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駆除人 作者:花黒子

~水の勇者と興ずる駆除業者~

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138話


 前の世界にいた時、アクアリウムに凝っている会社の先輩がいた。
 やたら人を家に呼びたがり、自慢のアクアリウムを見せてくるのだ。
「水槽の中に世界を創りたいわけ。わかる?」
「わかんないっす」
 先輩は俺の言葉も聞かずに熱っぽく語っていた。とにかく水槽の中の窒素を循環させることが基本で、アンモニア臭がしてきたらヤバい、ということは何回も聞かされた。先輩が酒屋の息子だったため、俺はただ酒が飲めると、よくその先輩の家に行っていた。
「この黒っぽい縞々の小さいエビ、人気でね。300円するんだ。繁殖させて売るんだよ」
と、先輩は副業に手を染め始め、そのまま会社を辞めて水中生物のブローカーになってしまった。
 当時は食えもしない小さいエビが300円もすることに驚いたし、その先輩を見て世の中どうなるかわからないもんだと俺は思った。
 ただ、俺自身が異世界に飛ばされるとは思ってなかった。前の世界のことは親の顔とか重要なことは覚えていないのに、どうでもいいことばかりを思い出してしまう。そして、なぜかこっちで役に立つ。

『それで? どうしろっていうの?』
 通信袋からのベルサの声で思い出から現実に引き戻された。
「詳しいことは帰ってから説明するけど、池の中の微魔物を毎日調べてくれるか? 水草がある方とない方の両方、コップに池の水掬って、どのくらいいるか見てくれるだけでいい。あと池の水がくさいとヤバいから、臭いも嗅いでおいてね」
『臭い? 臭いがそんな大事なのか?』
「ああ、くさいとヘドロ一歩手前と思って」
『くさいかどうかの基準は微妙じゃないか?』
「そう、水の中の環境ってかなり微妙なバランスで保たれてるんだよ」
『そういうものなのかぁ』
「2つの池を繋ぐ水路は止めてある?」
『ああ、止めてあるよ』
「OK。それから、メルモに言ってさ、水中にいる虫系の小さい魔物を川から獲ってきて池にいれてくれる?」
『いいけど、メルモは今、畑の方の水路やってるよ』
「そっちはアイルに任せればいいよ」
『わかった』
「こっちが終わればすぐ帰るから、じゃ~」
『はい~』
 通信袋から魔力を切った。

「それで、うまくいくの?」
 俺とベルサの会話を聞いていたレミさんが聞いてきた。
「古代人は、うまくいかせていたと思うんですよね。あんまり魚の魔物にエサをあげ過ぎると、微魔物が増えてヘドロになってしまいますし。ま、やってみましょう」
「そうね。あ、その袋、私も欲しいんだけど。遠くの人と話せるのよね」
 そう言ってレミさんは通信袋を指した。
「いいですよ。時間ある時に作っておきます。とりあえず、エサ代を引いた計画書を作りませんか? かなり経費削減できると思うので」
「そうね!」
 俺とレミさんは計画書を書き直すことに。
 書き上げた時にはすでに夕方近くなっていたが、役所に行ってみることにした。

