第8話◆非レンアイ主義者、寒中南国パーティー。
人間――とりわけ臆病な人間は、時々大切なものを自分の手で壊そうとすることがある。
宝物を持つということ、即ちそれは、宝物と同じだけのリスクを背負うということだ。自分の中でその存在が大きければ大きいほど、それを失った時のダメージも大きくなるのだから。
だから、失う前に、自ら手放してしまおうとするのだ。
例えば、大切な人から拒絶されることを恐れるあまり、自分のほうからその人を遠ざけてしまう。
例えば……大切な人を失望させるのではという恐怖から、その信頼に背き、本当のことを言うことができなくなってしまう。
そういうことだ。
人は……私は、なんて愚かなんだろう。
「だから何よ」
仁王立ちで私を見下ろす美香子が鼻息荒くそう吐き捨てた。
「つまりアンタは私を失望させないために隠してたってわけ」
「人聞きが悪いわね。別に隠してたわけじゃないわ。言わなかっただけよ」
「だまらっしゃい! 同じことよ。連れて行け!」
ソファに片足を上げて、恫喝するように迫ってくる。けれど、どう頑張っても、南国に来て海の男のポーズで写真を撮る、内陸からの変わり者観光客にしか見えない。
それはプルメリア柄のビキニという格好のせいであって――私達は寒い時期に、エアコンを30度に設定して、ビキニでトロピカルカクテルを飲み交わす『寒中南国パーティー』をすることがあるのだ。3月に入ったとはいえ、外はまだまだ寒い。そこで、せめて気分だけでもと今日のパーティーをする運びとなったのである。
「何が何でも連れて行け!」
「……そう言うと思ったから黙ってたのに」
「ほらほら、本音が出た! こんの薄情者!」
「言っとくけどねぇ、圭吾は馬鹿よ。あんた絶対に幻滅するからね」
美香子が投げ付けて来たカットレモンを素早くかわし、私はデッキチェアから立ち上がって彼女に宣言した。
「馬鹿でもいい! 馬鹿なら清愛で慣れてる」
「さりげなく酷いよね?」
「それに、馬鹿にあんな歌は歌えない! きっとすごくピュアな人なんだわ」
「その時点で騙されてることに気付け! ピュアと単細胞は紙一重だけど、圭吾は明らかに後者」
ルラーシュのオープンイベントのゲストが圭吾になったことを、私は彼女に黙っていた。美香子が彼のファンだと知っていたけれど……いや、知っていたからこそ、というか。
とにかく、美香子は今日街でイベントのポスターを見掛けたらしく、リハーサルに連れて行けとこうして私に詰め寄っているのである。迷惑極まりない。大体、年上キラーのくせに同い年の圭吾のファンとは何ごとか。
結局、当日裏からコッソリ見せてあげることで話がついたのだった。
「ちょっと、最近グレゴリーどうしてるの」
突然思い出したように美香子が口を開く。何の前触れもなく突っ込まれたくない話題を投げかけられ、マイタイを口に含んでいた私は、思わずむせて咳き込んだ。
「おっ! なぁに、その反応。新しいぞ! 何をぼやぼやしてるのかと思ったら、奴もやるじゃない!」
美香子がニンマリ笑って、にじり寄る。
あのキス以来、福士とは仕事以外ではあまり話していない。もちろん忙しいのもあるけれど、気まずくてついつい避けてしまうのだ。
彼はどういうつもりであんなことをしたのか。
意を決して聞こうとすると、決まって疾風の彼女と、見つめ合う彼が二人して脳裏に現れる。私の方こそ彼女に恋をしているかのような登場頻度だ。
ただでさえデリケートで、ともすれば会社での関係も危うくするような問いなのに。そうなると、尋ねることはおろか、話をすることさえも途端に難しくなって、結局……のらりくらりと逃げてしまう。
月曜の朝。先輩、と福士の声が聞こえるやいなや、『気にしてないから』と業務用の笑顔で嘘を言った時の、彼の複雑な表情を思い出し、少し胸が痛んだ。
「さあ吐け」
「別に悪い物なんて食べてないし、吐くことだって何もないわ」
「嘘こくな!」
「この間グレゴリーの想い人に遭遇したの。それだけ」
咄嗟にそう言って、すごく可愛い子だったわよ、と肩をすくめる。
「グレゴリーの想い人〜? 清愛以外に誰がいるっての」
「元から私じゃないわよ」
なんだか妙に拗ねた気持ちになって、私はふんとそっぽを向いた。こんな反応、私のキャラではないのだが。
「アンタの恋愛中枢、イカレてる。正常に機能してないわよ」
「美香子はあのシーンを見てないからそう言えるのよ」
「私を信じなさい! 私の勘が外れたことあった?」
嘘でもここまで自信満々に言われると、さすがの私も『大いにあった』とは言いにくい。
「さぁね。ほら、そのチョモランマに手を当てて考えなさいよ」
美香子にそびえ立つ双子山を指差す。彼女は、僻むんじゃないわよBカップと毒づきながら、デッキチェアにひっくり返った。
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