第4章
ほんの半年の間に三件も葬式をだしたということで、真治くんの葬儀の時にはもはや、鮎川家の親族はほとんど言葉もなく、ただ静かに声を押し殺すようにして涙を流すばかりだった。
義母には初孫が亡くなったということを知らせなかったので、彼女は通夜にも告別式にも出席することなく、その間、わたしと家でふたりきりで過ごすことになった。それでもおそるべき動物的勘によってというべきか、義母はしきりに「何かあったんだろ」と、不安気な、落ち着かない様子でわたしに何度もそう聞いた。わたしもいつになくそわそわしている義母が気の毒でたまらず、思わず「実は真治くんが……」と言葉が喉まで出掛かったけれど、そんな不幸な真実を告げたところで義母が正気に戻るわけではないと思い、ぐっとこらえた。
『お義母さん、真治くんは本当は、わたしのせいで亡くなったんです』
どうしてかはわからなかったけれど、わたしは義母にそうすべてを告白したい衝動に駆られていた。実際には彼は、雷の鳴る暴風雨の中で放牧中の牛たちを囲いの中へ戻している時に突然雷に打たれたのだったが――その様子をほんの二百メートルほど離れた位置から目撃してしまった義父にも稔さんにも、それはにわかには信じがたい、まるで映画のワンシーンでも見ているような、ほんの一瞬のうちに起きた出来ごとであったという。
「真治のかわりに老い先短い自分が死んでいれば……」
義父はまだ六十歳だったが、この半年ほどの間にめっきり白髪が増え、すっかり面やつれしていた。三人いた子供のうちのふたりが相次いで亡くなり、長く連れそった妻が五十八歳という若さですっかりぼけてしまったのだから、それも無理はない。その上、休暇をとって心と体を休めようにも、そうもいかない仕事でもあるので――義父だけでなく稔さんも早穂子さんも、天候の不順ということも重なり、今年の米や大豆の収穫については頭が痛いようだった。
「そういう時はね、ちーちゃん。お母さんはいつも神さまにお祈りすることにしているのよ」
救いがたい絶望の支配する鮎川家から帰る途中、車の中で昔母がよくそう言っていたことを思いだした。<祈り>――こんな時にそんなものが一体なんの役に立つ?と、誰からもそう言われてしまいそうだけれど、幼い時から母の祈る姿勢を見てきたわたしにとっては、それこそが今、唯一の救いとなるべきものだった。
もちろん、いまさら神の道に立ち返って真摯に祈りはじめたところで、徹も直人さんも真治くんも生き返ってきたりはしない。また、わたしが夫の喪も明けないうちから義兄や甥と肉体関係を持ったという罪が消えてなくなるわけでもない。でも、それでもいいから今は――神聖なる何かに向かって懺悔し、悔い改めたいような気持ちでいっぱいだった。
(あの三人は、わたしと関わったために死んだのだ)
何故そんなふうに思うのか感じるのか、自分でもうまく説明はできなかったけれど、直感と本能によってわたしははっきりとそう感じていた。おそらくあの三人は、わたしと肉体関係を持ったからこそ死ぬことになったのだ。そしてこれから先もわたしと寝る男は死ぬことになるだろう……今、わたしにはそのことがはっきりとわかっていた。もちろんこんなふうに思うだなんて、もしかしたらわたしは偏執病にでもなりかかっていたのかもしれないけれど――短期間の間に身近な人間を続けて三人も喪ったせいで――でもはっきりと魂に直接感じるのだ。あの三人は普通の人間であったにも関わらず、わたしという人間存在が帯びる<呪い>のようなものに抵触してしまったがために、死ぬことになったのだと。
――その夜、わたしはなかなか眠れなかった。心から神に懺悔し、悔い改めたいと思いながらも、死んだ夫に対して不貞を働いたことを実際にはそれほど悪いこととも思えず、自分が悲しいのはむしろ、なんの関係もない直人さんや真治くんを自分の<呪い>に巻きこんでしまったためだと強く感じるからだった。
確かに昔から、自分は他の人間とは違う、という違和感をずっと抱えてわたしは生きてきた。でもそれは結局のところ、人間誰しもが時々感じることであり、一種の自意識過剰としてわたしは片付けてきた。それに、徹とは結婚して二年も一緒に暮らしていたのだ。自分が今感じている<呪い>というものがなんなのか、どういう種類のものなのかは言葉で説明することはできない。しかしそれでいながら――今この瞬間にも、確かに自分は<見張られている>とはっきりと強く感じるのだ。
「ねえ、そこにいるんでしょ?どうしていつも黙ってるのよ。わたし、知ってるんだから……あんたがいつもわたしのそばにいたこと。でもずっと、無意識のうちにもなんとか無視しようとしてきたのよ。じゃないと、頭のおかしい変人だっていうことになると思ったから――どうしていつまでもつきまとうのよ。第一、殺すのならなんの関係もない直人さんや真治くんじゃなく、わたしを真っ先にそうすべきだったのよ」
寝室の壁の一角がみしりと軋むと、<それ>はわたしの横たわるベッドに向かってゆっくりと近づいてきた。流石にわたしにも、そちらへ目を向けて、自分の<呪い>の元となっている者の正体を確かめる勇気まではない。ただ掛け布団の下で息を詰め、何かが起こるのをじっと待った。ゼェゼェ、ヒューヒューというよくわからない存在の苦しい息遣いが耳元に聞こえる……金縛りにあうだろうかと一瞬身構えたが、その正体不明の存在はただ、人間の理解できない言葉をひたすら囁くのみだった。
「マクミナ・シュ・ココ・イアレナ・ムンドス・ラカントス・ミルス……」
それはまるで何かの呪文のような発音だったが、不思議と<彼>が囁く声音は優しく、その響きにはわたしに懐かしいと思わせる何かがあった。そう――それは遥か昔に確かにどこかで聞いたことのある言語なのだ。でも一体どこでそんな言葉を聞いたことがあるというのか、それだけがどうしても思いだせない。
やがてわたしには<彼>が自分の敵対者ではないことが段々にわかってきた。それで思いきって布団を払いのけると、自分の後ろを振り返って見た。
「!?」
そこには青いウィルオーウィスプ(人魂)が幾つも浮かんでいたが、わたしが振り返るなり、すぐにフッと消えてしまった。わたしはそんな驚くべき光景に直面したにも関わらず、少しも恐ろしいなどと思うこともなく――怖がる必要は少しもない、<彼ら>は自分の味方なのだと強く感じ、そのまま深い眠りの底へとつくべく、再び枕の上に頭をのせ、静かに目を閉じた。