 役所は人もまばらでそんなに混んではいなかったので、スムーズにカウンターまで行くことが出来た。カウンターには若い犬の獣人の職員が頬杖をついてつまらなそうにしていた。
 俺たちが目の前まで来ると、驚いたように目を見開き、慌てたように背筋を伸ばして嘆願書と計画書を受け取った。
「南部の計画書ですか!?」
 計画書を見ながら職員が聞いてきた。
「そうです」
「あなた方ですか? なかなか諦めない方たちとは?」
「諦めない?」
「ええ、先輩方が噂していました」
 職員は真剣な視線で計画書に目を通していった。
「なるほど、噂に違わぬ、素晴らしい計画書だと思います」
 どうやら、計画書の出来は評価されていたらしい。
「はっきり言って、嘆願書とともに提出された計画書でこれほど明確な記述をしているものは見たことがありません」
「あ、ありがとうございます」
 今まで会った職員とは違う反応に、俺もレミさんも戸惑ってしまった。
「受け取らせて頂きます!」
「「ありがとうございます!」」
 俺とレミさんは同時にお礼を言った。
「ただ、この計画書と嘆願書が通る可能性はないです」
「可能性がない?」
 レミさんが聞いた。
「はい。僕は南部の出身で、耳のある獣人で、しかも役所の中でもかなり下っ端です。夕方から日が落ちるまでの間しか、このカウンターには座れません」
 この職員も役所の中で差別されているらしい。
「それでも、朝も昼もまじめに仕事をしてきたつもりですし、この嘆願書と計画書を検討することは出来ると思います。ただ、この計画書は通りません」
「なぜですか? 検討して国がお金を出すということは……?」
「ありえません」
 職員はあたりを見回し、誰かに聞かれてないか確認した。
「ここだけの話ですが、北部の貴族と役所は癒着しています」
 職員は小声だがはっきりと言った。
 北部の領主とこの役所が繋がっているのだとしたら、雨期の間の労働力を確保できなくなるようなことはしないだろう。つまり、南部の人間はこれからも雨期の間、北部の道を整備し続けるということだ。
「ですが、女王まで届けば!」
 レミさんの言葉に職員は首を振った。
「それもありえません。私から直接届けるような場面でもない限り、私の上司で止められるでしょう」
 理不尽。俺とレミさんは嘆願書と計画書を役所に何度提出しても無駄であることを悟った。
「それでも受け取ってくれるのですね?」
「はい、この計画は南部の人間にとって希望です。20年間ずっと雨期になれば北部の言いなりになるしかなかった。もし、この計画書通りに上手く行けば、南部の食料自給率はあがり、雨期でも北部に頼ることがなくなります。今はまだ、役所に北部の人間の割合が多いですが、南部の人間も増えれば、この計画書は必ず通る日も来ると思います。ですから、どうか、あきらめないでください。何年でも僕は夕方から日が落ちるまで、ここに座って待っていますから!」
 この職員は、とても熱い気持ちを持っているようだ。
「わかりました」
 レミさんは頷いた。
「一つ聞いても?」
 俺が職員に聞いた。
「なんですか?」
「この国で商売を始めようとした場合、なにか申請はいるのかな? 南部の町に商人ギルドがないみたいなんだけど」
「小規模な商店程度ならいりませんよ。後で税金の徴収は売り上げに応じてあるかと思いますが。ただ、コロシアム周辺などで商売するなら、かなり場所代がかかるかと思います」
「わかった。ありがとう」
「よろしいので?」
「ああ、たぶん、君が何年もここで待つことはないと思う」
「え?」
 すでに計画自体は動き始めている。あとは資金の問題だけだ。
 それも、今の質問で目処が立った。
 俺とレミさんは、その若い南部出身の職員に手を振って役所を出た。

 俺とレミさんは宿に帰り、夕飯を食べた。
 せっかく王都に来たので、名物だというハムカツの上にタマゴが乗ったようなものを食べた。味も食感も見た目通りだった。

「結局、何をしに王都まで来たのか、わからないわ!」
 戻った部屋でレミさんが鬱憤を吐き出した。
「まぁ、でも出来る限りのことはやったんじゃないですか? 資金の方もたぶん問題ありません」
「そうだけど!」
「腑に落ちない?」
「うん!」
 レミさんは目をつぶってベッドに仰向けになった。
 ふて寝をしているのかと思ったら、急に目を見開き、悔しそうな顔をした。
「ナオキくんたちや洞窟の民たちが協力して養魚池が出来ても、南部の人たちは変わらない気がするのよ。ちゃんと王都で認められて、国の事業として認められないと『よし! 私たちも負けてられない!』ってならないんじゃないかと思うの」
 確かに、そうかもしれない。養魚池や畑を作って、雨期でも南部に住む事ができるようになっても、やる気が無いと続かない。続かなければ、元の木阿弥だ。
「まだ、私は王都で出来る限りのことをしてないわ! 最終手段に打って出てやる!」
 ベッドの上でレミさんが拳を寝ながら突き上げた。
「何するんですか?」
「今はちょっとまだ時間が早いわ。少し寝て体力を温存しましょ?」
 時間が早いと言っても、すでに日は落ちている。
 もう一度、何をするのか聞こうとした時には、すでにレミさんは鼾をかいていた。
 仕方がないので俺もベッドに横になり、仮眠。

