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駆除人 作者:花黒子

~水の精霊を窺う駆除業者~

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151話

 女王は体勢を低くして、ベン爺さんに向かって一直線に走り始めた。
 白髪の老婆とは思えぬ身体能力で、前の世界で見た短距離走の選手のようにキレイな走り方で、一気にベン爺さんとの距離を詰める。
「ひっ! ごめ……」
 ベン爺さんは腰が引けて、顔をガードするように腕を上げた。
 女王はベン爺さんの前の地面で跳び上がり、両足をベン爺さんに向ける。
「ドロップキック!?」
老婆から繰り出される技ではない。
と思ったら、両足がベン爺さんの胸に当たる前に開き、そのまま脚でベン爺さんの胸部に巻きつけるようにホールド。
さらに、足元がグラついたベン爺さんの頭を両手でガッチリ鷲掴み。
「頭突きか!?」
 女王は腹筋を使って体を曲げ、ベン爺さんの顔面に自身の頭部を近づけ……、

ぶちゅ~~~!!

と、キスした。
そのキスの勢いで、ベン爺さんは後ろに倒れたが、倒れても、女王は決してベン爺さんの唇から自身の唇を離そうとはしなかった。
「情熱的……」
 ボウの隣にいたリタがつぶやいた。
 俺は、あまりの衝撃的な光景に言葉が出なかった。
 状況が理解できないので、説明してくれそうな馬車を運転していた年老いた御者とサッサさんの方を見たが、二人とも急激な眼精疲労でも起こったのか、片手で両目を覆って下を向いている。
 ラウタロや洞窟の民たちは笑いを堪えるように、手で口を隠している。
 息が続かなくなったのか、女王が顔を上げ、立ち上がった。
「ハァハァ……」
 ベン爺さんは上半身だけ身体を起こし、
「アリアナ……」
と、女王を見上げると、パンッと頭を引っ叩かれていた。さながら、イタズラをした子供が叱られたかのよう。
「どこほっつき歩いてたんだいっ! 連絡もよこさないで!」
「いや、悪かったよ」
 先程までキスをしていた2人だが、今度は女王がベン爺さんを一方的に平手で殴っている。何発も。だいぶ腹に据えかねていたことがあるようだ。
「痛い痛い、悪かった。許してくれ。許してくれって、痛いっ!」
 やられっぱなしのベン爺さんを見て、その場にいた全員が声を上げて笑った。

「ベン爺さんって王家とつながりがあるんですか?」
 俺はサッサさんに近づいて質問した。
「ああ、あの2人は夫婦なんですよ。随分長い間、別居してますけど、くくくっ」
「えっ!? ベン爺さんが女王の旦那? ……どういうこと!?」
 俺は軽いパニック状態となった。女王の旦那が、なんで洞窟なんかに住んでんだ?
「サッサ様、そろそろ止めてください」
 御者がサッサさんに声をかける。
「姉様! ベンジャミンさんも反省しているようだから、その辺で勘弁してあげてください!」
 サッサさんが女王に向かって言った。
 あん? 『姉様』だと!?
 ってことは何か? サッサさんは王弟だってのか? じゃあ、輜重部の部隊長っていうのはなんだ? 仮の姿か? なんでそんなことを?
「反省なんかしてるもんか! この元水の勇者はね、なんでも水に流せると思ってるんだよ! まったく親子揃って行方をくらますんだからっ!」
 サッサさんの言葉に、女王が返す。
 ベン爺さんが元水の勇者? いろんな現実を受け入れるのに俺の思考が追いついていかない。ちょっと待て、親子揃ってって言わなかった?
「アリアナ、仮にもお前さんは女王だろ? 民の前だぞ」
 ベン爺さんが、女王に歯向かうように言った。『アリアナ』って普通に話してるってことは本当にベン爺さんは女王と夫婦なのか?
「誰がこんなことさせてると思ってるんだい!」
 パシッ! 
 また女王に引っ叩かれるベン爺さん。
「権威ってのは衣の上から纏うもんさね。ご覧、今日は青い作業服を着てきたんだ。気分は作業員! 言葉だって荒っぽくなるもんよ。ねぇ、コムロ社長!」
 急に女王が、俺に振ってくる。ええっ! なぜ俺ぇ!?
「い、いや、は、はぁ。まぁ」
 大パニック。そもそも女王はなぜ俺を認識してるんだ? 城で会った時か? いや、サッサさんが教えたのか。それともスキルか。
「コムロ社長は、ワシらにはちゃんと敬語で話すぞ」
 ベン爺さんが説明した。
「そうなの? 意外ね。それで、レミリアはどこにいるの?」
 女王は俺やその場にいる者たちを見ながら聞いた。
「母なら、まだ寝ています」
 一歩前に出てリタが答えた。
「母!?」
「あ、すみません!」
 リタは女王陛下の前で勝手に発言してしまったことを反省するように一歩下がった。
「ちょっと待って。あなたはレミリアの娘なのね?」
 大きく目を見開き、リタをロックオンした女王の口調は急激に柔らかくなった。
「はい。レミリアの娘、リタと申します」
 リタは俯いたまま、女王と目を合わせないように答えた。
 女王はリタの方へゆっくりと近づいた。
「よく、顔を見せて……」
 声を震わせた女王が言うと、リタは怯えるように顔を上げた。
「リタ、良い、名前ね……」
 女王の目には涙が溜まり、リタの頬へ震える手を伸ばす。
先程までベン爺さんにブチ切れていた女王と同じ人とは思えないほど、優しい顔になっている。
 女王はリタの頬に触れ、笑みを浮かべると、身体から力が抜けたようにグラついた。
 リタはとっさに女王の手を握り、
「大丈夫ですか!?」
と、抱きかかえるように身体を支えた。
御者とサッサさんが走り寄る。
「ごめんなさいね。興奮しすぎて……どこか休める場所はある?」
「ええ、丘を上ったところに住居があります」
 リタが言うと、御者とサッサさんに両脇から支えられて女王が一歩踏み出そうとした。だが、女王は腰が抜けたように足元がおぼつかない。ほんのすこし前までドロップキックをかませそうな身体能力を見せていた人と同一人物か。この数十秒の間に急速に老けたようだ。
 黙って様子を見ていたベン爺さんが女王に近づくと、背を向けてしゃがんだ。
「世話の焼ける婆さんだ。ほれ、おぶされ。女王を運ぶのはワシの役割だ」
 確かに、夫であるベン爺さんほど適役はいない。
 一瞬、苦虫を噛み潰したような顔をした後、女王はベン爺さんの背にしぶしぶ乗った。
「バカ」「ズルい」「なんで」などと女王がベン爺さんの耳元で文句を言っている。
 ベン爺さんはそれを聞き流しながら、ひょいひょい丘を上っていく。

