112話
牢の壁と床の穴を塞ぐのに、イーストエンドの町の北側にある崖から石と粘土を採ってこなくてはいけなかった。
土魔法の魔法陣でちょっとやればすぐに終わるかと思ったら、穴の開いた壁をさらに壊すハメになったのだ。レベルが上がったせいなのか、魔力の微調節がうまくいかない。崖に採取しに行っている間に、フリューデンが呼んだ鍵屋が来てドアと扉を直していった。もちろん、修理費は壊した俺たちが払う。
とりあえず、石と粘土で穴を塞いだが、どう見てもボコボコと石が飛び出ていたり、粘土が垂れてきたりする。
「業者を呼ぶから、材料だけ置いといてくれ」
フリューデンが溜息を吐いて言った。
「はい、お願いします」
冤罪で捕まったはずなのだが、謝りながら衛兵の詰め所を出た。
空はすでに茜色で、すぐ近くの宿に部屋を取った。今回、余計な出費が多かったので大部屋で全員泊まることに。
「どうも最近、運が悪いな」
俺は宿の食堂で言った。イーストエンドの食事は魚介料理が多い。貝のスープに、大皿にはみ出るくらい大きなエビの蒸し焼き、ヘリングフィッシュの干物とサラダ。どれも美味しいのだが、俺の顔はすぐれない。
隣りにいるアイルもベルサも料理を食べながら、苦い顔をしている。セスとメルモは気にせず、もりもり食べている。
イーストエンドに来てから厄介事に巻き込まれ、牢に入れられた。アイルは素振りで壁を壊すし、ベルサは植物の罠で床に穴を開けた。なぜか俺は魔法陣に失敗し、壁も直せなかった。うちの会社は失敗続きだ。
「全てはあの遺体を拾ったせいだ」
アイルがヘリングフィッシュの干物を齧りながら言った。
「いや、そうじゃない」
ベルサが言い、続けた。
「どの失敗も、自分たちの力を見誤った故に起こったことだ。私たちは自分のレベルやスキルをどうやって手に入れた?」
「レベルは魔物を駆除して」
「スキルはレベルを上げて、スキルポイントで、だな」
「つまり、私たちには経験が足りてないんだ。力もスキルも手に入れたのに、使い方がなっちゃいないってことだ」
ベルサが自身の分析を語った。
「でも、フロウラやノームフィールドにいた時は、こんなことはなかった。それに、船にいる時も特になんともなかったのに。イーストエンドに来て急過ぎやしないか?」
「急じゃないさ。私たちは船で何をした?」
「何ってそりゃあ……魚か?」
アイルが気づいた。
イーストエンドに来る前、確か俺たちは、徹夜で魚に止めを刺していた。魚も魔物だから、経験値が入るのはわかるが。
「じゃ、あの魚の山を倒したことで俺たちはレベルが上がったってことか? だったら、漁師たちは相当レベルが高いことになるんじゃないか?」
「漁師が音を使って魚を気絶させるならな。あの時、殺した魚の魔物の中にはめったに獲れない魔物もいただろ? その中に経験値が多い魔物もいたと考えれば、レベルが上って当然じゃないか? だいたい、ナオキのやり方は駆除業者特有の漁の方法だ。史上類例を見ない方法で魚の魔物を倒した。有り得る話だと思うけどな」
ベルサの説明は当たっているのかもしれない。そういやサメっぽいのもいたような気がする。あの時、暗かったし、あんまり考えないでアイテム袋に入れていたからな。そもそもレベル至上主義者がいるのに、この世界の住人は経験値について研究していないのか。
「まぁ、なんにせよ。冒険者カードを見ればわかるさ」
アイルが言って、自分の胸元から冒険者カードを取り出して、裏返して見た。冒険者カードの裏には自分のレベルが表記されている。
「82。フロウラにいた頃より、上がってるな」
「私は60。これで私も昔の勇者を超えてしまったな」
アイルとベルサが言う。
「私、38だって」
「僕は37。一番低いな」
メルモとセスが答える。
俺も自分の冒険者カードを見てみた。115。
「なんだそりゃ!?」
アイルが俺の冒険者カードを覗き見て、叫ぶ。
その後、社員全員が「そこまであるとおかしいんじゃない?」「そんな高レベルの人って歴史上いるんですか?」「どうすれば、そうなっちゃうんですか?」などと言いながら、「マジか、こいつ」という顔で、見てきた。誰も羨ましいとは思わなかったようだ。
「なんでこんなことになってしまったんだ!これじゃ、精霊に目をつけられてしまう」
俺は急いで復活のミサンガを大量に作ることにした。