「起きて、ナオキくん」
 レミさんに言われ、眠い目をこすって外を見ると、月が天高く上っていた。
 のそのそと起き上がり、レミさんの言われるがままに宿の外に出て、後についていく。
 レミさんはどんどん人気のない方に進んでいった。酔っぱらいの喧騒も、吟遊詩人の歌声も遠くなっていく。この2日間、度々通った道だ。
 辿り着いた先は役所ではなく、隣の城だった。
「この国の女王は右目とともに寝ることも失ったと言われているの」
 隻眼の女王は宵っ張りらしい。
「ほら」
レミさんが、城の塔の一本を指差した。そこには魔石灯の明かりが点っている窓が見えた。
 あたりは真っ暗。衛兵の姿もなく、城の扉は固く閉まっている。ただ、このくらいの扉なら、押せばなんとかなるかな。いや、なんとかなるかなじゃなくて!
「ナオキくん、あそこまで飛べる?」
「あ、飛ぶんですか?」
 俺一人なら、魔法陣を描きながら飛んで行けそうだが、レミさんも連れて、となると魔道具でも作ったほうが早いか。
「ちょっと待って下さいね」
 そう言って俺は辺りに何か手頃な物がないか探し始めた。寝ぼけて宿から出てきたせいでアイテム袋を忘れたのだ。
 役所とは反対側には大きな建物があり、ドアの近くに箒が立てかけてあった。よく見るとサッサさんの物だ。知らない仲じゃないし、ちょっと拝借しよう。
「レミさん、紙か何か持ってません? 箒の柄に魔法陣は描きづらくて」
「紙ならあるわ!」
 そう言ってレミさんは書き損じた計画書や返された計画書の束を取り出した。
 あまり何も書かれていない、紙を一枚貰い、重力魔法と風魔法の魔法陣を魔力で描いた。
 箒の柄に紙を巻きつけ、焼き付ける。
「やはり、空を飛ぶなら箒だと決まっているんでしょうか?」
「え? そうなの? 飛竜の靴とか飛空艇とかなら、本で読んだことがあるけど」
 こちらの世界では空飛ぶ箒はメジャーじゃないらしい。
「でも、空を飛ぶ魔道具なんてあったら、戦争の形態が変わっちゃうわね」
「え? そうですかね。今、空飛ぶ魔道具を作ったんですけど」
「は?」
「いや、一緒に女王のところまで行くんですよね?」
「え!? あ、そうか。ナオキくんだけが行くもんだとばかり思ってた」
「いやいや、俺が女王の下に行っても、何を言っていいのかわかりませんよ」
「この計画書を見せれば……」
「急に不審な男が深夜に飛んできても受け取ってくれませんよ。絶対、女性で信用できそうな顔のレミさんが渡した方がいい」
 俺は自分の顔の信用のなさを知っている。
「そうね。昔、女王に会ったことがあるのよ。覚えてないと思うんだけど」
「なら、絶対にレミさんが行ったほうがいい。むしろ俺はいらないくらいだ」
「それはダメよ! 怖いもの!」
 結局、二人で箒にまたがり、レミさんが計画書を渡すことになった。