「ここまで取り乱した女王陛下を見たのはいつ以来だろうか」
 年老いた御者の言葉に、サッサさんが頷いた。
「普段はこうじゃないんですか?」
 俺が聞いた。
「ええ、普段は、ほとんど感情を表に出さないようにしていますね。私は長く女王陛下の身の回りのお世話をさせてもらっていますが、涙を見たのは初めてです」
「そうなんですか。っていうかサッサさんって女王陛下の弟さんなんですか? いや、それだけじゃなくて、いろいろと説明してほしいんですけど」
「ははは、そうですよね。女王が落ち着いたら、皆にすべて説明します。ナオキくんは社員さんたちを呼んでおいてもらっていいですか?」
「わかりました」


 俺は、通信袋を取り出して魔力を込めた。
「全員、休暇は終わりだ。至急避難所の広場に集合」
『了解っす!』
『はぁ、わかりました』
 元気なセスと疲れた声のメルモが返事をしたが、アイルとベルサからの反応がない。
「アイル! ベルサ! 聞こえるか?」
『SOS。こちらアイル、ジャングルの底なし沼にハマり、身動きがとれない。SOS』
『ナオキか? おかしいんだ、壁が床になってるんだ……お腹も背中とくっつきそうだし……』
 うちのダメ人間たちは何をやっているんだ!
「了解。セスとメルモは至急、ボウの小屋に行ってベルサを救出してくれ。俺はアイルの方に向かう」
『了解っす!』
『は~い!』
 通信袋を切り、何か箒のような物を探す。
「ボウ、鍬か何か持ってきてないか?」
 未だ女王とベン爺さんの様子を見ていたボウに声をかける。
「畑の脇に置いてある。何に使う気だ?」
 ボウが畑の脇を指しながら聞いた。
「ちょっと空を飛ぶのに」
「ふはっ! ……本当に?」
 そんなに信じられないことなのか。
 俺は畑の脇に置いてあった三叉の鍬を手に取り、質の悪い紙を取り出した。魔法陣を描いて鍬の柄に巻いて焼き付けた。
 鍬に魔力を込めて、飛び上がると、畑にいたボウや洞窟の民たちの注目を浴びた。畑にいた者たちだけでなく、サッサさんやラウタロ、ベン爺さんと女王も、空中にいる俺の方を指さしている。
 今さら自分の能力を隠しても仕方ないだろう。そんなことより急がなくては。
俺は全力で鍬に魔力を込める。
 ダメ人間どもめ!
 たった一週間、休暇を取っただけだというのに、このザマだ。締まらねぇな、まったく。
 俺は通信袋を取り出して、アイルに連絡を取る。
「アイル。俺がジャングルに着いたら、空に向かって光魔法を放て」
『そんなこと言っても、もう両手は沼の中だよ』
「頭からでもなんでもいいから、放てよ。死ぬぞ」
『わかったよ。やってみる。ん~』
 アイルが魔力を練るような声を出した。
「いや、まだジャングルに着いてないぞ」
『そうか? でも、こっちは結構ヤバイぞ』
 俺はジャングルへと急いだ。

 ジャングルに着くと同時に、南西の森から光魔法が天に向かって放たれるのが見えた。アイルはかなり魔力を込めたらしく、光はかなり大きい。
 光が消える前に、木々の上を通過し、底なし沼の上空に辿り着いた。辺りを警戒しながら、ゆっくり降りていくと、顔半分まで底なし沼に埋まったアイルが空を見上げて、俺を待っていた。
 本当にギリギリだったようだ。
 俺は鍬に乗ったまま、アイルの顔を掴んで、底なし沼から引っこ抜いた。
「体術スキルでどうにかならなかったのか?」
「ちょっと仮眠を取っていたら、腰まで埋まっていてな。動けば動くほど、沈む状況だったんだ」
 そう説明したアイルは全身泥だらけ。光魔法を放って魔力切れ寸前のアイルは目も虚ろで、俺にもたれかかってきた。
 俺の青いツナギも泥だらけになった。再び通信袋に魔力を込め、ベルサの方の様子を聞く。
「アイル無事救出。そっちはどうだ?」
『こちらセスです。ベルサさんは3日ほど徹夜して、食事も取っていなかったようです』
『あ~! 社長、ベルサさんの皿の中にカビ生えてます』
 懲りないなぁ。
「スープでも食べさせておいてくれ。後で、俺が診察するから。まぁ、たぶん疲労と食あたりだ」
 休暇に何をやっているんだ。
 俺は頭を抱えながら、ジャングルの木々の上を飛んだ。

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