迎えた全国大会最終日。
女子テニス部全員で応援に行くことになった。

団体の中で先輩は一番最後に戦う。
準決勝、決勝は5つ試合するうち3つ先に取っても、全部試合をするらしい。
つまり先輩はどのみち一番最後には出てくるってわけだ。

「ああ・・・これで1勝3敗」
「負けたわね」

4人目が終わった時点で、勝敗が決まった。
女子部員もみんな盛り下がる。
けれど、あたしは言う。

「まだ・・・試合は終わってないんだよ。最後の最後まで男子応援しようよ!」
「菜摘・・・・そうだね」
「うん、応援しよう!」

松本先輩、チームは負けちゃったけど、どうかあなたは勝ってください・・・・

みんなが見守る中、試合が終わる。
審判の声が響く。

『2勝3敗、勝者藤堂学園高等部』

そして、試合は終わった。
男子部員はまだ残るということで、女子は先に帰った。

────翌日。
男子のほうではお別れ会をやっていた。
練習が終わる前に、男子は帰って行く。
先輩と話したかったけど・・・明日にしよう。

そして今日も自主練をする。
1人になって、薄暗い中コートを見る。
もう、明日からここで先輩はテニスをしないんだって思うと悲しくなった。

「菜摘ちゃん」
「先輩?!もう帰ったんじゃ・・・」
「菜摘ちゃん待ってたんだ」

全然気づかなかった。
先輩はあたしのほうへと歩いてきた。

「引退しちゃうんだな、俺も」
「・・・寂しいですね」
「だけど菜摘ちゃんとの約束守れて、俺は後悔してないよ」
「見てました。最後の試合。先輩・・・かっこ良かったです」
「菜摘ちゃんのおかげだよ。ありがとう」

まだ・・・まだ満足に自分から話しかけられないときもあるし
緊張もしちゃうときもある。
弱虫で臆病だけど、だけどそんなあたしの少ない勇気を振り絞った。

「先輩・・・ボタン、ボタンほしいです」
「え?」
「先輩がいたこと忘れないように・・・卒業式にボタンください」

精一杯の言葉だった。
あたしにとっては、告白同然の言葉だった。

震える手。
赤面する顔。

「卒業式って、まだあと半年以上あるよ」

先輩がクックッと笑う。
だけど、続けて言った。

「待っててくれるんなら是非あげるよ。いや、菜摘ちゃんにもらってほしいな」

人生の中で、最初で最後の告白でした。
あたしにとっては精一杯の告白でした。
楽しかった日々は、あっという間にすぎていく。
あなたとの幸せだった毎日は、思い出として記憶になっていくんだよ。

忘れられるもんですか。
あれだけテニスを頑張ったのも、先輩のおかげ。
なによりも先輩の笑った顔が大好きだった。
思い出はきっと、色あせることはないから。
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「ママーこれなぁに?」
「これ?これはね、学ランのボタンよ」

あたしは菜摘。
もう4歳になる子供の母親。

久しぶりに荷物を整頓していたら、高校時代のアルバムが出てきた。
それと一緒に、巾着袋に入った金色に光るボタン。

思わず昔を思い出さずにはいられなかった。

「あっ、この写真ママだ!」
「正解。じゃあ一緒に写ってるのは誰でしょう?」

大好きだった人と撮った、はじめてのツーショット。
彼は少し照れくさそうだった。

「松本さーん、宅配便でーす」
「あ、はーい」

インターホンが鳴って、あたしはすぐに玄関に行く。

「うーん・・・分かった!これパパだ!」

一番忘れられない思い出は、高校時代。
いろんなことがありました。
だから、その大切な思い出とともに明日をゆくの。

           fin














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