「行きますよ」
「はい!」
 箒に魔力を込める。
 ふわっと浮き上がり、足が地面から離れた。
「ナオキくん!浮いてる!」
「そういう魔道具ですから」
 そのまま、魔力を込めてどんどん上昇。初めてなのでかなり慎重に飛んだ。上に上がれば上がるほど、風が出てきて、箒の操作が難しくなった。
「高い~~!」
揺れるので、レミさんは俺の腰に手を巻きつけて震えている。
 風に煽られながら、魔石灯の明かりが漏れる窓まで辿り着き、ノックに成功。
 しかし、反応がない。
 もう一度、窓に近寄り、ノックする。
 ようやく魔石灯の明かりに影が浮かび、人がこちらに向かってきた。
 その女性は右目に黒い眼帯をして、白髪の長い髪を後ろで束ねている。眉間にシワが寄っているものの、肌ツヤは良い。雰囲気はアイルが言っていたように、どことなくマーガレットさんに似ている気がする。女王だ。女王はこちらを見て驚いている。当たり前か。
 女王は窓を開けた。
「お久しぶりです! 覚えておいでですか?」
 月明かりに照らされたレミさんが女王に声をかけた。
「レミリア! どうしてあなたが!?」
「どうか、南部を救ってください!」
 そう言ってレミさんは計画書の束を懐から取り出して、女王に渡そうと手を伸ばした。
 女王も手を伸ばして計画書を受け取ろうとした時、下から風が吹いてきた。箒に乗った俺たちは煽られ、一気に窓から離れてしまった。
 体勢を立て直し、ゆっくりと窓に近づくと、城からサイレンが鳴り響いた。
「侵入者だ!」
「女王を守れ!」
 城から衛兵たちの声がする。
 強烈な魔石灯の明かりが俺たちに向けられる。対侵入者用の照明のようだ。
 たまらず、俺は上空へと逃げる。
「あっ」
 レミさんの手から計画書の束が落ちた。照明に照らされた紙がバラバラになって舞い落ちていく。
 俺は照明を躱しながら、建物の影を探し、急降下。
 地面に下りて周辺を探知スキルで見ながら警戒する。城の周囲にはサイレンに起こされた人が集まってきていたが、俺たちに気づいている人はいないようだ。
「すみません!」
 俺はレミさんに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「いいのよ。いいの……ごめんね。変なことに付きあわせちゃって」
 失敗だ。
 俺たちは警戒しながら箒を返し、宿へと帰った。
 緊張していたためか、全身汗まみれだ。
 クリーナップをかけて、その日はベッドに入った。
「明日、モラレスに帰りましょ。やれるだけのことはやったわ」
 レミさんの声がした。
「……はい」
 俺は返事をすることしか出来なかった。
 サイレンの音が耳に残った。

 ノックの音がした。
 俺とレミさんが同時に起き、窓の外を見た。まだ夜が明けたばかりだ。
俺がドアを開けると、ドアの前には軍の制服を着たサッサさんがいた。
 サッサさんは軍人だったのか。昨日の騒ぎで俺たちを捕まえに来たのだろう。
「レミさんとナオキ・コムロさんでよろしかったですね?」
「そうです」
 こうなれば、逃げも隠れもしないが、拷問されるようなら、レミさんだけでも逃がすか。
「先ほど、女王陛下が南部開発機構を発足させました。つきましては軍の方でレミさんとナオキくんの養魚池を査察しに行きたいと考えております」
「査察ですか? 逮捕ではなく?」
「はっ! 査察の任を受けました輜重部・部隊長、サッサ・ティアゴと申します。よろしくお願いいたします」
 サッサさんが胸に手を当て敬礼した。
「現在、私の部下たちが役所の職員たちを叩き起こし、書類関係の申請を出しているところでありますが、レミさんとナオキくんが王都から出てしまっては話ができないということで、先に私がこちらに来たという次第であります」
 サッサさんは、目尻の皺を深くして俺たちに微笑んだ。
「状況を把握しました!」
 俺もサッサさんと同じく胸に手を当て敬礼し、思いっきり笑った。

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