「つまり、俺たちは初心者の冒険者が急にレベルが上がって宿のドアノブを壊すような失敗をしていたってことだな」
食後、部屋で全員にクリーナップをかけながら、俺が言った。
「そうなるね。私は論文を書いちゃったから、魔物の育成スキルを取得してたみたいだけど」
ベルサは自分のスキルを確認したようだ。ベルサはいつの間にか、魔物の育成スキルを発生させていたようだ。
「でも、俺は王子を見つけに行く時だって普通じゃなかったか?」
「海面に壊れそうになるほど、船をバウンドさせていたじゃないですか」
セスに言われて、「確かに」と思ってしまった。
「強くなった言い訳をする人間なんてナオキくらいのものだ」
アイルが自分のベッドに寝っ転がりながら言った。
「自覚せずに強くなった弊害が原因で失敗したからな」
「海で遺体を拾って、自分たちで遺族に渡せるって思ったのが、まず間違いだったんだ」
ベルサは講談師のようにテーブルを叩いて言った。
セスとメルモは夕食時から続く議論にバカバカしく思っているのか自分たちのベッドに潜り込んだ。
「いつの間にか、うぬぼれてたんだな。砂漠や湖で誰かを救ったって、次も救えるなんて保証はない。レベルが上がっても出来ないことはあるって覚えておかなくちゃな」
俺が言った。
「ああ、まったくだ」
「余計、質が悪くなっただけかもしれないしね」
アイルとベルサが頷いた。
「そうだ。俺たちは清掃駆除業者だ。出来ることは掃除と魔物の駆除だ。明日はイーストエンドで自分たちの仕事をしよう」
「そうだな」
「じゃ、出港は夕方だな」
「そうだ。ベルサ、群島の南の島にな、ガガポって鳥の魔物を保護しようとしてる人がいたんだ」
俺はベルサにシオセさんの事を話した。
「そういや、王子を探しに行った時のことをちゃんと聞いてなかったな。どうだったんだ?」
「そうなんだ、裸の王子がいたぞ、それでな……」
アイルが話し始める。
たった一日しか離れていなかったとはいえ、お互いに話すことは多く、俺たち3人は修学旅行の夜のように、盛り上がってしまった。
翌日、早朝から起きだし、俺とベルサは商人ギルドに挨拶に行った。
牢にぶち込まれている時、何かと迷惑をかけたようなので、菓子折り代わりの回復薬も持っている。冒険者ギルドにも回復薬をもたせ、アイルと新人たちが行っている。
「とんだご迷惑をかけたようで、すみません」
商人ギルドのカウンターにいた職員に回復薬を渡しながら、一連の王子誘拐事件について報告した。
職員はしきりに「ギルドマスターが来るまでお待ち下さい」と言うので、「また後で来ますので、その時に挨拶でも」と言っておいた。
俺たちは依頼募集の張り紙を掲示板に貼り、朝飯を食べるために一旦外に出る。
屋台で刻んだパスタのような物を食べていると、セスから通信袋で連絡があった。
『社長、フラワーアピスって魔物、知ってますか?』
「いや、知らない。どうした?」
『フラワーアピスの駆除と巣の撤去の仕事が冒険者ギルドで出てるんですけど、受けてもいいですかね?』
「お、いいね。午前中その依頼をしてよう」
俺はセスとの連絡を切り、ベルサにフラワーアピスについて聞いた。
「ああ、花から蜜を集めるハチの魔物だ。ベスパホネットより遥かに小さく、大きさはこんなものだな」
そう言って、ベルサは親指と人差指で小さな丸を作ってみせた。たぶん、蜜を集めて、小さいというくらいだからミツバチの魔物なんじゃないかと思った。
朝食を食べ終え、準備をしつつ、セスとメルモと合流する。アイルは冒険者ギルドで、教官たちの訓練を頼まれたらしく、断れなかったらしい。
依頼があったのは、イーストエンドの西、町外れの宿屋だった。
宿屋のご主人に聞くと、フィーホースを休ませる馬小屋にフラワーアピスが巣を作ったとのこと。
フィーホースの耳や鼻にフラワーアピスのような魔物が入り込むと、暴れ馬になりかねないので、早急に駆除しなくてはいけない。
フィーホースを馬小屋の外に出し、探知スキルでフラワーアピスを見る。巣は馬小屋の天井の隅に作られていたが、どうも様子がおかしい。巣の中の半分以上が状態異常で、周りを飛んでいる個体も状態異常になっているものが多い。
「フラワーアピスの針で刺されるととても痛い」
