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脱・非レンアイ主義のススメ
作:南田朱夏



第9話◆非レンアイ主義者とプリンセス・オブ・KY


 
「圭吾の奴、もう来てるかしら」
「どうだろうな。なんか緊張してきたぞ」
「アハハ、姫に緊張? 変なの」
 
 最寄り駅からルラーシュまで。バスで10分の道のりをのんびりと歩く。刺すような寒さは去り、日が当たればそこそこ過ごしやすくなったから、道行く人の足取りは心なしか軽い。
 
「久しぶりだからな。相変わらずかな、アイツ」
「何でも『マイクは体の一部』だそうよ。少なくとも、自分にも思考回路があることには気付いたかもね」

 イベントは当然のことながら、イベント会社に任せる部分と、自分たちでこなさなければならない部分がある。推進課はもちろんその準備に駆り出されることとなったわけだが、私たちはちょっとした仕事で午後からの出陣だ。
 
「ハハハ、昔は脳みそまで筋肉だったのに、意外だな。――おい、福士はどこ手伝ってるんだ?」
「知らないわよ。男連中は大体力仕事じゃないの?」
「……なあ、お前さ、福士と何かあったのか?」
「――別に? それより、もう圭吾が来てたら、私隙見てできるだけ早く楽屋に行くから、それまではどっか行っちゃったりしないでよね」
 
 裕也は怪訝な顔で首を傾げながら、わかったよ、お前もなとモゴモゴ言っている。そんなことにはまるで気付いていないような振りをして、私はルラーシュ目指して歩を速めた。
 
 話し合いの結果、イベントのリハーサルの、そのまたリハーサルの日、別々に圭吾に会おうということになったのである。わざわざ二人同じ日にしたのは、他の社員に立ち聞きされないように、実行犯と見張り役(?)に分かれるためだ。
 
 まず私が圭吾に接触し、ことのあらましを説明しつつ、少し昔話にでも花を咲かせる。そうそう、裕也と会う時間を相談することも忘れちゃいけない。そして、お暇して裕也にその時間を伝えたら、それ以降はなるべく別々に仕事をしようということに落ち着いた。
 
 私は栞かケイちゃんといるから、アンタはなるべく福士と一緒に行動してね、なんて、さりげなく防御壁をこしらえる辺りが、我ながら抜かりないと思う。
 
 福士はどう思っているだろう。さっぱり想像もつかない。分かるのは、今のこの状況を喜んではいないってことだけだ。私だって面白くも可笑しくもない。
 
 一緒に仕事をする以上、こんなギクシャクした関係は何とかするべきだと思ってはいる。だけど、なにかしらのアクションを起こすことで、この関係さえも悪化させ、失ってしまうことの方がよりイヤなのだ。
 
 何だか自分でもよくわからないのだけれど。とにかくモヤモヤする。
 
 この街では珍しい石畳の桜並木。ここを抜ければいよいよルラーシュだ。芽吹き始めた無数の桜は、淡い桜色を凝縮させたような濃さを見せている。イベントの頃には、ちょうど七分咲きくらいか。
 まだ頑なな桜を見上げながら、歩みのペースをぐんと落とす。
 
 
 ――彼はなぜ私にキスをしたのか。
 
 また最近常連の疑問が頭を支配する。思わず自惚れてしまいそうな心と、それを打ち消そうとする心が同居して、もう収拾がつかない。
 
 考えてみれば、福士とのキスは別にたいしたことじゃないのだ。まして互いに酒が入っている状態でのそれは、気に留める程の出来事ではない。
 
 ――それなのに、なぜだろう。
 
 恋人同士でも何でもないのにそういう接触を持つこと。そのこと自体を不潔だとか不純だとか言って眉をしかめる程、透明な若さがあるわけではない。
 
 二股や略奪愛や浮気だって、結婚前ならある程度は許される冒険だろう――ただ、私はその当事者にだけは決してなりたくないだけだ。
 まして、いい歳こいた大人が、想い人が別にいるくらいで、恋人でもないその相手に義理立てしなければならないなんて思わない。それはちょっとした遊び心だ。
 火遊びのうちにも入らない、些細なこと。
 
 ――なのにどうして、胸が痛むのか。
 
 
 
「キスしたの」
 
 何の意図もなく、込み上げるように口をついて出た言葉は、独り言にも、感情の吐露にも聞こえただろう。
 とりあえず、桜に目を凝らして、鋭くこちらを振り向いた裕也の視線から逃げる。
 
「……そうか」
 
 彼はそれ以上何も言わず、私も、そう、と頷いたきり黙した。
 こんなやりとりで苦悩がすんなりと伝わってしまうこの関係が、今の私にはありがたくもあり、また疎ましくもあった。
 
 
 
 ルラーシュにつくと、すでに一階ホールの特設ステージに圭吾の姿があった。ウォーミングアップ程度に軽く歌っているのだが、何だかすごい存在感だ。
 
「冗談みたいに背伸びてる!」
「うお〜、アレが本当に姫かよ!」
「姫は王子になりました!」
 
 決裁板を覗き込んで、打ち合わせをする素振りで驚きを分かち合う。周りに悟られないようにとの配慮だが、どうやら不要の気遣いらしい。みんな仕事に熱中しているか、圭吾にうっとりしているかのどちらかなので、私達が来たことに気付く様子すらないのだ。
 
 そういえば、中学最後の文化祭のステージで、圭吾が私達二人に捧げると言って『乾杯』を歌ってくれたことがあった。笑いを取ろうと狙っての選曲だったのに、あんまり上手なのでみんな唖然として反応に困っていたっけ。
 
「おい」
「何よ」
「……今、何考えてた?」
「多分アンタと同じこと」
 
 並んで10メートルばかり先にいる圭吾を見つめていると、懐かしさが甘く胸をくすぐって、思わず微笑みが零れた。
 

 一瞬、圭吾の視線とかち合ったような気がした。
 
 嫌な予感が電流みたいに全身を駆け抜けたのと、圭吾が喜色満面で私たちに手を振ったのと、どちらが早かったのか。
 
「うおおーっ、清愛に裕也じゃね? 変わってねえなー、久しぶりー! お前ら水瀬の社員だったのかよ。すんげー偶然!」
 
 圭吾は大勢の社員がいる前で、ご丁寧に『体の一部』を通して歓声を上げた。当然、そこに居る者すべての目が、物凄い勢いで一斉にこちらを向く。
 私たちは、思わず顔を見合わせて青くなった。
 
 ――こんの、馬鹿圭吾! 状況を考えなさいよ、状況をー!
 
 これ以上余計なことを言うなと目配せしながら、久しぶりと言葉を返……
 
「それにしても会社まで一緒か。相変わらず24時間一緒にいなきゃ気が済まねーのかよ。ハハハ、天下御免のバカッポーぶりは健在だな!」
 
 
 アンタの馬鹿っぷりも健在だねと、私は――多分裕也も――心の中で叫んだ。周囲の社員の突き刺すような視線を一心に浴びて……その視線の中に、福士の瞳を捜しながら。
 
 
 
 
 
 
 
 
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私のウリはナンセンスなタイトルです。ご了承下さい。エヘッ。←可愛くねーよ!とセルフ突っ込み……二日酔いで頭がイカれてるので許して下さいm(__)m






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◆入道雲◆





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