16話
再び街道を進む。
2人で並んで歩いていると、反対方向からくる馬車に乗った商人に「かぁ! 若いってのはいいねぇ」と声をかけられた。男女が昼間から街道を歩いていたらカップルに見られるか。その上、アイルはビキニアーマーで露出度が高い。
「少し離れて歩いたほうが良さそうだな」
アイルが俺から遅れて歩くことになった。
昼休憩などは前を歩く俺が管理する。
魔物が出たら、見つけた方が先に行く決まりになった。
基本的に俺には探知スキルがあるので、俺のほうが先に見つける事になる。
ただし、魔物に対する防衛策として、混乱の鈴を用意していたので遭遇しても、ほとんど自滅していった。
この混乱の鈴は普通の鈴に魔法陣を描いただけのもので、魔物が聞こえる音だけしか出ないようになっている。犬笛のようなものだ。
ゴブリンを駆除した時の魔石で作った。
混乱させたのが俺なので、俺に経験値が入ってくる。
またしても戦闘せずに経験値を得られる方法を見つけてしまった。皆もやればいいのに。
複数魔物が出現した場合は、同士討ちするので、弱い魔物のレベルが上ってしまう。
その分、経験値は多くなるので倒したアイルのレベルが上がって、本人は喜んでいた。
隣町に着くまで、そんな感じで魔物とのエンカウントも少なくて済んでしまった。
クーベニアの隣町はオスローという名前で看板に書いてあった。耳が顔の横ではなく頭にある獣人が多い。人種に差別はないが、荷運びなどは力がある獣人がやっている。
スキルのお陰で文字も読めるようになったので、町の外にある掲示板も読めるようになった。町の外で身体に付いた泥を払うように書いてある。病気が流行ると大変なのだろう。ただ、獣人たちはあまり気にしていないらしい。
衛兵に冒険者カードを見せ、中に入れてもらう。
「あの剣鬼のアイルさんですか!? 光栄です!」
衛兵はアイルに会えて感激という感じで叫んでいた。
アイルは照れくさそうに頭を掻いている。
特に待つ必要もなさそうなので、俺は今夜の宿を探すことにした。
「お、おい。ナオキ、ちょっと待ってくれ」
慌てたアイルが小走りで隣に来た。
「いいのか? ファンの相手は」
「ああ、それより置いて行かないでくれよ」
「大丈夫だよ。俺には探知スキルがあるんだから、居場所くらいわかるぞ」
「そうじゃなくて、私がナオキの場所がわからないんだよ」
「なんだ、そうか。アイルも探知スキル取れば、便利だよ」
「そう簡単に言うな。お前と違って私はレベル28なんだぞ!」
アイルは剣技・体術・解体・光魔法のスキルを持っているらしい。
一応、旅の仲間だから、言っておこうと思って、と先ほど聞いた。能力を聞いてもそれがどれくらい凄いことなのかわからないし、レベルについてはあまり関わりたくないので、スキルレベルについては聞かなかった。自分の中に変な差別意識が生まれるのも気持ちが悪い。
俺はめんどくさかったし「いろいろだ」とだけしか教えていない。
ただ、体術などの戦闘スキルは持っていないことは教えた。
レベルが上ったら、戦闘スキルも必要になるかもしれないが、それより先に耐性スキルが欲しいところだ。
あまり耐性スキルについては情報がなく、高レベルの冒険者に聞かないとわからないらしい。
「で、今日の宿なんだけど、この町にもギルドはあるんだよね?」
「ある。宿も併設されているから、今日はそこでいいんじゃないか?」
「そうだな。あ、言ってなかったけど、俺はギルドが報酬を払ってくれなかったから、あまり手持ちがないんだ」
「そうか、私はかなり貯めてたから、貸そうか?」
「いや、宿をとったら、すぐに依頼を受けたいんだけど」
「わかった。そこでお前の仕事ぶりを見られるんだな」
「さあ、それはわからないよ。依頼次第だね」
「あ、こっちだぞ」
ギルドの場所はアイルが知っていたので、ついていった。
アイルはアリスフェイ王国の東側を中心に冒険者として名を馳せていたらしく、ここら辺の町には詳しいのだそうだ。
街の雰囲気や規模はほとんどクーベニアと変わらなそうだ。
ただクーベニアよりも奴隷が多い気がする。もしかして荷運びの獣人たちも奴隷なのか。
「奴隷が多いのは、この町に奴隷商が店を構えているからだ。クーベニアの奴隷商は商売で負けたのさ。あそこは娘が病気だったからな」
遠くを見ながらアイルが言った。