ベルサの意見で、全身の隙間をベタベタ板の魔法陣を描いて、埋めていく。手袋をして、目のところだけ開いた袋を被り、魔物が嫌がる深緑色の液体を全身にポンプでかけてもらう。
燻煙式の眠り薬を準備し、その場にいる社員全員で、巣のある馬小屋の部屋を板で塞いでいく。
ある程度塞いだら、燻煙式の眠り薬を入れ、しばし待つ。待っている間、馬小屋の中ではフラワーアピスが異常なスピードで飛び回っているのが探知スキルでわかった。
塞いだ板の隙間から出てくる個体もおり、ツナギの上から何箇所か刺された。皮膚には到達していなかったので問題はなかったが、針がツナギに突き刺さった。針が無くなったフラワーアピスは空中で8の字を描くように飛び、落下した。
地面に落ちたフラワーアピスをベルサが拾い上げ、観察しながら考え込んでいる。
「どうした?」
「いや、変な飛び方をして死んだな、と思ってね。普通は針を刺して、針が抜けたら、そのまま死ぬんだけどな」
「眠り薬を入れる前に、すでに半分ぐらいが状態異常だったよ」
「なんだろ? 変なものでも食べたかな?」
馬小屋内のフラワーアピスが全て状態異常になったので、板を外し中に入る。脚立を借りて、天井に張り付いている落花生のような形をした巣を剥がし、袋に入れる。床で眠っている大量のフラワーアピスを箒で集め、巣と同じ袋に入れて、袋の口を縛る。
最後に馬小屋にクリーナップをかけて、仕事は終了。
宿屋のご主人にサインを貰い、冒険者ギルドに向かう。
冒険者ギルドで依頼完了を報告。報酬を受け取って、訓練をしているアイルを待つことに。
待っている間、フラワーアピスを入れていた袋の下からハチミツが染みてきた。袋の中のフラワーアピスはハチミツに溺れて死んでいた。全てのフラワーアピスが死んだのでアイテム袋に入れてしまう。あとでハチミツを瓶に入れよう。
「フラワーアピスの子も炒めれば美味しいんですよ」
メルモが言う。メルモは実家で、野にある色んな物を食べていたらしい。
「ちょっとフラワーアピスの死体を観察したいんだが、いいかな?」
とベルサが言うので、船に戻ったらベルサに袋ごと渡すことにした。
冒険者ギルドの訓練場から汗だくで出てきたアイルが、冒険者ギルドのマスターを紹介した。
イーストエンドのギルドマスターは中年の女性で、現役の頃は魔法使いをやっていたらしい。服はベルトの多いローブを着ていた。
「災難でしたね」
「ええ、ありがとうございました」
礼儀正しい女性だったので、自然と俺たちもお礼を言った。
挨拶を済ませ、全員で昼食に。昼食が来る前に午後の予定を話しておく。
午後は商人ギルドに行き、依頼が来ていれば依頼を受け、新人たちには買い出しを頼むことにした。料理は基本、セスとメルモに頼んでいるので、足りない食材などは2人が一番わかっているはずだ。日用品はフロウラで買いだめしたので、それほど要らないだろう。シオセさんのために塩は多めに買っておいてくれ、と頼んでおいた。
商人ギルドに行くと、俺たちの依頼募集の張り紙に注目が集まっていた。
掲示板の前には商人たちが集まっていて、ギルド職員のお姉さんが眉をハの字にして困っていた。
俺たちが声をかけると、「この方たちです」と商人たちに紹介されてしまった。
「何か、マズい事でもありました?」
「この清掃と駆除ってどのくらいの範囲のことを言ってるんだ?」
商人から逆に質問が飛んできた。
「どのくらいの範囲って、屋敷とか料理店なんかのバグローチの駆除や清掃とかですかね。時々、大掛かりな駆除や清掃もしますけど」
俺が答える。
「がけ崩れがあった道の清掃なんかもできるか?馬車が通れないんだ」
「北の廃村にゴースト系の魔物が出ているんだけど、駆除できるか?」
「暗殺者ギルドや盗賊ギルドがあるって噂があるらしいんだが、駆除できるか?」
商人たちから、次々に質問が飛んできた。
「がけ崩れがあった道の清掃は出来ますよ。場所を教えて下さい。廃村のゴースト系の魔物の駆除も出来ます。暗殺者ギルドとか盗賊ギルドは知りません。そういうのは衛兵に頼んで下さい」
商人たちから「おおー、なら金を出し合おう」「依頼を出すぞ!」「こんなニッチな職業あったんだなぁ」「ん~やはり無理かぁ」などの声が上がった。
俺たちは『がけ崩れがあった道の清掃』と『北の廃村にいるゴースト系の魔物の駆除』の依頼を受けることになった。