ベスパホネットがいたのはクーベニアの奴隷商の所だったのか。病気を予防するハーブが植えてあったのを思い出した。
娘さんは呼吸器系の病気だったのかな。
ギルドに併設された宿は一泊20ノット、銀貨2枚だ。
俺とアイルでそれぞれ個室を借りた。
ちなみに大部屋は5ノットらしい。
もともと奴隷2人に所持金を全て渡し、無一文で旅に出て、先ほど宿の食堂にフィールドボアの肉を売ったお金が50ノット、銀貨5枚。
それを2人で分けて、残ったお金は5ノット、銅貨5枚だ。
何もしなければ、明日は大部屋に泊まれる。
「本当に金欠なら貸すぞ?」
「いや、いい。俺が望んでやっていることだから気にしないでくれ」
ギルドに行き、掲示板にあるFランクの依頼を見る。
「Eランクになれば護衛の仕事もあるんだから、ランクを上げたほうがいいんじゃないか?」
そういうアイルはBランク。指名依頼を請けることもあるらしい。
「おい、あれ剣鬼のアイルじゃないか?」
「マジかよ」
「あのビキニアーマー、絶対そうだよ。クーベニアの教官になったって聞いてたけどなぁ」
「でも、隣の変な服着てる奴誰だ?」
「アイルの男じゃないか?」
「あいつが? 弱そうだが」
「あいつFランクの依頼見てるぞ」
「Fランクの冒険者にアイルが肩入れしてるなんて」
食堂の方から、冒険者たちの声が聞こえる。
「ほら、ナオキがランク上げないから、バカにされてるぞ」
アイルが肘を突いて、小声で言う。
「いいんだよ。気にすんな。よくあることだ」
「男がバカにされて、平気なのか?」
「男も女も関係ないだろ。それにあいつらレベル低いだろ。構うだけ時間の無駄だよ。高レベルの冒険者がいたら、耐性スキルについて聞き出したいけどな」
「耐性スキルねぇ。そんなの持ってる奴、本当にいるのか?」
「見たことないか?」
「ないね」
耐性スキルの存在が危うくなってきた。
便利なスキルだし魔法陣でもあるんだからきっとあるはず、と思っていたが。
実際、ツナギには耐魔、耐斬撃、耐毒、耐麻痺、耐眠りなどが織り込まれている。
生身の部分に当たらなければ大丈夫だ。
「耐性スキルは一旦諦めるかぁ。とりあえずこの依頼にしよう」
俺は掲示板から、依頼書を剥がした。
「いいのか? これ、場所は奴隷商の店だぞ」
俺が取った依頼はバグローチという虫の魔物の駆除だ。
「いいだろ? なんか問題あるのか?」
「いや、いいのか。お前も男だしな。でもバグローチなんて、ほとんど経験値なんか入ってこない魔物だぞ」
「別に、経験値が目的じゃなく、お金が目的なんだからいいだろ」
「そうか。私は私で依頼を受けてもいいか? バグローチの討伐なんて見てもなんにもならなそうだからな」
「うん、好きにしてくれ」
いよいよ、アイルが俺についてくる意味がなくなってきた。
「私はこれにしよう」
アイルはBランクのフィネーク討伐という依頼を受けるようだ。
フィネークは大きな蛇の魔物で、そこそこ強いらしい。毒のある強力な牙があり、鱗は生半可な攻撃では刃が欠けると、熱心に説明してくれた。知らんけど。
受付で依頼書と冒険者カードを提示し、ギルドの前でアイルと別れた。
俺は町行く人に奴隷商の店の場所を聞き、嫌な顔をされながらも町の端の屋敷にたどり着いた。
門で店の門兵に客かどうか尋ねられ、依頼書を見せて冒険者ギルドからやってきたことを話すと、裏口に通された。
裏口から入ると、如何にもメイドという服を着た初老の女性が、俺を上から下まで舐め回すように見てきた。
「ふむふむふむ。作業に向いてそうな服を着ていますね。よろしい。奴隷解放などに興味はありますか?」
「いえ、特にありません」
奴隷制か……。村を襲われてそのまま連れてこられたのか、お金がなくなって親に売られたのか、それとも罪を犯して犯罪奴隷になったのか。俺にとっては、それぞれでだいぶ違う。
「そうですか。奴隷は我々の商品なので、無闇に触ったり話しかけたりしないようにお願いしますよ」
「わかりました。駆除範囲はこの屋敷全体ですか?」
「そうです」
「そうですか。全て駆除するとなると少し時間がかかるかと思いますが、大丈夫ですか?」
「全て、ですか?」
「はい」
「そのようなことが可能なのですか?」
「ええ。2、3日はかかると思います。屋敷の中にいる人が全員外に出てもらえれば、もっと早く済むのですが、ご商売柄ムリでしょうし、どうしても時間がかかってしまうんです」
「わかりました。どうぞ、3日と言わず、1週間でも2週間でも時間をかけて頂いて結構です」
「報酬の方なんですが」
「ええ、依頼書に書いてある通り、バグローチ1匹につき2ノットです」
マスマスカルが5ノットだったので、こんなもんか。
「では、作業に移らせて頂きます。多少臭くなるかと思いますが、人体に影響はありません。気になるようでしたら窓を開ける等の対処をお願いします」
俺は魔法陣の描いてある手ぬぐいで口を覆った。
まずは台所から、隙間や角に粘着性のある板を仕掛け、料理人たちに踏まないように注意して、棚を調べる。
バグローチ特有の糞が幾つか落ちていたので、そこには殺虫団子を仕掛けておく。
続いて、1階にある部屋を回り、予防として虫除けスプレーを部屋の隅にふりかけていく。
ここでは前に作ったノズルポンプとタンクが役に立った。
タンクの中身がなくなると、裏庭を借りて虫除けスプレーを錬成していく。
1階が終わった頃、屋敷の料理人たちが俺を呼びに来た。
台所に行ってみるとバグローチが大量に粘着板にひっかかっていた。
俺は慌てることなく粘着板を手ぬぐいで縛り、再び粘着板を仕掛ける。
屋敷にはかなり大量のバグローチがいそうだ。
探知スキルを使うと、地下の方に巣があることがわかる。
「地下を見せてもらいたいんですが構いませんか?」
初めのメイドの女性に尋ねた。
「構いませんが、奴隷がいるのでお気をつけ下さい。誘惑される可能性もありますし、襲われる可能性もあります。行く前に知っておいたほうがいいかと思いまして」
「ありがとうございます」
「こちらです」
メイドが俺を地下室に案内した。
ちなみに地下へと続く階段にも虫除けスプレーを散布しておく。
バグローチが壁の向こうに逃げていくのが探知スキルでわかる。
地下はほぼ牢屋になっており、コの字型に廊下が続いていた。
「牢の中にも現れているようなので、一旦奴隷を外に出して頂くことはできますか?」
「それはムリです」
「そうですか。あまり手加減はできませんがよろしいでしょうか? 後ほど回復薬を渡しますので」
一番戦闘力の有りそうな、オオカミの顔をした獣人奴隷の牢屋の前で言った。
「ええ、その奴隷ならいくら傷つけても構いませんわ。できればの話ですがね」
メイドは半笑いで言い、オオカミの獣人は噛み付くように鉄格子越しに俺を睨んでいた。
鉄格子から出た鼻を殴ると、壁まで吹っ飛んでいって気絶した。
唖然としているメイドから鍵を預かり、鉄格子の鍵を開け、生活魔法のクリーナップをかける。
綺麗になったところで、虫除けスプレーを散布し、壁の石の隙間に殺虫団子を仕掛けた。
オオカミの獣人に回復薬を少し垂らし、起こす。
ブルブルと俺を見て震える獣人をなだめ、鉄格子に鍵をかける。
奴隷たちはそれを見ていたので、あとはだいぶ楽だった。
「おとなしくしていれば、殴らない」
俺がそう言うと、皆素直に俺の言うことに従ってくれた。
奴隷の部屋全てが終わると、さらにその下の地下2階に行きたいと申し出た。
初めはそのような部屋はないと言っていたメイドだが、一応すべての部屋を回らないとバグローチを全滅させることはできないと言うと、しぶしぶ奥の部屋を開けてくれた。
地下2階は拷問部屋かと思ったが、倉庫になっていた。
密売品なのか奇妙な物が多かった。
奴隷商人の趣味だろう。
部屋の四隅に粘着板を仕掛け、殺虫団子をばらまく。
バグローチの巣はこの部屋の壁の向こうだ。
ノズルの先を壁の石の間にツッコミ、散布する。
一斉に逃げ惑うバグローチが四方八方に散っていく。
メイドの女性はそれを見て失神していた。
巣を襲われて、色んな所に現れる可能性があることを言って帰ることにする。
台所を確認し、バグローチがかかっている粘着板を回収し、再び粘着板を設置する。
メイドの女性を起こし、粘着板でもがいているバグローチを見せ、合計24匹の討伐に成功したことを知らせる。
48ノットを貰い、また明日来ることを伝える。
裏庭の一角を借りて、魔法陣を地面に描き回収した粘着板をバグローチごと燃やし、消炭にする。
門まで見送りに来たメイドの女性に明日は大量にバグローチの死体が出るだろうから、袋を用意してくれと頼んで、宿へ帰った。